058 場所の選定と隠れ家作り
お昼ご飯も一緒にどうかと勧められ、その流れで夕方頃まで遺跡発掘調査隊のメンバーと過ごした。
彼等は暫く泊まりこみで発掘するらしいので、シウは戻ると言って、帰っていった。
が、見えなくなったところで転移する。
迷宮近くの宿に行くわけではない。迷宮の外を囲むように連なる森のなかへ、転移したのだ。
地下迷宮は特に楽しいわけでもないし、遺跡もサタフェス王国の時代のもので、帝国よりはずっと新しい。はっきり言えば興味がなかったのだ。
一応、建前として潜ってみたに過ぎない。案内人にも、暫く迷宮で泊まりこむと言ってある。もちろん驚かれはしたが、なんといってもヴィンセントの名入りの通行許可証を持っているから、強く詮索されることはなかった。
転移すると、もう日が落ちかけているので森の中は真っ暗だ。
全方位探索を使っているとはいえ、一応警戒しながら転移を繰り返し、ここまでは絶対に誰も来ないだろうところで足を止めた。
「ここに泊まろうか」
「にゃ」
「久しぶりに二人っきりだね」
「にゃ、にゃにゃにゃ」
ほんとうだ、おとまりでしうといっしょ! と今頃気付いて、フェレスは大はしゃぎだ。
可愛いなあと、暫く撫で回して時間を忘れた。
地面を均し、土属性魔法で小屋程度の大きさの囲いを造り、その中にテントを張る。
作ってあった小屋を出しても良かったのだが、万が一、誰かに見付かった時にこの場所だと言い訳が立たないので止めた。
テントでも十分快適に過ごせるので、晩ご飯の用意をしたり、周辺を索敵したりして夜は過ぎていった。
翌日は朝からオプスクーリタースシルワと呼ばれる大山脈を探索することにした。
転移を繰り返しながら、感覚転移を幾つもに分けて使ってみる。良い訓練にもなるので、フェレスに乗ったままふらふらーっとあっちへ行き、こっちへ行きと見て回る。
しかし、どこも一長一短で、場所の選定には困った。
できればルシエラ王都に近い方が、物理的に移動する際には便利かもと思って探していたが、森の木々の様子が気に入らなかったり、地形が険しかったり、水が無かったり、段々と注文に煩い客のような気持ちで不動産探しだ。
ここへシュヴィークザームが来るのは、転移石を使ってだということを思い出したのは昼ご飯の時で、深い溜息の後、オプスクーリタースシルワの中央へ向かった。
一番高い山であるヴァニタス近辺は、魔獣や薬草の宝庫だったが、それこそシュヴィークザームが過ごす「隠れ家」にしては問題だ。もう少し、景色が良くて安全なところが良い。
更に転移しながら探索を繰り返していると、オプスクーリタースシルワの南部、浅い山脈の辺りにエルフの村があることを知った。
この国のエルフはハイエルフの息がかかっているそうなので、君子ではないが君子は危うきに近寄らずの精神で、大回りして避けた。
こうしてオプスクーリタースシルワを全体として見ると、どこにも素敵スポットがないように思う。プリメーラの西、大山脈の森の端にある遺跡は火山という意味そのままのヴルカーンが位置しており、人が多い。大山脈の東の端にはエーデという遺跡があり、こちらも付近の街は賑わっている。
もし本格的に隠れ家へ籠もって、物資も自分たちで運ぶとなったら、街に近い方が良いかもしれない。
となると、プリメーラのような兵士ばかりのいる、街とは名ばかりの場所よりもヴルカーンかエーデの遺跡へ行きやすい方が良いだろう。
どちらが良いかなと考えて、王領直轄地であるエーデよりは、比較的安全なシベリウス領のヴルカーンがオススメかもしれないと思い始める。
それに、どちらかといえばルシエラ王都にも近い。
近いと言っても飛竜を使わないと普通の人間は移動が無理だから、心情的なものと物理的なものの両方を兼ね備えているわけだが。ようするに中途半端に離れていることへの、安心と距離による壁だ。
「よし、じゃあ、このへんで景色の良さそうなところを探そうか」
「にゃ!」
「フェレスも探してくれる?」
「にゃん」
いってくるー、と飛んでいってしまった。昨夕からこっち、シウとベタベタできたのですっきり爽やか、ご機嫌よろしく元気いっぱいだ。しかも森のなかで遊び回れるのだ。
尻尾を振り回して、初めての森なのに減速もせずに飛び回っている。
シウはその間に、ロトスに通信を入れて話をしたり、アントレーネの様子を聞いたりしていた。チビっ子たちはロトスが面倒を見て、なんとかやれているようだった。
やがて、夕方前に、ようやく良い場所を見付けることができた。
「フェレス、お手柄だよ!」
「にゃぁぁん!」
頑丈な岩場の続く森の中の切れ間で、緩やかに崖になっていることから山脈の浅いところが見通せる。下から上への視線ということと、木々のおかげで低地からは見えず、上空を飛んでいたとしても目立つ形の山が別にあるので、目端に残ったりはしないだろう。
妨害魔法も掛けておくが、自然と埋没しそうな場所なのでキリクのような人間でない限りはバレなさそうだ。
「見晴らしが良いなあ」
天気の良い日ならば、遠く向こうにヴルカーンのある山並みを望めそうだ。
