045 古書落札と駆け引き、内緒の出品
遺跡発掘品なので、大抵のものはカスパルの興味の範疇外だった。つまらなさそうな顔で「まだかしらね」と零している。
古書関連の順番が来ると、途端に背筋を伸ばして真面目な顔になるのだから、分かりやすい。
ここのオークションでは、代理人が――本人でもいいが――手を挙げて指で金額を示す。
とにかく、オークション後に支払いさえすれば、誰でも買うことができた。
「よし。落とした。よくやった、リコ」
「あ、いえ」
手を挙げるのは家僕のリコだが、指示するのはカスパルなので褒められても嬉しくないのだろう。困惑顔のリコに、カスパルは次々と指示を出す。
「次はあれだ、『最新魔道具博覧会第四回』。いいね? 相手の様子を見ながら、一金貨と五銀貨刻みでいくよ?」
「はい」
ダンは流れを確認しながら、競る相手に視線をやっている。どれぐらい競ってくるのか、サクラかもしれないし、冷やかしの可能性もあるので見極めているのだ。今回は勝たせろと視線で脅しているのかもしれないが。
見たところ、古書関係ではカスパルの敵になりそうな競争相手はいなさそうだった。
中途半端な時代の古書本はそれほど人気があるわけではないので、こんなものだ。
大体カスパルが欲しいと選んだものも、たとえば【最新魔道具博覧会第四回】だって、カタログなのだ。
見ていて面白いかもしれないが、作り方が書いているわけでもなく、技術本としての価値はない。
一応、それらしき注意は入れたのだが、それでも構わないのだそうだ。
どんな魔道具があったのかを想像するだけでも楽しいらしい。
ところで、シウが気にしていた本も出てきた。
「あ、カスパル、僕もあれを落札したいんだけど、いいかな?」
「構わないよ。リコ、君代わりにやってね」
「はい。シウ様、お幾らぐらいまでですか?」
「別にどれぐらい上でもいいから、落としてほしいんだけど」
「は?」
「あ、始まっちゃう」
競売人の説明が終わり、最初の提示金額を述べる。なんとロカ銀貨一枚からだった。読めない文字が多く、表紙がボロボロな上に別の誰かが落書きしていたらしく、子供の帳面用、あるいは未開人の日記、ひょっとしたら貴族の子供が探偵ごっことして暗号文を作ったのかもと説明していたせいか、金額を抑えたらしい。
リコが手を挙げると、端にいた男性もすかさず手を挙げた。提示金額はロカ金貨一枚だ。いきなりの値上げである。
こちらの先ほどまでの買いっぷりから、吊り上げる算段かもしれない。
リコがまた手を挙げて、こちらは細かく、ロカ金貨一枚とロカ銀貨一枚という値上げをする。相手はロカ金貨二枚にした。
そこでリコが振り返ったので、残念そうに首を振る仕草を見せた。リコは先ほどシウが、上限なしと言っているのを聞いているので、演技に乗ってくれた。
これが最後の提示金額ですと示すような態度で、溜息を吐きながら、ロカ金貨三枚と示す。投げやりな手の揚げ方を見て、相手はこれ以上は無理だと悟ったようで、競売人の視線を受けて首を横に振っていた。
ギルド側か、あるいは本をオークションに出した者の関係者かもしれない。
何にしても金貨三枚で買えたのは良かった。
その後も、カスパルはほぼ全部手に入れることができて、ほくほく顔になっていた。
支払いは現金で、その場で引き渡しも完了した。全部、シウが魔法袋に入れて持つことにした。
「おや、アイテムボックスですか」
羨ましげに担当職員が見るので、襲われても嫌だしなあとこっそり耳打ちする。
「実は、グララケルタの素材を持っているという人を知っているのですが、出品者不明で出すことは可能ですか?」
「ほほう……」
目がキラリと光る。
「出所を問われたくない、と仰るのですな。その方は」
「はい。騒がれたくないそうです」
「ふむ。しかし、裏のあるものでしたら、闇ギルドとはいえ厳しいのですが」
シウは苦笑した。
「大丈夫ですよ。素材と言いましたが、討伐したそのまま解体もせずに持っているので」
「おや」
もちろん、シウがこの魔法袋に入れているということは分かっているのだ、相手も。
じいっとシウの背負った魔法袋を見て、小さく頷いた。
「ぜひ、お願いいたします。この後、お時間はございますでしょうか」
「主を送って行ったら、知り合いのところへ行って、もらってきます」
「ふふふ。そういうことにされるのですね。よろしいでしょう。では、後ほど、こちらへ。これは割符でございます。お持ちくださいませ」
これで、帰りは安全だ。ギルドの職員が目を光らせてくれるだろう。
ついでにシウも、魔法袋の中で溜まっていたグララケルタを処分できる。
これが廻り回って魔法袋になってくれたら、シウの持つ魔法袋も目立たなくなるというわけだ。
早く帰って読みたいというカスパルを無事屋敷まで送って行くと、一旦自室に入ってから、こっそり転移して闇オークション会場まで戻った。
