043 魔素遮断と鋲打機、性格の違い




 アウレアに渡した、《鑑定追跡解除》と名付けた靴には血族を探すための魔法を妨害するのではなく、錯覚させるようにしていた。鑑定を掛けられるだろうことを予測して、シウが精霊魂合水晶でステータスを誤魔化したように、誤魔化したわけだ。

 同じく、追術魔法を混乱させたり妨害魔法を用いると、そこに何かあると思われてしまうので、地中の魔素自体をあらかじめ遮断、抜き取ってしまえば良いわけだ。

 自分の魔力の流れを把握できるようになったことから、地中にある魔素が均一でないことももう分かっている。塊があれば、全く何もないようなところもある。

 乱れているところには大抵、何かしらの魔道具があったりして、それは地中深いことからも古代魔道具だろうと思う。

「なんか、分かったのか?」

 ククールスが戻ってきて、シウの横に降り立った。飛行板から降りるのも手慣れたもので、シウよりも格好良い。降りると同時に飛行板をくるんと回転させて、背負う。

「うん、やってみる。あ、もう帰る?」

「いや、付き合うぜ。もうちっとお前さんは考えこんでろよ。俺はフェレスの相手でもしてやるからさ」

「ごめんね。ありがと」

「いいってことよ」

 そう言うと、フェレスを呼んで、遊ぼうぜと誘ってくれた。ずっとほったらかしにされていたフェレスは、わーいと喜んでついていった。


 遮断自体は簡単だ。

 後は、それを仕込む方法だが、アウレアに渡した靴のように、靴の裏が一番楽だろう。

 ついでにどこかへ魔法陣を描いたりするときにも使えるよう、針型にでもして差し込むのが良い。

 小さな棒型の銃にして、タッカー、鋲打機にしたらいいのではないかと考えた。鋲自体は、この世界にもあるし、小さな棒程度の大きさならば人目にも付かない。

 靴にはあらかじめ仕込んでおけるし、大掛かりな魔法を使う場合や魔法陣を描く際には、タッカーで四隅を打てば良い。囲むことで威力も増すだろう。

 使う魔法は空間魔法、鑑定魔法、結界魔法と探索魔法、それから土属性と金属性だ。念のため水属性と木属性も付け加えておく。これでどの場所でも撃ちこむことが可能となる。

 術式自体は長いけれど、仕組みはとても単純だった。

 なにしろ指定した場所の魔素を他所へ追いやるだけなのだから。

 ただただ、漏れがないようにつらつらと術式を編めば良いだけだった。



 日が暮れ始めて、慌てて片付けながらククールスとフェレスを呼び戻した。

「ごめん! もう終わったから」

「おっ。できたのか? なんだったら、夜の冬の森対策でもやろうかって話してたんだが」

「フェレス、喜んでた?」

「さあ? にゃんにゃんしか言わねえんだもん。俺には分からん」

 へらへらっと笑って答え、置いていた魔法袋を背負う。一応帰るつもりでいるらしい。

 フェレスも、終わった終わった? と擦り寄ってきたので、帰る方向で進めて良いのだろう。

「とりあえず、王都へ向かって出発しようか」

 フェレスに乗って、飛び上がる。

 王都へスピードを上げながら、ククールスと話をした。

「晩ご飯、うちで食べていかない?」

「いいのか?」

「うん。カスパルとか、家令のロランドさんも友達をもっと呼んでいいんだよって言ってるし」

「へえ。良い下宿先だなあ」

「ククールスは相変わらず宿暮らし?」

「そうだぜ。気楽なもんだ」

「冒険者らしいねー」

「だろ? あ、でも、最近はシウにもらった魔法袋のおかげでお宝を取って置けるし、意外と金が溜まってるんだぜ」

「へー、それは良いことだね」

「おうよ。最近もギルドで『将来のことを考えて貯金しましょう』なんつって張り紙して、煩いぐらいだしな。ガスパロも貯金始めたとか言ってるぞ」

「わあ」

「でも、俺、将来がかなり遠いんだけど。今から貯金してたら、ジジイになった時どんだけ金持ちなんだよ」

 はっはっは、と大笑いだ。どうやらエルフジョークだったらしい。シウも合わせて笑った。




 暗くなってから帰宅したが、時間的にはまだ晩ご飯前だったので、怒られることはなかった。

 むしろ、友人を連れてきたのでロランドは張り切っている。客間へ通してくれようとしたが、逆にククールスが大慌てで断っていた。なので以前と同じ、シウの部屋近くにある、使用人用の客間へ通した。

