040 パウンドケーキブームと説教




 さて、話も終わったことから、シュヴィークザームがそわそわし始めたので、早速おやつを取り出す。

「カボチャのパウンドケーキ、木の実乗せだよ」

「おお!」

「表面にうすーく糖衣掛けしているんだ。見た目が良いでしょ?」

「うむ、うむ!」

 身を乗り出すので、まあ待ちなさいと、手で制す。

「ここに生クリームを添えます」

「おお!」

「更に彩りに、ミントを乗せます」

 爽やかな香りがうっすらと広がる。セルフィーユでも良かったかなと思いながら、シュヴィークザームの目の前にデコレーションした皿を置いた。

「カレンさんも呼ぶよね?」

「む。すぐに呼ぶ」

 巣になっている大量のシーツの中から、ゴソゴソ探して呼び鈴を手に取ると急いで鳴らした。それにしても、ソファの前、テーブルとの間に何故こんなにシーツを丸めて置いているのだろうか。ラグの上でゴロゴロしたい気持ちは分かるけれど、クッションでもいいはずなのに。

 この、手の届くところに何もかも集めました感が、引きこもりらしくて笑えない。

 シュヴィークザームの私室は、この応接室と隣が寝室、従者用の控室と寝室、執務室にクローゼットとあってそれぞれがとても広かった。

 なのに、応接室の中央、テーブル近くにギュッと生活感が纏まっている。

「お話は終わりましたか? あらまあ、美味しそうですね。では、新しく飲み物を用意いたしましょう」

「あ、カフェオレならあります」

「かふぇおれ、でございますか?」

「珈琲と角牛乳を混ぜたものだよ。パウンドケーキにも合うと思うから、どうぞ座ってください」

「まあ。ありがとうございます」

 お呼ばれには慣れているので、カレンは早速シュヴィークザームの向かいのソファに座った。シウもそちらへ座る。シュヴィークザームはソファへは座らずに、シーツの上へ無造作に腰を下ろす。

「シュヴィークザーム様、お友達の前ではもう少しきちんとされませんと」

「友達ならば、見られて構うこともあるまい」

「そうですか~?」

「それより、早く食べるぞ」

 フォーク片手にシウへ宣言するので、シウは呆れながらカフェオレも出してやった。

 一応、カレンの前に皿が置かれるまではシュヴィークザームも我慢していようだ。カレンが上品にフォークを手にした瞬間に、がっついていたけれど。

「……欠食児童みたいだよね」

「けっしょくじどう、でございますか。シウ様は難しい言葉をよくご存知でらっしゃいますね。魔法学院というのは言語学も学ぶそうですが、当代一の大学と言われているところですもの、さぞやお勉強なさっているのでしょうねえ」

 感心した様子で言うので、シウは困ってしまった。

「いえ、庶民語ですから。上流階級のカレンさんが知らないのは当然です」

「ご謙遜なさいますねえ。あら、これ美味しい。しっとりしていて、バターでしょうか。たっぷり入っていて、わたくしはこういうの大好きです」

「ありがと。カレンさんも、なんでも食べてくれるから嬉しいなあ」

「まあ。わたくしよりも――」

 ころころと嫌味に見えない上品な笑い方をして、彼女は目の前の主に視線を向けた。

 シウも同時に彼を見る。

「うむ、これは美味しい。カボチャはあまり好きではなかったが、うむ、うむ」

「なんでも食べてくださるのはシュヴィークザーム様でございますねえ」

「ほんとに。しかも、こんな意地汚い食べ方してるのに、上品に見えるんだよなあ。聖獣って得だね」

「あらまあ。うふふ。そうでございますね」

 まったり話しながらも、シウはフェレスにも用意して食べさせ、自分も食べようとしたところでシュヴィークザームから物欲しそうな視線をもらい、苦笑で追加を用意してあげたのだった。


 パウンドケーキがシウの中でブームだったので、他にもレモン、オレンジ、リンゴ、それからベリー系のラム酒漬けなどで作ったものをシュヴィークザームの魔法袋に入れた。ラム酒漬けの分はヴィンセントに渡してね、と付け加えておく。