時間的に矛盾が生じるので、他の会場も見てみる。倉庫街では、空いている倉庫を使っていろいろなものを出品していた。
非合法スレスレのものもあって、よくもまあここまでと感心したりする。
時折、私服の憲兵らしき姿もあるので、本当にギリギリらしい。
違法の奴隷売買も行われているとかで、稀に摘発されているようだ。チラホラとそんな話も聞こえてきた。
時間も過ぎたので、庶民街側にある広場へと戻った。まだ遺跡発掘品のオークションは続いており、大物ばかりが残っているようだった。
念のため、軽い認識阻害の魔法を掛けて、引き渡し用のテントへ入る。
先ほどの職員が待っており、にこにこと笑って別のテントへシウを連れて行った。
別の担当に引き渡されると、そこで出品用のグララケルタを一体確認したいというので出してみせる。
「おおお! 素晴らしい!! なんて綺麗な形なんだ」
「魔核は取ってるそうです」
「頬袋も両方揃っている。こんなに見事なものは初めてだよ。他のも同じレベルかね?」
「ええ、はい。あの、聞いてます? 魔核はないですからね?」
「ああ、ああ、それはもちろん。冒険者なら真っ先に魔核は取るだろうからね。おお、見事に魔核の場所を貫いて取っているのだね。相当な手練の冒険者か。素晴らしいなあ」
指をワキワキ動かして、舐めるようにグララケルタの全身を見つめている男性にちょっと引きつつ、幾つかのやり取りを済ませ、残りの死骸を取り出した。
「……待て待て。どれだけあるんだ」
「全部で三十です」
「あ、ああ、そう。そうなの」
本当は数百頭は狩っていたのだが、つい半分ほど解体してしまっていたのだ。こういう時のために解体を行わければ良かった。頬袋だけだと流通させるには、裏がないか証明しないといけない。そうするとシウのことが表に出るので目立ってしまうのだ。
それこそ闇で姿を隠して売るしかない。
「まだ、融通は利くそうです」
「……君ねえ。いや、まあ、いいんだけど」
呆れたように忠告されかけたが、彼は深い溜息を吐いてから、まあいいかと笑った。
「我々にとってみたら有り難いことなんだけどね。あんまり一度に出すと価格が下がるよ?」
「あ、いいんです、それで」
「は?」
「価格を落とすことが目的なので」
「……分かった。もう何も言わない。うん。分かったよ。さあ、金額の交渉に入ろうか!」
話を躱されてしまった。
シウは困ったなあと思いながら、
「最低提示金額は一匹でロカ金貨一枚からでお願いします」
「バカだろ、君」
「ええ?」
ゴホンと咳払いして、彼は続けた。
「まあいい。よし、分かった。安くで売りたいんだね。しかしだね。それを加工して売る時にはとんでもない価格をつけられる。つまり落札者が得をするんだよ?」
「それです」
「は?」
「僕の条件は、職員さんか、どなたでもいいんですけど、落札した人にそれとなく噂を流してほしいんです。今後も定期的にグララケルタが入るそうだよ、って」
「……ああ、そういうことか。つまり、同様の落札者が加工して販売する時に安く売りだし、そちらへ買い手が集まるかもしれないと疑わせる、と。なるほど」
少し思案して、彼は続けた。
「では、なるべく分散して落札させた方が良いというわけだね?」
「その通りです」
「……君、本当におかしいよ?」
「そうですか?」
「一攫千金だろうに、ねえ」
「でもほら、本当に数は増える予定ですから。価格破壊がやってきますよ」
「面白い言い回しだねえ。というか、増える予定なのかあ。……もしかして巣を発見した? ええと、その冒険者は」
謎の冒険者設定は彼も引き継いでくれているようだ。シウは笑って頷いた。
「そんな感じで。……あ、そしたら、グララケルタの養殖ができたら、面白そうですね?」
シウとしては良い思い付きだと思ったのだが、職員の男は目を剥いて怒った。
「そういうことができると思っていても、口にしないでくれるかな! 君は本当にもう! 僕を殺す気かね」
「はあ」
「あー、もっと若かったらなー」
「はあ?」
「いや。独り言。で、最低落札価格のことだけど、さすがにあまりに安いと信用してもらえないのでね、ロカ金貨十枚から始めます。あ、言っておくけど、これでも本当に、本っ当に!! 低いから。で、上限を言ってくれたら大体そこで収まるよう、誘導しましょ」
「あ、はい。ええと、じゃあ?」
ギロッと睨まれて、仕方ないとばかりに答えてくれた。
「五十枚といったところかな。ちなみに、参考としてお教えしておきますがね。冒険者の持ち込みの場合、提示金額はロカ金貨五十枚から始めて、だいたい二百枚から五百枚でね。今までで一番高かったのは千枚超えだったかな」
「あ、はい」
「分かってくれたようで何よりだ。では、これが仮契約書。オークション後に、手数料を引いてお支払いします。手数料は
ということで、お願いしますと頭を下げて契約完了した。
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