063 エミナの出産、ロトスの披露、復讐話

人によってはかなり不快な表現があります。

(表現を緩めたつもりですが、ご気分を害される可能性がありますので、不安な方はご覧になられませんようお願い致します)


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 雪解けの月の半ばには嬉しい知らせがあった。

 エミナが第一子を産んだのだ。

 すぐにでも駆け付けたかったが、本人から、学校もあるだろうしどうせ来月には里帰りするじゃないのと、断ってきた。

 そう言えば、出産してすぐに駆け付ける親族は嫌われると聞いたことがあるので、我慢することにした。

 ロトスに言うと、

(それ、シュートメとかコジュー? じゃね? シウは、弟分なんだろ? だったら家族じゃん。普通に、気にかけてくれたんだって。シウは考えすぎだっつーの)

「そっか。なら、ええと、エミナの言う通りにしておくのが良いってことだよね?」

(そーそー)

「ところで、ロトス。【姑】と【小姑】だよ。あと【舅】も忘れちゃダメだよ」

「はーい」

 ぷりん、とお尻を振って右手を挙げた。最近の彼のお気に入りポーズだ。

 これをするとスサたちが喜ぶのだ。


 そう、この頃にはもうロトスを屋敷の人へ紹介していた。

 実は獣の子ではなくて、人間の子だったと教えたら、みんなから大層怒られた。

 子供を隠すなんて何事だ! というわけである。

 その通りなので神妙にお叱りを受けた。

 カスパルには話していたので、彼だけは、あとロランドも薄々とだが分かっていたような節があり、共に落ち着いていた。

 屋敷の皆には、ロトスには事情があって、ものすごく珍しい種族とのハーフなのだと教えている。

 でないと希少獣は一年ほどで成獣となるため、人化も当然ながらそれに合わせて育ってしまうからだ。今は幼児でも、今年の山粧うの月あたりでは青年姿だろう。

 珍しい種族ならそれもあり得ると、そのあたりはあっさり信じてもらえた。

 よって、外には出さないと明言している。攫われる可能性があるからだ。

 そして、大変申し訳無いことながら、こうした事情があるために屋敷の人全員へ、契約魔法を受けてもらった。


 これは、カスパルからの申し出だった。

 一年近くもロトスを部屋に閉じ込めておくのは可哀想だと、二人だけで話をしている時に言われたのだ。

 前から気になっていたらしく、シウが時折こっそり連れ出していることも知っていたらしい。せめて家の中だけでは気楽にさせようと、彼から言い出してくれた時には嬉しかった。

 契約魔法についても、シウなら複合技として使えるのでは? と図書館などで調べてきたらしい内容のメモを渡された。

 その優しさと思慮深さに感じ入って、その魔法がもう使えるだなんて無粋なことも言わなかった。そこは成長したシウである。

 契約魔法を受けるにあたっては、働いている人全員一人ずつと面談して、話し合ったらしい。とても重要なことを知ることになるので、秘密にしてもらいたい。そのための契約魔法なのだが、命に別条はないが嫌なら受けなくて良いと、説明したそうだ。

 皆、シウがこそこそしていることには気付いていたし、アントレーネのこともそうだが、ひょいひょい何かを連れて帰ってくることは慣れっこで、アントレーネよりももうちょっと事情が大変なのだろうと逆に同情してくれたようだ。

