032 水晶竜




 レンコンはその場で綺麗に洗ってから、仕舞った。

 今晩の料理に使おうかなと考えながら作業をしていたら、ブランカがウロチョロし始めた。

(あ、俺、引っ張ってくる。シウは作業してなよ)

 ついでに探検してくる、といった心の声が流れてきたので、シウは笑ってロトスを送り出した。

 少し気になったことがあって、感覚転移をあちこちに飛ばす。

「……あー、やっぱり、そうかな」

 少しだけ思案して、子供たちを呼び戻すことにした。先に、竜人族の友人へ連絡を入れる。

「(ガル? 今いいかな)」

 最新型のものを渡しているので、通信が繋がるとピピピと伝わる。受け取ってくれたということは大丈夫だということなのだが、生前の癖だ。ちなみに最新型は、体の近くにあると音として鳴らさず、心のなかに直接送ることが可能だ。元々、そちらの方が通信としては当然の在り方だったので変更は難しくなかった。

「(ああ。どうした、シウ)」

「(たぶんだけど、竜の波動? みたいなのを感じたんだ)」

「(……シウは今、ラトリシアだったな。となるとアイスベルクあたりか)」

「(思い当たる竜がいる? なんだったら偵察してくるけど)」

「(波動というからには、大きな魔素のうねりがあるのだな?)」

「(うん。前に感じた火竜の大繁殖期に似てる。もうちょっと穏やかだけど――)」

「(前触れだろうな。……たぶん、クリスタルムドラコだろうと思うが、大丈夫か?)」

 古代の書物でしか見たことのない、竜種だ。それぐらい滅多に見られない竜で、ほぼドラゴンと同列扱いされている。

 今の時代だと、伝説の生き物扱いされているほどだ。

 他に比較できるものがないため、現代本では水竜や火竜と同格扱いだが、魔力量でレベルを測るこの世界の考えからすれば、本来クリスタルムドラコは水竜よりも格が上である。

 書物では水晶竜という呼び方をするが、地方では氷竜とも呼ばれるそれらは大抵、万年氷の下で生活しているので出てこない。

 やはり大繁殖期は大変だと聞く。

「(偵察だし、大丈夫だよ。ちょっと見てくる。で、まずいようなら間引いてみる。無理なら一度ガルのところに転移して、連れて行くって感じでいい?)」

「(構わん。では、迎えがあるかもしれぬだろうから、こちらの仕事は片付けておく)」

「(あ、今、仕事中だったんだ?)」

 竜の動向を見張り、暴れる竜たちを導くのが彼の仕事だが、今は大繁殖期に入っているので、間引くこともある。

 下位竜相手とはいえなかなかの重労働で、大変な仕事だ。

「(レヴィアタンの若手だから、さほど手はかからんだろう)」

 わーお、と内心で声を上げる。リヴァイアサンとも呼ばれる海竜だ。火竜よりレベルは下だが、相手が海の生き物ということもあって扱いに苦慮しそうだった。

 これを人間が討伐するということは、有り得ないことの同義語で、その相手に宥めながら繁殖場所を変えさせるのは容易でない。

 シウは心の底から同情して、

「(が、頑張ってね……)」

 と、応援してみた。

 ガルエラドは声なき声の、溜息ともつかぬ笑い声を出し、通信を切った。

 彼は以前、竜種の話を聞いた時に、竜たちはギャーギャーとうるさくて会話にならないと言っていた。特に海竜は水のせいでくぐもっているせいもあろうが、話にならないと愚痴を零していたことがある。

 大変そうなので、水晶竜はこちらでなんとかしたい。シウは希望的観測を抱きながら、子供たちを呼び戻した。



 昼には早かったが、子供たちにはご飯を食べさせて、移動する。

 ロトスにはリュックの中に完全に入ってもらった。転移をするので見られたくないというのもあるし、竜なんて目の当たりにしたらショックだろう。本人は、竜の話を聞いて「すげー、ファンタジーだー!」と喜んでいたけれど、あれを間近で見るのはちょっと早い気もする。

 それを言うなら、ブランカたちにも早いのだが、少々時間がない。

 思ったよりも波動が大きいのだ。

 慌てて、フェレスに乗って、ブランカは落ちないように安全帯を短めにしてフェレスにくっつける格好で固定し、転移した。


 アイスベルクはミセリコルディアの森と呼ばれる大山脈の東よりに位置し、大遺跡の一つと呼ばれている。

 その名の通り、氷でできた山々が連なっている。アイスベルクという遺跡自体は、その氷の山の一つの中腹から麓にかけて存在しており、山々を指してアイスベルクと言ったり、遺跡のことをそう呼んだりしていた。

 水晶竜はその遺跡からは更に北東に位置する、もっと険しい場所に住んでいるようだ。

 山全体が、いやその地下までが氷で埋め尽くされており、主に地下にできた空洞で暮らしていたらしい。

 古代の書物によれば、水晶竜は他の竜と違って滅多に繁殖行動を行わないようなので、今回の大繁殖期に重い腰を上げたのかもしれなかった。

 彼等の住処は大半が地下の空洞で、移動するならそのまま地下を通ってくれと思うのだが、全部が繋がっているわけでもないし、そもそもその巨体で地下を無理に通れば、上の氷山にも影響がある。そんなこと考えているわけでもないだろうが、ひょっこり出てきて、移動中らしい。

