035 幼児服を買いに




 光の日、原始人の子供のようなパジャマを着たままのロトスを置いて、シウは買い物に出掛けた。

 フェレスは連れて行ったが、ウロチョロして店の中の物を壊しそうなブランカは置いていく。クロは彼女の監視役だ。

 二頭にはロトスの遊び相手をしてねと言ったが、クロはシウが彼を置いていく理由を悟っているようだった。どこか達観した風情で、ブランカを見て「きゅぃ」と意味のない鳴き声で頷いていたから。

 どこの世界でもそうだが、精神的に大人な者が一番割りを食うのだろう。

 その分、後でご褒美をと思うが、そういう子に限って遠慮するのだ。

 帰ってきたら目一杯クロの好きな遊びをしようと考え、出かけていった。


 この日のシウは、どんな店に入るか分からないので、学校へも着ていくしっかりとした仕立て物の服を着、赤い革の縁取りがある濃灰色のローブを引っ掛けて、まずは貴族街をぶらぶらと歩いた。

 貴族街と言ってもブラード家は学校に近い場所を選んだのでほぼ端っこだ。大商人街と隣り合っている。そのため、ちらほらとお店はあったが、いわゆる貴族が貴族のために作ったような店であり、紹介状がないと入れないサロンのようなものばかりだ。

 仕方なく大商人街へ向かうと、すぐに貴族向けの大店が広がる。

 普段は素通りしている店だが、ウィンドウショッピングをしていると、騎獣を連れているからだろう、店の奥にいるマネジャーらしき男性が出てくる。

「何かお探しものでございますか、坊ちゃま」

 気恥ずかしい声掛けではあるが、気にしないことにした。

「幼児用の柔らかくて着心地の良い外出着が欲しいのだけど、ありますか?」

 その店は紳士服を扱っており、紳士服関係ならなんでも揃っているようだったので聞いてみたのだが。

「大変申し訳ございません。当方では十歳頃からの紳士ものしか取り扱っておりません」

「あ、そうなんですか」

「坊ちゃまがお召しになられるわけでは、ございませんか。仕立て服のようでございますし」

 目がキランと光る。シウの着ているものがどれほどのものか、しっかりと把握しているようだ。体に沿って仕立てられているし、上等なのは分かるらしい。

「はい。これぐらいの、二~三歳ぐらいかな。男の子なので、汚すだろうし、でも着心地の良いものを贈ってあげたくて」

「なるほど。でしたら、ここから一つ隣の筋の右側にございます、サイラスの店をご覧になってはいかがでしょうか」

「サイラスの店ですね?」

「はい。貴族の方や、大商人に人気のある子供向けの服を取り扱ってございます。既製服ではありますが、仕立てはしっかりとしておりますよ。お子様はすぐ大きくなられますし、大貴族のお子様でなければ仕立てることもございませんから、皆様よく使われるお店でございます。既製服組合でも評判の良い店ですよ」

「そうですか。では行ってきます。いろいろと教えてくださってありがとう」

「こちらこそ。また、普段服などのご入用がございましたら、ぜひ当店へお越しくださいませ」

 丁寧に挨拶して、マネジャーは見送ってくれた。

 シウを貴族の子息か何かだと思ったのだろうか。騎獣を連れている時点で勘違いされる可能性は高いが、まあいいか、と教えられた店に進んだ。


 サイラスの店も高級そうな見た目の、子供服を置いているとは思えない重厚感たっぷりの店構えだった。

 買いに来るのが貴族や大商人の親であるから、当然かもしれない。

 しかも、シウが店の前に立つと即、従業員が出てきてにこやかに挨拶してくれた。

 フェレスは、店の前の広めに取られた石畳のおしゃれな休憩場所に繋いでくれ、念の為にとその店員が護衛に立ってくれた。

 そうしたマニュアルになっているのだろうが、すごい。冒険者ギルドの前のグダグダ感と全然違う。まあ、比較する方が悪い。シウは内心で冒険者ギルドに謝った。

「いらっしゃいませ、若様」

 こちらでも他に接客する人がいなかったらしく、マネジャーらしき男性が応対してくれた。彼もシウの服をチラッと目の端で捉えて、満足そうに頷いている。怖い。

 何が怖いと言って、それをさりげなくやることだ。シウは八方目ができるから気付いただけで、普通は分からないだろう。完全に彼等はプロなのだった。

「何かお探しのものがございますでしょうか」

「あ、はい。二~三歳ぐらいの男の子の外出着と、部屋着が欲しいんです」

「幼児服でございますね。そのお子様へは贈り物となるのですね?」

 連れてこない、あるいは呼びつけない以上そう取られても仕方ない。シウは頷いて、大きさは分かると手で示した。

「大体のところも測ってきました」

 メモを渡すと、また目を輝かせている。

「おお、とても分かりやすうございます」

「家に来てくれる仕立屋さんがどこをどう測るのか見ていて、覚えてたんです」

「さようでございますか。若様はご記憶もよろしい、目端の利く方でございますねえ。いやあ、素晴らしい。これでしたら、ちょうど良いものをお勧めすることができます」

 むず痒いので、無駄に褒めるの止めてくれと思いながら、曖昧に笑って頷いた。

 マネジャーはそれに気付いたのか、時間を掛けずに店の中から服を探し出してきて、商談用のテーブルに乗せていった。

「まだお小さいですと、ご本人様の好みというのはございませんでしょう。ですから、贈られる方、あるいはそのご両親の趣味などで決められるとよろしいのですが、いかがでございましょうか」

