046 特別オークションと奴隷の行方
グララケルタのオークションは目玉になるようで、終了するのはかなり遅い時刻になると言われた。
急遽、人気の「特別オークション」に割り込んだらしく、時間がずれ込んだのはシウのせいでもあると暗に言われたため、そっと視線を逸らした。
とにかくも、その間暇なので、ぶらぶら見て回ることにした。
官民一体なのか、小型希少獣の下げ渡し会もあった。貴族に不人気の種族や、やむを得ず手放すことになった貴族からの依頼も入っているとか。可哀想な目に遭っていないか心配だったが、希少獣管理委員会から担当官が出向して、契約事に毎回立ち会って書類を作成していた。意外と、しっかりしているのだった。
認識阻害魔法を強めに変えたので、特に絡まれることもなく見て回れるが、これもシウの情報不足だったのだけれど、子供もチラホラと歩いていた。
貴族の子息がお忍びでといったものから、親の仕事についてきて、というのもあるようだ。
だからか、獣人族を模したつもりのシウも、子供だからと邪険に扱われることもない。
むしろ、武器関係のところなどでは、本職が来たとばかりに見ていけと引きこまれたほどだ。
獣人族イコール戦士というイメージが定着しているのもどうかと思う。けれども、表立って正規店で売れないような独特の武器は見ていて面白かった。
たとえば、大きな手裏剣のような形の周囲ぐるりが刃となっている投げナイフとか、どこで使うのか意味不明なものなどだ。みんな遊び心が強すぎる。ラトリシア人も案外こういうところがあるのだなと、感心したりした。
魔道具も、威力の強すぎるものや実験回数の少ない危険なものなど、一応注意書きをしているが問題大ありの商品が置いてあった。こうしたものは出品者が個人でやっており、あちこちで「他に手を挙げるやつはいないか!? これでおしまいか!?」と煽って、値を上げようと張り切っている。
みんなノリノリで、
「よーし、俺は銀貨三枚だ!」
だとか、
「デリタ金貨でいいなら、一枚出すぞ」
などと手を挙げて笑っている。店主が、デリタの金はいらねーよと突っぱねたりするところまでが、様式美らしい。
途中、面白そうな魔道具があったので、半分冗談のつもりで、
「オーガスタ帝国金貨一枚でもいい?」
と聞いたら、店主も周りにいた大人たちも一斉に、シウを見て怒った。
「ばっ、バカ! 冗談でもそんなこと言うな! そんなお宝、ギルドに申請して特別オークションに出してもらうんだよ!! 勿体ねえ! 親は何してんだ!!」
とまあ、こんな調子で。
どうもシウの冗談は、不発が多いようだ。すみませんと謝ってその場を離れた。
途中、屋台で串焼き肉を買ったり、温めたワインを飲んだりと楽しんだ。
こういうのも面白いものだ。
そのうち、一番奥の怪しい場所へと到着した。人の出入りはあるので非合法ではないのだろうが、他と離れていると少々胡散臭い。
認識阻害に、追加で気配を殺す隠密魔法を少し混ぜてみた。
倉庫の中に入ると、奴隷市があり、なるほどそれで離れていたのかと悟った。
奴隷商も街中にはあるのだが、やはり大っぴらに扱うには人目を憚るのか、こうしたところで契約をするようだ。もちろん、強心臓の持ち主ならば店へ直接行くのだろう。
見ているとほとんどが軽微犯罪奴隷だった。
中には借金奴隷もいて、男性が多い。女性もいるが、家事や事務スキルを前面に出している。
国の法律では、性的な奴隷は許されていないので、ここにいるはずもない。
とはいえ、リュカを娼館に売り飛ばすと言った奴隷商もいたのだ。その男は今は捕まっているが、法律違反が横行していることは確かだろう。
男の子でもそうなのだから、女の子はもっと可能性が高く、念のためだろうが役人も数人紛れているようだった。
売買が成立した際にも、たとえ男性であろうとも役人らしき人が立ち会っていた。
女性の場合は、神官服の女性が立ち会っている。このあたりはまともなようだ。
男性よりも注意事項が多いらしくて、買うことに手馴れている男性はちょっとうんざり顔をしていた。分かってますよと適当に返事をしたのか、神官の女性にものすごく怒られていた。男性は平謝りで、契約をなんとか完了できたようだった。
小耳に挟んだところによると、店の経理を任せたいようだ。ただし彼女の犯歴が気になるので、しつこく問い質していた。彼女の場合は親が借金をして、その代わりに売られたようだ。本人も納得してのことらしいが、悲しい話である。
ただ、家族全員が奴隷落ちになって離れ離れになるよりは、彼女一人で返した方がまだマシだと結論付けたのだろう。
奴隷従業員だとあまり自由はないものの、生きる上での不便はないのでまともな生活はできる。それこそ、家族全員が奴隷落ち、離散するとなったら、よほどひどい借金ということになるわけだから、娼館落ちもあるわけだ。
人生模様も様々だなと思っていたら、目玉商品というのが出てきた。
女性の戦士ということで、みんな大きな声と拍手の嵐だ。
出てきたのは、虎系獣人族で、ティーガとも呼ばれる種族のようだった。
