065 対等な友人と生命




 芽生えの月となり、シウたちはロワル王都のスタン爺さんの家へと転移した。

 一応、先週末からの休みを利用して飛竜で飛んできたという体で、火の日に来たのだ。

 王都門を潜ってはいないが、王都はいちいち出入りをチェックしていないのでバレない。

 馬車に乗っていたと言えば、更にバレる可能性はない。民間の飛竜発着場の幾つかは王都の外にあるため、そこから王都内への移動は馬車も多かった。


 そうした、ちょっとした工作をしつつも、どこか抜けているシウだから、ロトスに叱られたりもする。

 実は、空間魔法を持っていることがバレてしまったのだ。

 ロトスいわく、そんなもん分かるよ、らしい。

 シウは全然隠せていなかったようだ。

 さすがに、もっと小さい頃は気付かなかったようだが、シウがあまりに転移に慣れすぎていたり、空間魔法の持ち主だからこそ容量の大きな魔法袋を持っているのではと考えついたようだ。

 一応、爺様の遺産だとか拾ったものだとか(幾つもあるので)適当な嘘はついていたのだが、考えてみれば彼は聖獣で、嘘を見抜く力があったのだった。

 本人に謝ると、黙っていた気持ちは理解できるから別にいいよ、と言ってはくれたが、シウは暫く落ち込んだ。

 騙しているつもりはなくとも、騙していたのだから糾弾してくれた方がもう少し楽だった。けれど、ロトスは心底、怒っていないのだ。

(なんで? だって、俺がどんなヤツか分かんないのに、バラしてピンチに陥るって、どんだけアホな主人公なんだよ。ラノベの主人公も頭はあるんだぜ?)

「あ、そうなんだ」

(そうだよ。ていうか、俺が怒ってるのは、シウが自重してないこと! そりゃ、今のシウなら、バレてもどうとでもなるだろうけどさあ。でも前に、空間魔法の持ち主は割と強制的に宮廷魔術師へ勧誘されちゃうって言ってたじゃん。そういうのが嫌だったら自重しようってことだよ。だってさ、これってさ、フラグなんだぜ?)

「フラグ? 何の?」

(偉大な魔法使いを国に留めておくために、王が娘を嫁にやるんだよ~。で、それならわたしも立候補しますわ! とか言い出す女の子たちがいっぱいいて、ハーレムになって、貴族になっちゃって、しがらみで動けなくなるの!!)

 こえぇぇぇと両手で頬を抑えながら言うのだが、その顔はどう見ても笑っている。

 なんとも楽しそうだ。

(貴族になってハーレム作っちゃって、チートを活かすのならそれでもいいけどさー。いいなあ、羨ましいなあ!)

 話がとっちらかってきた。シウが話を元に戻す。

「つまり、それが嫌なら、もう少し隠す努力をしろ、というわけかあ」

「そうそう。ええとねえ……」

 言葉が思いつかないのか、面倒くさくなったのか、また念話で伝えてくる。

(架空の人物を作るのもアリなんだぜ。第二の人物には商売を、第三の人物が悪者退治。第四の人物が権力者、とかさ)

「なるほどねえ。そんなものか」

(シウは慎重なのか、抜けてるのか分かんないからなあ。俺、心配だあ)

 シウは苦笑しながら、ロトスに頭を下げた。

「心配してくれて、ありがと。そうなんだよね、スタン爺さんにもあっさりバレちゃったし。悪い人に知られたら怖いよね。まあ、今更、空間魔法のことが国にバレても無理矢理役職に付けられることはないと思うんだけど」

