066 赤ん坊と肝っ玉母さん




 ロワル王都周辺では、赤子の頭を撫でると良い子に育つという風習があるので、シウとロトスもアシュリーの頭をそっと優しく撫でた。

「いろんな人に撫でてもらうことでね、いろんな人生の選択肢を与えてあげるのよ」

「すごいね。アシュリー、いっぱいなでてもらわなきゃね」

「ええ。ありがとう、ロトス。あ、でも、ブランカ、あなたはいいわ!」

 興味津々で大きな体ごと揺り籠を覗き込むので、エミナも苦笑しながら止めていた。

「それにしても、おっきくなったわねえ。もうすぐ成獣?」

「あと一月ぐらいかな。クロはもう成獣扱いなんだけどね」

「鳥型って、牙では判断しないのよね? 大体で決めちゃうのかしら」

「一応、生まれてから七ヶ月を過ぎると、調教が終わっていれば成獣扱いにしてもいいらしいよ。国や、調教師によってもまちまちだから、どれが正しいっていうのはないみたい」

 だから、第三者の調教師が許可すれば成獣として登録してもいいそうだ。

 二頭の調教を請け負ってくれている学校の教授スラヴェナからも、クロは合格点をもらっている。未だに預けているのは、偏にブランカがサボらないように、だ。

 この二頭は一緒に卵石を温め、孵したからか、双子のように仲が良いのだ。いつもくっついている。クロが兄のようでブランカが妹といった立ち位置だが、生まれたのはブランカが先だった。

「ところで、ロトスはリュカと違って獣人族とのハーフじゃないんでしょう?」

 アシュリーを眺めながら、エミナが聞いてくる。

 名乗りの挨拶だけはお互いしているが、詳細はまだ話していなかった。

「ちょっと公にできない感じの種族、って思っていて」

「あら、そうなの」

 相変わらず、大らかな人だ。あらそうなの、の一言で終わってしまった。

「訳ありなのは、シウの連れてくる子だもの、慣れてるわよ。とりあえず、誰にも言っちゃいけないのね? もし、つるっと言っちゃっても、ああまたエミナが言ってるよって思われるから大丈夫よ。安心して!」

「おねーさん、かっこいいね」

「あら、あなたは可愛いわね!」

 二人は意気投合して、きゃいきゃいと話を続けていた。

 シウはドミトルに、明言はしなかったがぼかしつつ、事情を説明した。彼は空気を読めるし裏も呼んでくれるので大方のところを理解してくれたようだ。他言はしないと自ら申し出てくれた。

 事情を隠していても良かったのだが、こうしたことは信頼している相手になら話していた方が良いということを、シウはカスパルに教えられた。

 知っていれば、黙っている範囲を自分で判断できるからだ。

 シウには、勿体無い家族や友人たちだった。


 ブランカが気になってしようがないと、揺り籠の周りをグルグルしているのを止めながら、シウは休みの間のことを相談した。

「何か手伝うことない? 産後で大変だよね?」

「うーん。でも、アキも来てくれるし、クロエさん繋がりで知り合った友達もいるから、特にないのよ? シウが作り置きしてくれる料理も、おかげさまでドミトルが喜んで食べてるしね。これ以上してほしいことってないなあ」

「そうなの?」

「それより、久しぶりなんだから、お友達と遊んだりしなさいよ。シウ、青春真っ盛りでしょ!」

 バンと肩を叩かれて、シウはつんのめった。

 ロトスがそれを見て笑う。

(ヤベえ。なんで、女の人って子供を産んだらオバサン化するんだ? この人、まだ若いんだろ?)

「今年二十歳だよ」

「え、なに? あたしのこと?」

「ううん、なんでもない」

(二十歳! 俺が死んだ歳! 同級生がもう子供産んでる計算? ひぇー!!)

