047 女奴隷の落札




 シウは代理人に、金額は幾らになっても良いが釣り上げ行為には付き合わないと伝えた。無駄にお金を使うつもりはないのだ。

 代理人は苦笑で承知してくれた。元より、こうした目玉商品でサクラを使った釣り上げ行為は行っていないようだ。目立つオークションには、当然、人の目も厳しく光っている。危ない橋は渡らないらしい。


 オークションは、最終的に「快楽殺人者」の称号を持つ貴族らしき男性と、マニアらしい奴隷商、純粋に見目を欲しがった大商人とシウの四人で争うことになった。

 大商人は金貨四百枚で脱落し、マニアの奴隷商が六百枚で降りた。

 一騎打ちになったシウと貴族の男性だったが、あちらが七百枚を超えたところからチマチマとした値上げを行うので、周囲からブーイングが飛び出した。

 代理人が、こういうのは紳士らしくないので嫌われるのです、と囁いて教えてくれた。

 ならばと、一気に上げてくれと伝える。

「では、九百で?」

「はい。百単位で上げて良いです。その代わり、牽制してください」

「というと」

「あちらが意地になって上げてくるようなら」

「ああ、その資金もないのに嫌がらせで、ね」

 そのへんの見極めは慣れているのだろう。彼は頼もしく頷いてくれた。

 目配せで競売人にも伝えている。競売人は誰にも分からない程度に目だけで承知したと伝えてきて、畳み掛けた。

「では、きりよく上げてみましょうか!! さあさあ、紳士の皆様、どうぞご覧ください。これが伝説の対決となりますように!!」

「「「おおおーっっ!!!」」」

「おおっと、ここで九百枚が提示されました!! さすがは、獣人族の救援者! 何がなんでも血族を救おうとの熱意が、現れております!! さあさあ、これをどう迎え撃つのか。そちらの紫紺のご立派な紳士様は、どうなさいますか!?」

 胸元のスカーフが紫紺なのでそう呼んでいるのだが、ご立派な紳士はないと思う。恰幅が良いので、他に喩えようがなかったのだろうが。シウのことも救援者扱いである。

 偽善であると分かっているので、競売人の言葉は素通りさせているが、耳の痛いことだ。

「よ、よし、サルハリ、九五〇で、いけ」

「よろしいのですか、旦那様」

「構わん!!」

 彼等のやり取りからも、七百枚以上は難しそうだった。でも引くに引けないのか、やけになっている。

「はい!! 九百と五十枚が提示されました!!」

「「「おおおっ!!」」」

「では、ここで、一度、最後のご確認を致します!!」

 高額になると稀に挟むらしい口上なのだそうだが、相手の紳士は顔色が悪い。

「現金支払いをお願いしておりますので、職員にそれと分かるように示していただけますか? ああ、当然、この後強盗に襲われるのではというご心配は無用です。当ギルドからもお帰りの際に優秀な護衛を付けさせていただきます。それゆえの参加費用を頂いているわけですし、預り金でもあるのですからね」

 逃げ場を潰すのが上手いなあと感心していたら、職員が二人やってきて、シウのところと紳士のところへ分かれて向かった。

 シウがポーチから、白金貨を十枚取り出したところで、相手側の紳士が降りた。

 シウの手元が見えたようだった。

 しかもまだ出そうとしていたので、もう無理だと悟ったようだ。呆けた顔で椅子に仰け反っているのを、秘書や従者、護衛に介抱されている。

 九五〇枚は紳士の言い値だったが、これに競り勝ったという事実が必要なので結局九五一枚を競売人から提示され、これを受けてシウの落札が決定した。

 シウが拒否したら、いくら降りると告げていても、紳士が九五〇で最終となるので彼の落札が決まる。しかし、現金を持っていない彼は罪に問われることだろう。金貨一枚でシウは彼を救った事にもなり、あちらの秘書からその御礼を言われたが、本人は真っ白に燃え尽きていた。


 引き渡しの際に、代理人の彼に契約料を支払ったが、ご祝儀価格として奴隷契約の手数料を含めてまとめて金貨四十九枚を渡すことにした。

「キリが良いので、白金貨十枚で」

 そう言うと、競売人含め、ギルドの職員に笑われてしまった。

「こんな幼いうちから、そうしたことを分かっているとは。将来が怖いですな」

「本当に」

「さて、では、お望みの奴隷をお連れしましょう。それから契約の手続きを行います」

 女性の神官がやってきて、シウの小ささに驚いたようだったが、獣人だと分かってホッと安堵していた。この人は絶対に騙されるタイプの人だ。こんな人が奴隷オークションで契約の見届人をしていいのだろうか。不安である。

 今回の場合は助かるけれど。

「連れて来ましたよ。ほら、この方がお前の主になる。挨拶をするんだ」

「……マグノリア=シド=アントレーネだ」

 渋々、口を開きましたといった態度で、周囲の男性たちが苦笑する。女性の神官は、心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。

「いけませんよ。ちゃんとした応対をすることで、主もまた優しく接することができるのですから。何も媚び諂えというのではありません。自分を守るための、方法です。幸いにして、この方は同じ獣人族の方ですからね。安心でしょう。でもそれにあぐらをかいてはいけません。頑張って尽くせば、将来奴隷解放も有り得るのですから」

