041 調教依頼




 金の日の、戦術戦士科の授業で、ブランカの調教が上手くいってないことをポロッと零したら、レイナルドが調教の専門家を紹介しようかと言ってくれた。

 昨日の話を覚えていたらしいブランカが必死で、

「ぎゃぅぎゃぅぎゃぅぎゃぅ!!」

 いいこにしてるから、どこにもやらないで! と悲壮な鳴き声で訴えていたので、ちょっと笑ってしまったら拗ねられた。

「ごめんごめん。どこにもやらないから。ほら、機嫌直して」

「ぎゃぅ」

「にゃ。にゃにゃ」

 フェレスもフォローに回ってくれて、クロもブランカの背中で毛繕いをして慰めていた。


 レイナルドが教えてくれたのは、スラヴェナ=トレーガーという女男爵で、召喚術科の教授でもあった。

「もう一人のヨランは調教魔法を持っていないし、召喚のレベルもまだ低いからな。スラヴェナ女史なら元宮廷魔術師だったし、人柄も良いぞ」

「紹介してくれます?」

「もちろん。彼女も興味を持っていたし、ちょうどいいんじゃないか」

「……興味?」

「ほら、この学校の先生ってみんなどっか変わってるだろ? スラヴェナ女史も例に漏れず、召喚術が高じて、いろんな獣好きなのよ」

「あ、そうなんだ」

「フェレスだけでも可愛いって言ってたけど、最近のお前のその獣まみれな様子、羨ましそうにしていたからなあ」

「……レイナルド先生」

「ん、あ?」

 シウはわざと低い声で、それを告げた。

「この学校の先生ってみんなどこか変わっているんですよね? その中に当然、レイナルド先生も入っていることを、お忘れなく」

「…………」

「とりあえず、紹介いつしてくれます?」

 レイナルドは何故自分も入っているということを忘れていたのか。ショックを受けた様子で、ぎくしゃくと動きを再開させていた。


 二時限目が終わると、今回は授業時間も延長せずに終わったので、三時限目の空いた時間を利用して三の棟へレイナルドと共に向かった。

 エドガールやシルトたちは先に食堂へ行っている。この時間を利用して、生徒同士の教え合い、講習会をやるのだそうだ。今でも継続されており、誰かしらが参加して行われていた。

 スラヴェナの執務室は二階で、授業はこの時間やっていないようだった。

 レイナルドによると、彼女は研究時間を多く取るため、授業は週に一度しか行っていない。その皺寄せがもう一人の教授に降り掛かっているそうだが、弟弟子で逆らえないらしい。

 そんなウンチクを聞きながら、執務室へと入る。レイナルドの気さくな様子から、仲が良いことが伺えた。

 まさか、ノックもなしに入って行くとは思わなかった。

「こんちはー、女史、いる?」

「あら、レイナルド先生。今日は授業が終わるの早かったんですね」

 見るからにできる秘書、といった様子の女性が穏やかに返しきた。その慣れた様子から、レイナルドがしょっちゅう来ていることが分かる。

「いろいろあってね。うちの出世頭も一緒なんだけど、入っていいかい?」

「ええ。こんにちは、初めましてね? あ、挨拶は結構よ。わたしも一緒に中へ入りますから」

 にこにこ笑って、シウと、その横や後ろに纏わりついている希少獣に目を向けた。冷静そうな秘書然とした様子だが、目の色が柔らかくなっている。彼女もまた希少獣が好きなようだ。

 奥の執務室へ入ると、噂の教授がいた。

「まあまあまあ! いらっしゃい。初めまして、わたしがこの部屋の主スラヴェナ=トレーガーよ。レイナルド、あなたにしては良くやったわね!」

「ひでー。って、その前に紹介か。スラヴェナ女史、こっちが俺の教え子で、出世頭のシウ=アクィラだ」

「初めまして、シウ=アクィラです。冒険者で魔法使いの十四歳です。こちらが、フェレス、それからクロと、ブランカです」

 指し示しながら説明すると、それに合わせてスラヴェナも視線を動かした。秘書の女性も同様に見ていたようだ。

「まあ、可愛いわね。ようこそ。さあさ、お座りなさい」

 中年を少し過ぎた年齢のスラヴェナはとても落ち着いていて、レイナルドに変人扱いされるような人には見えなかった。少なくとも、同じ女教授のオルテンシアよりは遙かにまともに見える。いや、オルテンシアがおかしいと言いたいのではないが。あの人はまた独特の喋り方をしたり、破天荒に見えるのだ。

「あら、シモネッタ、あなたらしくもない。早くお茶を出してあげてちょうだい」

「申し訳ありません。すぐにご用意いたします」

「あ、いえ」

 遠慮しようとしたら、部屋付きのメイドがすぐに用意を始めたようだった。

「ごめんなさいね。わたしが大勢に囲まれるのを嫌がるものだから、あまり人を置いていないの。秘書の彼女に従者の仕事までさせているのよ。失礼をしてごめんなさいね」

 それは暗に、秘書の責任は自分にあるのだと言っているわけで、良い上司だなあと思った。逆に言えば、もうちょっと周囲に身の回りの世話を行う従者を置いておけ、ということになるのだが。