 ククールスにはそこでフェレスと共に待っていてもらい、急いで部屋に戻る。すると、置いてあったおやつも食べ終わった子供たちが、くーくーと寝ていた。

 ロトスも幼児服を脱ぎ散らかして、子狐姿でお腹を出して寝ている。

 折りたたみ用の低いテーブルの上には勉強した跡があって、よれた日本語とロワイエ語が並んで書かれていた。

 頑張っていたのだなあと思うと、笑顔になる。

 お腹を撫でていると、ロトスがむにゃむにゃ言いながら起きたので、声を掛けた。

「もうすぐ晩ご飯の時間だよ。帰ってくるの遅くなってごめんね?」

(あー、もうそんな時間? この体、すぐ眠くなるんだよなあ)

「幼児だもんね」

(そうそう。俺はもう諦めた! って、おお、もう夜か)

 くあぁぁと大きな欠伸をして、人化する。首輪に装備変更の魔術式を付与しているというのに、いまだに発動の方法が分からないらしくて素っ裸だ。いそいそと脱ぎ散らかされた服をえっちらおっちら着ていた。

 その騒ぎにクロとブランカも起きだしてきて、ひとしきり騒ぎになった。

「ククールスが来てるんだけど、みんなはここで晩ご飯食べてられる?」

「ぎゃぅぎゃぅ!」

「きゅぃ……」

 ブランカは、やだ、シウといっしょ、と本能の赴くままに鳴いていたが、クロはすぐさまロトスの存在を思い出して、分かった、と賢いお返事だ。ブランカにも気付けとばかりに、さりげなく? つっついているが、彼女は全く気付かない。

 もう離れたくないとばかりに引っ付いてきた。

「おれ、ひとりでいーぞ。クロもブランカも、いってきたら?」

「うーん、どうしようかな。フェレスをこっちへやろうか。ククールスは信頼できる友人なんだけどね」

「わかってる。おれ、べつにいーぞ」

 平気平気、と念話でも伝えてくるが、幼児姿で言われても、無理しているようにしか見えない。

「ごめんね。フェレスをこっちへやるから、面倒見てあげて」

「……おっけー。わかった。くくーにも、だまっといたほーがいーだろ。なんだっけ、ほら」

 言葉が見付からないらしく、念話で伝えてきた。

(俺のこと、知ったら重荷になっちゃうかもだからな! シウの部屋にも出て行かないし、この後ずっと、自分の部屋でジッとしてるからさ。お友達、呼んでいいぞ?)

「……うん。ありがと。あと、我慢いっぱいさせてごめんね」

「おれのほうが、ごめんだってば。えーと。ありがと」

 えへへ、と照れ臭そうに笑って、手を振った。早く行け、ということだ。

 シウはクロを肩に乗せ、ブランカを追い立てて部屋を出た。


 フェレスには、廊下からおいでおいでと呼んで、こそっと告げた。

「ロトス、ひとりぼっちで可哀想だから一緒にご飯食べてあげてくれる?」

「にゃ」

 いいよ、と気軽に答えてくれて、さっさと部屋に行ってしまった。

 シウの部屋ぐらいなら勝手に開けられるのだ。しかも閉めることも覚えてくれたので、なかなか優秀なのである。

 ククールスには、クロとブランカを押し付けて、動かないよう面倒を頼むと、賄い室に向かった。

「スサ、ククールスの方、頼める?」

「はい! 子供たちの分も全部そちらへ持っていきますか?」

「ううん。フェレスと、もう一人の子のは僕の部屋。あとは全部客間へお願い」

「承知しました」

「今日、一品作れなくてごめんね」

「あら、それぐらい構いませんよ。いつもが贅沢なんです。うふふ」

 彼女はシウの相手をしながらもすぐ用意してくれて、ワゴンにフェレスとロトスの分をセットしてくれた。シウがそれを持っていき、客間のセッティングはスサがしてくれるのだ。

 細かいことを言わなくても、そうしたことをサッとやってくれるのが一流メイドなのだった。


 ククールスはフェレスがいないことを少々気にしていたものの、お酒が入るとすぐ忘れてしまったようだ。

 ご機嫌になって、良い酒だー、と騒いでいた。

 食後に遊戯室へも連れて行ったら、護衛たちと気があって酒の飲み比べを始めてしまった。ダンは相変わらず早々に潰れていたが、そんな騒ぎの中でもカスパルはマイペースにお酒を嗜み、本を読んでいた。

 子供たちは途中でスサが部屋まで連れて行ってくれて、彼女は中に入らずに押し込んでくれたようだ。寝床はあちこちにあるし(巣を作っているのだ)、彼等が勝手にどこででも寝られることを知っている。こうしたことにも気を回してくれるので、本当に助かる存在だった。

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