 念話はやめなさい、と目で示したが、ロトスはきゃっきゃとテーブルを叩いている。

 ブランカがそれに気付いて、ようやくアシュリーから興味を失くし、ロトスにぶつかった。

「ぐいぐい、おしちゃだめだって! おれ、たおれるだろー」

「ぎゃぅ」

「おまえはねー、おおきくなったことをじかくしろ」

「ぎゃぅ」

 言葉はきつそうに見えるが、ロトスもきょうだいのようにして過ごしてるので、仲の良い関係だ。傍目には組んず解れつ見えても、仲良くひっついて騒いでいる。

「それより、ここは居間なんだからね。暴れないこと」

 シウが注意するとふたり(二頭)はピタッと動きを止めた。

「はーい」

「ぎゃぅ」

「フェレスを見習うように。ほら」

 指差すと、フェレスはスタン爺さんを独り占めして遊んでもらっていた。大好きな玩具を取り出して。

「ぎゃぅ!」

「きゅぃ、きゅぃきゅぃ!」

 ぶらんかも! と、突進するのをクロがその頭上から、留めている。

 あぶないからおしとやかに、と注意したらしい。スラヴェナは貴族流のマナーも教えているようだ。

 おしとやかにできるかどうかは分からないが、そうした言葉を使うようになったのが面白かった。

 ブランカは大きな体に急ブレーキを掛けて、そろりと歩き始めた。

 スタン爺さんの家の居間は大きいとはいえ数歩で着いた。そして、その場にしゃがむ。

「ぎゃぅ」

 声を潜めて、おねだりだ。

 スタン爺さんは通訳せずとも、しっかりと彼女の言葉を理解した。

「よしよし。お前さんとも遊んでやるからの。クロや、お前さんともじゃ」

「きゅぃ」

 嬉しそうに鳴いて、三頭はスタン爺さんの下、遊び始めた。

 ロトスは参加せず、エミナとの会話を選んだようだった。


 エミナがロトスを、一番下の弟か、子供にしても良いよ、と言い出すまでそう時間はかからなかった。

「面白い子ー。可愛いし、本当にあたしのところの子になっちゃいなさいよ!」

 肝っ玉母さんだ。

 でも、残念ながら、ロトスは今年の末頃には大人の姿になってしまう。シュヴィークザームが言うには、青年姿になれば、後は緩やかに年をとるのでほぼそのままと思っていいと言われている。

 エミナと同じぐらいの年頃の、子供というのはいくらなんでも通らないだろう。

 それよりも、今、当たり前の事実に気付いたが、もしかしなくてもシウはロトスに身長を越されてしまうのだ。

 ハッとしたので、二人に気付かれてしまい、問い質されたので素直に吐露すると。

「自分より小さい子に先を越されるのかあ! 悲しいわね!」

「おれ、シウよりおっきくなっちゃうんだー! わーい!」

 二人共大笑いである。

 ちょっと、ぶすくれてしまったシウである。


 それにしてもエミナは、姿形が一年で大きく様変わりすると言っているのに、平然としている。

 何故そんなに落ち着いているのか聞いたら、

「だって。あたしの中で一番の異種族はエルフだもん。ティアさんに出会ったし、ドワーフのアグリコラさんとも仲良いじゃない? 今更、年齢と見た目が違う種族に出会ったところで、まあ、そういう人もいるんだなってぐらいよ」

 などと返ってきた。

 ロワル王都にも多種多様な種族の人が集まるので、それほど驚きはないようだ。

 さすがにハイエルフや竜人族、小人族などは見たことがないようだけれど。

「物語本が好きだし、冒険者を目指していたから人族以外のこともちょっとは勉強したのよ。憧れのエルフにも会えたし、あとは、そうだなあ。聖獣に会ってみたいかなあ」

「……聖獣ね」

「せいじゅうかあ!」

(やっべ。俺、今すげえワクワクしてんだけど! いざ明かされる、その正体は! なんつって)

 そっと、ロトスの頭に軽いゲンコツを落とした。

「笑わせないでよ」

「えへへー」

「二人共、仲良いわねえ」

 エミナが羨ましそうに見るので首を傾げると。

「あたし、一人っ子だったから。きょうだい欲しかったなあ」

 アシュリーを覗き込み、彼女は続ける。

「大人になってから、シウやアキっていう弟や妹ができたけど、小さい頃はたくさんのきょうだいに囲まれて過ごしたかったわ。……この子には、きょうだいを作ってあげたいな」

「できるよ、エミナ」

「そうそう!」

(でもそれ子作り宣言! うはは)

 可愛い顔で念話を送ってくるからまだかろうじて許せるが、おじさんがこんなことを言うとセクハラで訴えられるのではないだろうか。

 シウがじっと見つめたら、ロトスは慌てて椅子を下り、フェレスたちのところへと駆けて行った。

「あら、飽きちゃったのかな? ロトスって、可愛らしいけど、ちょっと変わってるわね」

 バレてるようだ。シウは苦笑で、頷いた。

「ね、シウ。あなたがあたしの弟で、この子のお兄ちゃんなんだからね?」

「うん」

「アキも、あたしの妹で、この子のお姉ちゃんね」

「アキはすごく頑張ってるよね」

「そうなの。助かるけど、今年あの子も成人だからなあ。お爺ちゃんが、正式にうちで雇っても良いとは言ってくれてるんだけど、本人が悩んでるみたいで」

 ずっと手伝ってくれていたことから、この店で就職したらどうかと打診はしているようだ。

 元々、店主と手伝いが一人か二人は必要な店なので、実家も近いアキエラならちょうど良いと考えたのだろう。

「悩んでるの?」

「ほら、ヴルスト食堂。継いだ方がいいのかなって。でも、あのお店を切り盛りできる自信はないみたいでね。あとは、うちが無理して雇用するって言ってるんじゃないかって、気を遣ってる感じ? ちゃんとお給料払えるぐらい、売上はあるのにね~」

 遠くへの仕入れは今はやっていないが、知り合いの馬車の片隅を借りることで、これまで同様の仕入れはできているようだ。

 それに、シウもいくらかは貢献している。道具の素材となるものを、定期的に持ってきているからだ。身内価格で卸しているので(本当は要らないのだがスタン爺さんは頑として聞かないのだ)十分に潤っていると、エミナも胸を張った。

「遠慮しなくていいのに。そりゃあ、他にやりたい仕事があれば、仕方ないんだけどね」

 アキエラも、将来のことをじっくり考える歳になったのだ。

 時間の経つのは早いことだ。

 卵石だった子たちが、今では成獣となるほどなのだから、それも当然のことなのだが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます