077 食べちゃダメ、秘密の告白




 ガルエラドに聞けば、シャイターンに用事はもうないということだから、送っていくのはそのままフェデラル国のフゲレ砂漠とした。

 以前にも来たオアシスの街近くで別れると、そのままいつもの市場巡りをする。

 フェレスたちはコルディス湖の山小屋に置いてきている。ロトスが増えたことで、留守番も楽しくなっているようだ。あの山が気に入っている、ということもあるのだろうが。


 思う存分、春の食材などを買い漁って戻ると、午後からはいつものように下処理をして仕舞うという作業を行う。

 良い鯛が手に入ったので、炊き込みご飯にしたり、刺し身にカルパッチョ、塩焼きに煮物と作りおきする。

 アサリは酒蒸しやオイル炒め、スープなどにしてしまう。アサリは良い出汁が出るので、それも保管した。

 晩ご飯にはハマグリのにんにくスープを出してみた。子供たちには食べづらかろうと身を取ってあげようとしたのだが、フェレスとブランカは殻ごとガリガリ食べていた。さすが希少獣だ。クロは器用に嘴で突いて取っており、残ったロトスは小さい手を使ってなんとか自分で食べようと頑張っていた。

「ひとりで、できるもーん」

 手助け無用といった様子に、シウも手を引っ込めた。

「ホタテもおいしかったけど、ハマグリもおいしーね」

「だよね」

「おれ、かい、にがてだったのにー」

「そうなの?」

「うん。あと、魚も」

(骨が多いからー)

 なるほど、若者だなあと、シウは苦笑した。

「いまは好き。おいしいし。シウが食べやすくしてくれてたし」

(でも、これからは自分でちゃんと食べるんだ)

「ふうん。でもどうして?」

「……だって、アウル、じぶんでちゃんと食べてたから」

 ははあ。なるほど、とシウはまた笑った。ちょっと気になる子が、きちんとしていたので自分も! と思ったのだろう。

 アウレアと出会ったことはロトスにも良かったようだ。



 翌日は全員でスタン爺さんの離れ家へと転移して戻った。

 この翌日にロワルを立つので、最後の里帰り日というわけだ。

 みんなスタン爺さんが大好きなので遊んでもらおうとまとわりつくが、彼の腕にはふにゃふにゃ泣く赤ちゃんがいて、なにどうしたのと覗き込んでいる。

 ないてるー、とか、ちっこいにんげん! と、興味津々だ。

 クロだけは正確に「エミナの子供」という認識でいる。何故か、ふにゃっふにゃっ、と赤ちゃんの鳴き声を真似していて、一体どこで使うつもりなのだろうかと思ってしまったが。

 ロトスは人型で、フェレスとブランカの間に必死で体を潜りこませ、一緒になって覗いていた。

「ブランカ、かお、こわい! あかちゃん、泣いちゃうよ」

「ぎゃぅ」

「あっ、なめちゃダメ! それ、たべものちがうからね!」

 その台詞に思わず笑ってしまった。

「ロトス、ブランカは食べたりしないよ。泣いてるから慰めようとしたんだよ」

「だって、よだれ……」

(分かってるけどさー。でも、こいつ、顔が怖いんだもん。この顔でよだれ垂らしながら舐めようとしたら、怖いっつうの)

「まあ、それは確かに」

 客観的に見れば、確かに怖いかもしれない。

 雪豹型希少獣なので、どう見ても強面なのだ。実際の彼女は、お転婆だけれど優しい女の子なのに。

 この点、フェレスは本当に得だ。見た目が高貴な猫そのものなので、怖くもなく、性格が天然ということもあってか柔らかく見えるのだ。

 幸いにして、こうしたことを話していてもブランカは全く気にしない、大らかな性格なので落ち込んだりすることもないようだが。

 スタン爺さんはアシュリーをあやしながら、ロトスの言葉に笑い、そして上手にフェレスたちの相手をするという高等技を見せてくれるが、それにしても大変だろう。シウはロトスにフォローをよろしくと頼んで、出掛けた。

 実は、キリクから連絡が入って、ロトス用の身分証明書を貰いに行くのだ。

 本人も連れて行った方がいいとは思うが、スタン爺さんひとりに任せるのは大変だと思って置いていくことにした。

 彼は、まかせて! と張り切って引き受けてくれた。



 キリクは、ロトスがいないことに少々残念そうな顔をしていた。

 子供好きなので、案外気に入っていたのかと面白く思う。イェルドやシリル、サラたちほどには感情を露わにしていなかったので不思議だったのだ。どうやら、聖獣なのかどうか、話が本当かも含めてだろうが、見極めていたらしい。

 そこで、シウは前々から言おうと思っていたことを、口にした。

「ここだけの話なんだけどね」

「おう、なんだ?」

「僕、空間魔法持ちなんだ」

「……は?」

「だから、空間魔法持ちなんだ」

 生産魔法のスキルがあることは、彼も知っている。他に複合技が使えるということも。

「空間魔法のスキルがあると、強制的に国へ召し抱えられるって聞いて、黙ってたんだ」

「……待て。待て待て。お前でも確か――」

 過去のシウの所行について考えているようだ。

「他にもいろいろ使えるけど、えーと、人よりスキルを習得し易いらしくて。複合技も得意なんだ。だから、あんまり深く考えないでほしいんだけど」

「考えるわ!!」

 あ、やっぱり。

 シウは笑って、誤魔化した。もちろん、誤魔化されてくれる相手ではないのだが。

「……あったま、いてえ」

「大丈夫?」

「誰のせいだ、誰の」

「……僕だね」

 そう答えると、大きな溜息を吐かれた。それから、足を組んで、横柄な態度でシウを見る。

「今、それを言うってことは、なんだ? なんか、意味があるんだろーが。まさか、ヴァスタみたいに勝手にいなくなるなよって言ってたから、事前に申告するってことか?」

 言外にどこかへ逃げる算段なのかと問うてるわけだが、シウを育ててくれた爺様が突然どこかへ行ったのと同じにしないでほしい。もっとも今となっては、彼はたぶん、キリクたちに迷惑をかけたくなくて隠遁したのだと思う。イオタ山脈へ引きこもり、樵生活を始めたのは、狩人たちと共にあの山を守るためだった。

