057 サタフェスの悲劇の跡地へ




 土の日は朝早くから王城へと出向いた。

 手紙と、王領への通行手形、そしてプリメーラ地下迷宮への通行許可証を持って行った。

 シュヴィークザームが立ち会いに来ており、担当の近衛騎士たちも一緒に待っている。

 ヴィンセントがいなくて良かったと心底思った。

「気をつけて行くのだぞ?」

「はいはい」

「本当は我も共に参りたいのだが」

「あ、それは本当に止めてね? そんなこと言い出したら絶対にヴィンセント殿下とか、たくさん引き連れてついてくるから。本末転倒だし」

「分かっておるわ」

 それぐらいのこと、とツンと顎を上げて胸を張る。でもたぶん、そうしたことは考えていなかったと思う。ちょっとばかり、残念そうな顔をしていたからだ。

 引きこもりらしくおとなしくしていてくれたら良いのに、先日からちょこちょこと外に出る楽しみを覚えてきてるようなのが怖い。

 シュヴィークザームが、ただ人なら良いのだが、彼は聖獣の王ポエニクスなのである。

 その彼が動くと、大騒ぎになるのだ。

「とにかく、行ってくるよ。向こうで確認してもらったら、後は勝手に帰ってきて良いってことだし、適当にフェレスと戻ってくるから」

「帰りの便に乗せてもらうことも可能だそうだが、良いのか?」

「今回のも無理やりねじ込んだんだよね? 飛竜の騎手に恨まれたくないし、いいよ」

「そうか」

 厳冬のさなかの、突発的な移動は嫌われる。

 ましてやシウはただの冒険者だ。ヴィンセントやシュヴィークザームのお墨付きをもらっているとはいえ、現場の人間は面倒が来たと思うだろう。

「まあ、適当に潜って、適当にやって、帰ってくる。気にしないで」

「そうか。ではまあ、どんな按配か、後ほど我にも教えてくれ。ではな」

「はーい」

 気楽な様子で話しているのを、近衛騎士たちは目を剥いて見ている。

 小声で信じられないとか、よく自分から志願してあんなところ行くな、と話し合っていたことからも、嫌な場所らしいことは分かった。


 飛竜発着場では担当の騎手が待っており、シュヴィークザームの手前かなり畏まってはいたが、シウとフェレスを見て正直に顔を顰めていた。

 なんでこんな子供をと、思っているのがありありと見える。

 シウも定期便に乗せてもらえばと思っていたのだが、この厳冬期は現地でよほど問題が起こらなければ大きな移動はないのだそうだ。

 週末に都合よく飛ぶ定期便はない、ということである。

 シウは余分な仕事を請け負わせてしまった騎手に頭を下げ、兵を運ぶためだけの簡素な椅子に座った。


 飛竜が、白と灰色の世界を舞って、進む。

 道中、騎手の荒っぽい運転に心情が表れていて可哀想だったので、安全帯を外して近付き、温かい芋餅を渡した。騎手の男はギョッとしていたものの、湯気の出ている芋餅を見て、おそるおそる手にし、シウの横で美味しそうにハフハフ食べているフェレスを見てから口にしていた。

 美味しかったらしく、その後はとても滑らかに飛んでくれた。


 エルシア大河を超えると、眼下に元は草原だったであろう雪原が広がって見えた。

 王族専用の畑や牧場などもあるようで、エルシア大河に近い場所で幾つもの建物や囲いのようなものが見えた。

 少し先にはこぢんまりとした城と、周辺に村といったレベルで建物がある。人の気配があるので、王領を管理する人たちが住んでいるのかもしれない。

 そのうち、小さな森や林といったものが点々とし始め、人の気配が全くなくなった。

 やがて眼前に大きな山脈が見えてきた。

 遠く向こうの高い山並みは霞んでいたが、どこまでも延々と続いているようだった。

 手前の、低い山々の合間を縫って到着したのは、元王都でもあるサタフェスの跡地だ。

 最悪の悲劇と言われた魔獣スタンピードの発生地点に近く、直後は荒れていたところを元に戻そうと頑張った跡が見える。

 今では、プリメーラ地下迷宮へ潜るための前線基地のようにして、小さな街のようになっている。一般市民はほとんどおらず、管理をする人間と、冒険者たちが冬期にこもっている場所だ。兵士の宿舎もあり、彼等は一年中ここで交代しながら見張っている。

 シウは仲良くなった騎手に芋餅を追加で渡して別れたが、彼の好意で飛竜発着場にいた暇な役人をひとり、付けてもらえた。

 案内役としてだ。

「帰り、なんだったら送ってやるからな!」

「ありがと。でもいつになるか分からないから、普段通り仕事していてね」

「そうかそうか。分かったよ」

 最初の時と打って変わって、にこやかに手を振ってくれた。


 案内役の男はこの街での過ごし方や、冒険者が泊まる場所などを説明してくれ、ついでに地下迷宮の入り口までも案内してくれた。意外というと失礼だが、外からの人間への対応は良かった。

