赤ちゃんラッシュと希少獣の悲哀

061 日常、探検、発見、過去の拾い物




 雪解けの月になり、初年度生も学校に慣れてきた頃、今年の休みの知らせがミーティングルームに貼り出された。

「芽生えの月の最初の二週って、去年とは違う?」

「そうらしいわね。生徒会が、もうこれで行こうって話していたわ」

 プルウィアは生徒会が性に合ったのか、正式に委員となって頑張っている。まだペーペーらしいが、頭角を現しているらしい。どう頭角を現しているのかが想像できて、教えてくれたルイスたちと笑ったものだ。

「合宿に行くの?」

「僕はロワルに里帰りするから」

 古代遺跡研究科の生徒たちは、シウの話を聞いてプリメーラへ見学がてら行きたいと、交渉している最中だ。

 前の教授が潜っているので、もしかしたら許可が降りるのではと頑張っている。

「プルウィアは戦略指揮科の合宿だったよね?」

「ええ。夏頃に騎士学校や新兵教練学校と合同でやることになっているの。その前の準備段階ね。でも、ニルソンのクラスと合同合宿だから、今からうんざりよ」

「大変だね」

「ベニグドがいないことだけが幸いね!」

 彼が卒業したことで、シウへのきつい視線もかなり減ったので、楽になったことは確かだ。

 最近は学校でも問題が減りつつあり、二年度生になったことも手伝って気楽なものだった。




 週末には冒険者ギルドの仕事を受けたりと、いつも通りにしていたが、三日あるうちの一日か二日は爺様の山小屋やコルディス湖畔の隠れ家、そして新たに加わったヴァニタス近くの崖の洞穴へ遊びに行った。

 ヴァニタスは最近作ったばかりなので探索もほとんどされておらず、フェレスたちと見て回るのは楽しかった。フェレスも違う場所へ来ることで索敵能力も上げ、訓練と称した遊びも高等なものになっている。

 このヴァニタス近くでは、良質の炭酸泉を見付けたので大量に保存した。

 一般にも炭酸水は流通しているのだが、硬質水であったり気が抜けたりしてそれほど人気のあるものではない。地元のマニアな酒飲みが好んで使うぐらいだ。何かに使っている人もいるだろうが、広く流行っているわけではない。やはり、保存の問題なのだろう。

 ロトスは前世で炭酸入りジュースが好きだったらしく、発見して飲めると分かったら、飛び跳ねて喜んでいた。

 シウは炭酸は飲む方は苦手なので、保存はあくまでもロトスの飲料用だ。

 温度が高ければ温泉にして楽しめたのだが、残念なことに冷たい。加熱すると炭酸は抜けるので、高濃度の炭酸泉を見付けたら加熱してお風呂にするのも良いなと思う。フェレスにも探検の際には気を付けておくよう頼んだ。

 ところで、この話をロトスにしたら、

(お爺ちゃんはなー、すぐに温泉とか入りたがるんだよー)

 と、呆れたように笑っていた。彼が炭酸温泉の楽しみを理解するのはまだまだ先のようだった。


 このヴァニタス行きの帰りには、大抵シュヴィークザーム用に(というか彼とロトスの面会用に)作った山小屋へ寄るのだが、周辺の探索でハーピーの住処を見付け、討伐に向かったことがある。

 ハーピーは、遠目だと頭部が人間の女性のように見え、気持ち悪い魔獣のベストスリーに入っている。頭部以外の部分は鳥型をしており、頭部が人の頭ほどもあるので、それに合わせた比率にでもしたのか、体は大きい。もし、魔獣の存在を知らないまま最初にハーピーを見たら、悪夢に魘されそうな怖さがある。なんといっても女性のように見える頭部に鳥の体がくっついて、しかもバカでかい鳥なのだ。コンドルも真っ青である。

 彼等の多くは山岳地帯や海辺の崖に住んでおり、稀に迷宮の深層部でも見られるそうだ。シウが寛いでいるヴァニタスの洞穴も、元はハーピーの巣らしかった。

 同じ鳥型であるシュヴィークザームの脅威ではないだろうが、ハーピーは魔獣の中では中位、もしくは人によれば上位種とも位置づけるので、念のための討伐だった。

 そこで、シウは面白いものを発見した。

「昔の、魔法袋だね」

「[そのようだの]」

 シュヴィークザームは狩りを見たいというので獣型に戻って飛んでおり、その上にロトスとクロを背負っている。ブランカは動きまわって大変だから乗せたくないと、拒否していた。

 拒否されても全く傷付いていないブランカは、フェレスの上で紐を使ってぐるぐる巻きにされていた。ハーネスの紐をフェレスと繋いでいたのだが、何度か落ちて「ぐぇ」となったので、強硬手段に出たのだ。

「幾つか、あるね。ここ、宝物置き場だったのかな、ハーピーの」

 あるいはゴミ箱かもしれないが。

 相当古い、グララケルタの頬袋で作った何の装飾も施されてない魔法袋と、空間魔法の持ち主が最大限に力を振るって作ったもの、それらが幾つかぞんざいに放置されていた。

 それらの上には、大量の人骨だったり獣の骨、つまりハーピーにとってのゴミが乗っていた。土に戻りかけている乾いた糞もあったので、まず間違いなくゴミ置き場だと思うのだが、そこに彼等の好む魔石もまとめて置いてあったので悩むところだ。

