079 スッキリと秘密基地と崖の巣




 キリクにはすっかり事情を話したので、シウはスッキリしたが彼には大変だったろうと思う。

 秘密や相談というのは話した方は楽だが、聞かされる方は堪ったものではない。

 シウにも悪いなという自覚はあるので、時戻しなどの最上級薬を含めたあれこれを渡したが、それだけでは追いつかないだろう。

 他に、面白そうな魔道具を取り出してはテーブルの上に置いていって、説明した。

「ところで、あれだ。その話は他に誰が知っている?」

「竜人族のガルエラドって友達と、スタン爺さん、シュヴィークザームにロトスかな。ククールスも薄々は知っているかも。あんまり気にしないタイプだし、見ないふりしてくれてる」

「意外とバレてんだな」

「そうなんだよね。ツルッとね」

「お前なあ」

 呆れたような口調でいるが、彼の手には《歩球板》がある。面白そうに矯めつ眇めつして床に置いた。乗るつもりだ。

「あ、エミナも空間魔法のことは知ってるよ。魔法袋、売ってる関係とかで」

 転移のことも知っているが。

「あの家は別だ。スタン殿が監督しているだろうし、安心だろ」

 よっ、と声を掛けて乗っているところが、若干年寄りくさい。

「おー、飛行板より安定してるな。こりゃ、いいわ」

 廊下を歩くのが楽だとか、危険なことを口走っている。まあ、貴族の屋敷や王城など、広い場所を進むのは大変だけれど。

「どうぞ。献上しますから」

「おーう。もらっとくわ」

 気楽に受け取ってくれるのは、シウのためだ。シウの申し訳ないという気持ちを汲んでくれているわけだ。この人は思う以上に懐の広い男なのだった。



 その後も、ロトスが見た目以上に精神が大人であることや、シウとは神の愛し子つながりで助けに行けたこと、精神が近いので仲が良いことなどを話して聞かせた。

 他に近況として、奴隷の獣人女性を買ったことも話したが、そこは普通に「ふーん」で終わってしまった。意外に思ったが、その前の話の方が大きすぎて、ふーんとしか出なかったらしい。

 ところで、このシウの重大な話を、キリクはしばらく自分だけの胸のうちに留めておくと言ってくれた。話すとしても、シリルかイェルドまでで、それもよほどのことがない限りは言わないと約束してくれた。魔眼を見せながら言ったので、それが誓約代わりなのかもしれない。この魔眼に誓約魔法の効能はないそうだが、神への誓いと似たようなものだと教えてくれた。

 また、シリルやイェルドに話すときには誓言魔法あるいは契約魔法などを用いて他言無用とすることも約束した。

 そこまでするのかと思ったが、個人の能力、ましてやシウほどの特異な能力は、国家レベルの秘密になるそうで。それをツルッと話すシウの方が、おかしかったようだ。

 そこはしっかり叱られたシウだった。

 とにかくも、話しておきたかったキリクにほぼ言えたので、良かった。

 シウは狩人の里でもらったベリー酒を贈って、オスカリウス家を後にした。



 ベリウス道具屋の本宅へ戻ると、帰ってくるのが遅いとみんなに鳴かれてしまい、ここでも贈り物が必要となってしまった。

 けれどスッキリしたのがスタン爺さんには分かったらしく、

「お仕事じゃったのだから、お疲れ様と言うべきじゃぞ。ほれ、ブラッシングしてもらうんじゃろう?」

 そんな風にフォローしてもらった。

 スタン爺さんには目交ぜで応え、シウは贈り物という名の貢物を床にばらまいて、フェレスたちに甘えられたのだった。

 ちなみに、ばらまいたのはキリクからもらったキラキラ光る飛竜の卵の殻で、ロトスも異様に喜んでいたからやっぱり希少獣というのは光り物が好きらしいと判明したのだった。


 その晩はエミナやドミトルを含め、遅くまで話をして過ごした。

 他愛無い話から、アシュリーの将来についてや、シウやロトスの事情、世界についてまで。

 幅広く移ろいゆく話に、ロトスはきゃっきゃと笑って聞いていた。エミナの機関銃のような発言が、祖母のことを思い出させたらしい。

(ばあちゃんみてー!)

 ロトスいわく、彼の祖母はとても明るい関西人で、まさしくエミナのような女性だったそうだ。

 また、晩ご飯がお好み焼きだったので、余計に彼のツボに入ったようだ。

 ずっと笑って過ごしていた。

 テーブルの下では、入りきらないほど体高が育ちきっているのに身を縮こませて潜り込んでいるブランカが、延々とシウの足にちょっかいを出していた。

 クロはアシュリーの揺り籠の端に立ちながら、見張り係をやっている。時折揺らして、眠りを促していた。

 フェレスはシウの背後でごろごろだ。たまに構ってほしいのか尻尾でトントン叩いてくるが、そちらを見ると素知らぬ顔をする。犯人は分かっているんだぞと、頭を撫でてやりながら、シウは会話に戻る。その繰り返しだった。

 スタン爺さんも楽しげに、時折鋭いツッコミを入れて、エミナを窘めたりと会話を続けていたが、さすがに一番最初に一抜けした。

 エミナもドミトルに促されて、アシュリーと共に寝室へ戻っていく。

 シウが片付けをしていると、ドミトルが戻ってきた。

「シウ、明日早いんだろう? 後はやるから」

「あ、うん」

「君は良い子すぎて、兄としては寂しいよ」

「兄……」

「エミナの弟だから、義理の兄だけどね。ロトスも、フェレスたちも、みんなこの家の子だよ」

 当然のように言われると、そうかと納得してしまった。

「おれも? おれも、この家の子でいいの?」

「そうだよ、ロトス。また、戻っておいで。いつでもここは君らの家で、故郷なんだから」

「……うん。おれ、ここがじっか」

(エミナもいるしなー!)