「そうですね。本人は格好良いのが好きらしいです」

「おや、もうしっかりとした好みがおありなのですね。お小さいのに、頭の良い方のようでございます。でしたら、こちらはどうでしょう」

 即断で、可愛い系の服を省いてくれた。傍に付いた従業員がササーッと持っていく手際も素晴らしい。しかも別の従業員が話を聞いていたらしく、またササーッと追加で持ってくる。この連携、さすが大商人街にある高級服店だ。

「大人顔負けの、形にしてございます。しかし着心地は良く、首周りはこの通り、柔らかい素材でできております」

「あ、本当ですね。これなら子供でも苦しくないかな。いいなあ。あ、見ての通り、僕は首周りの硬い立襟が苦手で」

 と笑うと、マネジャーがにこやかに微笑んだ。

「そうした方は多いのですよ。特にラトリシア国は寒いので、こう肩が強張るのでしょうね、首周りが硬すぎると余計に肩が凝ると言われるのです。ですから、当店などでは首周りの素材に型崩れしづらい、柔らかい素材を使っているのですよ」

「それはいいですね。僕もここの服が良かったなあ。あ、もちろん、今の仕立屋さんは僕専用に緩めて作ってくれてますけどね」

「ええ、ええ。若様の着てらっしゃる服はとても素晴らしいです。先ほどから気になっておりました。生地も滑らかで美しいが、その着心地の良さを想像してしまったほどです」

 そうでしょうとも。高級綿のバオムヴォレを主に、ゴム糸をこっそり仕込んだ布地は柔らかく伸縮もして着やすいのだ。それに、配合量は極力抑えているがボンビクスという魔虫の糸を使っているので、火属性魔法で熱を付与しており、ほんのりと暖かいのだった。

「仕立屋さんと一緒に開発した生地なんです。生地自体に魔法を付与できるけど、それがなくてもしなやかで柔らかいんですよ」

「おお! それは素晴らしい!」

 彼等は既製服組合に所属しているので、生地のことは噂でしか知らなかったようだ。

 仕立屋組合ではもう話が広がっている。そのことを説明したら、やはりと納得して頷いていた。

「では、もしやバオムヴォレの栽培を進めている、シウ=アクィラ様でいらっしゃいますか?」

「あ、えと、はい」

 戸惑いつつ頷くと、両手をガシッと握られた。

「素晴らしい! あのアクィラ様とは存じあげず、失礼致しました!」

「え」

「実は、我々既製服組合からも出資をしている商家が多いのです。かくいうわたしどももそうでございますが。昨年夏には、苗も根付き良質なワタも採れたので、今年の夏を期待しているのですよ。冬の間に大掛かりな工事を行い、栽培場所も広げているのです」

「ああ、そうなんですか」

「仕立屋組合から、良い配合の生地が出るとは聞いておりましたが、なるほどこうなっているのですね」

 自分たちも生地組合と一緒になって開発したいのだと、思うところを語ってくれたところに、オーナーがやってきた。従業員が教えたようだ。

 なんだか話が大きくなっているので、シウは笑顔で、服を指差した。

「あの、とりあえず、服を先に選んでも良いでしょうか」

「おお、もちろんでございます! いやあ、わたしどもの店を選んでいただいて、本当に有り難いことです」

 服自体は良いものが多く、あれもこれもと選んでいたら当初考えていた数を大幅に超えてしまった。自分のものは着回ししたらいいや、ぐらいにしか思わないのに、何故人のものだと選ぶのがこんなに楽しいのだろうか。不思議だ。まあ、自分で着ないからからこそなのだろう。

 センスのないシウは、毎日どれを着たら良いか考えるのが苦手なのだ。だから、あらかじめスサに上下セットを決めてもらって、それを順繰りに着回している。

 その着回しの間隔が短いと怒られるし、どうかすると仕立屋に話が行って、服が増えたりするので気をつけないとならない。

 とにかく、シウが決めなくて済むので、着心地の良さだけ確認して、あとは全部マネジャーに任せた。


 それから、紅茶とおやつが出されてしまったので、少し話をする。

 彼等は目が良いので、シウの着ているローブにも目をつけた。

「これほど素晴らしい素材を着こなしているとは、さすがでございます」

「えと、そうですか? ロワルの魔法学院でも、シーカーでも、汚らしい色だって笑われましたけど」

「なんと! それは、見る目のない方々だったのですねぇ」

「貴族のご子息も多うございますのに、残念です」

 マネジャーとマスターは心底そう思ってか、がっくり来ていた。

「グランデアラネアの糸だけで作られた生地など、最高級品です。色もまた、落ち着いた大人の色でございますよ。これは染めを失敗したのではないでしょう。わざとこうしたのだと思います。確かに、このままでは若様が着こなされるには少々早かったのかもしれません。が、今こうして羽織ってらっしゃいますと、縁取りが良く似合って見事に着こなされておりますよ」

 またむず痒いことを言う。シウが困って、はあ、と頷いていたら。

「しかも、この縁取りの革は、相当なものとお見受けしました。……間違っておりましたらお許し下さい。もしや、サラマンダーのものでは?」

「ロイド、お前もまだまだだね。それがサラマンダーのものであるものか」

「えっ」

「アクィラ様、こちらは竜種、しかも火竜の皮ではございませんか?」

 後ろで従業員たちが、おおーっと声を上げる。

「ええと、はい。その、そうです」

 途端にこれまで慇懃な態度だったのが、急に騒がしくなってしまった。慌てて、彼等に、内緒で! とお願いする。そこまでとは思わなかったのだ。

 マスターは羨ましげに見ていたけれど、皮が残っていても買い取りできるほどの財力はないと残念そうだった。流通に乗せる気がないので、もうないですとは言ったが、どこまで信じてくれたかは分からなかった。

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