 まあ、どちらでも良い。

「[それはおぬしのものだ。使用者権限がついておらぬのなら、取り出せるだろう?]」

「使用者権限がついていても引っ剥がすのは可能だけどさ。それより先に出よう」

 風属性魔法で匂いを遮断はしたものの、強烈な臭気があるのだ。

 糞も食べ物も一緒くたにしてあるが、全く気にならないのが魔獣らしい。

 フェレスにも遮断を掛けたものの、しきりに前足で鼻を擦っていた。




 シュヴィークザームが魔法袋に興味を持たなかったこともあり、どのみち拾った者に受け取る権利があるということでシウが全部持って帰る事になった。

 調べてみたら、ほとんどが『サタフェスの悲劇』が起こった時代のものと判明した。中に日記のようなものや、研究のメモが入っていたので分かりやすかった。

 魔獣スタンピードが起こった時、ほとんどの軍関係者が逃げきれない民を守るために立ち向かおうとしたらしいのだが、一部の後方支援部隊、つまり魔法使いを含めた兵站担当の者たちが、逃げてしまった。

 籠城して戦おうとしただろうに、一番必要だった物資を持って逃げられたわけだ。もちろん、一部であったとは思うが。

 当時の、陣頭指揮を取っていた者たちにとって、精神的ダメージは大きかったろう。

 仲間に裏切られ、物資まで盗まれていったのだから。

 とはいえ、物資を盗んだことは非難されることだが、逃げ出した気持ちは分からないでもない。

 籠城しても堪え切れないという事実は、専門家ならば余計に感じただろうから、闇雲に籠城を進めて民を押し留めていた執行部に反した気持ちは分かるのだ。

 結果論ではあるが、サタフェス王都は物資が足りずに餓死するよりもずっと前に、消え失せた。

 その後、どうやって魔獣のスタンピードが終了し、ひしめき合っていた魔獣がいなくなったのかは分かっていない。

 『スミナ王女物語』でもそれは語られていない。史実でも、そうらしい、とか、かもしれないという注釈付きで作者の考えが述べられているだけだ。

 現在の専門家の大半は、襲うべき人間がいなくなってしまい、互いを襲い合って自滅したのだ、ということになっている。

 残った魔獣も、聖獣あるいはドラゴンなどに征されたのではないかと言われていた。

 でなければ、近隣の国に、魔獣の脅威が広がっていただろう。

 そして、そうした事実は史実からも否定されている。



 魔法袋の中にある大量の小麦や干し肉などを見ていると、当時を想像して憐れに思う。

 一番容量の大きな魔法袋は、美しく綺麗な装飾が施されており、これが国の宝物でもあったのだと察せられた。一つには食材が大量に入れられ、一つには当時の大事な書類などや金銀財宝が、きっと慌てて入れたのであろう、絡まって入っていた。

 グララケルタで作ったものは、冒険者の所持品のようだった。同時期なので、護衛として雇ったのかもしれない。

 そこにも食材や持ち主の財産などが入っている。

 書き殴られたメモもあったので、彼等が辿った道も大体想像がついた。

 ランクの高い冒険者に守られて、兵站を担当していた官吏、そして宮廷魔術師などがオプスクーリタースシルワへ逃げた。

 追手を怖れて、何度も探知魔法を使っただのと書いている。

 なんとか、逃げ切れたのではないか、というところで幾人かがばらけてしまったようだ。そこでメモは途切れているので、魔獣に襲われたのだろう。たぶん、大昔のハーピーに。

 彼等は体ごと掴まれて巣に運ばれ、食べられたのだ。残ったものは隅に追いやられて、その上にどんどんと次の犠牲者の残ったものが積み上げられていく。

 ハーピーは何度も代替わりをしているだろうし、そこにあるゴミは彼等にとっては景色となっていたから、この時代まで残ったのだ。


 この冒険者はマメな性格だったらしく、いやあるいは後日揉めるのが怖かったからか、依頼者の話を逐一書き留めていた。走り書きだったので、隠れて書いたのだろうか。裏切られることを想定して、残したのかもしれなかった。

 宮廷魔術師の日記は、王都に魔獣が向かってくる、というところで終わっていたのでその後の心境などは分からなかったけれど、その前に書かれている内容から、そうとう気の小さな人間だということは分かった。神経質で、上司と部下に挟まれて常に悩んでおり、何故自分はここにいるのかとよく自問自答していた。

 死にたくないから逃げたのだろうが、逃げた先でも彼に平穏は訪れなかった。

 どの道を選んでも終わりは一緒だったのだ。


 そうしたものの他に、時代が全く違う魔法袋もあった。これは一番下に埋もれるように存在していたので、ハーピーが巣にするより以前のものかもしれない。

 元からあったのか、ハーピーが誰かを襲って持ってきたのかは不明だが、オーガスタ帝国時代のものだった。

 見た目は汚い袋だが、この時代にまで外側が解れるとこもなく、形を残していることからもまず間違いなく一級品の魔法袋だ。

 事実、鑑定してみたら、大蛇蜥蜴の第二胃袋製魔法袋と出てきた。鑑定の表示では現代の言葉に変えられているが、ペルグランデアングイスとかギガントパイソンという呼び方をしていた魔獣のことである。

 この中に、手紙が入っていた。荷運びをした者の私物のようだった。

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