 まあ、ヴィンセント直々の通行許可証があったので、そのせいかもしれない。

 何度かヴィンセントとの関係をそれとなく聞かれたものの、シウは自他ともに認める鈍感なのでその場では気付くことはなかった。

 地下迷宮の中へ入ってから、あれもしかして、となったわけである。


 さて、その地下迷宮だが、入り口は兵士が常駐しており、出入りを監視している。

 ただ、通行許可証を持った者は素通りさせてもらえるようだ。

 見た目に子供で、しかも騎獣を連れているのに、チラッと見られはしたものの首から下げた通行許可証を確認しただけで通してくれた。

 活発な地下迷宮というわけではないので、緊迫感がないのだ。

 兵士たちは訓練がてら中へ入る者と、スタンピードに備えて外での警戒組に分かれているようだった。

 こうしてみると、オスカリウス辺境伯領の地下迷宮は上手く商業ベースに乗せて、よくやったなあと感じる。

 元々あった地下迷宮のノウハウを活かして、二つ目の地下迷宮も商業化できたのは素晴らしい。やはり領主自ら、危険域まで活発化していた地下迷宮を踏破したことも、良かったのだ。それで間引いて、上手くコントロールできたというし、そう考えるとキリクの領主らしからぬ豪放磊落さは、あの領地に合っている。

 プリメーラ地下迷宮に潜りながら、そんなことを考えていたのは、そこがあまり管理されているとは思えなかったからだ。

 逆に言えば、これが普通の地下迷宮なのだ。

 アクリダもアルウスも、どちらの地下迷宮も整備されすぎていた。歩きやすいし、通路は作られているし、転移石の場所を示す案内板もあった。情報は常にギルドで売り買いされて、最低限の基本的なことは貼り出すほどだ。

 反対にプリメーラは起伏はあるし、土塊がそのまま、壁も触れたらもろもろと剥がれ落ちそうである。淀んだ空気が気持ち悪く、かろうじてどこかにある空気が流れているといった様子だ。

 管理されている地下迷宮は空気もマシだと聞いていたが、比べてみると本当だった。

 人の出入りが少ないせいだろうか。それとも、古い地下迷宮で、迷宮自体の寿命があるからか。

 よく分からないなりに、スタスタと進んでいった。


 このプリメーラ地下迷宮の中に、サタフェスの街の一部も眠っている。

 ある意味、遺跡であり、稀に研究者も潜るそうだ。護衛が大変になるので、滅多に許可はされないが、冒険者資格のある遺跡探索者は冬に籠もったりするらしい。

 時折、冒険者とすれ違ったり、兵士とも行き会ったが、遺跡探索者に出会ったのは地下三十階層の頃だった。

 浅い階にはほとんど魔獣がいなかったので走って降りてきたが、それでもたぶん早い到着だったのはひとえにシウが楽な方へと進んできたからだ。

「おや、子供がおるな」

「こんにちは。もしかして、遺跡発掘調査隊の方ですか?」

「そうだが、うん?」

 護衛が警戒していたものの、シウの胸元で揺れている通行許可証を見て、少しだけ力を抜いていた。

「……王族の許可証とはな。何か、問題があったのか?」

「あ、いえ。知人が融通してくれただけです。僕、シーカーで古代遺跡研究科にいますので、行ってみたらと――」

「ほう! お前さん、古代遺跡研究科なのか!」

「はい」

 こうして声を掛けたのにはもちろん訳がある。鑑定していたら、見覚えのある名前が見えたからだ。

「わしは、ビルゴット=ダラウだ。お前さんが学んでいる科の元教授だぞ」

「やっぱりそうですか。お噂は、アルベリク先生やフロランから聞いてます。今もどこかの遺跡に潜っているはずだと」

「ほっほっほっ!! そうかそうか」

 ここまで来るとは素晴らしいと、ビルゴットはご機嫌な様子で、調査の手を止めてシウを案内してくれた。

「ほれみろ。これがサタフェスの王城の端にあった、ルヴィニ離宮だ。土に塗れて汚れておるが、よーく、見ていろよ?」

 助手の魔法使いの男性が水を出しながら汚れを落としていく。ビルゴットは雑巾と刷毛を手にして、ずぶぬれになりながら擦っていた。

 やがて、元は金色だったのだろうと思われる、装飾が見えてきた。

「変色しているけど、金ですね。それに、紅宝だ」

「その通り。当時のサタフェス王はロワイエ大陸の中でも有数の金持ちだったのでな、愛妾のために豪華絢爛の離宮を建てたというわけよ」

「愛妾の離宮だったんですか」

「そうだ。ああ、有名なスミナ王女は、本妻の子でな。本妻が早くに亡くなり、愛妾にいびられておったらしいぞ」

「へえ、そうなんですか」

「物語に書いておらんかったかな? いびられて、王都を離れていたせいでスタンピードに合わず、生き残ったのだぞ」

「そのへんは違う話になってましたね」

「そうだったかな。おい、バルト、あれはここで見付けた書だったか?」

「そうですよ。史実や、有名な物語と違うので、この話はしばらく外に出さないようにしようと決めたのはビルゴット先生ですがね」

「おー、そうだったか。思い出した! まあいい。それでな――」

 と大して気にもとめずに話を続ける。

 研究者にありがちな、マイペースな人のようだった。

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