069 洗脳、刷り込み、不安と面会




 ロトスが落ち込んだため、すぐに離れ家へ戻った。

 あまりにへこんでいるので、シウは何をどう慰めたらいいのか悩みながら口を開いた。

「好きだったの? ソフィアのこと」

「ちがう。そうじゃなくて」

(こういう偶然性は神様の仕業かなって思うけど、これはないんじゃないのって思っただけ)

「というと?」

(だって、俺、シウのことを逆恨みしているかもしれない女の子に育てられたんだぜ?)

 だからどうしたのだろうと、首をひねる。嫌な巡り合わせだったが、すでに終わったことだ。ロトスだってあの頃のことは忘れた! と言って、すっきりしていたのに。

(シウって、ほんと、鈍感。つまりさあ、俺の立場としては、微妙だって話)

 更に分からなくて、困ってしまった。

 ロトスは小さく笑って、あーあ、と大きな溜息? のようなものを零して、続けた。

(悪魔憑きだったんだろ? 俺、もしかして洗脳されてないかな? あと、刷り込みとかあったらどうする? 今度もし再会して、この子に、シウを殺せって言われたら……)

 そんなん嫌だ。

 という言葉にならない思いが強く届いた。

 シウはびっくりして、一瞬固まり、それから慌ててロトスを抱き締めた。

 ここは絶対に、抱き締めておく場面だ。鈍感なシウにだってそれぐらいは分かる。

「大丈夫だから!! 洗脳されてないし、万が一されてても問題ない!! あと、刷り込みは分かんないけど、会わないようにすればいいだけだし、殺されたりもしないし、何かされても、ロトスを悪く思ったりなんてしないから!!」

「……うん……っ」

 腕に囲んだところで、温かい小さな体が震えた。

 やがて、服が濡れる感触。

 リュカもこうして自分の胸で泣いていたなあ、と思いだした。

 子供が泣くのは、悲しくて見ていたくない。

 よしよしと頭を撫でたら、ロトスは泣き止むどころか、声を上げて泣き出してしまった。

 彼だってまだ子供で、たくさんのものが詰まっていたのだ。

 そんなことに気付かずのほほんとしていたシウは、本当に情けなく、改めてロトスに可哀想なことをしたと猛省することになった。


 スタン爺さんに事情を話すと、それはぜひ、キリクにも話した方がいいと勧められた。

 キリクにも軽くロトスの事情は話しているので、心配ならばツテを頼って洗脳されていないかどうか調べることもできるだろうと言うのだ。

 確かにと、すぐにキリクへ連絡を入れた。

 幸いにして王都へ来る用事があったとかで、明日には転移してくると言う。忙しい中、申し訳ないがアポを取った。


 その夜は、フェレスたちと一緒にコルディス湖の隠れ家で皆並んで寝ることにした。

 シウとフェレスに挟まれたロトスは暫く寝られないようでもぞもぞしていたが、やがてすうすうと眠りに就いた。

 シウはずっと、大丈夫だからね、と頭や背中を撫でてくっついていた。フェレスも何かを感じたようで尻尾を使ってロトスを撫でていた。

 ただ、寝付きが良いので、ロトスよりも先に寝てしまっていたが。その優しさは寝てからも暫く、尻尾がゆらゆら揺れていることからも伝わってきた。




 翌日、金の日。

 シウは馬車を呼んで、フェレスたちを連れてオスカリウス家へ向かった。

 珍しく馬車で行ったものだから、屋敷の門兵は驚いていた。中を検める時に、御者に通行証を渡していたにも拘らず信用できなかったらしくて、

「あれ、本当にシウ様ですか!」

 などと言っていた。

 馬車から降りる時も、シウが子供を抱えているので、扉係の家僕や家令のリベルトもびっくりしていた。

「おはようございます。申し訳ないですが、この子たちを」

 フェレスたちに視線を向けると、リベルトは分かっていると言いたげに頷いて、すぐさま待機していた家僕たちに指示を出した。

「厩舎へお連れするように。子供たちが遊びたい場所へ行ってよろしいと、調教師には伝えなさい」

「はい」

 無事、引き渡せた。フェレスには朝、言い聞かせていたので納得しているが、ブランカは今日も離れ離れなのと少し不満そうだった。それでもフェレスに「りゅうがいるよ、いっぱいあそべるよ!」と気を引くようなことを言われ、クロにも宥められて家僕に付いて行った。

 こういう時、ロトスはごめんねと声を掛けるのだが、今日はシウに抱っこされたまま大人しい。

 まだ、しょんぼりしているようだ。半分は、昨日の自分の態度を思い出して恥ずかしく、身悶えた結果のようだが。

 朝、一通り暴れていたので、今は力が抜けてぼーっとしているところである。

 また思い出して身悶える前に、目的地へ急ぐ。


 従者のナフがやって来て、キリクの執務室へと案内してくれた。

 道中、替わりましょうかと言われたが笑顔で首を横に振った。それだけで彼には、シウの抱いている者の大事さが伝わったようだ。

「メイド長には遠慮しておくよう、申し伝えます」

「ありがと」

 メイド長はナフの母親で、貴族家で働くものとしては珍しくも豪快なタイプの人だ。お喋りが好きなので、深刻な話の時には遠慮してもらった方が良い。決して悪気があるわけではないが、彼女がロトスを見て何を言いだすのか想像できるだけに、今は避けた方が賢明だった。ナフは息子なので、そうしたところをよくよく理解しているのだ。


