081 獣人族の赤子達




 アントレーネの子供たちは三人で、それぞれに「ガリファロ」「カティフェス」「マルガリタ」と名付けた。考えたのはシウだ。

 本当は最初は断った。なにしろシウの名付けのセンスは最悪らしいので。

 でも、アントレーネから是非にと頼まれて、今度こそ周囲の人から怒られないようにと必死で「獣人族の名前にありがちな一覧」を脳内で探し出して選んでみた。

 アントレーネの出身地であるティーガや、南部の国々の獣人族は最初に偉大な先人名がきて、父名、そして名前と続く。

 今回はシウの姓を父名として登録することにした。アントレーネは父名なしでもいいと言い張っていたが、南部地方の獣人族からすればそれはよろしくない。それならば、たとえ養親だとしても父名がある方がずっとマシなのだ。と、本にも書いてあったし、実際に問い質したらアントレーネも最後にはそう教えてくれた。

 よって、マグノリア=アクィラ=ガリファロと名乗ることになる。

 アントレーネの出身地にかつてマグノリアという偉大なる先人がいたので、これは言うなればマグノリア出身のアクィラという父親の子なにがし、と名乗ることになるわけだ。

 ガリファロは虎系獣人族で、ほぼアントレーネにそっくりな容姿をしていた。肌色だけ、三人の中で唯一薄かった。母親を含めて他の二人は褐色肌なので白く見えるが、もちろんスサたちと比べると色は濃い。健康的な小麦色の肌、といったところだろうか。これがもっと日焼けした肌色になれば、アントレーネのような褐色肌と呼ばれる。

 カティフェスは熊系獣人族の見た目をしており、黒い巻き毛のくりくりっとした子だ。手首足首がむっちりしており、将来は大きくなりそうな予感がある。

 マルガリタは狼系獣人族で、褐色の肌をしていたが髪の色は銀白色という狼特有のものでとても美しい毛並みをしている。この子は女の子だった。

 カティフェスとマルガリタは種族がそうであるから、当然、アントレーネにとっては憎き敵国の男の子供となるわけだが、産まれた子に罪はないと彼女は表面上淡々としていた。

 その心の内は分からないが、少なくとも子供に何か思うところはないようだった。


 子供たちは奴隷から産まれたが、そうした契約はしていないので普通にラトリシア国人という扱いになる。母親がティーガ国のままであったらどちらか選べたのだが、奴隷なので産まれた場所が出身国なのだ。

 ただ、養親として母親の主であるシウが登録したため、ややこしい。シウは冒険者で、かつラトリシアには留学に来ているので中途半端な存在だ。

 普通の人は一年以上住むことになれば、人頭税を課せられることになるのだが、シウの場合は必要ない。冒険者であり、しかも留学生には適用されないからだ。

 その子供は成人になるか、あるいは働き始めた年から税を取られる。今のところまだ大丈夫だが、成人まではラトリシア国民とも流民とも名乗れる存在なのだった。

 どのみちブラード家所属のようなものなので、ちょっと治外法権的なところではある。

 他国の貴族が留学に来ていて、その家のことなので、まあ勝手にやってくれというわけだ。よほどでない限りは問題にならない。それが貴族の良い一面でもあり、悪事に使われる抜け道でもあったのだが。

 シウも恩恵に与っているので、もう貴族が嫌だの面倒だのとは表向き言わないことにしている。大人になったのだ、シウも。

 それを聞いて、ロトスなどは大笑いしていたのだけれど。

 どうやら頑固で要領の悪い爺さんだと、いうことらしかった。

 彼のおかげでたくさん反省したので、そろそろ思い出し笑いは止めて欲しいところである。



 子供の名前だが、最初アントレーネは名付けを聞いてぽかんとしていた。

「それ、全部花の名なのかい?」

「そうだよ。マグノリアもそうだよね?」

「えっ、そうだったのか……?」

 知らないらしいので、それぞれどんな花かを絵に描いて教えてあげた。

 マグノリアは木蓮、ガリファロはカーネーション、カティフェスがキンセンカ、マルガリタがヒナギクだ。

「あたしの子の名前が、こんな可愛い花なのかあ」

 アントレーネが雀蜂という意味で、ちょっと強面だから可愛くしてみたのだが、彼女にしてみれば驚きのようだった。


 子供たちはみんな可愛く、そしてパワフルだった。

 なんというのか、希少獣の赤子時代よりももっとずっとすごかった。

 あれだけお世話に乗り気だったブランカなど、びっくりして飛び退っていたほどだ。

 特に男の子の泣き方は、どこか病気じゃないのかと思えるほど大きくて激しい。シウも最初は心配でフル鑑定して調べたものだ。

 もちろん、何もなかった。

 そんな中、リュカが一番子育てに貢献していた。

 お腹が空いていることを察知したり、眠いのに眠れないから苛立っている、なんてことに気付いたり。

 光の日ということもあって休みだったから、リュカは朝から晩まで付きっきりでお世話をしていた。

 シウも、彼の指示であれこれ動き回ったが、やはり一番役に立っていたのはリュカだった。


 リュカは薬師になるべく師匠についているのだが、そこで治癒に関する事柄も学んでいる。当然、薬師も妊娠出産に関することを熟知しており、アントレーネが屋敷に来たことで、リュカは他の子とは別に居残りして勉強していたようだ。

