056 落札本の自慢と貴族の会話と商家の事情




 午後は新魔術式開発研究科の授業で、少し早めに到着したらアロンドラが話しかけてきた。

「授業に追いつかなくて、補講ばかりです」

 愚痴を零したかったようだ。

 気持ちは分かる。マリエルが補講してくれている間、教室では駆け足で授業が進んでいる。気を取られるし、集中できない。

 ひっそりと脱落していく生徒もいるようだった。見ないなあと思ったら、後でファビアンから「あ、彼は退科したよ」と教えられる。

 意外に厳しい科なのだ。

 試験や論文の結果で辞めろと言われるわけではないので、本人の心の問題だ。どこまで耐えられるかが大事であった。

「一種の威圧だなあ」

「え?」

「ううん。なんでもない。そう言えばアロンドラさん、僕こういうの見付けたんだ」

 魔法袋から、他に自慢相手もいないので出して見せてみた。

「表紙が…破れてますね、でも、あら」

「見て見て。言語の比較表なんだ」

「まあ!」

「奥付みたら、『世界の文字の対比表』って書いていたんだけど、すごくない?」

「ええ。とても貴重な古代本じゃないかしら!」

 良かった、分かってくれた。カスパルだと、魔道具関係じゃないので相手をしてくれないし、アロンソやウスターシュという本好き仲間も引いていたのだ。

 あとはファビアンぐらいに同調してもらえるかもしれない。

 そう、思ったのが通じたわけではないだろうが、ファビアンが教室に入ってきた。シウとアロンドラを見て少し目を見開いていたものの、笑顔で近付いてくる。その間にも他の生徒への挨拶は忘れていない。

「やあ、アロンドラさんだったね。授業はどうかな?」

「ご、ごきげんよう。授業は、まだ、その補講が精一杯ですので」

 しどろもどろで離れていこうとするので、引き止めた。

「あ、待って。その本、ファビアンにも見せて」

「え、あ、ああ、はい、あの」

「うん? それは古代本かな。古そうだね」

「アロンドラさんにも見てもらってたんだ。この間、手に入れたんだけど、オーガスタ帝国時代の初期頃のもので、少数民族や他大陸の言語を比較しているんだよ。辞典に近いけれど、ところどころに注釈があってね。生活様式や貨幣についても書いているんだ」

「それはすごい!」

「でしょう?」

 むふふと、小鼻が膨らむ笑みを見せると、ファビアンに笑われた。

「君でもそんな顔するんだな。それだけ良い本というわけか。しかし、古いし、破れもひどいなあ」

「そうなんだよね。一応、これ以上の崩壊を防ぐための魔法は掛けたけど」

「専門の職人に写しを頼んだ方が良いかもね。勿体無い」

「あ、やっぱり?」

「でも、僕の知り合いは全員自領なんだよね」

「あ、あの、でしたら」

 アロンドラが小さく手を挙げた。

「わたしの、知っているところで、良ければ」

「アロンドラさん、紹介してくれるの?」

「は、はい」

「やった。ありがと、助かるなあ」

「あの、あまり、装丁に凝るような、立派な貴族様向けではないのだけど」

「あ、いいよ、そういうのは」

 第一、シウは貴族ではないし、豪華な装丁など必要ない。アロンドラはシウがファビアンと普通に話しているので気にしたのだろう。

 シウが構わないと答えると、ホッとしていた。

 彼女にしては勇気を奮って会話に交ざってくれたようだ。もう一度お礼を言った。

「ありがとう。良かったら、一緒に行ってもらえる? いつがいいか、また教えてね」

「え、ええ、はい」

「シウ。君、もう少し貴族のご令嬢には丁寧にね?」

「えっ?」

「アロンドラ嬢、シウはこのように庶民の出で、付き合うのには気持ちの良い人間ではあるが、少々女性への礼儀に欠けているところがある。良ければ、僕も交えて、紹介してもらえると良いのだが、どうだろうか」

