055 威圧訓練と嫌われ者の卒業




 金の日の戦術戦士科では、ちびっ子たちがいないので、最近やっていなかったフェレスの訓練を行うことにした。

 もはや、レイナルドが演技でシウを苛めていることは十分分かっているので、若干フェレスも演技がかっているが仕方ない。

 更に、威圧に耐える訓練も増やすことにした。

 これは生徒皆にも必要なことで、レイナルドは魔道具を持参してきている。

「悪い、結界の魔道具忘れた。張ってくれるか?」

「はーい。精神魔法系だよね、それ」

「そう。いけるか?」

「闇属性を追加で付与すれば。えーと、はい、大丈夫かな」

 その場で無詠唱による結界を張った。もう魔道具をセットするとか、面倒だったので最近のシウは自重を忘れているところがある。

 慣れ親しんでいるクラスメイトばかりなので、誰もバラしやしないだろうという思惑もあったが。

「相変わらず、べらぼうな魔法だぜ」

「どうも」

「これで、魔力量が少ないってんだから、シーカーの生徒はすごい」

 シーカーの教師が言うからこその冗談だったらしいが、シウが相手をしなかったら拗ねてしまった。クラリーサが面倒そうにレイナルドを慰めていた。彼女も随分と先生に対して慣れ親しんでいるようで、以前とは違って距離が近い。物理的にはジェンマやイゾッタという従者がいるため近くはないけれど。

「そのシーカーの生徒を教えている先生はすごいですわ。さあ、始めましょうか」

「あ、ああ」

 たぶん、慰めているはずである。


 威圧には精神魔法を用いたり、闇属性魔法でステータスを低下させつつ空気感を重くする、という方法がある。他に種族特性のものもある。そちらは闘気のようなものらしい。

 正直、大きなレベル差のある相手が目の前にいると、誰だって怯えたり怖れたりする。そこに、敢えて精神的な重しを乗せることで、強化するわけだ。

 相手が怯めば、戦闘の場合は畳み掛けやすいし、動きも緩慢になる。ちょっとした隙が負けに繋がるので威圧が使えたら便利だし、逆に掛けられても対処できるようにならないといけない。

 クラリーサは精神魔法がレベル三あるので、これに対抗しやすい。貴族で精神魔法を持っていると羨ましがられるそうだ。

「おお、耐えるなあ。やっぱりクラリーサが一番か」

「先生、ですけれど、シウ殿が」

「あ、あれは別。気にするな、クラリーサ」

「はあ、そうですわね」

 魔道具から発せられる重い空気が結界内を覆うのだが、シウは全く分からないので困っていた。

 フェレスも、ある程度までは平気そうだった。

 これまでに大型の魔獣と何度も対峙しているので、慣れているのだ。

「うーん。先生、フェレスは人間からの威圧で訓練しないとダメみたいです」

「おう、そうか。でもこれも人間の威圧なんだけどな」

「クラリーサさん、良かったら訓練がてら、相手をしてくれないかな」

「ええ。わたくしで良ければ。いつも教わってばかりですから、役に立てるのでしたら嬉しいわ」

 ちょうどクラリーサ自身も訓練になっていなかったので、抜けてもらった。

 ジェンマたちが心配そうにしていたが、シウがいるならと、彼女たちはそのまま威圧に耐えている。

 しかし、いつものことながら、彼女たちは本当は従者であって授業に出る謂れはないのだが。生徒の人数が少ないから参加を呼びかけているに過ぎないので、お得と言えばお得、望んでいなければ大変な仕事であった。


 シウだと全く威圧が通じないので、クラリーサに掛けてもらうが、くれぐれも怒ってやり返さないようフェレスに言い聞かせた。

 念のため、誰にもバレないように空間壁を一人と一頭の間に立てる。

 精神魔法なら突き通すだろう程度に小さくしてみた。

「では、参ります。《小さき者よ、我が大いなる心の力にて、強大な威を示そう、従属せよ》!!」

 目一杯のレベルでやっていいと言ったので、最大値のレベル三で魔法を放ったようだ。

 ようだ、というのも、シウには分からないからだ。

 フェレスはと言えば、ちょっと嫌そうな顔をしていたが身構える程度で、さほど脅威に感じていない。

「あれ?」

「あら……」

「にゃ」

 三人三様に戸惑う。

「もう一度強めにお願いします」

「わ、分かりましたわ」

「にゃ」

 魔力を込めて、クラリーサがまた詠唱した。

 が、先ほどより少し強くなかったのかなという感じであることは、フェレスの顔色からも分かった。

「……慣れている人が相手だからダメなのかな」

「そう、でしょうか。わたくし、そう言えば精神魔法のレベル上げをしたことがございませんし、耐圧用には使っていたかもしれませんが、掛けたことはほとんどありませんわ」

「貴族だと使ったりしないの? 持っていると羨ましがられるんだよね?」

「ええ。使いは、しませんわね。ただ、人よりは度胸があると言われます通り、高位貴族の方々からの視線には耐えられやすいというだけですわ。特に陛下へ謁見する際などは、持っておりますと粗相もなく、ということで羨ましがられますけれど」

