049 女奴隷の紹介と報告




 裏口から入ったとはいえ、貴族の屋敷ということは分かったらしく、アントレーネは呆然とシウに引きずられるようにして付いてきた。

「ロランドさん、ごめんなさい、突然」

「いえいえ。しかしまあ、なんと寒そうな格好で」

「女性用の服を持っていなくて。部屋は――」

「ご用意いたしておりますよ。温めておりますし、すぐにでも休めます」

「ありがとう」

「お食事の用意もしておりますが、お部屋へお持ち致しましょうか」

「そうですね。その方がいいかな。詳しくは後で報告しますので、まず、彼女を休ませます。あ、名前は」

「あ、あの、あたしは、マグノリア=シド=アントレーネ、です。アントレーネが、名前、です」

「さようでございますか。わたくしはブラード家の家令でロランドと申します。この家に関することは全てわたくしが取り仕切っておりますので、覚えていてください。後ほど、料理を持ってまいりますメイドから挨拶はありましょうが、彼女がシウ様のお付きですから、普段は彼女、スサに頼るとよろしいでしょう」

「あ、は、はい」

 しどろもどろになりながら、アントレーネはなんとか受け答えを終えると、先導するロランド、そしてシウに付いて歩いてきた。


 スサも、アントレーネを見た瞬間に寒そう! と嘆いていた。シウが間に合わせで着せた服があまりに貧相で寒そうに見えるらしい。シウが叱られていると思ったのか、アントレーネは途中でどもりながら「暖かいですから、だから、あの」と助け舟を出してくれた。

 柔らかいものを中心に作られた温かい食事を終えると、アントレーネは電池が切れたようにまたベッドへ横になった。

 スサが少し様子を見ておくと請け負ってくれたので、その間にシウは急いで部屋に戻った。

 すると、ちょうどフェレスが起きだして、シウがいないと探しているところだった。

「にゃ!」

 あ、いた、と嬉しそうに鳴く。美味しいものを作っていたのかと、いつものように匂いを嗅がれて、あれ? と首を傾げている。

「今日は作ってないんだ。ね、違う人の匂いがする?」

「にゃ。にゃにゃにゃ。にゃにゃにゃ?」

 うん、初めての人の匂いー、誰ー? と気になるようだった。

「新しくお友達になる人だよ。後で紹介してあげるから、仲良くしてあげてね」

「にゃ!」

「昨日はみんなよく寝ていたようだね。ロトスが籐籠から落ちたの、助けてあげたりして、フェレスは偉いね」

 頻繁に感覚転移で見ていたのだが、フェレスは物音がするとすぐ起きて、子供たちの様子を確認していた。ロトスの寝相の悪さをフォローしたり、ブランカがクロを巻き込んで暴れているので、助けたり。

 褒めると、フェレスはえへえへ、と嬉しそうに笑って顔を擦りつけてきた。

「よしよし。本当にフェレスは頑張ってて偉いよ。いつもありがとうね」

「にゃん!」

 うふー、とひげをピクピクさせているので、顔を何度も撫でてあげ、首周りをごしごししていたら、他の子たちも起きてきた。

 フェレスが開けたままだったので隣室から続々と出てくる。ロトスはひょいと顔だけ出して、誰もいないことを確認していた。

「おはよう。そろそろ、ご飯にしようか」

「ぎゃぅ!!」

「きゅぃー」

「きゃんきゃん!」

「いや、そこは人型なんだから人語で喋ろうよ」

「……つい。あさは、まざってる、かんかく? なの! うそじゃないって!」

 寝る時と、ブランカと全力で遊ぶ時以外は人型を取っているロトスだが、そんなことを言って首を振っていた。



 食事の後、気分的に寝てみようかと思ったのだが、横になっても眠くならなかった。むしろロトスがくぁぁーっと欠伸をして寝に入ってしまうし、釣られてブランカもゴロゴロし始めたので、寝るのは止めた。

 子供たちを遊ばせておき、シウはロランドへ報告することにした。

 と言っても今の時間はカスパルの世話で忙しいだろう。厨房に顔を出して、手伝いを申し出て作業をしたり、角牛の面倒を見に行ったりした。新たに家僕を雇っているので、厩担当だった家僕が角牛の専任になってくれていた。王宮にも何かあれば未だに呼ばれているそうで、頼りにされることで意識も変わってきたらしく、今では角牛育成の第一人者として頑張るのだと張り切っている。時間ができたら、周辺の乳牛農家へ話を聞きに行ったり、図書館で研究本を見て勉強していると教えてくれた。

 二人して角牛の話に没頭していると、スサが呼びに来た。

「カスパル様も本日はお時間があるようなので、一緒にお話を伺うとのことです」

「あ、そうなんだ。じゃあ、行ってきます」

「シウ様、引き止めちまってすんませんでしたね」

「ううん、楽しかった。また王宮の角牛の話とかも聞かせてね」

「へい」

 手を振って分かれ、屋敷へ戻るとフェレスたちが廊下でウロチョロしていた。

 シウを探していたようだ。

「一緒に行く?」

「にゃ」

「ロトスは?」

「にゃにゃにゃ」

 まだ寝てる、と言うので、一緒にカスパルの部屋へ行く。クロはブランカの上でロデオ中だ。二頭とも楽しそうだが、知らない人が見ると、背中の上に乗っているクロを跳ね除けようと暴れまわっている豹、にしか見えない。

