078 シウの事情とキリクの心労




 シウの両親は実際には魔獣によって殺された。

 だが、どう考えてもアポストルスに追われていたからで、彼等が原因だと考えるのが妥当だ。エルフの友人、ククールスもそう証言していた。

「父親は先祖返りだったから、執拗に追われていたみたい。先祖返りは血が濃いから、連れ帰って監禁し、自分たちの血脈を増やすための道具にしたかったんじゃないかって話だよ」

「くそっ、なんてひでえ話だ」

「キリク、口調が――」

「いいんだよ」

 どうせ、ここには注意する者はいないのだと、人払いされた部屋を見回す。

 そして大きな溜息を吐いた。

 誰もいなくて良かったと。

「ククールスはラトリシアのエルフだから、かなり厳格な上下関係があるらしくてね。こき使われていたんだけど、今は里を抜けてきたんだ。僕への罪悪感とか贖罪の意味もあったみたいだけど、元々彼等の行いに疑問を持っていたみたい」

「そいつが、お前の出自を?」

「……あとは、これもバラしちゃおうかな。シュヴィークザームも知っているし」

「シュヴィークザームと言うと、聖獣ポエニクスか」

「うん。あのね、僕のスキルがすごいのも、実は神様のおかげなんだよ」

「は?」

 唖然とした顔で見つめてくるキリクに、シウは苦笑した。彼の間抜けな表情を、今日は何度も見ているが、これが一番だ。

「神の愛し子とかって言うんだって。で、たまに、天啓のようなものが夢を通じて届くんだ。その時も、ククールスの言葉を裏付けるように、教えてくれた。本当は良くないことらしいんだけど、死んだ僕の両親が可哀想だからって」

 だから間違いではないんだよ、というつもりで告げた。

 神がどうのと伝えるのは正直悩むところだった。前世と違って、そこまで「おかしな人間」扱いはされないだろうが、別の意味で引かれても嫌だ。

 しかし、キリクはそんなことで引くような人ではなかった。

「……道理で。それなら、全部納得がいく」

「そうなの?」

「そうでもなけりゃ、お前のべらぼうに凶悪なスキルや運の、答えにならないだろうが」

「あ、そうなんだ」

「そうなんだよ。ったく――」

 ガシガシと頭を掻き毟って、キリクはソファに仰け反り変な声を上げた。うあー、とか、うがーと言って、また身を起こす。

「で? まだ、あるんだろ?」

 さすが、キリクだ。魔獣スタンピード慣れしている男は、話題の異常性にも付いてこられるのだった。


 狩人たちの協力もあって、アポストルスの一族の者から直接手を下されなかったシウの両親だったが、結局は魔獣に襲われて死んでしまった。

 シウを拾ってくれたのは、元冒険者で樵のヴァスタだった。

 どこからか逃げてきた若い夫婦のことを考え、逃げてきたであろう元の家族に赤子を連れていくことはできなかったと後に語ってくれた。

 いずれ残していくことになるシウのために、かなり厳しいスパルタ教育を施されたが、おかげでシウは森の中でもひとりで生きていける自信がある。

 ただ、ひとりでは、人間は生きていけないのだ。

「僕と同じような道を歩んでいる子がいるんだ。先祖返り同士の両親から生まれた子がいて、その子が狙われている」

 キリクの顔が歪んだ。

「僕は鑑定ではまだ人間と表示されるんだけど、それって、ハーフだからなんだ。フル鑑定したら、たぶん、バレる。でもフル鑑定できるほどの能力者ってほとんどいないからね、そこは安心してられる。けど、その子は、両親同士が強い血だったからか、同じく先祖返りなんだ」

「つまり、アポストルス一派から真っ先に狙われる、ということか」

「うん。その子は両親を目の前で殺されてね、最近まで肉類を食べられなかった。僕は幸い、生まれたてだったからか両親が魔獣に殺されたシーンを覚えてなかったけど、その子は先祖返りだからか記憶があってね」

「なんて話だ」

「で、空間魔法のことやスキルのことを話したのには訳があるんだけど」

「事情を教えておく必要があると、思ったんだな」

 いつ、どうなるか分からない。

 だから助けとなる人に、事情を知っていてほしかった。自分たちのことにキリクを巻き込むことへの申し訳無さはある。

 爺様は巻き込みたくなかったからこそ、誰にも言わずに消えた。

 でもそれは、悲しみを生むだけだ。現にキリクは、親とも慕うほど恩義に感じていたヴァスタがいなくなったことで心に傷を負ったらしい。もちろん、厭世家めと文句を言いながら軽い調子で語っていた。けれど、すでにヴァスタが死んでいると知った時、彼は涙を滲ませていた。

「転移ができるから、必要以上に心配してもらわなくてもいいんだ。ただ、そうした事情があるから、いざという時の受け皿になってもらえたらと思って。勝手なことだと自覚はしてる。頼りっぱなしだなってことも。でも、キリクしか、こんなこと頼める人がいなくて」