「へえ、謁見するんだー」

「高位貴族の子息子女は、必ず成人後初の社交会は王城の晩餐会と決まっておりますのよ。そこで陛下からお言葉を賜りますから」

「ああ、なるほど」

「内心ではわたくしも緊張しておりましたけれど、他の子たちほどではありませんでしたね」

 ささやかながら胸を張る。無様な対応をしなかったことで、褒められたのだろう。

 ちょっとした自慢なのだというように、微笑む彼女は可愛らしかった。

「でも、確かにこれでは通じませんわね。以前も独学でシウ殿に掛けてみましたが、全く役に立ちませんでしたし」

「あれから幻惑だとか、やってみました?」

「それが、兄上が幻惑などはしたないと申しまして」

 意味が分からなくて首を傾げた。

「……その、兄上はよこしまなお話を聞いたか読んだかしたらしくて。わたくし、そんな勘違いをさせてしまうのならば勉強は止めた方が良いのかしらと、控えておりましたの」

「あー、そうですか」

 幻惑が、どうやったらはしたないことになるのか分からなかったが、淑女が精神魔法を使うのはよろしくないのかもしれない。

 しかし、威圧対策を学ぶためにも、威圧自体は使えた方が良い。

 そう言うと、彼女も思い当たることがあるのか、やる気になった。

「ええ。殿方に上から意見を申されるのも業腹ですもの。頑張りますわ!」

「あ、うん」

「レベルを上げて、もう一度フェレスちゃんに威圧を掛けてみましょう。ふふふ。今度は泣いてしまいますわよ?」

 とは、フェレスに向かってだ。

 フェレスはきょとんとしていたものの、

「にゃにゃにゃにゃ」

 なんかわかんないけどがんばって、と応援していた。

 クラリーサが拳を握っていたからだろうと、思う。



 昼休みにスラヴェナのところからクロとブランカを引き取って、食堂へ向かうといつものように生徒同士の講習会が行われていた。

 その合間を縫って、端の席に着くと、プルウィアがやって来た。

「ねえ、聞いた?」

 わくわく顔のプルウィアなど珍しい。上機嫌で顔を寄せてきて、ふっふっふーと笑う。

「どうしたの?」

「ベニグド=ニーバリが、季節外れの卒業よ」

「え?」

「年末にティベリオ会長が卒業したでしょう? それはもう盛大なお見送りで」

「僕、いなかったからね?」

「ああ、そうだったわね。忘れてたわ! 薄情よねえ、友達でしょう?」

 そうは言うが、遠い場所に行っていたのだ。仕方ない。

 あと、こういうところが他の人と感性が違うのかもしれなかった。学校の卒業に特別感がないのだ。

「で、同年代のライバルに先を越されて荒れていたらしいの。そこへ、足りなかった単位などを調整して、どうやったかは知らないわよ? で、満を持して、戦略指揮科の最優秀評価をもらって卒業、というわけ」

「最優秀なんだ?」

「それよ」

 人差し指をシウの目の前に突くような格好で持ってきて、ぶらぶらと振る。

「本来は秀が一番上なのにね? 勝手に最優秀ってランクを作ったの。ニルソン先生、一体幾らもらったのかしら」

 どうやらそうした噂が広まっているようだ。

「生徒会長にはなれなかったから、他に『名』が欲しかったそうよ。すごいわね。でもね――」

 途中で話を止めて溜めを作ってから、続けた。

「おかげで面倒な相手がいなくなったってわけ。どう? 笑わずにはいられないでしょう?」

「そうだねえ」

「なあに。シウが一番迷惑を被っていたのに」

 空恐ろしさはあったものの、直接の被害はなかったので彼女ほど「いなくなって清々した」という感じはなかった。

 ただ、学校にいないというのは今後、少しは気楽になれるのかもしれない。

 もっとも。

「でもカロリーナ=エメリヒは、いるのよねえ」

 なのである。笑顔で人を罠にかけることのできる、怖い女性だ。他にもラトリシア貴族の人たちはちょっと面倒くさい。

「まあいいわ。とにかく、そういうことだから、今日は祝杯ね!」

「学校でお酒はダメだよ?」

「分かってるわよ!」

 その頃にはクレールやディーノたちも来ており、それぞれが「なあ、知ってるか?」と話し始めるのだった。

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