 部屋へ入ると、すぐさま応接間へと進む。ナフはそこで立ち去った。

 応接間には主のキリク以外に、軍師兼補佐官のイェルドと第一秘書官のシリル、そして護衛でもあり、諜報を担当しているサラが待っていた。

「お待たせしてすみません」

「いや、気にするな」

 キリクが気楽な様子で話しながらも、彼を含め全員が視線をロトスへ向ける。

「ロトス、大丈夫?」

「うん」

 降りると言ってもぞもぞしたので、その場に下ろす。

 チラッと振り返って集まった面々を見、それから小さく溜息を吐いてシウを見上げてきた。

 シウは笑って頷いた。

 大丈夫。彼等は信用に足る人物だ、と目で語る。

 昨日のことがなければ、きっとロトスは何の心配もせずにここへ立っていただろうに。

 緊張はしても、ここまで不安そうな顔はしなかったに違いない。

 シウはそっと、ロトスの肩を抱き、引き寄せた。そして、ぽんぽんと背中を叩く。

「ありがと……」

「うん。じゃあ、ご挨拶しようか」

「わかった」

 そろっと振り返ると、その場で首輪を自分で取って、ぺこりと頭を下げる。

「ロトスです。はじめまして」

 その瞬間から、ロトスには新しく四人のファンが増えたのだった。



 自分の容姿を最大限活かすとは以前にも言っていたが、こういう時でもやれてしまうのがロトスのすごいところだ。

 愛くるしい幼児姿で、ところどころ辿々しく聞こえる話し方で、自分が生まれてきた時の話を始める。

 実際、ロワイエ語は理解できても、体の構造上であったり彼の知識上、上手く喋れないことは分かっていたが、若干の演技も入ったロトスの話はいかにも「可哀想で憐れな聖獣」らしかった。

 内心で舌を巻いたものの、もちろんここでシウが彼の演技に水を差す訳にはいかない。素知らぬ顔でうんうんと頷いて聞いていた。

 サラはすでに大泣きしており、ハンカチで涙を拭っていた。

 シリルは耐えていたが、面白いというと失礼だが、イェルドも目を潤ませていた。

 キリクは意外にもそうした感情の起伏を見せはしなかった。ただ、真剣に話を聞いているのみだ。


 ロトスがシウに拾われて、暫く部屋の中で匿われていたことや、聖獣の王ポエニクスのシュヴィークザームに面会したことまで話すと、そこで一旦喋るのを止めた。

 喉が渇いただろうと、シウが魔法袋から飲み物を取り出そうとしたら、サラが隣室へ言って手ずから紅茶を入れてくれた。

 その間に、シウは昨日のことを説明した。

「ソフィア=オベリオが、そのゴロツキどもと一緒にいた女ってことか」

「うん。手配書の絵姿を見て、ショックを受けてしまって。それで今日は抱っこして連れてきたんだ。普段はもうちょっと元気なんだよ。ね?」

「うん……」

 それから、シウのような勘違いを起こす前に、慌ててロトスの言っていたことを付け加える。

「刷り込みがあったらどうしようとか、悪魔憑きだったなら洗脳されているんじゃないかって心配してるみたい」

「ああ、そっちか。でも、その女に愛情のようなものは感じていないのだろう? さっきの話でも、ちゃんと食事の用意をしていたようには思えないし、兵に踏み込まれた時もさっさと逃げたようだからな」

「愛情はないみたい。怖かったようだしね」

「……毎日ひもじい思いをしていたんだろう? 最低だな、あの女」

「あの女って、キリク……」

「あの女はあの女だ。ろくなことしねえな。ったく。……ロトスよ、お前、よく頑張ったな」

「あ、えと、その」

「聖獣だろうがなんだろうが、子供のうちは子供なんだ。甘えたら良い。助けてくれたシウに一番な、甘えさせてもらえ。でも、お前には、俺たちもいるってことを、覚えていてくれ」

 キリクの頼もしい言葉に、ロトスは感動したようだ。その輝く目は演技でもなんでもなかった。

「絶対に、お前をウルティムスに引き渡したりしない。この魔眼に誓おう」

 左側の眼帯を指差して笑う。こういう言い方を子供が喜ぶと思っているようだ。

 しかし残念ながら、相手はもうちょっと大きい子供なのだった。

(ヤベえ、この人、本物の中二病……)

「ロトス?」

「あ、はい! えっと、よろしく、おねがいします!!」

 慌てて、取ってつけたように頭を下げていたが、その姿さえキリクたちには可愛く見えたようだった。ロトスの本性がバレなくて良かった。いや、バレても守ってはくれるだろうが。夢や希望が壊れるのは見たくない。

 なにしろ、しっかり者の彼等でさえ、聖獣とはかくも儚く麗しい存在なのだと思っているらしいからだ。

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