 ロトスはニコニコ笑って、ドミトルに駆け寄り、自然と抱っこされていた。今しかできないからいいんだもーん、と何故か言い訳のような念話が届いて、シウも笑った。

「さ、みんなもう寝ないと。ブランカが危険なことになってるよ」

 ドミトルが笑いながら、指差す。その巨体でうつらうつらやられると、どこに体が当たって壊されるか分からない。クロも眠そうなので、声を掛けた。

「ほんとだ。ほら、みんな部屋まで頑張って」

「ぎゃ……」

「きゅぅ」

 まだ目が開いているフェレスに頼んで、主にブランカを誘導してもらった。クロはシウが肩に乗せる。

 ドミトルはそのままロトスを抱っこして離れ家まで連れて来てくれた。彼も朝が早いのに、こうしたところも本当に頼れる兄貴なのだった。

 戻っていくドミトルに、なんとく言ってみたくなり、シウは小声で告げた。

「ありがとう、兄さん」

 早口だったそれに、彼はにっこり微笑んで本宅へ戻っていった。

 その後、ロトスがニヤニヤ笑って周りをウロチョロするので困ったが、シウはツンとそっぽを向いて寝る準備をしたのだった。

 もちろん、顔が熱かったことなど、知らない事実なのである。




 金の日になり、シウたちはシュヴィークザーム用にと作った隠れ家へ転移した。

 ロトスにはもう空間魔法のことはバレているし、隠しても意味が無いので《転移指定石》は使わなかった。魔石もタダではないので、自前の魔力を使う方が良い。

 この魔力量についても、はっきりとは教えていないが特別なチート能力があることにロトスは気付いている。いちいち言わなくていいからな、と念押しされてしまったので詳細は教えていないが。

 彼いわく、あんまり秘密を知ると、シウではないがツルッと零しそうだということだ。

 シウも人のことは言えない。お互い、気をつけようね、ということで意見が一致している。


 この山小屋を、シウたちは呼ぶのが面倒なので『秘密基地』と名付けた。

 シュヴィークザーム的にもOKだったらしく、しきりに秘密基地~と歌っていた。

 ヴァニタス近くの崖に作った横穴の隠れ家は『崖の巣』だそうだ。どちらもロトスが決めた。他に、アニメから取った名前もあったそうだが、この世界の誰にも、シウにも通じなかったため却下となった。却下したのは彼自身で、毎回のことながら面白い【ひとりボケツッコミ】なのだった。

 この崖の巣では、見回り時間を長めに取った。

 というのも、ガルエラドやアウレアが避難してくることも考えられるので、過ごしやすく整えたかったのだ。

 周辺は、フェレスがブランカを教育がてら連れて行き見まわってくれた。クロも連絡係として一緒だ。

 部屋の増築や内装などはロトスとああでもないこうでもないと、配置を変えたり板を敷いたりして頑張った。

 アウレア専用の部屋も作ってあげたが、何故かロトスがフリフリレースで揃えようぜ! と、張り切っていた。

 

 ロトスがアウレアとどういう関係になるのかは不明だが、仲良くなってくれたらと思う。

 聖獣は長命種で、その長さは魔力量に関わりがあるとされるからロトスも長生きになるだろう。アウレアはハイエルフの血を引く、先祖返りだ。こちらも長命になることが分かっていた。

 たぶん、シウが先に死ぬことになる。ガルエラドもだ。

 となると、残された者は悲しいだろう。その頃にはもちろん、あちこちで良い人間関係を築けていることとは思うが、長命であるがゆえの苦しみを理解できるのは、やはり同じ者同士でしかない。

 この二人の関係が長く良いものになることを、シウは願うばかりだった。



 この日は崖の巣で過ごし、翌朝に秘密基地へとまた戻った。

 シュヴィークザームが来る予定だったので、合わせたのだ。

 彼を待つ間に、ロトスに身分証明書を渡した。すっかり忘れていたが、キリクに会いに行ったのもこれをもらうためだ。

 貴族の彼から貰うのもなんだが、もちろん、偽造だ。

 ただ、貴族の間では割と普通に行われているそうだが、ようは庶子として生まれた子を引き取ったので急遽神殿で戸籍を登録した、という体にした。

 寄進をしている馴染みの神殿を使って、かなり貧乏な男爵家の、すでに死亡している放蕩爺さんの庶子ということにしたそうだ。

 このパターンのものを、年齢に応じてだろう、幾つか渡された。

 どれも、ロト=なんとかや、ロック=なんとかとそれらしい名前で作られている。いかにも庶子らしい短い名だ。スラム育ちという設定でもいいなと、設定集まで付いてきており、まだ文字がちゃんと読めないロトスはシウが読み上げるのをゲラゲラ笑って聞いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る