 優しい言葉で諭しているが、アントレーネは聞いていないようだった。

 シウを見下ろして、何か逡巡しているようだ。

 シウは、そうっと目で、黙っててね、と伝えた。ミルトたちに聞いたのだが、獣人族ならば伝わるだろう、アイコンタクトだ。人族でも、こうしたことは人の顔をよく観察していたら分かるというので、獣人族はもっと分かるかもしれない。彼等は観察眼に優れているのだ、人族よりも。

 案の定、彼女は口を噤んだ。

「よろしくね。今、この場では、名を明かせないけれど、あなたの体が安全なよう全力を尽くすと誓います。だから、信じてほしい」

「……分かった、いや、分かり、ました」

 項垂れた感じではあったが、了承してくれたので、このまま契約に移行する。

 神官が見届人として、担当官による契約魔法を履行する。この契約魔法を持った人は少ないので、高給取りだ。奴隷を扱う場合は絶対に必須の魔法である。

 軽微犯罪程度の奴隷ならば、もう少し下位の複合技や魔道具による契約魔法も使えるが、これだけ高額な奴隷は本契約が必要だった。

 首輪に付与を施す前に、シウとアントレーネの二人が同時に精霊魂合水晶に手を置く。

 シウの名は担当官と神官にしか見えない。彼等には守秘義務があるので決してシウの名を口にすることはないが、少し驚いたようだった。

 たぶん、人間であることと、年齢にだろう。しかし、もちろん、口に乗せることはなかった。

 こっそり感覚転移で確認したが、無事、ステータスの偽造もできていた。

 担当官が、首輪はこのままでいいか聞いてきたので、魔法袋から取り出して良い物に変えた。

「……これ、火竜の皮じゃないのかな?」

 競売人が横から口を突っ込んできたが、無視だ。担当官も神官の女性も唖然としていたし、アントレーネもぽかんとしてシウを見下ろしていたが、こちらも無視である。

「お願いします。これだとチョーカーみたいだし、おしゃれっぽい感じだから違和感ないですよね?」

「……いや、そ、そうかな? ちょーかー、ってなんだ……」

「細すぎませんかね、首輪としては。てか、火竜の皮……」

「それより、これは紅玉なのではないでしょうか。何故、赤に赤」

 各自言いたいように言っているが、シウはせっついて奴隷契約の付与をお願いした。

「あ、ああ、はい。ええと、もう一度、水晶に手を置いて、はい、参りますよ」

 担当官も水晶に片手を置き、もう一方の手は首輪に触れる。アントレーネは背が高いので少ししゃがんで、居心地悪そうだった。

 が、すぐに契約は完了した。

「はい。これで終了です。奴隷に関する条約はご存知ですか?」

「奴隷契約条項ですよね。存じてます」

 幾つかの項目を諳んじると、講習会への参加は不要ということで話は終わった。

「じゃあ、これで帰っても良いんですよね?」

「ああ、もう少し話を、その、少年よ」

 ギルドの職員に引き止められたものの、シウには後が支えているのだ。

「すみません、特別オークションが終わるかもしれなくて。この割符を持って行かないと売上が貰えません」

「おおっと、そうだった。君、最上級のお得意様だった!!」

 代理人をやってくれた人が事情を思い出してくれて、かつ、そこまで警護してくれるというので付き添ってもらうことにした。

 その前に、だ。

「アントレーネさんは、持ち物は?」

「……ないが」

「えっ。じゃあ、服はそれだけ?」

「そうだ」

「もしもし、お客様。奴隷に『さん』付けは不要ですよ。それと、女奴隷よ、お前は言葉遣いを治せ。先ほどもシシリア神官に言われただろうが」

「……あたしは、お上品な喋り方、知らないんだ」

「教育係は何してたんだ。くそ。すみません、お客様」

「あ、別にいいです。でも、そっか。奴隷にさん付けしてたら逆に目につきますね。じゃあ、アントレーネ、外は寒いから、適当にこれを着てて。後でまた服を用意するからね」

 魔法袋から、ロワルの知人の貴族より頂いたお下がり服を取り出す。将来これほど大きくなれば良いのだがと思って持っていたが、ここで役に立ったようだ。男物なのでアントレーネにとってみれば不本意だろうが。

 しかし、彼女にとっては別の意味で不本意だったようだ。

「こんな服、あたしには高価過ぎる。それに、言い辛いのだが、これでは、小さい」

「……そ、そうだね」

 確かに身長はかなり高いし、戦士として鍛えているのでがっしりしている。でも、もらった相手も騎士学校を卒業したような青年だったのにな、と思う。

「じゃあ、僕の手作りで申し訳ないんだけど」

 ガルエラドに防御用として作った鎧下、部屋着のようなシンプルさだが、それを出してみた。

「これなら、なんとか、入るかと思う。……さっきより高価な生地のようだが」

「我が儘を言うな、お前。主がこんなに良い服を用意してくれるなど、ないぞ?」

 競売人に言われて、彼女は諦めたようだった。実際に服がないのは困ることなので、その場でささっと着替えた。ついでに、ガルエラド用のローブも取り出した。

「……暖かい」

 抱えるように被ったので、やはり裸に近いあの格好は寒かったのだ。

 とりあえずの着替えが終わると、シウたちは急いで特別オークションの開かれている倉庫まで向かった。

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