070 魔眼の説明とやんちゃな女の子




 そう言えば魔眼について、シウはあまり聞いたことがない。

「キリクの魔眼って、ユニーク魔法なんだよね、固有の」

「ああ、そうだ。俺のは真実の姿を見抜く能力が高いな。遠見魔法に匹敵したりするが、見えすぎるので疲れるから普段はこうして眼帯をしているんだ。これをしてても、エルフの偽装ぐらいなら見抜ける」

「あれ、じゃあ、さっきのロトスも見えてた?」

 首輪に偽装魔法を掛けているので、外す前までは妨害できていたはずなのだが。

「ああ、あれはちょっと巧妙だったなあ。若干、霞んでいた。そうとう高価な魔道具でも付けてやっているのか?」

「あー、えーと、そんな感じかな?」

「なんだそりゃ。まあいいか。で、俺の魔眼は他にも使い道があってな、動体視力が高い。全てがゆっくり見えるんだ」

「それはすごいね」

「ああ。これのおかげで、剣筋も見えるし、魔獣との戦いで遅れを取ったこともない」

 ただ、見えすぎるせいで最近は眼帯をしたまま戦うことが多いそうだ。本戦になると、取るそうだが。

「幼い頃に魔力過多症でな、高熱が出て死線を彷徨ったんだ。その時にこれが出た」

「後天的に備わった魔法だったんだ?」

「ああ。珍しいだろう? だが、こうしたユニーク魔法は、大抵高熱を出してって場合が多いそうだぞ。俺を診察した魔術師もそんなことを言っていた」

「へえ」

 そうしたことは本に載っていなかった。

 まだまだ知らない事実が多いようだ。

「他にも、魔素の流れが見えたりするが、膨大な量だから疲れるんで滅多に見ない。これも強力な魔獣を相手にした時だけだな、使うのは」

「いろいろ便利だけど、デメリットもあるってことかあ」

 話題が一段落したところで、紅茶を飲みながら、今後の対策について話し合った。


 ただ、それよりも何よりも、だ。

「洗脳されていた場合の、対策が一番先だな」

「うん。ロトスがそれを心配していて。僕の鑑定結果では大丈夫だと思うんだけど」

「そういや、鑑定持ちだったか? お前、あれこれあるなあ」

「あー。ね?」

「何が、あーね、だよ。ったく。もう今更驚きはしないって」

「あ、ほんと? 良かった」

 シウも今更、あれこれと誤魔化すのが面倒になってきていた。誰に何を話して隠していたのか記憶を辿れば分かるけれど、そこまでして、とも思う。特にキリクには身内に近い感情を抱いているので、もういいかな、という気持ちでいた。

