062 遠い過去の魔法袋の中身
婚約者へ当てた手紙は、ロトスが読んでというので朗読したが、しんみりしてしまうものだった。
「『ウルシュラへ、もう、わたしを待たなくても良い。この戦が終われば結婚しようと約束したけれど、それは無理なことだと分かってしまった。
申し訳ない。君を何年も待たせて、こんなことをお願いするなんて、わたしは恥知らずだ。だが、わたしは君の幸せを心から願っている。どうか、わたしよりも良い男と結婚してほしい。君ほどの女性ならば、きっと良い縁談が舞い込むことだろう。それを見ないで済むのが、唯一の幸いだ。
わたしは、これから極秘任務を請け負うこととなる。その前に、この手紙を従者へと預けるつもりだ。
ああ、この手紙が君に届いていますように。愛する』」
手紙は途中で切れていた。急いで書いた跡もあったので、何事かあって、慌てて魔法袋に投げ入れたのだろう。
ロトスは興味本位に読んでとせがんだことを、後悔しているようだった。
しかし、口にしたのは別のことだ。
(だからさあ、こういうのはフラグって言うんだ。なんで、帰ってきたら結婚しようとか言うんだよ。死ぬっつうの。……それに、待ってる女が可哀想じゃん)
悪ぶった言い方だが、子狐の表情でも分かるほど、落ち込んでいるようだ。尻尾も項垂れていた。
シウは慰めるように頭を撫でて、魔法袋の中身を教えてあげる。
「他には、大量の小麦、大豆、堅焼きパン、干し肉、野菜を凝縮した固形物、魔道具、武器、少しだけど金貨や金属類、あとは魔石などだね。宝石もないし、軍の管理する物資のようだよ」
それを聞くと、少し気持ちが浮上したようだ。
基本的にこの世界ではこうしたものは拾った者の持ち物となる。それを知ってから、彼はわくわくしていたのだ。
(こっちには金銀財宝はなかったのかあ。残念!)
「でも、そんなものよりも食糧の方が何物にも代えがたい価値があると思うよ?」
たかが麦と言うなかれ。これがなければ、生き延びれないほどの場所があったということだ。
金銀財宝が食べ物を作ってくれるわけではない。だからこそ、何よりも価値はあったに違いない。
(でもそれがここにあるってことは……)
「間に合わなかったんだろうね。あるいは、道中、襲われたのか」
無念だったろうなと思う。
(もう! 本当に本当に! フラグの通りにやられちまって!!)
ロトスは今度は怒りだしてしまった。
グルグル回って、尻尾を追いかけるようにきゃんきゃん鳴いている。
(魔法袋って夢のあるアイテムだけどさあ! こういう時、すっごく落ち込むからやだぜ!)
「落ち込んでるから回ってるの?」
(ストレス発散してるの! くそー! 俺は絶対にフラグ通りには行かないんだからな!)
一頻りきゃんきゃん鳴いて走り回っていたら、段々と気持ちも落ち着いてきたようだ。
ふらふらっとよろけながらシウの下へ戻ってきて、人化する。
「これ、どうするの?」
並べられた魔法袋を見て、首を傾げる。まだ幼児の姿でやるので、首が落ちそうだ。彼いわく「あざと可愛い」様子に笑いながら、シウは答えた。
「一応、そのまま保管かな。ただ、こっちは、なんとかして王家に返還したいね」
「えっ。かえすの?」
「金銀財宝は、サタフェス王家のものだし、食材は今は余り気味だから要らないだろうけど、財物はあっても腐らないしね」
冒険者が持っていたグララケルタの中の食材はほとんどが処分された。魔法袋には時間経過がないと言われていたが、作り手の問題か、何百年も経てば中身もダメになるらしい。
しかし、空間魔法の持ち主が力の限りに作った魔法袋は、大きさもさることながら、劣化もなく当時のまま存在していた。
「えー、どうせわかんないのに」
「でも、僕が持っててもしようがないものばっかりなんだもん」
黄金の印鑑だとか、女性の着ける宝飾類、無駄に凝った鎧など、どうすれば良いのか。
魔核や魔石なら使い道もあるが、書類も記録庫に勝手にコピーされてしまったし、不要だった。
「サタフェス国時代の金貨は、歴史的にも価値があるわけじゃないし、そもそも、僕、金貨類はたくさん持っているからなあ」
「かねもちめ!」
「あはは」
そこで、俺が欲しい、と言わないところがロトスの可愛いところだ。
彼が独り立ちすると言い出したら、もちろんそれなりのものを用立てるつもりだったが、そうしたことを気にしないのが子供らしくて良い。
シウは人生の終盤を過ごしたという経験があるからこそ、備えを気にしてしまうが、若くして亡くなった彼にとってみれば、人生の終盤というのは遠い未来なのだ。何も持たずとも生きていけるという、自信がそこにはある。
性格もあるのだろうが、シウはロトスのこうしたところが好きだった。
ただ、金銀財宝の入った魔法袋をどうやって返すかが問題だ。
まさかオプスクーリタースシルワへ遊びに行って見付けました、と正直には言えない。
「悩ましいねえ」
「ぷりめら、においとくとか」
プリメーラ地下迷宮に、今度クラスメイトが潜りに行くかもしれないと教えたので、思い付いたのだろう。
「生徒が、それを王家に渡すと思う?」
「だよねー」
「一番良いのは、シュヴィに渡しておくことだけど」
「でもさー、あの人、ちょっとぬけてるよね?」
何度か会ううちに、ロトスもシュヴィークザームの天然っぷりに気付いていた。
今では良いようにこき使って、もとい、付き合っている。
「見抜けないように付く嘘を考えるのに必死で、辻褄合わせに困るよ」
「それ、おれのことも、はいってるね! ごめんね!」
片手を挙げて言うので、シウは笑ってロトスの頭を撫でた。
ところで、ロトスとはオーガスタ帝国時代の魔法袋について話をしたが、やはり彼も大蛇蜥蜴はアナコンダだと言い切った。
(絶対アナコンダ一択。やべえ、何これ。昔はこんなでかいのがいたの?)