 もうすぐ成人するし、キリク=オスカリウスという後ろ盾もいる今となっては、さほど気にすることではない。

 ただ、確かに、身の回りが煩くなるだろう。

 それが好きな人たちに迷惑をかける形になっては申し訳ない。

 ふと、気になってロトスに聞いてみた。

「商売っていうか、特許はそれほど目立ってないから、いいよね?」

 特許料をないに等しい額にしていることや、シウ以外の人のものも日々多く提出されているため、魔道具にしろ術式にしろ、さほど目立ちはしないのだ。

 確かに、安く出来上がるので商家には有名だが、庶民には誰の術式かなどは興味のないことで、また知りようもない。

「それは、いいんじゃないの?」

 足をぶらぶらさせながら、答える。見た目は本当に可愛い幼稚園児だ。その姿を、シウと一緒にテーブルについていたスタン爺さんが見て微笑む。

 そして、そこまで黙って聞いていたスタン爺さんが、口を開いた。

「そのあたりは、大丈夫じゃろうて」

「そう?」

「うむ。お前さんが開発したものが良いものなのは確かじゃが、すぐに似たものは出ておるしのう。関わっている者や、事情通とやらが知っているだけなら、気にするほどではないと、わしは思う」

 武器についても、シウが気にするほどに広まってはいなかった。

 塊射機も、魔法がベースの世界では、弓と同じ感覚でいるらしく、似たものは出たものの売れているわけではないようだ。そんな道具を使うなら、魔法で攻撃すれば良い。

 また、魔力の少ない人間が塊射機モドキ――つまり銃型の武器だが――これを持ったとしても割に合わない。術式が複雑になるため高価なのだ。魔核や魔石を消耗し、弾が必要で一々交換するなどの手間を考えたら、魔力がない者は弓や剣を使うし、魔力のある者はわざわざ邪魔な武器を持つ必要がないというわけだ。

 もしも、ブラックボックス化しておらず、術式をコピーされたとしても、やはり持つ者は少ないのではないか、というのがスタン爺さんの意見だった。

 攻撃のための武器が必要な人間は、基本的には魔力持ちだからだ。

 魔力のない人間の大半は、庶民であり、それらを必要としない。

 中には外れ者もいるだろうが、それは、どの道具だろうが「問題」として出てくる。そこを気にしていたら何もできないと、スタン爺さんには言われた。

 ロトスも同調していた。

「シウはさー、あんぜんとか、すごくしんぱいするよね。でも、やられるときは、やられちゃうんだって。そんなことまで、せきにん、もたなくていいよ」

 イチゴオレを飲みながら、ロトスは子供らしからぬ顔付きで言う。

 シウは、ガツンと頭を殴られたような気がした。

(ラノベの主人公でもよくあるよ。責任背負いすぎだっての。もっと、自由でいいんじゃない? まあ、シウが心配性なのって、年寄りの時代を生きたからかなって、思うけど)

「年寄りの?」

(うん。俺のばあちゃんもスゲー心配性だった。なんでも持っておけって、鞄に詰め込んでくるし。学校行くのに、そんな重い荷物持ってけねーっつうの)

 足をぶらぶらさせて、ロトスはテーブルを見ていた。

(残りの人生が少ないから、焦るんだって。大好きな孫が困らないように、考えちゃうんだって。自分がいなくなった後、大丈夫なようにしておきたいって、年金からチマチマ貯金してくれてさあ。俺の通帳、友達のと比べて桁が違うんだぜ? だからさあ、年寄りってそんなものなのかな、って思ったの。シウも、ちょっとばあちゃんと似てるところある)

 しんみりしているのを隠すためか、少し早口で、俯いている。

 シウは、そっと頭に手を置いて、撫でた。

 スタン爺さんが、目を細めて笑んでいる。

 前世のことなど話していないのに、彼は何もかも分かっているようで、心が安心する。

 シウは、ものすごく幸せな巡り合わせをしているのではないだろうか。スタン爺さんと出会えたことは僥倖だと思っていた。彼はシウを導き見守ってくれる存在だ。

 そして、ロトスはシウを指摘してくれる、対等な友人なのだ。

 いつもどこか、自分の年齢分、どうしても上から見ていたように思う。何事に対しても、何人に対しても。スタン爺さんや、ガルエラドの前でだけ、子供でいられた。

 シウは傲慢だった。

「……ロトス、僕にいろいろ教えてね?」

「もちろん。そのかわり、おれにも、おしえてね。まほーとか、女の子としりあうほうほうも!」

 ロトスの言葉に、シウだけでなくスタン爺さんまで吹き出してしまった。

 こういうところが、ロトスの良いところで、好きなところなのだ。




 さて、朝の早い時間に転移してきたので、静かにいろいろと語り合っていたのだが、エミナたちもそろそろと起きてきた。

 ドミトルは職人なのですでに起きて仕事をしていたけれど、エミナの起床に合わせて居間へとやって来た。

 寝不足顔のエミナは、ふやふや泣いている小さな赤ん坊を抱いて、ぼんやり二階から降りてきたが、ドミトルにすぐ助けられていた。

「エミナ、おはよう。それと、お疲れ様」

「あ、シウ。おはよう。そっか、今日だったわね。あー、ごめんね、こんな格好で……」

 と言いながら、テーブルについているロトスを見て、突然ぼんやりしていた顔がシャッキリになった。

「……!! すっごく可愛い!! 何、この子、どうしたの?」

 叫んだせいで、ふやふや泣いていた子が、びっくりして、ふぎゃ、と言った後、大泣きし始めた。ドミトルが抱っこしながら、エミナに非難の眼差しだ。

「あ、まずい。ごめん。ごめんねー、アシュリー、お母さんが悪かったわ!」

 ドミトルから赤ん坊を受け取ると、宥めながら揺らす。

 それでも泣き止まないので、ドミトルが、

「お腹が空いているのかもしれないね」

 と、言った。

 エミナは小さく笑って、はいはいと言いながら揺り椅子に座る。スタン爺さんのお気に入りのそこに座って何をするのかと思えば、いきなり服の前を開け始めた。

「ちょ、エミナ、待って!」

 慌てて、あたふたしていたら、スタン爺さんが笑った。

 しかし、エミナもドミトルもきょとんとしている。

「席を外すから!」

 そう言うと、シウが慌てた理由に気付いたらしい。

「あたしは気にしないから、見てもいいわよ? それに、身内じゃないの。見られて減るものではないわ。第一、お乳を飲んでいる赤ちゃんって可愛いじゃない」

 エミナは近所のお姉さんがお乳をやるのを見て、本当にうっとりしたのだと、続けた。

「ほら、そこのチビちゃんもおいでよ。あなたももっと小さい時はこうやって飲ませてもらってたんだよ? お母さんは偉いんだから」

「あー。ええと、じゃあ、見ようかな!」

 ロトスはシウをチラッと見てから、いそいそと椅子を下りて揺り椅子に近付いた。

(シウ、止めるなよ? シウの風紀委員会が邪魔をしても、俺は見ちゃうぞ!)

「あのねえ、ロトス。そういうことを言うなら、僕も倫理委員会発動するよ?」

(わあ! ごめんごめん、もう言わない。俺、子供! チビちゃんだから、許して!)

「何やってるのよ。早くいらっしゃいな。アシュリーもお腹空いちゃったよね~?」

 シウが年頃であることは全く意に介さず、エミナはあっさりと前を開けて、と言ってもさすがに布で隠れていたが、アシュリーと名付けられた女の子にお乳を与えた。

 フェレスやブランカたちと違って、大きな音は立てないけれど、んくんく、と一生懸命飲もうとする姿に、シウはとても感動した。

 ああ、命だ、と思う。

 赤ん坊のこの力強さはなんだろう。フェレスたちを見ても涙が出るほど嬉しかったが、アシュリーの一心不乱にお乳を飲む姿は、瞬きできないほどに見入ってしまう。愛おしさが後から後から溢れ出てくるようだ。

 これが、エミナの子、だからだ。母とも姉とも思えるエミナの産んだ、子供の強い生きる姿を見たからだ。

「かわいいね。それに、生きてるね……」

 ロトスも同じことを感じたらしい。聖獣であるために親がいるということもなく、当然ながらお乳をもらうこともない。しかし、これまでの来し方を思い出したのだろう。

 ロトスは涙を零しながら、呟いた。

「生きてるって、すごいことだね」

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