033 雌のお願いと人化




 雄の争いが終わるのを待っている雌の竜に、そっと近付いて声を掛けてみた。

 ガルエラドからも習っていたが、竜人族の里ではもっと詳細に竜語というのを教えてもらったので、勢い勇んで話しかけたのだが。

(あなた、訛りすぎてて言ってることわかんない)

 というような念が伝わってきた。さすが竜の中でも上位にあたる水晶竜だ。念が使えるのかと、驚いた。

 まあ彼等にしてみれば、ちっぽけな人族のシウの方が「念を受け取れたのか」と思うのだろう。

 シウがごめんなさいと返したら、びっくりしている。ロトスとのやりとりで慣れたせいか、思念が送れるかなと思ってやってみたら、案外あっさりと通じたので良かった。

 ちなみに、竜の彼女がびっくりしたと言っても顔に出るわけではない。そうした感情が伝わってくるだけだ。

(あなた、本当に人族?)

(人族だよ。オリーゴロクスのガルエラドに頼まれて、大繁殖期の対応を手伝いに来たんだ)

(あら、そうなの。オリーゴロクスの者なら、前にも来たわ。そう言えば、おかしいと思ったら、これが大繁殖期なのね。体が変なのよ)

 性格はやっぱり竜っぽい。

 周囲のことなど気にしていないようだ。自己中心的なのは上位種にありがちだが、それによって力のない者たちに影響があるので大変である。

(あのー。あんまり暴れられると困るので、早めに落ち着いてもらいたいんだけど、手伝えることあるかな?)

(ああ、そっか。あなたたち、死んじゃうんだっけ。長老も言ってたけれど、人族って強い割には弱いのよね? でも、大勢で来られたら困るからって、そういえば、適当に嫌いな奴を差し出せって言われてたんだったわ)

 そうなのか、とシウは内心で苦笑した。

(あたしの番が、この間殺されたの。腹立つから、あいつ、殺しちゃって)

(え、いいの?)

(いいわよ。その代わり、一番強い雄は残してね。ええとねえ――)

(待って、あたしたちの話も聞いてよ!)

 どすどすと駆け寄ってきた他の雌たちが、やんやと騒ぎ始める。

 ギャーギャーと、確かに煩い。

 見た目が神々しいほど美しい水晶竜たちなのに、口を開くとまあ姦しいこと。

(じゃあ、全員一致で、決まりね。あの雄だけ残してちょうだい。残りの雄は要らないわ)

(えっと、その、いいの? だって仲間だよね?)

(だって大繁殖期の雄って乱暴だし、煩いし、面倒くさいんだもの。番も関係なくなるから、それなら、一番強い雄の子が産みたいわ。あいつら、いつまでたっても争っているから待ってるの辛いし)

 どうやら雌は雌で、早く番関係に持ち込みたいらしい。イライラしているのか、体を揺すっている雌もいた。

(でも、殺すにしても、水晶竜って、その水晶が魔法を弾いてしまうから、倒すの難しいんだよね?)

 水晶竜の鱗は、シウの無害化魔法と同じような作用があって、大抵の魔法攻撃を弾くのだ。しかも反射するのでどうかすると自分たちに害が降りかかってくる。

(雄はあそこを切られたら死ぬわよ?)

(あそこって、あそこ?)

 言葉にしなかったが、彼女たちははっきりとイメージ映像を送ってきた。そうですか、と頷いたものの、雌の怖さを心底感じてしまった。

 恐ろしい。

 とりあえず、竜を倒すのは物理的に首を落とすと相場は決まっているが、あそこを突き刺しても良いということが分かったので、言われたとおりやってみることにした。

 真下にわざわざ行くのもどうかと思って、その場に手をついて、魔力を通してみる。

 やれそうな気がしたので、雄が争っている中、一番早くに指名された雄の真下にある氷、その下の土を魔法で一気に変異させながら、一番硬い槍へと形を変えて上へと伸ばす。

 これなら魔法での直接攻撃にはならない。

 しかも、無防備な股の間は、雌が「水晶竜の雄を殺すにはそこしかない」と言われるほど軟弱な場所なのだ。

 一気に貫かれた雄の水晶竜は、敵対していたもう一頭の雄の首に噛み付いたまま、絶命した。

(おー、すごい)

(あら、一発だったわね。あなた、すごいじゃない。オリーゴロクスの戦士は、足の間に走りこんで、大長剣を突き立てていたわよ)

 それはそれですごい。さすが戦士と呼ばれる職種の人は、怖いものなしだ。

 シウは怖がりなのでそのやり方はお断りする。

(この調子で、一番強い雄以外、間引いていくけど)

(いいわよー。早くやっちゃって!)

