080 巣篭もりと獣人の赤子誕生
シュヴィークザームは予定の時間よりも随分早くにやってきた。
あまり頻繁に来てはいけないと言ってあるのを意外と律儀に守っているので、たまにこうして集まろうと声を掛けると張り切るようだ。
「ちゃんと、工作してきてる?」
「当然だ」
胸を張って自慢げに言うが、時折抜けているのだ、この聖獣も。
「カレンにも巣篭もりするって言ってあるんだよね?」
「うむ。部屋に秘密基地を作って遊んでいるから、絶対に誰も入らないよう言いつけてある。念のため、通信魔道具も渡しておるぞ」
「まあ、彼女だったら上手くやるよね」
「近衛騎士どもにも袖の下とやらを渡しておるからな!」
最近、料理に目覚めたシュヴィークザームは度々彼等に自作の料理を食べさせているようだ。ただ、創作すぎて、稀にとんでもないものが出来上がるということが、カレンから聞かされている真実なのだが。
袖の下がちゃんと袖の下として通用しているのか、ちょっぴり不安になったシウである。
土の日はこうして一日のんびりと遊んで過ごした。
シュヴィークザームの作ったシュークリームの危険さに笑ったり、希少獣たちのお宝自慢をシウが判定したり。
なかなか充実して楽しいひとときだった。
風の日も泊まるつもりだったのだが、朝になってスサから通信が入った。
「(アントレーネさんが産気付きました!)」
ということで、シウたちは先に戻ることになった。
シュヴィークザームは夕方までゆっくりしてから、王宮へ戻るということで残った。
しかし、二日もの間部屋に引きこもっていてもバレないというか、それが許される聖獣とは一体なんなのか。他の聖獣は仕事をしているのに、いいのだろうか。
聖獣の王は自由に楽しくやっているようだ。
王都外に転移してから、徒歩で屋敷へ戻ったので到着したのは昼だった。
が、まだ産まれていないという。
スサたちが言うには、難産らしかった。本来、獣人族の出産は軽いものなので、本人の疲れもピークに達しているとか。
こういう時どうすればいいのか分からず、シウや男性陣はオロオロするばかりだ。
産婆はさすがにプロで、これぐらい人族なら普通のことだと言い放ち、周りが慌てると本人も気が散るからと廊下からも追い出されてしまった。そうした気配をよく読む獣人なので、言われてみると当然至極であり、シウたちはすごすご退散した。
離れた遊戯室で落ち着いていたのはカスパルだけで、残りの男性陣がウロウロ歩き回っていたら新たな気配がシウの脳内に現れた。
あ、産まれた。
そう思って微笑むと、カスパルがそれに気付いた。
「産まれたのか」
「うん、たぶん。あ、また」
続けて二人目が感じられた。三人目まではもう少し時間がかかるのか、気配は分からない。
それにしても、産まれてきた瞬間にこうもありありと「生きている」気配を感じられるものなのかと、驚いた。
赤子のパワーというのは、本当にすごい。
「カスパル様! 産まれましたよ!」
部屋に走り込んできたのはリサだ。カスパル付きのメイドで、連絡係になってくれたようだった。
全方位探索では厨房などでの出入りが多くなり、ロランドが手配をしているのだろう、彼を中心に人の流れができている。
メイド長のサビーネなど、女性陣はほぼ産室に集まっていた。
「廊下へ行っても良いのかしらね?」
カスパルが問うと、リサは頷いた。
「よろしいと思います。産婆様も、あとは簡単だと仰ってましたから」
ということでぞろぞろと産室に向かう。産室は、屋敷の北側に作られていたものをこの時に合わせて整えたものだ。使用人用の部屋なので狭かったが、シウが改造してあった。
カスパルなど、当主が近寄るべき場所ではないのだが、無礼講ということで廊下に集まった。
ここまで来ると赤子の泣き声も大きく耳に届く。
「ふにぁぁ!!」
「んにゃっぁ!」
と、まるで猫の子のようだ。
ふと見下ろすと、目を丸くしたブランカが扉とシウを交互に見ている。
「どうしたの?」
「ぎゃぅ!」
「あー、うん、新しい子だね。でも、人間だよ?」
「ぎゃぅ?」
「人間、獣人族の子だよ。希少獣とは違うなあ」
「ぎゃぅぎゃぅ」
人間の子だと知って、アシュリーと同じだと悟ったらしい。ちっこいのがいるのかあと納得してくれた。
その彼女の上に、ロトスが跳び箱を飛ぶような格好で飛び乗り、話しかける。
「いちばんチビなんだから、まもらないとダメなんだからなー」
「ぎゃ? ぎゃぅぎゃぅ!」
そうなの、じゃあまもる! とまあ単純なお返事をくれて。ブランカは機嫌良さそうに尻尾を振った。たぶん、意味は分かってない。
そうこうしているうちに、三人目の泣き声が聞こえてきた。
皆で顔を合わせていると、産室ではない続き部屋からサビーネとスサが出てきた。どちらも柔らかい布に包んだ赤子を抱いて連れている。