 ジッと見つめると、キリクもまた真剣な顔をして見返してきた。

「……そう言われて、断れる人間がいるかよ」

「うん。僕、ずるいよね」

「ばーか。そうじゃねえ。お前のはな、こう言うんだよ」

 立ち上がって、シウの前まで歩いてくると、そのまま高い位置から見下ろして頭に手を置いた。

「『クソ真面目野郎』ってな」

 今度はシウの頭をガシガシと撫で、それからテーブルに座って、シウに向き合った。

「今後は、これまで以上に自重しないってことだな?」

「うん。その子のことも心配だし、ロトスのことにも責任を持ちたい。自分自身が狙われる可能性だって今後あるかもしれない。だから、いざとなったらロトスたちの受け皿になってほしいんだ。頼っていい?」

「もちろんだ。だが、お前も、俺を頼れ」

「僕も?」

「そうだ。俺はお前のことも守るぞ」

「キリク……」

 その目がまるで父親のようで、いや違う、爺様と同じなのだ。

 爺様が亡くなる前に、笑顔でシウを撫でた後の、あの視線だ。

「俺よりもずっと、強いのかもしれんがな。それでもお前は、まだ子供だ。いや、俺の子だ。いいな?育ての親はヴァスタだと言ったが、俺は後ろ盾の親だ。分かったか?」

「……うん」

 残していくシウのことを、心の中では心配していただろう爺様の、あの深い眼差しを思い出す。

 多くは語らず、いつものようにただただシウを見守ってくれた大きな存在。

 爺様はもしかしたら、何もかも見透かしていたのかもしれない。

 そして爺様の育てたキリクは、今こうしてシウの前で親になろうとしている。

「うん。ありがとう」

「よし。ようやく認めたな!」

 はっはー、と大笑いしながら、キリクは乱暴にシウの頭をまた撫でたのだった。


 落ち着くと、お互いに気恥ずかしいものがあったが、キリクの方が我に返るのが早かった。

「待てよ? お前、だとすると、魔力が二〇しかないってのはアレはなんだ?」

「あー。まあその――」

「またそれかよ。この、秘密主義が」

「ううん、違うんだ。いろいろ憚りがあるんだって。でもまあ、いっか。あのね、これも神様からの贈り物なんだけど」

「……嫌な予感しかねえな」

 シウは笑って、続けた。

「詳細は省くけど、本当に魔力は二〇しかないんだ。普段はそれだけで済ませてるし」

 ふん、と鼻息で返事をして、キリクは顎をしゃくった。続きをどうぞというわけだ。

「ただ、転移は魔力量をものすごく食うから、特別に使える魔力が備わってて」

「なるほど?」

「つまりまあ、ほぼ、無尽蔵に使えるっていうか」

「……俺は、聞かなかったぞ」

「うん。そうしてもらえると助かるかな」

 キリクはテーブルから立ち上がると、数歩進んで、そのまましゃがんだ。

「あー、くそっ!」

「ほら、聞いたらさ、あれこれ考えちゃうでしょ?」

「あー、な。分かるわ。お前が頑なに教えようとしなかったわけも。そりゃまあ、俺だって清廉潔白な人間じゃねえし。ていうかむしろ、人間できてるかできてないかって言ったら、できてない側だけど。あー、くそっ。誘惑に負けそうだぜ」

 と言いながらも、それを口にするということは勝てる人間なのだ。

 そう、つまり、シウのような「無尽蔵に魔力がある」人間は、一瞬でも人を惑わす魅力があるということだ。

「一応、僕自身がストッパーになるけどさ。お互いに頑張って誘惑に勝とうね」

「な?」

 この手の問題はどこかで歯止めをかけないと、際限がなくなる。

 神のような力だが、神にはなれないのだ。

「まあ、当てにしない。しないぞ。俺は忘れた」

「どうしてもの時は言ってね。使うか使わないかは僕が決めるけど」

「……そうしてくれ。俺も誘惑に負けて頼むかもしれんからな」

「それこそ、命に関わるようなことなら言ってくれないと困るよ」

「ああ」

「あ、じゃあ、最上級薬とかがあれば良いのか」

「は?」

「この間ようやく材料が集まったんだ。あれこれ実験して作ったのがあるから、いざという時のものとしてキリクにも渡しておくよ」

「おい」

「その代わり、内緒にしてね。これ、禁書庫からのレシピと、僕の独自配合だから」

「いろいろ、突っ込みどころ満載だよなあ!」

 ぶちぶち文句を言うキリクに、常に身につけておく用の小さな入れ物を渡した。腰帯などに付けられるものだ。

「これ、魔法袋だから。ここに薬を入れておくね。使い方とか、ちゃんと把握してから使って。薬は毒にもなるから、取り扱いには十分気をつけて」

 使用者権限はもちろん、キリクのみとした。はいどうぞと渡しても手を出さないので、勝手に彼の腰帯に付けたが、頭上からは溜息しか落ちてこなかった。

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