 幸いというのか、この厳冬期にアイスベルクの遺跡に研究者が入ることはなく、周辺に人の気配のないことにホッとした。

 ただし、警戒中のエルフはいるようだ。と言っても、水晶竜の強大な魔力量を感じてか、かなり離れた場所から遠見をしているようだったが。

「このへんがウィータゲローか」

 古代帝国時代の地図では、この地を生が凍るという意味の名で呼んでいた。当時から水晶竜が住んでいることを確認しており、大繁殖期の時だけ大掛かりな討伐隊を組んで間引いていたようだ。その時代だとなんとかなったのだから、当時の魔法使いたちの魔力量は相当なものだったのだろう。

 現代だと、討伐隊でなんとかなる相手ではない。

 分かっているだけで、魔力量が八五〇はあるのだ。ドラゴンが一〇〇〇以上と言われているので、匹敵すると言われるのもよく分かる。


 シウはとりあえず、ウィータゲローの中で、見晴らしの良い場所に転移すると、自分たちに結界を張って中の温度を少し温めた。

 さすがに温度が冗談でなく、命の危険を感じるほど低かった。

 フェレスたちは大丈夫かもしれないが、クロとシウでは無理があるだろう。

「ロトスは大丈夫?」

(全然問題ないぞ。なあ、まだ顔出しちゃダメか?)

「うーん、もうちょっと待って」

 ロトスには、危ないところへ移動しているので少し隠れててと言ってある。せめて、移動していたと言い張れるぐらいの時間を置いてからだ、外を見るのは。

 ところで、氷の山と言われているが、全部が氷でできているわけではない。

 元々の山があり、そこに雪が降り積もって全体が氷山となっているわけだ。

 生が凍るとはよく言ったもので、見渡す限り、生き物の気配はない。

 氷山の割れ目から顔を出す水晶竜ぐらいだ。

 彼等は魔素を吸収することで生命を維持しているらしく、他に何か食べているのかもしれないが、全体的に高濃度の魔素で充満された体のように見えた。

 シウが自らの体内魔素の流れを把握できるようになってからは、魔獣を見る際にできるだけ彼等の体を観察するようにしていた。が、これほど充満している生き物を見るのは初めてだった。

 物理的に、プツッと突いてしまったら弾け飛びそうなほどだ。

 もちろん怖いのでやるつもりはないが。

 こんな大量の魔素を放出したら、すぐに魔獣が生まれてきたり、集まってきそうだ。そうすると魔獣のスタンピードが発生しないとも限らない。

 寒くもないのに、シウはブルッと震えてしまった。

(どうかした?)

「ううん。なんでもない。ちょっと寒くなってきたから」

(シウは毛がないもんなー!)

 呑気な声に、シウは笑った。

「そうだね」

 眼下には、次から次へと、冬ごもりしていた虫が這い出てくるような様子で、水晶竜たちが顔を覗かせる。

 よくよく見ていると、開けた穴を食べている。彼等は氷を食べるようだ。ついでに土も食べているが、それらはペッと吐き出していた。

 暫く観察してから、念のため、警戒中のエルフから見えないように空間壁でやんわりと景色を歪ませて見えなくし、行動に移した。

 見晴らし台に子供たちを下ろし、改めて結界を張り直すとフェレスに護衛を頼んだ。

 彼も、さすがに眼下の水晶竜たちを相手に戦おうという気持ちはないようだった。

 ただ、逃げるなら負けないと意気込んでいたし、その際には囮にもなると言ってくれた。これは半分、火竜と追いかけっこしたのが楽しかったからというニュアンスが混じっていたので、シウは笑ってお礼兼お断りの言葉を告げる。

 ロトスには悪いが、もう少し我慢してねと伝えて、その場を離れた。

 見晴らし台から飛び降りたシウは、結界を張ったまま自重だけで落ちていった。


 風属性魔法を使ってふんわり降り立つと、水晶竜たちが一瞬、ナニコイツといった様子で見たものの、すぐに番の相手を探そうと動き始めた。

 シウごとき、彼等にすれば虫にも等しいのだ。人間で言うところのコバエだろうか。

 おかげで間近で観察ができる。

 水晶竜はキラキラと輝くウロコを持った、歩く宝石のような生き物で、それは派手な見た目だ。

 性格は温厚で、普段の生活からも分かる通り引きこもりで大人しい。

 今は大繁殖期なだけあって、氷を削る、いや抉るような勢いで走り回って相手を探している。

 体長は十五メートルから二十メートルほどで、竜の中では中間ほどの大きさだ。羽も翼もなく、飛べない竜である。

 形は火竜や飛竜と似ていてドラゴン種に近い。ワームと呼ばれる地底竜や、蛇蠍のような砂漠竜とは見た目が完全に違っている。そもそもあれらを竜種と呼ぶのが、いまだにシウは不思議なのだけれども、ドラゴンの血を引いているという神話から来ているので仕方ない。

 水晶竜たちは雌を見付けると、突進していってそのまま押し倒そう(?)とするのだが、体格の良い雌は大きな尻尾で振り払っている。彼等にも魔力があるので魔法は使えるのだろうが、こうした時には物理的な行動に出るようだ。

 やがて雄同士が争い始めた。

 しかも、それに気付いて、他の場所からも続々と地表へ上がってきているし、出てきたものから即、争いに突入している。

 大繁殖期になるとハーレムを構成すると聞いているが、さすがに壮絶だ。

 地響きも相当なもので、エルフの里ではきっと恐慌状態だろうなと同情した。

 ここから一番近いエルフの里は、ククールスの故郷でもあるノウェムのはずだ。

 遠見をして警戒していたエルフもそこから来ていたようだった。ウィータゲローまで来る余裕はないようだったが、アイスベルクまでは進む気らしく、少しずつ歩みを進めている。ここへ来たとしても時間は随分かかると思うのだが、その前に片付けてしまおうと、シウは水晶竜たちと交渉してみることにした。

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