 産婆も褒めるほど、アントレーネや赤子のお世話が上手だった。

 光の日まで様子見で滞在してもらっていた産婆も、もう大丈夫だろうと太鼓判を押してくれた。

 産婆をもてなしてお礼もしっかり渡すと、家僕のリコが彼女を送っていった。

 ここまでしてくれる家はなかなかないよと、産婆はにこにこ笑って帰っていった。



 ところで、赤子たちは生まれながらにして魔力量が多かった。

 人族とは違って今後増えていくそうなので、なんとも羨ましい限りだ。

「マルガリタは魔力が三八もあるのか!」

 ダンも羨ましそうに驚いていた。

「僕もそのうち追い越されそうだね」

「カスパル様は貴族だから良いんですよ」

 護衛たちが、自分ももう少し魔力量があったらなあとぼやいている。

 この鑑定結果は、神官が精霊魂合水晶を持参して屋敷へ来てくれたから分かったもので、ついでなのでと皆が見てもらっていた。

 貴族家で新たな生命が誕生すると、神官に来てもらうことがほとんだ。その分寄進も多くなるのだが、この神官いわく、

「奴隷の産んだ子のためにわたくしどもをお呼びになった貴族のお方は初めてですよ」

 と苦笑していた。

 神官には、細かな手続きを行ってもらうので一度にやってしまおうと面倒を省いてこうなったのだが、それでもやはり珍しいようだ。

「では、この赤子たちの養親として、異例ではありますがシウ=アクィラ殿のお名前を書かせていただきますね」

「はい」

「それにしても、まあ。確かにこの秋に成人されるのでしょうが」

 シウの持つギルドカードを確認してから、神官が手渡してくれた。

 本来は成人していないと後ろ盾なり、親代わりにはなれないのだが、特例として七ヶ月の猶予があった。たとえば、シウのようにギルドのランクが上であったり、更に後ろ盾がしっかりしていることや貯金があるなど、だ。

 それらを精霊魂合水晶を通して確認し、神官が誓言魔法を用いて人名登録をしてくれる。

 アントレーネの信仰する神はサヴァネルだが、赤子たちはせっかくなのでラトリシア国の主神とされるサヴェリアに入れてもらった。後に信仰を変えることは可能だし、これらはきょうだい神なので移ろうが増えようが怒られたりはしない。

 それに神殿に登録して所属しておく方が、無難なのだ。

 シウのように無信仰というのは大変珍しいのだった。

 もっとも、誰もシウがどこの神にも属していないことなど、知らないようだったが。

「神官様、あたしは戦神サヴァネルに祈ってるんだけど、サヴェリア神のことはよく知らないんだ。風の神だって聞いてるけど、親がサヴァネル神を信仰してたって大丈夫だよね?」

「もちろんですとも。複数神を信仰しても大丈夫なことはご存知でしょう?」

「そうなんだけどさ。でも、戦神っていうのは他所では忌み嫌われることもあるって聞いたから」

「おや。それは古い時代の話ですよ。それにサヴァネル神は戦の神と呼ばれておりますが、決して争い事が好きな訳ではないのですよ」

「そうなのかい?」

「ええ」

 神官は穏やかに微笑んで、神々の時代の話を教えてあげていた。

 シウはもう耳にタコができるほど聞かされていたのでスルーだ。

 ロトスは初めて聞くはずなのに、最初からスルーしていたけれど。

(なんで神官ってさあ、坊主みたいなんだろー)

「ロトス……」

(だってー。法事の時とか、すごい説教長くてうんざりだったんだもーん)

 正座すると足が痺れて嫌だったと、やってみせて笑うので、周囲で神官の話を同じように聞いていたスサたちが首を傾げていた。正座は見たことがないようだった。



 神官には夕方来てもらったので、そのまま晩餐に招いた。

 こちらも、送っていくのはリコだ。

 今回の分とは別に、ブラード家も寄進をするとかで護衛も一緒に送っていく。

 後日、カスパルが昼のうちに挨拶へ行くようだ。

 彼もマメに寄進をしたり、少し離れているが主神であるサヴォネの神殿に通っている。このあたり、貴族としてはしっかりしている方だ。

 最近では面倒がる貴族も増えたとかで、家僕に寄進だけ向かわせる家も多いらしい。神官が嘆いていた。

 更には、寄進さえしない、つまり神殿に祈りを捧げない貴族も増えてきたとか。

 こうした家は肝心な時に神殿からの助けが後回しにされる。神殿とて人の手で運営されているのだ。優先順位はついてしまう。

 まして、日頃の行いが悪ければ門前払いも有り得るので、きちんとしている貴族家はしっかり通っているようだった。


 このような手配や考え方はすべて、カスパルの指示だった。

 シウも言われてみて、ああそうね、と気付いた。

 産婆への心配りなどは本当に助かったし、神殿を通して出生登録することも良い勉強となった。

 なんとなく、直接役所に登録すればいいやと思っていたのだ。

 しかし、神殿を通すと融通がきくので便利らしい。

 特に今回のように、親代わりがシウのようなややこしい立場の者の場合はすんなりいかないことも多いとか。

 本には載っていない、知恵だった。

「カスパル、すごいね。本当に助かりました。ありがとう」

「どういたしまして」

「って、カスパル様、それも全部古代本の受け売りなんだよな?」

 ダンがバラしてしまう。

「え、そうなの?」

 カスパルはさてね、とおどけたような顔をして笑い、手を振った。

「古き知識に助かる、だよ」

 それこそまさしく古代書にあった文字だ。古い時代の知識の方が実は良かった、というような意味合いで使う。どうやら、その例に今回のようなことが乗っていたのかもしれなかった。

 どちらにしても助かったので、カスパルとその手配のほとんどを行ったであろうロランドに感謝を表したシウである。

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