シュヴィークザームならば飛んでいって、街で買い物をして帰ってくることも可能ではないかと思う。
「よし、じゃあ、急いで小屋を建てようか!」
「にゃん」
「フェレスは周辺の魔獣を調べて。いけるなら狩ってもいいよ」
「にゃ!」
わかった、とすぐさま離れていく。勇んでいるので、気をつけてね、と念押ししたものの、この辺りには危険な魔獣はいないようだった。
オプスクーリタースシルワは闇の森という意味があるし、人々からも怖れられている大山脈なので、どれだけ怖い場所なのかとシウも少しは心配していたのだが、転移して見て回った内容から考えると、イオタ山脈と同レベル程度だった。
少なくとも竜の里オリーゴロクスほどではない。あそこは黒の森が南にあったせいで危険な魔獣もいたが、ここは至って普通に、深い山脈なだけだ。
少々、拍子抜けではあった。
「にゃにゃー」
「あ、お帰り。獲物はあった?」
「にゃ!」
自分の魔法袋から、器用に爪で取り出していく。ルプスが多いが、これは寒い場所には大抵いるものなので仕方ない。
「グララケルタもいたんだ。アングイスもいたの。フェレス、蛇好きだねえ」
脱皮した皮を集めるのが好きなので、蛇を見付けたら問答無用で捉えたくなるようだ。
「にゃにゃにゃにゃ、にゃにゃにゃ」
「うーん、それってグランデアラネアとハーピーかな?」
岩場が多いので、ハーピーやガーゴイルはいるかなと思っていたが、やはりいるらしい。ただ、ここから離れている上に、巣から離れる様子はなかった。
「寒さって感じるのかな? とりあえず、結界張るし、いっか」
小屋は以前作っていたものの中から大きめのものを再利用して、基礎だけその場で魔法を使ってしっかりと作った。
少し離れているが泉もあって、調べたら大山脈の高地から地下水として巡ってきたものだった。これをパイプを使って通し、凍らないように処置を施していく。
「さすがに温泉は無理だなあ。ヴルカーンは遠すぎるね」
「にゃにゃ!」
おんせん! と喜ぶので、今度ね、と宥めて小屋を設置した。
ログハウスっぽい造りの、平屋建ての完成だ。台所と居間、お風呂場などの水回り、部屋は寝室が三つしかないが、増設も可能だから構わないだろう。
「シュヴィークザームの部屋と比べたら小さいから、怒られそうだね」
「にゃ?」
でも案外、巣を作ってるので小さい方が喜ぶかもしれない。
中に入ると、地下への通路を繋げて、降りる。そこに《転移礎石》を設置した。この地下室へは強固な結界を張って、ここだけでも持ちこたえられるようにする。転移してきて、山小屋がなくなっていたら困るのでこうしてみた。
もちろん、山小屋周辺へも結界を張っておくが、念のためだ。
その後は細かいところを確認して、早めの晩ご飯を摂ってから寝ることにした。
翌日は、ヴァニタス近くまで転移して、そこそこ良いと思われる崖の中腹にあった、元はハーピーの巣穴を改装してシウの秘密の隠れ家にした。
昨日ふらふら飛んでいる最中に発見し、目をつけていたのだ。
洞穴の外には飛び台となる岩場もあって、騎獣の乗り入れにも良い。念のため、足場を強固にし、周辺に認識阻害を掛けた。
柵を付けて、飛び台は横からの出入りにしたが、これだけでも魔獣の意識を削げるだろう。
中は匂いがひどかったので浄化を掛け、岩場を綺麗に削ってから断熱材を入れて、板を張った。
空気穴も造り、部屋も造っていく。
ある程度整ったところで、後はまた今度ということにした。奥の部屋に、《転移礎石》を打ち込んで結界を張り、終了だ。
また転移して、プリメーラへと戻り、何くわぬ顔で迷宮の外に出た。
飛竜発着場へ歩いていると、案内をしてくれた役人が飛んできた。
「ああ、良かった! 迷宮の中で死んでしまったのかと」
「え? 泊まるって言いましたよね?」
「聞いたけれど、でも一応ヴィンセント殿下の裏書きがあるのだし、もし何かあったらと思うと気が気でなくてね」
「それはすみません。でも、三十階層までしか行ってませんけど、アクリダやアルウスよりはマシでしたよ? もうちょっと深いところじゃないと、危険じゃないんでしょうね」
遺跡も見られて良かったです、と挨拶して彼とは別れた。
来るときに乗せてくれた騎手が、帰りも乗せてくれることになった。ちょうど王都に戻るという兵士が数人いて、ついで乗りもできたので良かった。自分ひとりだけだと、また申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
帰路では、兵士たちから彼等が里帰りできた理由が功績を上げたからだと教えてもらったり、プリメーラでの魔獣対策など聞けて、良かった。
王城の発着場に到着すると、騎手にはお礼としてまた芋餅を渡した。本当は金銭の方が良いのかもしれないが、本人が喜んでくれているので良しとした。
そのままシウは王城を後にし、歩いて貴族街を抜けて屋敷へと戻っていったのだった。
おかげで、徒歩で王城から出てくる魔法使いとして、門兵には覚えられてしまったようだ。
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