 スサたちは慣れたもので笑って見ているが、客観的な視線というものをもう少し本人たちにも自覚してほしいものである。


 カスパルの部屋に入ると、ちょうど食事が終わったところで担当のメイドのリサが片付けていた。

 その横でロランドがカスパルに説教めいたことを零している。

「光の日とはいえ、この時間になってもまだ寝間着でとは、いけませんよ。若様ももういつご結婚されても良いお歳なのですから。もう少ししゃっきりしませんと」

「普段は着替えてるじゃない。光の日ぐらい、だらだらさせてよ」

「普段から、若様は朝が弱うございますね。リサが着替えさせていること、このロランドが知らないとでも?」

「……サビーネがバラしたな」

「当たり前でございます。リサとて上司であるサビーネに報告しなければなりません。最近甘えたが過ぎますよ。あ、もしや、相応の者が欲しいのでいらっしゃいますか?」

 メイドはなりませんよ、と小声で怒る。

 しかし、離れていても聞こえるので、シウは困ってしまった。

 友人兼、下宿先の主の男の事情は知りたくない。

「あのねえ、ロランド。シウもいる前で言うことではないよ。それに、僕はそのへん淡白な質らしいから、気にならないよ。欲しければ、ファビアンがそうしたことに詳しいようだから、頼んでみるけれど」

「ファビアン様でございますか? 大丈夫でしょうか」

「その心配は、現実になってからしてね。さて、何か報告があるんだって?」

「あ、うん」

 ロランドが消化不良な感じで眉を下げていたが、すぐにシウの方へと向き合った。それから、慌ててカスパルに着替えをさせようとサビーネを呼びに行っていた。

 パジャマ姿で報告を聞くなど、たとえ親しい仲でもよろしくない! ということだった。

 すぐにサビーネが来て、カスパルを追い立てるように着替えさせる。彼は笑いながら、シウに話を振った。

「それで? 着替えながら、聞くよ」

「あ、うん。えーと、買ってきた女奴隷の人はね――」

 全員、ピタッと動きを止めた。サビーネと、カスパル付きのメイドのリサ、そしてカスパル本人も。

 ロランドは素知らぬ顔で澄ました顔をして立っている。彼は一切話していなかったようだ。ただ、シウが話があると、告げただけだったらしい。

 シウは慌てて続きを話した。

「最初から話すけど、昨日ちょっとしたものを売ってみたくて、あの後、屋敷を抜けだして闇オークションに行ってみたんだ」

 カスパルが、胸元のスカーフを綺麗にセットしてもらいながら、笑顔で睨んできた。

 夜中に子供が屋敷を抜けだしたことへの、注意らしい。サビーネもチラとシウを振り返って、目線で叱る。

「ええと、お説教は後で……」

 ごにょごにょと言いながら、先を続けた。

「終わるまで時間がかかりそうだったから、ぶらぶら見てたら奴隷市があって」

「女奴隷を見付けちゃったわけかあ。ロランド、君、僕の心配する前にシウの心配をした方が良いんじゃないの?」

 笑っていたので冗談だと思いたい。それと、シウに全くそのつもりがなかったので気にもしていなかったが、サビーネやリサもいる手前、言い訳を口にした。

「えっと、そっちの契約じゃ、ないよ?」

「分かっておりますとも。若様、ご冗談はほどほどに」

「おや。と言うと、ロランド、君はその女奴隷と話をしたのかい?」

「二言三言ほどでございます。それよりも、若様がご想像なさっているような奴隷ではございませんよ」

 サビーネが片方の眉を上げる。

「あら、それはどういう意味でいらっしゃいますか? 商家での事務方、というわけでもございませんでしょう?」

 それならシウがわざわざ落札してくるわけがないと、サビーネは分かっているようだ。

 ロランドは大きく頷いて、彼等に教えた。

「見たところ、戦士職の方でしょう。獣人族の女性でございます。そして、これが一番お教えしておきたいことですが、彼女はシウ様のお母上と言っても良いようなご年齢の方です」

「いや、さすがにそれは失礼なような」

 すかさず突っ込んでみた。鑑定しているのでアントレーネの年齢も知っている。二十八歳の彼女に、十四歳の母親という設定は微妙なだけにとても失礼だ。

「まあま、見た目の問題でございますよ。というわけで、邪推など不要というわけです」

「それはそれで、変わった趣味、ということもあるのじゃないかしらね?」

「若様? おからかいになられるのは、お止めください」

「そうですよ、坊ちゃま。シウ様はまだお子様なんですからね? 全く、耳年増ばっかりで全く紳士的な嗜みをご存じない坊ちゃまに、からかわれたくはないでございましょうよ」

「サビーネ、君が一番ひどいよね?」

「そうでございますかね? ご自分の朝のご用意も満足にできません坊ちゃまをお世話していたら、サビーネもハキハキと喋ってしまうようですね」

 カスパルは肩を竦め、とんだ藪蛇だとばかりに口を閉ざした。

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