 ただまあ、タイミングが合わない。

「ねえ、だったら、早く洗脳されていないかどうか調べた方がいいんじゃないかしら。可哀想に、こんな小さな子が震えるほど辛いなんて、心が潰されそうだわ」

 サラが会話に入り込んできたので、シウは黙った。

「そうだな。となると、やはり聖別魔法の持ち主が必要になるか」

「ルワイエット子爵に頼みましょう」

 シリルがすぐさま名前を上げた。オリヴィア=ルワイエットのことだ。シウも以前会ったことがある。ソフィアの件で、だ。

 そもそも、ソフィアがシウに「お前に相応しくないからフェレスを譲れ」と強盗まがいに迫ってきたことが発端だった。

 たまたまキリクがいて、魔眼持ちだったから彼女が悪魔憑きだと判明した。

 魔法使いが悪魔に自ら心を売ったというのは、国から糾弾されるほどの大事であり、彼女もまた魔法省で厳重に取り調べられた。

 後にソフィアは裁かれたが当然ながら悪魔払いをしなければならず、それに必要なのが聖別魔法という固有魔法であった。

 空間魔法と同じぐらい稀少な固有魔法なので、持っている者はほとんどが神殿か、国に仕えることとなる。

 オリヴィアは国に第一級宮廷魔術師として仕えており、キリクとは幼なじみでもあった。

 気安い仲のはずだが、キリクはシリルに彼女の名を出されて、若干嫌そうな顔を見せた。

「キリク、あの人嫌いなの?」

「いやー、嫌いってわけじゃないんだが。最近益々嫌味に磨きがかかってな」

「ふうん」

「拗ねておられるのでは?」

「あいつが? どうしてだ」

「シリル様、そうしたことは仰るものではありませんわ。失礼ですわよ」

「おっと、それは失敬しました」

 よく分からない会話をしているが、それぞれに、段取りを立て始めていることだけは分かった。

「では、すぐさまルワイエット子爵にお願いに上がりましょう。先触れを出して、本日中にわたしが参ってこようと思います」

「お前がか?」

「事の重大さが分かるというものです」

「ですが、シリル殿、彼女は裏切らないでしょうか?」

 イェルドが心配そうに確認する。イェルドもオリヴィアとは知った仲のようなのに、このあたりはシビアだ。

 それでもシウが質問したかったことなので、口にしてくれたことは有り難い。

 そして、それに答えたのはキリクだった。

「まあ、あいつはあれで優秀だし、優先順位を履き違えることもない。そのあたりのバカな奴らとは違う。脅されたところで、口を割ることもないだろう」

 なかなかに恐ろしい会話をするので、シウはそっとロトスの耳を塞いだ。

 何? と横に座るシウを振り返って見るので、シウは黙って笑顔で首を横に振った。



 とりあえず、話は一旦ここで終わり、今後の対策については彼等で相談して考えるということになった。

 さあ、じゃあ帰ろうかと思ったのだが、キリクに、

「どうせなら遊んでいけよ」

 と止められてしまった。

 サラもロトスと遊びたいと言うので、ロトスにどうするか聞いたら、それでいいというので滞在することにした。

 まずはフェレスたちの様子が気になるので、サラと共に獣舎へ向かう。

 しかし、騎獣専用の獣舎にフェレスたちはいなかった。馬専用の厩舎にもいない。

 竜舎かと思って足を進めると、その先の発着場でルーナとソール、そしてフェレスたちを発見した。

 本当に飛竜と遊んでもらっているようだ。

 広場にシウたちが近付いていくと、真っ先にフェレスが気付いて顔を上げた。ただし、飛んで来ることはなかった。子供たちの面倒を任されているのでほったらかしにできないと、その目が語っている。偉いものだ。

 反対に、ブランカは遊んでくれている相手を無視して、たったか走ってきた。いつもは頭の上にいるクロも、たまたま降りていたようで置いてきている。

「ぎゃぅ!」

 一瞬、浮き上がったりもして、飛行がそろそろできそうだ。

 しかし、その巨体でぶつかるつもりじゃないだろうな、と不安になった頃、急ブレーキをかけて止まってくれた。

「し、心臓に悪い子ね、この子」

「ごめんなさい、サラさん。ブランカも調教を頼んでいるんだけど、なかなかね」

「こうしてみると、フェレスは賢い方だったのねえ」

 いや、どうだろう。

 あ、ブランカと比べてか。

 そこまで考え、それから落ち込んだ。つまり、シウの育て方が悪いということだ。

 クロは例外だ。あの子は生まれた時から賢い子だった。

「甘やかすからかなあ。僕、ダメな親だねえ」

 ロトスにも言われたことなので、へこんでいると、ロトスに腕を叩かれた。

(誰だって、子供を育てるプロにはなれないんだって。親も親になって初めて、親って仕事の一年生なんだってよ。テレビの受け売りだけど)

「……ありがと」

 ロトスの頭を撫でていると、サラが苦笑しながら呆れたように言った。

「確かに、あなた、甘やかしそうよねえ」

 そして、片方の眉をひょいと上げて、彼女は続けた。

「でもま、いいんじゃないかしら。調教師に頼んで、厳しくしてもらっても。あなたが可愛がれば良いのよ。そんなものよ。キリク様だって、ルーナにはとことん甘かったんだから。調教師の大変だったこと」

 懐かしそうな顔をして、彼女は笑ったのだった。


 ブランカを連れて広場へ近付くと、ルーナが挨拶してきた。

「ギャギャギャッギャギャギャギャギャッ」

「ありがと。助かったよ。でも、心が広いねえ」

 彼女の言ったことが分かった調教師も苦笑している。

「ねえ、ルーナはなんと言ったの?」

「ブランカと遊ぶの大変だったみたい。でも、生まれてくる我が子も似たようなものかと思って我慢した、というようなことを」

「あはは。そうよね。子供って理不尽で残酷で破茶目茶で、でも可愛いのよねえ」

 今はキリクの第三秘書をやっている娘のレベッカを、思い出したのだろうか。笑顔になって語る。

「男の子だとやんちゃでしょうね」

 サラはちらりとロトスを見て、言った。

「聖獣だと違うのかしら。見るからに高貴で品格のある姿をしてるものね。礼儀正しいし、こんなに小さいのにおとなしいわ。ああ、見て、ほら」

 フェレスのところに駆け戻ったブランカが、今度はルーナに突進している。フェレスの時よりも無謀でやんちゃだ。

「もうすぐ成獣になるはずのブランカがあれだものねえ。やんちゃだわ」

「ブランカは女の子なんだけどね」

「……そう、だったかしら。そうなの。まあ……」

 サラは言葉に詰まってしまった。

 横ではロトスがまだ笑っている。もちろん、顔には出さずにお澄まし顔であるが、心の中はダダモレだ。

(ひ・ん・か・く!! マジか!! 俺ヤバイ、前世庶民でタダの大学生だったのに!! 主演男優賞もらっていいレベル? し、しかも、ブランカ、女の子なのに!!)

 まあ、落ち込んでいた気持ちが浮上して何よりだ。

 もう少し、感情の発露を抑えてもらえると助かるが。

 とりあえず、そっと彼の頭を小突いていくことは忘れない。

「笑いすぎだよ」

「はあい」

 短い小さな手を頭の天辺にやって、上目遣いに見上げてくるが、それが通用したのはシウではなく、サラと調教師の男性だけであった。

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