051 命と平和と火種の日




 シウは息をすうと吸い込むと、静かに吐いた。

「……アントレーネ。他の誰があなたを貶めたとしても、あなただけはあなたを尊敬し大事にし、愛してあげなくてはいけないんだよ?」

「シウ様?」

「獣と一緒、という言い方をするってことは、自分たちの種族を貶めていることなんだよね?」

「実際、人族はそうやってあたしたちをバカにする」

「だからって自分で言ってたら、本当にそうなっちゃうよ。あと、僕は、獣だって蔑むべき相手とは思ってないけどね」

「え?」

「そりゃあ、その命を頂いてるけどさ。同じ生き物なんだよ。それが多胎だからってどうした、って話だ。大体、同じ場所に立ったらダメだよ。バカを言う人間と同じ場所に立つから、嫌な気持ちになるんだ。まあ、言うは易しで、僕もまだまだ全然未熟だけど」

「…………」

 ぽかんとするアントレーネに、シウは視線を外さずにジッと見つめて続けた。

「あなたが子供を産むというのなら、全力で応援する。その子を、望んだわけではないから育てたくないと言うのなら、その意志も尊重する。ただし、産んだのならば、その生命は壊したくない」

「分かってる。あたしも、望んだ相手の子じゃないけど、こんだけ生きたいって言ってる命なんだから、壊そうだなんて思わないよ。……愛してやれるか自信はないけど、産んでやりたいとは思ってるんだ。第一、子供は、大事なものさ」

「うん。子は宝だよね」

「……あんた、若いのにほんと、変わってるね。長とおんなじこと言ってる」

 ふふっと笑ったので、ブランカがホッとしたように頭をアントレーネの膝の上に載せた。クロも鳥にはあるまじき格好で力を抜いてぼてんと座り込む。

 フェレスは相変わらずだ。なんだか、大仰に頷いている。意味は、分からない。

「じゃあ、頑張って産むから、それまでよろしく、お願いします」

「はい。任されました」

 そう言って笑うと、彼女もようやく笑顔で応えてくれた。


 その後も彼女の話を聞いたり、今後どうするかを話し合った。

 途中、昼ご飯をスサが届けてくれて、アントレーネの様子も見てくれた。

 午後は子供たちをロトスのところに置いて、スサを交えて話をする。

「じゃあ、あたしはしばらくはジッとしてろってこと?」

「だって妊娠後期だよね?」

 シウのセリフに、スサは驚いたようだ。

「まあ、後期には見えませんわね」

 鍛えているせいなのか、あるいは種族の問題か、アントレーネの下腹部はほとんど出ていなかったのだ。

「安定期だろうとは思うけど、ラトリシアは厳寒期だからね。護衛仕事は無理があるよ」

「そう、言われると、そうだけど」

「特に護衛を求めてないし」

「でも、あたしは白金貨十枚の仕事をしないと」

「うーん。それなんだけどなあ。別にグララケルタで元をとったから、むしろ儲けた気分満載なんだよね」

「そうだ。あれもおかしい話だったんだ。びっくりして何も言えなかったんだけど」

「まあ、シウ様ったら、オークションでグララケルタもお売りしたんですか」

「うん」

 スサに答えつつ、アントレーネには視線で「内緒!」と示した。彼女は戦士らしく、すぐに気付いて口を噤んでくれた。

「とにかく、家の中の仕事でもやっていて。スサ、頼める?」

「構いませんよ。でも妊娠されているのでしたら、ゆっくりお休みいただいたらよろしいですのに」

「いや。スサさん、あたしは奴隷だ。働かなきゃ」

「でも、シウ様が拾ってきた子たちはみんな、ゆっくりしてますよ? ああ、リュカ君は今は元気に習い事へ参ってますけれど」

 そう言うと、スサがシウの拾ってきたもののことを話し始めた。

 仲良くなりそうだったので、シウは後を任せて一度部屋に戻った。


 フェレスを含めて全員がお腹を仰向けにして寝ており、平和だなあと思う。

 眺めていたら、ロトスが寝言でパンケーキと言うので、おやつはパンケーキを作ることにした。

 シンプルに生クリームとメープルシロップだけのパンケーキだ。ちょっとだけ、小豆も置いてみた。

 それらを持って、まずはアントレーネの部屋だ。

「スサもここで食べていくよね?」

「わあ、今日はパンケーキなのですね!」

 アントレーネはなんなんだ、といった顔でジッと皿の上を見つめている。見たことのないものを見ている目だ。

「これ、お菓子なんだけど、食べるよね?」

「……あたしが、お菓子?」

「うん。甘いの嫌い? それほど甘さは強くないんだけど」

 メイドたちが太ってもいけないし、甘ければそれでいいというお菓子はお菓子じゃないと思っているので、シウの作るお菓子は甘さ控え目だ。

「……食べる」

「良かった。スサ、ここ、任せてもいい? 僕、子供たちに食べさせてくるから」

「ええ。もちろん。アントレーネさん、一緒に食べましょう? とっても美味しいんですよ」

 後は彼女に任せて、シウは自室へ戻った。


 匂いに釣られて起きてきた子順に、皿を出していく。

 ロトスは人型のままフォークを掴んで一心不乱だ。

「なんで、なんで? おれが、パンケーキたべたいっておもったの、わかった?」

(超能力かよ!!)