「わたし、庶民上がりなのよ。何故か男爵家に嫁いでしまったものだから、人に傅かれることに慣れていないの」

「ああ、それで。人嫌いなわけじゃないんですね」

「もちろんよ。ただ、人よりは獣が好きね」

 あ、しまった。

「それにしても、この子たちは可愛いわね。素敵な毛並みで、とても可愛がっているのね。あら、良い首輪をつけてもらっているじゃない。まあまあ。なんて綺麗なの。それに眼の色も濁りなく、とても栄養の良い食事をいただいているのね? あら、怯えなくても良いのよ。そうそう、あなたは賢いわね。もう立派に成獣なのね。こちらの子は」

「女史、女史、落ち着いて。シウが引いてる。あと、クロは賢いんじゃなくて、固まってるんだ。ブランカも怖がってるし、やめろ、近付くなって」

 レイナルドの言葉で、ソファから身を乗り出して熱心に見ていたスラヴェナが元の位置へ戻ってくれた。

 ちなみに子供二頭がびっくりしている間、フェレスはシウが座ったソファの横で、ふあぁぁぁと大欠伸していた。このへんが、彼らしいマイペースなところだ。


 レイナルドがここへ来た理由を話すと、スラヴェナは目を輝かせて喜んだ。

 そしてシウが何か言う前に、その手を取ってしっかりと握った。

「任せてちょうだい。必ず立派に調教してみせましょう」

「あ、いえ、その」

「ぎゃぅぎゃぅぎゃぅぎゃぅ!!」

 いや、こわい、やだかえる、と鳴き出したブランカが可哀想で、つい及び腰になったら、スラヴェナに怒られてしまった。

「あなたがそうやって甘やかすから、この子はどっちつかずになってしまうの。本来、調教は持ち主とは別の者が行うものよ? そうすることで冷静な部分を養えるの。もちろん、持ち主がしっかりと調教できることもあるわ。だけど、それはよほどの熟練者だけよ。あなたは生産科で学んでいるようだから分かるでしょうけれど、親の跡を継ぐ職人たちは、若い頃に別の職人の下で学ぶわ。そうすることで客観的に物事を見る目を養うのね。もちろん、他所の技術も学べる。学んで育っていくことは、生き物の特権よ。しかもわたしたちは植物のように時間をかけなくても、短い時間で変われるのだから」

「はい、そうですね……」

 当然のことを言われて悄然となっていたら、フェレスが横から、クロは肩の上から髪の毛を摘んで慰めてくれた。ただちょっと、痛い。

「クロ、嬉しいんだけど、髪の毛を抜くのはやめて」

「ふふふ。みんなあなたのことが好きなのね」

「ええと、はい、そうですね」

「そうね。では、子供たち、クロちゃんもよ? ブランカちゃんと二頭、わたしが先生をやりましょう」

「クロもですか?」

「ええ。それこそ、甘えるのは良いけれど、髪の毛を引っ張ってはいけないことなどを覚えさせなくてはならないわ。それにおとなしくて良い子をしているだけでは、良い希少獣としての働きはできないものよ。一度羽目を外すことも覚えなくてはね」

 スラヴェナには詳しく性格を説明していなかったのに、一発で見抜いたようだ。

 すごい、と感動していたら、秘書のシモネッタが誇らしげに教えてくれた。

「スラヴェナ様は、獣の心に関しては右に出るものがないと言われるほどの見識がおありでございますから」

 そうなんだーと感心していたのだが。

「それ、獣の心に関してはってことは、それ以外ダメってことだろ?」

 横でレイナルドが突っ込んできて、シモネッタと、もう一人護衛として立っていた女騎士に睨まれていた。

 レイナルドはここでも、やらかしているようだった。


 この日は挨拶だけで、今後、シウが学校に来ている間で、彼女の授業がない日にはこの部屋で預かってくれることになった。

「でも、火の日と金の日は一日中ですし、水の日も午前中いっぱいあるんですけど」

「たったそれだけでしょう? わたしは水の午後しか授業はないし、これも研究の一環と思えば全然問題はなくてよ」

「あ、そうなんですか」

「研究と言っても、別にひどいことはしませんからね」

 シモネッタが慌てて注釈してくれた。

「あ、いえ、そのへんはレイナルド先生の紹介だから安心してますけど」

「あらまあ。レイナルド先生、教え子に慕われているのねえ」

「そりゃそうですよ。俺も、こう見えても立派に生徒を教えてんです」

「あのレイナルドがねえ。わたしの知らない間に」

「スラヴェナ女史、誤解を招くような発言はやめてくださいね」

「おほほほほ」

 年齢も性別も違うのに、二人共仲が良い。こういう付き合いもありなのだなと思うと、素敵に思えた。

「違うぞ、シウ。彼女は教授会なんかで、庶民上がりの教師陣をさりげなく助けてくれる姉御的な存在なんだ。別に男女のなんとかじゃないからな」

「そこは疑ってないけど、ていうか、そこまで否定するのも失礼なのでは?」

「バ、バカ、お前! 相手は腐っても女男爵だぞ!」

「腐ってもとは、ひどい言い草ですこと。それにわたくし、夫を亡くしておりますから、一応独り身ですのよ? 誰憚ることなく、殿方との恋の噂ぐらい――」

「わー、俺は年上趣味じゃねー!」

「まあ、失礼な!」

 失礼だと言いながらもスラヴェナは怒るでなし、笑顔で軽くあしらっている。どうやら本当に、姉御タイプなのだなと思った。

 ついでに言うなら、レイナルドの興味は女騎士へ向いているようで、必死で言い訳するのも彼女のためらしかった。残念ながらお相手の方は全く気にする素振りも見せていなかったが。

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