 他に、栗タルト、リンゴタルトは定番で、アップルパイもご所望だったので忘れずに入れた。

「これ、みかんのゼリーね。暖かい部屋で冷やしたのを食べると美味しいんだよ」

「ふむ」

 一瞬、コタツを出そうかとも思ったのだが、シュヴィークザームにコタツは危険な香りがして、止めた。

 冬の猫と同じで、出てこなくなる気がする。

 同じ猫系でも、フェレスたちは騎獣だからかそうしたところがないのは良かった。狭いところは好きらしいが、冬には強いのだ。

「あと、干し柿の入ったクリームチーズパンね。お菓子に近いから、そのグループに入れてるよ?」

「干し柿か。我はあれを初めて食べて以来、大好きになったのだ」

「甘柿も美味しいけどね。栄養価も高いし。でも乾果も良いものだよ。鉄分豊富だから、こっちも栄養価あるし」

 そうかそうかとお爺さんのような返事をしながら、シウの周りをウロチョロして眺めている。何をどれだけ入れたのか確認しているらしい。

「今回のに、シュークリームはないのか?」

「あ、ないね。カスタード系は作ってないや」

「そうなのか……」

 しょんぼりされてしまったので、彼にレシピを書いて渡した。

「料理、頑張って作ってるんだってね。これあげるから、作ってみたら?」

「いいのか? この間、厨房の者がこういうのは秘伝だと言っておったぞ」

「いいよいいよ。個人で囲い込まれるのを防止する意味で特許申請してるけど、使うことを制限してるわけじゃないし」

「そうなのか」

「厨房の人も使ってくれていいから。それでより良いものができたら教えて。今度、僕もシュヴィの作ったやつ食べてみたいし」

「おお、そうか。よし、待っておれよ。我が美味しいものを作ってやろう!」

 楽しみにしてるね、と返事をしたものの、ちょっとばかり嫌な予感がしたシウである。



 午後には屋敷へ戻ったが、ロトスは勉強に飽きて部屋の中で歩球板で遊んだり、ブランカと追いかけっこしていたようだ。

 クロがそうしたことを教えてくれた。

 その間、二頭は神妙な顔をしてシウの前で座っていた。ロトスは何故か正座、ブランカは足を全部畳んで体の下にして、たぶん正座のつもりなのだろうが、頭を下げて反省しているようだった。

「お屋敷の中でね、騒がしくしていると迷惑になるからダメだって言ったよね?」

「はい」

「ぎゃぅ」

「僕がいる時は結界も張れるし、裏庭で遊ぶこともできるから、今日帰ってくるまで我慢してねってお願いしたよね?」

「はい」

「ぎゃぅ」

「お仕事で、時には一日中静かに待機していないとダメなこともあるんだよ? ブランカは特に、僕と一緒に冒険者のお仕事するって張り切ってたよね。だったら、規則は守らないと。もし、そういうのが嫌、いつも遊んでたいって言うなら、どこか安全な場所で暮らしてもいいけど」

 その場合、シウとは離れることになる。

 主とその騎獣として契約している以上、離れることなど無理に等しいのだが、それでも独立心旺盛ならはぐれ騎獣として生きてくれても構わないと、シウは思っている。

 奴隷のように扱うつもりはないのだ。

 ただ、希少獣たちは主と決めた人間を、見限るようなことはほとんどない。劣悪な環境でも付き従う悲しい性を持っている。

 だからシウの言い草は、ある意味ひどいのだけれど、彼等を縛り付けたいわけではないのも本音だった。

「……ぎゃぅ、ぎゃぅぎゃぅ……」

 いや、はなれたくない、いっしょにいたい。そう言ってブランカは益々項垂れてしまった。

「あ、なあ、ごめん。おれもわるいの。いっしょに、はしゃいじゃった」

「子供だからね、興に乗るのは分かるんだ。僕も随分きついことを言ってるし、ロトスには特にあれこれ我慢させてるから可哀想だとは思ってる。でも、ロトスはまだ赤ちゃんに近いけど、ブランカはもうすぐ成獣なんだ。ここで彼女がしっかり学ばないと、騎獣としてやっていくには弊害が多いんだよ。僕も大変だろうけど、ブランカ、君が一番嫌な思いをしちゃうんだからね?」

 マナーの悪い騎獣は、人間からもペナルティを受けるが、同じ騎獣たちからもバカにされてしまうのだ。

 フェレスの成獣前後の頃もそうだった。

 ドラコエクウスには無視されるし、そのたびに遊んでもらえないとピーピー騒いでいた。聖獣のスレイプニルの淑女には、スパルタ教育でマナーを教わっていたものだ。

「フェレスなんて、たくさんの騎獣に怒られていたよ」

「にゃ」

 そうだったっけ、と呑気なものだ。

 フェレスはその性格が天然で大らかなので、人に愛されるタイプだし、見た目も猫のようだから怖がられることも滅多にない。

 ただ、ブランカは見た目からして怖い、雪豹型のニクスレオパルドスだ。

 体も大きくなるし、フェレス以上におとなしくしている必要がある。でなければ、必要以上にペナルティを受ける可能性もあるのだ。

 どうしたって大きくて怖い顔つきの獣が相手だと、威圧感を覚えるものだし、されたこと以上の被害を訴えられることだってあるだろう。

 媚び諂えというのではなく、人間と共存できているというきちんとしたマナーを覚えてほしいだけなのだ。

 冒険者の仕事の手伝いをするならば、尚更、規則は守らねばならない。

「この国の調教師を信用できないから僕が教えてるけど、もし今後もこんな調子なら、どこかに修行に出てもらうからね?」

「ぎゃぅ!!」

「嫌なら、我慢を覚えること。分かった?」

「ぎゃぅぅ……」

 分かった、と毎回返事だけは良いのだった。

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