 喋るか食べるかどっちかにしてね、と注意しつつ、ポロポロ零すので片付けていく。

 ブランカも欠食児童のようにガツガツ食べて、クロは上品につついていた。

 フェレスは美味しそうに味わって食べている。食べるのは早いが、がっついて見えないのは得な性分だ。

 シウも皆の世話をしながら、味わって食べた。小豆が良い味を出している。今度、パンケーキ風のどら焼きでも作ろうかな。あんこは和風洋風どちらにも合うからすごい。

「なーなー、こんど、いちごだいふく、くいたい」

「いいよ」

「……しろあん、だぞ?」

「えっ、白あん?」

(やっぱりな。そうだと思ったぜ。俺は白あん派なんだ)

 白あんと言うと、白いんげん豆や白金時豆ではなかっただろうか。白小豆も入っていた気がする。

「作ったことないなあ。ていうか材料見たことあったかな?」

 全く脳内になかったので、思いつかない。

「えー。おれ、いちごだいふくだけは、しろあんは、なのにー」

「分かった。今度、市場に行ったら聞いてみる。絶対集めるよ!」

「やったー」

「いちごもそのうち旬になるからね。待っててね」

 わーい、とロトスは人型のままグルグルと走り回っていた。追いかけるようにブランカもだ。このふたり(二頭)は本当に同じ動きをする。仲が良くて何よりだった。



 夕方、晩ご飯の一品作りをしていたらロランドが厨房にまでやってきた。

 手早く終わらせて賄い室まで行くと、手紙を渡される。

「……また王宮からかあ」

「先日、参られたのですよね?」

 早くないですか、と暗に聞いてくるので、ほんとにねと首を傾げながら手紙の封を切った。

「……あ、別件だ。すみません、ロランドさん。シュヴィ、聖獣に頼まれてて今度、プリメーラへ行く予定なんです。その通行手形とか、ですね」

「プリメーラ、と申しますと、もしや」

「あ、うん。地下迷宮だね。この国最大だと言われる、『サタフェスの悲劇』を引き起こした跡地の」

「……シウ様。もしや危険なことをされるおつもりで、女奴隷を買われたのでは?」

 真剣な顔で心配そうに聞いてくるので、シウは慌てて首を振った。

「違う違う。全く関係ないです! プリメーラにも、入る予定はないし。建前上、見学に行きたいってことにしないと、通行証を出してもらえないだろうってことになっただけなんです」

「さようでございますか……」

「あー、ここだけの話にしてもらえますか?」

「はい。不肖ロランド、誰に拷問されようとも大事な秘密を漏らしたりは――」

「いや、そこは漏らして良いですから。拷問されてまで我慢しないで!」

「はあ」

「とにかくですね。シュヴィ、聖獣様が、ちょこっと隠れ家的に過ごしたいっていうのと、万が一身を隠す必要が出てきた時のための、避難場所を欲しいというので、場所の選定を頼まれただけです」

 限りなく嘘に近いが、そう嘘でもないことを言って、誤魔化してみた。

 ロランドは複雑そうな顔で頷く。

「……かなり問題のある発言でございますが、そう、そうでございますか。これは拷問されても耐えるべき内容でございましたね」

「わあ!」

「いえ、まあ、そうした自体に陥りましたら、拷問も何もなさそうですね。この国自体がどうにかなるということですから。ふむ。となると、その前に転移で若様を本国へお連れすれば良いだけのこと。でしたら」

「いえ。本当にそこまでの話じゃないので! ほら、フェレスやブランカがよく巣を作っているでしょう? あんな感じです。ただ大っぴらにできないから、こそこそやってるだけで! ほんと、気にしないでください」

「……そうですか? でしたら、わたくしも、心の片隅の留めておくことにしておきますが」

 納得の行かない顔ではあったが、ロランドがようやく落ち着いてくれた。

 安易に話したシウが悪いので、大いに反省したことだった。

 それにしても話が早い。シュヴィークザームがせっついたのだろうなと思うと、後で言い訳を代弁させられる苦労を想像して、今以上に疲れるシウだった。

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