 そのことを、キリクにも説明したほうが良いだろう。

「逃げたりしないよ。それに、爺様もたぶん、逃げたんじゃないよ」

「……? どういう意味だ」

「憶測も入ってるし、あと、かなり壮大な話になるんだけど。聞いてくれる?」

「……もちろんだ。お前が俺にそれを話すということは、俺にその器があると認めたってことだろうよ。引き受けなきゃ、男じゃねえな」

 気障ったらしい言い方に、シウは笑った。ここにロトスがいたら面白かっただろうな、とも思った。彼は、アマリアの婚約者でもあるキリクのことをロリコンだと言っていたが、出会って話をして、すっかりファンになっていた。ロトスなら今きっと、こう言ったに違いない。漢だ、と。



 ハイエルフの一族が袂を分かち、一部はアポストルス、一部がゲハイムニスドルフと名乗っていることをまず、説明した。

 アポストルスは血族至上主義で排他主義、かつ閉鎖的な一派であり、今はラトリシアのサンクトゥスシルワの奥地に住んでおり、ラトリシアのエルフを従えていること。そして、他種族との間に子を成すハイエルフを追うことに血眼になっていることも付け加えた。

 ゲハイムニスドルフは人間と交わったためにアポストルスから狙われており、秘密の場所で隠れ住んでいることも。

 そんな状態でもゲハイムニスドルフの一族は古よりの職務を果たそうと、今でも世界のために働いている。それについても、だ。

 

 彼等種族が持つ固有のスキルによって、シュタイバーン国の北側に広がるミルヒヴァイスの森の中の危険な場所が封印されている。

 ミルヒヴァイスの森自体、封印の力が広範囲に及ぶことから誰も入れない。惑わしの森だとか、エルフの隠れ森だと言われているのはそのためだ。

 しかし、そこへ興味を持って近付こうとする人間だっている。その為、ミルヒヴァイスの森の東に位置する大きな山脈を、かつて同じように森の秘密を守っていた狩人たちが今でも見張っているのだ。

 もちろん、広大な山々だ。とてもではないが狩人が守り切れるものではない。現に浅い位置でなら山越えをする者もいた。浅いと言っても険しいことに変わりはなく、実際にはオークの群れに襲われて大半が亡くなった。

 そうした漏れがあることを、狩人と知り合った爺様がどういう経緯でかは分からないが教えられ、早めに冒険者を引退するつもりだった彼はイオタ山脈の南の山を終の棲家として、そこに腰を下ろした。

 狩人たちは、腕利きの元冒険者が住み続け、山々を管理するだけでも全然違うと言っていた。魔獣を定期的に狩ることもだが、誰かが立ち入らないように監視していることが大事なのだと。

 山もきちんと領主から取り引きした上で「褒美」として受け取っていたため、住民として税を払う、ということも必要なかった。いわゆる小さな領地扱いで税収を見込むものではなく、厄介な土地を下賜し与えるという形を取ったのだ。そこに多数の住民が住まえばもちろん人頭税を納めねばならなかっただろうが、シウは「子」であったためにそのまま譲り受けることができた。本来ならば、森を管理しているので逆に報酬があっても良いのだが、そのあたりで「取り引き」が成立したのかもしれなかった。


「爺様は、たぶん、キリクたちに迷惑を掛けたくなかったんだと思う」

「なんでだよ……」

 何故と口にしたが、その理由はキリクにだって分かっているのだろう。疑問調ではなく、呟きに近かったことからも、その気持ちはシウにも理解できた。

「ハイエルフの、アポストルスの一派はかなり危険な思想らしくてね。僕も本当なら関わりたくないんだけど」

「そうだ、お前だ。シウ、国に囲われることを嫌うお前なら、そんな面倒な輩とは会いたくもないはずだ」

 それが何故、と言いかけて、噤んだ。

 シウの顔を見て、何度か口を開いては閉じる。

 シウは、真剣だった顔に、ほんの少し笑みを載せた。

「……あのね、僕も関係あるみたいなんだ。爺様は知らなかったと思う。偶然、本当に偶然拾ったみたい。でも、ラトリシアで知り合ったエルフの友人と話していて、気付いたんだ。あと、僕には鑑定魔法もあるから」

「ああ、鑑定魔法な……」

「そう、さっきのもそうだけど、僕、レベル五あるからね。だから――」

「待て待て待て。レベル五だと?」

 そこは驚くところじゃないのだ。シウは笑って、話を続けた。

「自分自身をフル鑑定して、薄々気付いてはいたんだけど。エルフの友人との話で決定的になって。僕は、ゲハイムニスドルフ派の、ハイエルフの血を引いた父と、シャイターン国の貴族の女性との間に生まれた子みたいなんだよね」

「……マジかよ」

 昔、冒険者としても活動したことのあるキリクは、元々庶民の言葉をよく使うが、こうした時に冒険者としての、いわゆる汚い言葉がポロッと出てしまうようだ。

 それが下品に見えないのは、やはり生まれが良いからなのだろうか。

 となると、血には逆らえないということだ。シウもまた、その血に逆らえないのかもしれず、そう思うと転生してきたことを踏まえて、改めて不思議だなあと思うのだった。

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