 最近、お腹が目に見えて大きくなってきたアントレーネも、自分と同じような事情があるのなら可哀想だと、即受けると約束してくれた。


 契約魔法と言っても、簡単なものだ。

 秘密を守って口にはしないと、約束してくれるだけでいい。違えると、契約時に告げた罰則事項が降り掛かってくる。

 シウは大変申し訳無いと思いつつ、皆には契約魔法と精神魔法の二重掛けをさせてもらうことにした。罰則は、それだ。

 もし秘密を口にしたら、その秘密を忘れる、というものだ。

 今回のことで言うなら「ロトス」の存在を綺麗さっぱり忘れる、ということだ。

 当然ながら、それは皆にも伝えた。

 知っている者同士の会話は許されるというルールが通用する、緩めの精神魔法を用いている。細かいが、幾つかの文言を重ねて、刻み込ませてもらった。

 この文言を考えるだけでカスパルと二人、三日かかったほどだが、おかげで誰にも支障なく契約魔法を掛けることができた。

 カスパルは自分にもと言ったが、そこは拒否した。

 彼は責任ある立場の人で、従業員である彼等とは違う。それにシウもカスパルを頼りにしているのだから。

 そう伝えたら、珍しく照れ臭そうにしていた。


 とにかくも、そうしたわけでロトスは今、屋敷の中でアイドルだ。

 今は幼稚園児ぐらいの大きさだが、とにかく可愛らしいので皆に愛されている。リュカも自分より下の子ができたと喜んでお世話してくれた。

 そのうち、アントレーネが子供を産むだろうから、ますます子供率が高くなるのだが、本当にシウはやりたい放題で、それを許してくれるカスパルには頭が上がらない。

「いいよいいよ、楽しいから」

 などと言って、鷹揚だ。

 良い下宿先だが、シウはもう少し自重しようと反省した。


 ロトスには登録している人間以外には、ぼんやりとした姿にしか見えないよう、偽装の魔術式を付与した首輪をつけてもらっている。

 火竜の革の首輪だが、伸縮可能なので、人化になってもウルペースレクスへ戻っても問題はない。

 首輪と言っても奴隷用ではなくてチョーカー風にしているが、アントレーネと同様に見ていて気持ちの良いものではない。

 最初フェレスに付けるのも嫌なぐらいだったが、気にするのはシウばかりで、彼等は気にしていない。

 アントレーネも、今はシウの奴隷ということを誇りに思うからと、納得しているようだ。いつかは外してあげたいのだが、その前に彼女には言っておくことがある。

「もうすぐ出産だよね」

「ああ。いよいよだ。産婆の話では、やはり三人いるようだ」

「そっか」

 フェレスに頼んで、子供たちを外に出した後、シウはアントレーネに聞いた。

「もう一度確認しておきたいことがあるんだけど」

「なんだろうか、シウ様」

 最初からシウに話があることを、彼女は知っていたようだ。最近母親らしく柔らかくなっていた表情が、キリリとなった。

「……もし、アントレーネが復讐したいというのなら、本当に僕は手伝うからね?」

 アントレーネの手を握って、ゆっくりと彼女に申し出た。

「なんで、今頃って思うだろうけど。アントレーネの気持ちが落ち着くまで、そして忙しくなる出産よりも前に、言っておきたかったんだ」

「シウ様」

「別に、復讐しろと唆しているんじゃないんだ。ただ、アントレーネの心の中に憎しみの部分が残ってどうしようもないのなら、それを解消すべきだと思う。そして、僕はアントレーネの主だ。あなたを守り助ける存在でなくてはならない」

「……シウ様は、人間を殺したことはないのでしょう?」

「ないよ」

「……手伝うということは、それに手を貸すということ、です」

「そうだね」

 不意に、握っていたシウの手を振り払おうとしてきたので、彼女の手をきつく握り直した。

「シウ様、それは、いけない」

「アントレーネ、聞いて。僕のいたところでは、ごめん、言葉を選べないからはっきり言うね? 無理矢理に貞操を奪われることは、心を殺されることだと表現されていたんだ。殺人と同等だと言う人もいた」

 アントレーネがヒュッと喉を鳴らした。

「ごめんね、思い出したくないことを言って。あなたはとても強い人だし、一人で悲しみや辛さを乗り越えてきた人だって、知ってる。でも、心を殺された人間が、本当に平気なわけはないんだ。もしも、乗り越えられる方法の一つに復讐があるとあなたが思うなら、僕はそれを手伝いたい」

 前世でそれは許されないことだったが、この世界では可能だ。むしろ、厳罰化傾向にある。なにしろ、盗賊団は見付け次第殺してもいいし、その持ち物は討伐者の物というルールだ。他にも厳しいルールが存在している。

 仕返しを、法に背いてまで勧めるつもりはない。しかし、その法が自由度の高い、いわゆる個人の裁量に任されている部分が大きいのだ。もちろん、基本的には「正しい」形で存在している。

 今回のことでアントレーネが報復したとしても、当然と受け止められるだろう。

「シウ様……」

 ぎゅうっと強く握り返された。獣人族の彼女の握力は強く、同時に彼女の心の苦しみが理解できる。

「どんな方法でもいいよ。よほどのことでない限りは手伝うからね」

「よほどのことって……?」

「たとえば、軍隊まるごと全滅させてしまう、っていうのはちょっとどうかなと思うよね?」

「あ、は。はは、それは、ない、なあ……」

 泣きそうだった顔が、途端に破顔した。

「……参ったなあ。シウ様、あなたはどこまで、あたしを惹き付けるんですか。ったく」

 さっぱりした顔をして、アントレーネはまた柔らかい母親の顔になった。

 優しい顔をして、お腹を撫でながら、彼女は静かに続けた。

「どんな子が生まれてきても、あたしは愛せますよ。そりゃ、戦士の生き方しか知らないから、子育てはできないだろうけど。でも憎んだりしない。あたしたちの村じゃあ、子供は誰の子でも宝だった。それに、あたしは生娘でもなかった。貞操なんて、そんな風に言ってもらえるもんじゃない。だけど」

 柔らかい顔のまま、アントレーネはシウに視線を向けた。

「あたしを陥れて裏切った奴らや、女のあたしだけを拷問した奴らは、もしも会うことがあれば、あたしの手で始末する。これは戦争だ。やられたらやり返す、それまでのことさ。それが、あたしの生き様だ。シウ様には手伝ってもらうかもしれないけど、手を下すのはあたしだ」

「うん。分かった」

「……シウ様は怒らないの?」

「どうして?」

「どうして、って。子供の父親がいるかもしれない――」

「僕は聖人君子じゃないし。心を殺されてまで相手を許したりはできないよ」

「……シウ様」

「あと、子供の父親は僕だからね!」

「……ええっ?」

「あ、ダメ? でも、親はいっぱいいるよ。この屋敷にも。フェレスたちだって、可愛がってくれると思うし。それでいい?」

「あ、ああ。ええと、そう、だね。……そうだね。村とおんなじだよね。みんなで育てる。それにシウ様はあたしの主だ。あたしの親も同然だ」

「だったら、孫かあ。僕、お爺ちゃんになるんだなあ」

 割と本気で言ったのだが、アントレーネは冗談だと思ったらしく、お腹に響くのではないかというほど大笑いして、心配したスサたちが覗きに来ていた。

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