「あ、あの、は、はい。分かり、いえ、承知しました。あの、よろしく、お願いします」

 おどおどと返事をして、アロンドラは頭を下げると脱兎の勢いでオルセウスやエウルのいる補講組のところまで向かった。

「……そんなにして逃げなくてもいいのに」

「シウ。うら若き女性がね、いくら学校内でも年頃の男性と面と向かって話すのは普通ではないのだよ?」

「……でも、魔獣魔物生体研究科のクラスメイトはもっとこう、和気藹々としてるんだけどなあ」

「研究棟だろ? あそこは別の世界だよ。変わってる人が多いもの」

 ファビアンに言われるとは思わなかった。

 びっくりしてファビアンを見返したら、ちょうどそこでヴァルネリが来てしまい、話が終わった。

 しかし、席に戻る間、ファビアンが首を傾げていたのは見えた。

 シウの態度に思い当たるところがなく、思案したのだろう。

 変わっている人は、自分を変わっているとは思っていないようだから、怖いものである。



 授業の後、アロンドラの従者ユリから職人の都合もあるので、話を通してからまた返事をすると言われた。こちらは礼儀正しく従者としての仕事を発揮していた。

 アロンドラは機械仕掛けの人形のようになって、残っていたシウたちに挨拶して帰っていった。最後まで手と足が合っていなかった。

「緊張しいの子なんだね」

 とは、ランベルトだ。ジーウェンが苦笑しながら続ける。

「あの子知っているよ。同じ伯爵家の子として、社交界で見たことがある。なんでも本好きの、ちょっと変わった子なんだよね?」

 おおむね、合ってる。

「珍しいね。貴族のご令嬢が本を嗜むなんて。大抵はドレスや宝石の話ばかりなんだけど」

「美味しいレストランの話や、お茶会もね」

「ああ」

「あとは、見目好い青年の話も?」

「それはご婦人方だろう? ご令嬢はさすがにないよ」

 なんだか、貴族っぽい会話が続いているので、シウは賢く黙っている。

 気付いたオリヴェルが助け舟を出してくれた。

「シウは、貴族女性との付き合いはほとんどないのだよね?」

「そうだね。アマリアさんとか、シュタイバーンでも同級生で何人かいるかなあって程度だよ」

「そこでアマリア嬢の名が挙がるのか。さすが、シウだ」

 その後アマリアの婚約話に話が飛んだり、その流れで貴族の結婚話などの裏話を教えてもらってから、教室で分かれた。彼等はこれから貴族専用サロンへ行って話の続きとなるようだ。




 屋敷へは真っ直ぐ帰らずに、商人ギルドへ寄った。

 話があるので、時間があれば来てほしいと連絡があったのだ。

「ごめんなさいね。このコタツの件で、幾つか相談があって」

「はい」

「業者の選定は、今回はギルドに任せてほしいの」

「と言うと?」

「すぐに製作へ入れる大手を幾つか選びたいの。一つの商家でなくてね」

「ああ、はい」

「資材持ちがいるので、調整してもらってるわ。薪として回していなかったから、ギルドの緊急命令に従わなかったことからも罰則はあるのだけど、この際、それを逆手に頑張ってもらおうと思って」

「身を切ってもらうってことかな」

「その通り!」

 価格付けも、業者側の「罰金」として踏まえ、安く上げるそうだ。そして、庶民に優先的に、広めていくらしい。もっとも、貴族や大商人がコタツを買うとは思えないが。

「良いものだから、その商家の名前を売っちゃうことになるけど、逆に手っ取り早くコタツを売れると思ってね。もし無理なら他の案を相談したくて来てもらったの」

 このままでいいならと、業者ももう呼んでいるそうだ。

「そういうことなら、いいよ」

「本当に? 良かったあ」

「で、業者が来てるってことは質問とかかな?」

「ええ。今回、幾つかのパーツに分けての販売でしょう? 連携も必要だし、だったら開発者の指揮があれば早いかと思ったのよ。忙しいのに申し訳ないけれど」

「いいえ。厳冬期はまだ続くし、できれば早く広まってほしいし」

 シェイラはありがとうと言って、秘書と一緒にシウを別室まで案内してくれた。

 そこで担当の職員と交代する。

 中ではすでに業者たちが話し合いを始めていた。

 シウを見て驚く人もいたが、ほとんどが知っていたらしく、挨拶合戦が始まってしまった。あと、揉めるのかなと思っていたが、職員が仕切ってくれてスムーズに話は進み、シウが来る必要あったのかなと思うほどだった。

「しかし、要らなくなった布地を解して綿にするというのは驚きです」

「捨てていた火鶏の毛や嘴も使うなんて考え、全くなかったのでわたしどももびっくりですよ。おかげさまでタダ同然で仕入れられます」

「逆に食肉業者からは喜ばれる始末で」

「そのうち値を上げられるならと、早めに契約を済ませて支払うことにしましたわ」

「レスタンクール家は今回のことで罰則代わりに、労働力を持ったとか? 大変ですな」

「いや、もうそのへんで、お許しを」

「ほほほ! 阿漕なことをされるからですわ! オーブリー家も、懲りましたでしょう?」

 木材を持ったまま放出していなかった商家の者たちは、さんざんからかわれているようだ。ずっと嫌味を言われていた。ただ、それで許してくれるのだから、案外ギルド会員同士、甘いのかもしれない。

 シウは彼等の尻馬に乗ることはせず、黙ってやり過ごして必要な情報だけ、説明して過ごしたのだった。

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