050 アントレーネの過去

※差別表現があります。

※性描写はありませんが、想像させる表現があります。


どちらも推奨するものではなく、否定のために書いております。

ですが、気分を害される可能性もありますので、こちらを飛ばしていただくか、あるいはこれ以上ご覧になられませんようお願い申し上げます。



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 鑑定したことは言えないので、大まかに流れを説明した後、アントレーネ本人との意思のすり合わせ後に詳細はまた追って説明すると報告した。

 その話の間、カスパルの着替えが終わるとサビーネはブランカたちの相手をしてくれていた。滅多に入ることのない部屋なので、ブランカが興味津々で探索をしているのだ。超大型犬サイズの猫に飛び回られたら困るので最初は見張っていたサビーネも、クロが操縦していることに気付いてからは誘導して隅っこを紹介していた。ベッドの下など、潜り込んでもらっている。

「埃はないようね。普段からきちんと仕事しているみたい。よしよし」

 面白い使い方をするので、途中笑いそうになったが。

 高い窓枠の上にクロを歩かせているのを眺めながら、シウはカスパルに告げた。

「僕の奴隷として契約したので、僕が面倒を見るつもりなんだけど、事情があって少しの間は家に置いておきたいんだ。いつも面倒をかけて申し訳ないんだけど」

「それは構わないけどね。うちで雇ってもいいし、なんだったら護衛職でも良いんだが」

「しかし、シウ様が契約された奴隷でございますからね。いろいろ考えませんと、シウ様にご迷惑となります」

「あ、そのへんはもっと先のことになるんだ。落ち着いてから、だね。できれば、奴隷っていうのを忘れて、僕の知人が居候しているみたいな感じでお願いしたいんだけど」

「ああ、そうなの? じゃあ、身の回りを手伝わせたりだとか、本当にそういうメイド目的なのかな?」

「話し合いの結果によるけどね。もうそろそろ目を覚ますだろうから、一度話してみる」

「そう。僕の方は、特に問題はないよ。うちで面倒を見ても良いし、そのへんは一切気にしないでね」

「分かった。いつもありがと」

「君が面白いものを拾ってくるのは、慣れているよ。せいぜい、楽しませておくれ」

 そう言って手を振った。

 早く行っておいでと。


 ドアをノックしてから中に入ると、アントレーネはロランドが急遽用意した男性物の一番大きな寝間着を来て座っていた。

「起きてすぐにごめんね? えーと、女性の身支度とかについては分からないから、スサを呼んでこようか」

「いえ。それより、その、こんな格好で悪いけど、話を」

「……うん。そうだね。先に話だね。あ、この子たちも一緒でいいかな?」

 女性の部屋に、未成年とはいえシウが入ってしまってもいけないのでドア付近に立っていたのだが、隣や後ろで頭をグイグイ押して入ろうとする興味津々な子たちを覗かせた。

 アントレーネは目を見開いていたが、驚きつつも慌てて頷いて、どうぞと答えた。

 途端にブランカは、わーいと飛ぶように入っていくし、クロは背中でロデオ、フェレスはするんと入り込むと部屋を見回して、ふうんと納得している。

「ブランカ、暴れちゃダメだよ」

「ぎゃぅ!」

「クロ、ブランカの操縦お願いね」

「きゅぃ」

 二人共賢いお返事である。

 シウもドアを少し開けたまま部屋へ入ると、備え付けの椅子を引き出してきて座った。アントレーネが慌てて立ち上がる。

「あ、気付かなくて」

「いいって。別に、ご主人様っていうのをしてほしくて買ったわけじゃないんだ」

「……そう、それだ。そもそも、なんだってあたしみたいなのを買ったんだ。あんた、今、分かったけど、やっぱり人族じゃないか」

「あ、ばれてた?」

「匂いが違う。獣人族の匂いなんてしなかった。でも、ところどころで妙に良い匂いがして」

 チラッとフェレスたちを見る。

「この騎獣の子たちのものかな? でも、あんたは浄化をしているのか本当に全然匂いがなくて、分からなかった」

「そっかあ。そういうところも偽装しないといけないのかあ」

 匂いが盲点とは思わなかった。獣人族の偽装をしていても、見る人が見れば偽装と分かるわけだ。今後の課題にしよう。

「さて、と。じゃあ本音で語るね?」

「あ、ああ」

 神妙な顔をして、ベッドに座り直したアントレーネは、まるで断罪を待つ囚人のように真剣な顔でシウを見た。

「まず、アントレーネを落札したのは単純に偽善です」

「は?」

「落札希望者の中に質の悪い貴族の人がいて、あなたの命が危ないと思ったから」

「そ、そうだったのか」

「そうなると、あなたの命だけじゃない。お腹の子の命も、危ないでしょう?」

「……!!」

 アントレーネは驚いて、思わずといったようにお腹を手で抑えた。これまで一度もそうした姿を見せようとしなかったのは、分かっていて隠していたのだ。

「ごめんね? 隠し通していたのだろうけど、僕の鑑定レベルは突き抜けてるんだ」

 鑑定レベル五でも、妊娠している女性の胎児まで判断はできないだろう。シウだから、フル鑑定した結果、それが分かったのだ。

「あなたがこの時期になるまで隠し通して、耐え切っていたのは、産みたいからだろうと思ったんだけど、違う?」

「……違わない」

「獣人族のお産は比較的安産だというし、もしかしたら隠れて産むことも可能だと思ったのかな?」

「……もしかしたらと、望んでいたことは確かだ。それに、見付かっても、獣人族の子なら命永らえるのではないかと、期待した」

 母親だな、と思う。

 彼女の様子を見て、シウは自分を産んでくれた母を想像した。子供みたいに小さい女性だったらしい。それなのに恐ろしい山へ、夫とともに逃げ込んだ。山中でシウを産み落とし、体力のないところを魔獣に襲われて儚くなってしまった。