「アントレーネさんが、ぜひ見てほしいと」
「そうか」
カスパルが最初に赤子二人を見て、次いでシウが覗き込んだ。
皆が代わる代わる覗いていくので、チビたちも気になったようだ。ロトスはジャンプしていた。いかにも子供らしい姿だが、もちろんわざとだ。
笑って抱っこして、見せてあげた。
他にもリュカが――彼はもう背がぐんぐん伸びていたので――スサの抱っこ程度の高さなら自力で見えるから、一緒になって覗き込んだ。
フェレスもクロも屋敷内では禁止の「飛行」で顔を見ている。
おかげで仲間はずれになったブランカがむくれて尻尾で八つ当たりしてきた。彼女も背伸びをすれば体高はあるので覗けるのだが、サビーネやスサにぶつかってしまうと危ない、ということぐらいは理解できるようになっていたのでやらないのだ。
偉いなあと思いながら、サビーネたちに見せてあげてと目線で伝える。
「まあ、ブランカちゃん。新しい子に挨拶したいのね」
「ブランカちゃん、ほら、赤ちゃんですよ」
「ぎゃぅ!!」
「……ふぁ、ふぎゃっ」
興奮して鳴いたブランカの声で、目を瞑っていた子が起きてしまった。それからは一斉に「ふぎゃふぎゃ」と合唱だ。三人目の声も部屋から聞こえてきて、廊下にいた全員が笑いあった。
ブランカはひとり、なんで泣かれたのか分からないといった顔をしてぽかんとしていた。
光の日も朝から大変だった。
アントレーネは昨日のうちに医者による処置も済ませてあって問題もなく後産を終えたが、獣人としては異例の難産だったこともありまだまだ床上げできない。
必然的にお世話はメイドたちが交代で行うことになった。
事前に乳母を雇うかどうか相談していたのだが、王都にちょうど良い時期の獣人族の経産婦が見付からなかったので仕方ない。
アントレーネや、シウの友人でもある獣人族のミルトたちによると、初乳さえ与えられたら後はヤギ乳でも良いらしいのでしばらくはメイドたちやシウでやり繰りしようと決めていた。
ただ、育ってきたら大変になるので、専任者を雇うつもりだった。いわゆるナニー的なもので、お乳を与えない育児担当の人だ。
アントレーネは、疲れているのにお乳だけは三人にきっちりと与えていた。おかげで、寝不足でフラフラのようだった。だからそれ以外の面倒は屋敷の者が交代で見ている。
彼女はしきりに恐縮がるが、三人の赤子に次々とお乳をあげるのはそれはもう大変だと思う。エミナでもくたびれていたのだから、手助けがないと無理だ。
このことで特に張り切っているのがリュカだった。
ちゃんとスケジュール表を作って、無理なく面倒を見られるように考えていた。
何故かフェレスやクロ、ブランカの名前も入っていて笑ってしまったが。
「……なあ、おれは?」
「え、ロトスちゃんもお世話したいの?」
「ロトスちゃん……」
(リュカにちゃん付けされちゃったぜ! なんか新鮮!)
この二人は、最初に対面した時、お互いに相手を子供だと思い「守ってあげなきゃ!」となったらしい。
そのうち逆転してロトスが大きくなるので、ちょっぴりリュカが可哀想な気もする。
「ロトスちゃんはまだ子供だから、いいんだよ?」
「いや、それなら、ブランカもやばい」
「うーん。そうだよね。ブランカはダメだよねえ」
「なんでブランカのなまえ、いれた?」
「ブランカがお世話するって言い出したの」
「リュカ、ブランカのことば分かるんだ! すごいね!」
「え、そう、かな? えへ」
(うわー、かわいい! こいつ、マジ天使! ショタ姉さんがいたら絶対ヤバい!)
心の声がダダ漏れなので、シウは笑顔でロトスの頭をポカリと叩いた。
リュカや、獣人族たちというのは調教魔法を持っていなくとも希少獣の言葉がなんとなく分かるそうだ。エルフもそうだが、種族特性というものらしい。
シウが調教魔法を持たないうちから彼等の言葉を理解していたのも、そのせいかもしれない。一応、ステータスでは「人間」と表示されてはいるが、人族という意味ではなく大雑把な意味での「人間」であり、その中にはハイエルフのハーフであるということも含まれているのだろう。
希少獣の言葉を、シウも今では割と正確に理解している方なのだが、そこは聖獣には負ける。
ロトスがよく通訳してくれるのだが、ブランカなどはよりおバカさ加減が見えてきて、知りたくなかったような気もする。
フェレスは安定してフェレスなので、特に問題はなかったけれど。
とにかくもこの屋敷では赤子三人をお世話したいと思うものが人間以外にもいて、大変ながらもなんとか取り回すことができていた。
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