 自分たちでは雄を倒せないので、ぜひぜひと勧められてしまった。

 魔法を使える竜だが、シウのような使い方は考えたこともなかったらしく、分かったところでそこまで細かいこともできないようだ。

 大抵の竜は大雑把だし、そもそも体の大きさからして、人間のような魔法の使い方はしないのだろう。

 シウは言われるまま、一番強い竜以外、サクサクと倒していった。

 ついでに、死体は持ってっていい、と言うので空間庫に入れていく。

 更に、死んだ雄たちの巣を見てもいいか聞いたら、勝手にしてくれと言われたので言質をとったと、ウキウキしてしまったシウだ。


 最後の一頭になった雄は、少々驚いていたものの「ハーレム来た!」ということで早速雌たちに飛びついていた。雌たちも強さの順に並んでいたらしく、まあ多少激しい地響きはあったもののこれで少しは落ち着くだろう。

 死んだ雄たちの巣からも、面白いものを発見し、貰って帰った。

 ここまでで二時間とかかってないが、見晴らし台へ戻った時にはフェレスの尻尾に包まれてブランカとクロが眠っていた。リュックの中を覗くとロトスも寝ており、蓋を開けたことで光が入り込み、起こしてしまった。

「あ、ごめん。起きちゃった?」

(いやー、うーん。なんか分かんないけど、竜の争いがどうとかってのは、もう終わったのか?)

「うん。見てみる?」

 そう言うと、見たい見たいと完全に起き出してきた。リュックから抱き上げて、見晴らし台から眼下が見えるように端へ寄る。

(……やべえ、高い、ナニコレ。超コワイ。ていうか、え? あれ、何?)

「竜だよ。見たいって言ってたよね?」

 ロトスを見たら、愕然としていた。

「えーと、あれは滅多に見られない希少な竜で、水晶竜とか氷竜って呼ばれているんだよ。内緒ね?」

(あー、うん。あのさ、シウって内緒、多いな?)

「……そだね」

(うん)

 ロトスが、心ここにあらずの返事になっていて、なんだろうと顔を覗き込むと目が水晶竜たちに釘付けだった。

「びっくりした? ごめん、突然ああいう大きなの見たら怖いよね」

(……いやー、怖いっつうか。怖いんだけど。それよりも――)

 そこで大きな息を吐いた。

(俺、やっぱ人間だったんだなー)

 サバサバした感じで言い放つと、ロトスはもぞもぞして、降ろしてと伝えてきた。

 結界を張っているので大丈夫だが、心配で崖際より手前に下ろした。なのにロトスはトトッと歩いてまた眼下を覗き込む。

(聖獣ってさあ、結局、獣なんだよな。俺、そっちの本能にすごく引っ張られてて、だから人化もできなかったんだろーな)

「そうなの?」

(楽だし。……たぶん、人型じゃなくて、この姿だと捨てられないんじゃないかって)

「ロトス」

(そう思っちゃったんじゃないのかなーと。でもさあ、今、こいつらのこういう姿を見るとさあ)

 こいつらというところで、呆れたような感じが伝わってきた。

(獣って、こぇぇーよなー。俺、ハーレムやりたかったけど、獣相手は無理だわ)

「ええと?」

(いや、だってさ。獣とヤるのってちょっと。あと、ああいう獣的な、組んず解れつっての? あれ、俺、無理)

 言われて、シウも眼下を見る。

 確かに、竜たちが交尾の真っ最中である。大きな獣だから、怪獣大決戦みたいではあるが、交尾は交尾だ。

 なるほど、シウは山の中で生まれて暮らしてきた経験上、獣の交尾は見慣れている。しかし、ロトスにとってみれば、かなり衝撃的だったのだろう。

 そして、改めて自分が獣という枠組みに入っていることを実感したわけだ。

(なんか、変化できそう。シウ、もしおかしくなったら助けてな!)

「あ、うん」

 返事をする間もなく、ロトスを白っぽい煙が一瞬だけ纏い、すぐに晴れた。

 そこには白い肌に黒髪の幼児がよろめきながら立っていた。


 二~三歳ぐらいの大きさで、人化したらそりゃあまだ子供だなと感心していたのだが、本人からの申告があって慌てた。

(あのー、いくら幼児でもさ、裸はちょいとマズいと思うんだ)

「ああ、ごめんね」

 魔法袋から昔シウが来ていた服を取り出しかけて――ちょっとそれがあまりにひどいので――バオムヴォレで作った部屋着のTシャツに変えた。

 魔力が伝わりやすい生地なので、装備変更魔法を使ってちょいちょいと変更し、小さくしてみた。

「今だけ、これで我慢してくれる?」

「わかったー」

「あ、人語も喋れるようになったね」

「でも、まだ、したたらずぽいー。あと、ろわいえご、むずいー」

「だけど上手だよ。えらいえらい」

 褒めると、へっへーと可愛い顔をしてテレテレしている。

 ロトスは今まで見た聖獣の人型とは違って、真っ白ではなかった。

「やっぱり人型もちょっと違うね」

「そうなのー?」

「うん。白いは白いけど、普通に白色人種系だよ。まろやかな色だね。乳白色って感じ」

「そう?」

 声が妙に嬉しそうだ。聖獣の人化はもれなく美男美女だと話してあったので、想像しているのかもしれない。

「髪は黒だね。瞳は黒っぽい茶色。これだと、目立たないで済むよ」

「おー!」

 小さい手で拳を突き上げるので、シウは思わず笑ってしまった。


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ヒュン、とする話でした……。


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