 同じような気がしたのだ。

 ここでアントレーネを助けることが、母への恩返しかなとも思えた。

「正直、言う気にもなれなかったってところは、あるんだ。やけにもなっていた。でも、捕虜生活の後、奴隷商に買われて移動しているうちに、これだけ動いても下りない子たちは、生きたいんじゃないだろうかって思った。あたしがとっくに捨てても良いと思った命を、この子たちは――」

 だったら生きなきゃいけないかなと思った、そう呟くように教えてくれた。

「でも、産んでいいのかい? 獣人族は、特にあたしら大型種は多胎がほとんどだよ? まあ、育つのは一人か二人になっちゃうけどさ」

「死なせないよ。ちゃんと面倒も見ます」

「……いいの? ほんとに?」

「もちろん。そのつもりで、あの変態男から勝ち取ったんだよ。子供は奴隷にするつもりもない。普通に育てるからね」

「そ、そうなの……そうなんだ……」

 そう言うと、彼女は突然ぽろぽろと涙を零し、俯いてしまった。それにびっくりしたのはブランカだった。夢中になって探検していたのに、慌てて駆け寄って、シウを見てからまたアントレーネを見る。そのおろおろした様子が可愛いような、成長したんだなと思うと感慨深い。

 慰めてあげて、と視線で伝えたら、正しく通じたようだった。

 ブランカはそろっとベッドに飛び乗ると、アントレーネの背中をぐるりと囲うようにして体を貼り付けた。

「え?」

「ぎゃぅん……」

「きゅぃ」

 ペロペロとアントレーネの頬を舐める。クロも彼女の太ももに乗って、身を寄せていた。フェレスは、でんと目の前に座って、何故か偉そうに頷いている。よく分からないが、彼なりの慰めらしい。

「ふ……ふふ」

 泣き笑いになったアントレーネが、俯いた顔を少し上げて、シウを見つめた。

「人族だったら、まだ子供? でもまるで、村の長みたいな、感じがする」

「そう? まだ十四歳なんだけどなあ」

「ふふ……そうか、十四歳なのか」

 彼女は逡巡した後に、小さく続けた。

「全部、話すから、聞いてくれるか?」

 主なら全部受け止めてくれとでも言うかのように、彼女は奴隷になった経緯と、赤子に関係することを話してくれた。



 ティーガ国の戦士だったアントレーネは、災厄の国と呼ばれるデサストレと境界線争いで戦っていた。いつものことで、小競り合いだったらしいのだが、部下の失敗で彼女は敵に捕まってしまった。

 本来ならば軍の上官ともなれば捕虜交換、あるいは身代金の支払いで国へ戻れるはずだったアントレーネは、身内の裏切りにあい一人だけ応じてもらえなかった。

 普段から上司へ苦言を呈したり、戦争で活躍しすぎる彼女を疎ましく思った男たちに嵌められたのだそうだ。

 彼女を持て余し、かつ恨んでもいたデサストレの軍部は、彼女をウルティムスに売ったらしい。そこで黒の森への特攻隊として有名な危険部隊へ配属されると考えていたそうだが、たまたま獣人族の奴隷がほしいという商人がいて、そのまま売り渡された。

「……あたしのお腹の子は、たぶん、混ざってるはずなんだ」

「言い辛いなら言わなくても良いんだよ?」

「いや。あんた、シウ様には聞いといてもらいたいんだ」

 はあ、と溜息を吐いて、アントレーネははっきりと言った。

「あたしら獣人族には、発情期があるんだ。その頃だと妊娠しやすい。でもあたしみたいに戦士をやっていると、そうも言ってられないから妊娠しない薬を飲んで、やり過ごす。でも、その期間はどうしたって発情しちまうからさ。同じ戦士と、発散しあったりするんだ。けど――」

 拳をグッと握る。

「後方支援の奴らに騙されたんだと思う。渡されたのは偽薬だった。じゃなきゃ、今まで一度も妊娠してないのに、今回だけっていうのは有り得ない」

 泣き笑いのような顔で、彼女は続けた。

「気の合うやつだったからさ、別にそいつの子を孕んだなら産むのは、嫌じゃない。獣人族は子供をとても大事にするからね。あたしが育てても良いし、無理なら村の誰かが育てる。でもさ、ちょうどその発情期に、あたしは捕虜になった。もう十四歳なら、あんたにも分かるだろ?」

「うん」

「……あたしは、デサストレの奴らの子まで孕んでいる可能性がある。多胎っていうのはさ、発情期間中に何度でも排卵するってことさ。だから獣人族は、獣と一緒にされるんだね」

 この世界でも田舎の人間は、多胎の場合は畜生の子と言ってしまうところがあった。人族が獣人族を蔑んだ過去があるのも関係ある。たぶん、人族が自分たちの優位性を示すために比較したところで、そこしか区別化ができなかったのだろう。なにしろ、獣人族は人族よりもずっと優秀なのだから。

 嘆かわしいことに、人間というのは、どの世界でだって同じ過ちを繰り返すのだ。

 前世でも、近代的になった時代でさえそうしたくだらない差別を口にする者がいた。

 だからこれは人間性の問題だ。

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