ティーガというのは国名でもある。西にある小国群の中にあって、虎系獣人族が王族として君臨している。領土が山や岩場、高地が多く、アップダウンのある地形なので猫科の獣人族が国民の大半を占めていた。一度行ってみたい国のひとつでもある。
ひとつ気にかかることがあった。
彼女の紹介で、ウルティムス国の名が出てきたのだ。
ティーガはウルティムスとも領土を接しているので、関わりはあるだろう。実際、領土際では度々諍いも起こっているようだ。
でもどちらかと言えば、獣人国家であるティーガは真北にあるデサストレと仲が悪い。熊系や狼系の獣人族が多くて、猫系の彼等とは気が合わないらしい。このデサストレもウルティムスとは領土が接しているため、三つ巴で常に戦乱状態だと言う。
彼女もまた戦乱のどさくさで何故かデサストレで捕虜になったのに、捕虜交換が上手く行われずにウルティムスへ奴隷として引き渡され、そこから傭兵たちの手で遠いラトリシアへと連れて来られたようだ。
随分と手間を掛けているが、今回の目玉商品として「仕入れ」たと競売人が話している。彼女自身は何の感情も表に出さず、突っ立っていた。
他の奴隷たちのように、多少なりとも愛想よく振る舞うということはしない。
戦士という職業なので、プライドもあるのだろう。
他の奴隷が薄着とはいえある程度服を着ていたのに対し、彼女や、男性も同じだが、戦闘職系は裸に近い格好をさせられている。これは肉体面での損傷がないか、健康面は大丈夫かを確認させるためのようだ。
護衛として奴隷を求めるならば必要な措置だろうとは思うのだが、可哀想だ。
性奴隷でないのだからそこまで目を吊り上げるつもりはない。
そういったことでなく、彼女の体が心配だったのだ。
それでも、口を出す権利はないのでシウは客観的に見ているだけだった。
が、周囲の奴隷商であったり、落札を希望する男性たちの声を聞いていると、少しばかり気になってしまう。
「戦乱というと、いわくつきでは?」
「怪我は治っているのだろうか。買ったはいいが、役に立たなければどうしようもない」
「戦士奴隷ならば、試すことも可能のはずだ。うちの護衛から誰か一人、候補を挙げておこう」
「では、うちもだ」
「乱戦形式にするのか? 回復ポーションの用意は」
「待て待て。珍しい虎系獣人族なのだ。戦闘はさせずに観賞用として落札する予定なのだから、乱戦は困る」
「観賞用って、あなた。お噂は聞いておりますよ? 次、やらかしたら会員資格を剥奪されるのですから、お気をつけになった方がよろしいのではないかな」
「ふん、何を。今回は絶対にわたしが落札しますぞ!」
「おやおや。そうなると、あの女も行末が憐れですな」
性行為は契約にないので大丈夫だと思うのだが、それよりももっと嫌な予感のするセリフがあちこちで囁かれている。
男性戦士枠よりも、女性戦士枠の方がどうも危険らしかった。
中には嗜虐心を隠そうとしない落札希望者もいて怖い。まさか称号に「快楽殺人者」があるとは思わなかった。契約時にバレないようにだろう、鑑定魔法を阻害する高価な指輪型の魔道具を付けている。いや、彼自身が契約せずとも、代理人であったり、秘書が行うのかもしれず、そう考えると奴隷市のシステムはザルだ。
彼女をフル鑑定しているシウとしては、気になってしようがない。
うんうん考え、悩んだ末に、担当職員のところへ近付いた。
「あのー。ギルド会員ではないんですが、落札に参加することは可能ですか?」
「その場合は、身分証明証と、預り金が必要となりますが」
「あ、えっと、これでは無理ですか」
グララケルタを出品するにあたって、職員から渡されていた割符を見せた。
「……おや、最上級のお得意様用の、印でございますね」
そう言うと、シウを上から下まで眺めて、なるほどと頷いた。
「同じ獣人族として、ご心配なのですね。承知しました。落札後に契約を行いますので、その時に精霊魂合水晶を使用します。それに同意していただけるのでしたら、参加を許可致しましょう。預り金は不要でございます。こちらの割符が証明になりますからね」
良かった。安心していると、職員がシウを促してきた。
「さあ、時間がございません。あちらのお席にどうぞ。やり方は分かりますか? わたくしが代理人としてつかせてもらってもよろしいですが」
「あ、お願いします。万全を期したいので」
そう言うと、職員の男性が何度か大きく頷いた。シウの本気を感じ取ったらしい。
「では、全力で代理人を務めさせていただきます。ただし、代理人としての契約を、前後致しますが後ほど行いますので」
「あ、はい。もちろん、契約金もお支払いします」
「お若いのによくご存知でございますね。では、そちらに。アバルタ、わたしは今から代理人の仕事を請け負ったので、抜けた穴を」
「承知しましたー!」
「競売人にも伝えておきます!」
若干、ギルド側に舞台裏での騒がしさはあったものの、表に出てくることはなかった。
値踏みの話をする紳士たちは、シウという存在が増えたことすら気付かないまま、打ち合わせを続けているようだった。
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