「そうらしいよ。ほら、対比図見てみて」
禁書庫で見付けた当時の魔獣図鑑を、複写して見せてみたのだが、大層喜んでくれた。
(えーと、これ、何て書いてるんだ? 人間と比べたら、えっとー)
「小さいもので十メートル、大きいと五十メートルのものがいたらしいね。でももっと大物のアナコンダもいたって話が、少数民族の報告からあるらしいよ」
(ひえっ)
寒そうなフリで、縮こまる。本当にぞくっときたらしい。
(俺、蛇嫌いー)
「好きな人は少ないよね。あ、地底竜、ワームはアナコンダに似てるよ。鱗が独特で、手も足もあるから蛇ではなかったけど」
(げげっ!)
もうやめて、と手で耳を塞いで、蹲ってしまった。もちろん、演技だ。すぐに飛び上がって、話を変えた。
「なーなー、そのアナコンダ、グララケルタより、おっきいのがつくれたんだ?」
「うん。胃袋が複数あったらしいよ。第一の胃袋で溶かして、普通はそのまま腸へ流すそうだけど、大量に獲物を捕食したら第二胃袋を保管庫として使ってたみたい。腐らないから、空間魔法を持っていたのかもね」
(複数ってことは第三もあったのかな?)
「子供を入れていたとか、いろんな説があるらしいね。胃袋から出てきたって話があるよ。ここ」
複写した紙を見せると、ロトスは目を細めた。
「わー。ちっこいのがいっぱい。……にんげんより、大きくない?」
「大きいね」
また、ぎゃーと叫んで蹲ってしまった。
それでも質問してくるのだから、怖いもの見たさというのか、明るい性格だ。
「ふくろって、どれぐらい大きいの?」
「空間魔法の持ち主が処理したら、そうだねえ、この場合だと」
オーガスタ帝国時代の魔法袋を示して、続けた。
「物流会社の倉庫ぐらいかな?」
(一流の? そのへんの会社ぐらいのかな。あ、でもそれだと、グララケルタの良いヤツぐらいか)
グララケルタはそのサイズやランクによって、魔法袋の大きさも決まってくる。ボスクラスだと、ロトスの言う通り、一般的な物流会社の倉庫ぐらいはあった。
アナコンダは違う。
「一流の方。ほら、電動の乗り物、ああいうのがないと移動できないぐらいの大きさ」
(うわっ、すげえ)
「でも、制限はあるみたい。千種類まで、かな?」
フル鑑定の結果を抜粋して教える。
「重さは全体で、一八〇トン弱、だね」
「へえ」
「……どうも、元の体の大きさに関係あるみたいだ。アナコンダ、じゃなかった大蛇蜥蜴がそれだけの重さを持っていたらしいね。自分よりも大きい重さのものは持てないっていう制約があったのかも」
(ていうかさ、第二胃袋に自分と同じぐらいの重さを入れてたの? ヤバくねえ?)
当たり前の事実に、シウも笑った。
「いや、ほら、そもそも、空間魔法だから」
(あ、そっか。……でもさあ。ホント、この世界、ファンタジーだぜ)
面白いからいいけどさ、とロトスは楽しげに笑った。
この大蛇蜥蜴の魔法袋は綺麗に作りなおしてロトスにあげることにした。
本人は、びっくりして、それから要らないよと言っていたが明らかに遠慮している風だったので、子供が気にするなと強引に承諾させた。
「外側のデザインが決まったら教えてね。内側の掃除とか繕い直したりにちょっと時間かかるから、その間に」
「むずかしいの?」
「生産魔法持ちだから、できるよ。掃除するのに裏返しにするのが、ちょっと大変なだけ」
なにせ、元胃袋なので気になってしまう。気分的な問題だけど、食糧を入れるならきちんとしておきたい。
「んー。じゃあ、あの、おねがいします」
幼児姿でぺこっと頭を下げたが、そこには「あざと可愛い」様子はどこにもなかった。
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