028 魔道具作成と相談相手と丸め込み
年新たの月、最後の光の日は、物づくりに徹した。
というのも冒険者に頼まれていた雨除けグッズを作るのをコロッと忘れていたからだ。
飛行板に乗って雨の中を飛ぶこともあるというから、一応《把手棒》が結界を張って風を弾くのでそこに機能を追加はしていた。が、《把手棒》を使わない冒険者も多く(皆、風を感じたいらしい)、便利グッズの要請が来てしまった。
以前、フェデラル国の魔道具屋で、そうした雨除けグッズも売っていたのを見た。ただ、微妙な感じで、シウなどは普通に雨合羽か蓑でも良いじゃないかと思ってしまう。
小さい頃のシウなど、編笠と蓑で雨の降る山中を歩かされたものだ。多分に行軍訓練的なものだったのだろうと思うが。油引きした雨合羽はこの世界でも普通に売っているので、そこまで貧乏ではなかった爺様がお金を惜しんだとは思えない。
考えたら、爺様は相当にスパルタの人だった。
有り難いのだが、キリクが言う通り、やはり変わった人だったのだろう。
さて、雨除けグッズだ。
「何がいいと思う?」
今のシウには相談相手がいる。しかも便利な日本という世界を知っている、前世仲間だ。
(飛行板に乗ったままだろー? 傘は無理だしなあ。ほら、自転車に傘を立てる関西のオバちゃん必須アイテム、ああいうのは?)
「《把手棒》を嫌がる冒険者だよ? そういうの絶対敬遠すると思う」
(あ、そうか。つーか、我が儘な奴らだな! 大体、雨の日に仕事すんなっつうの)
そういうわけにも行かないことは、ロトスも分かっている。
彼もかなりこの世界のことを覚えてきたので、単純にポンポンと言い合うのが好きなだけだ。
「笠だと両手が空くんだけどなー」
ただし、蓑と同様、藁で編むので猟師感満載だ。
ところが、ロトスは、
(あっ、それいい!)
と、飛び上がった。鍛冶小屋の中では二人だけなので、気を抜いてはしゃいでいる。
(俺、そういうの見たぞ。なんか現代風になってんの。自転車乗るヤツがネットで見付けて買おうかどうしようか悩んでたんだ)
「へえ。じゃあ、藁で編んでないんだね」
(ほら、なんとかファイバー素材とかあるじゃん。ああいうの)
彼の説明に、シウは苦笑した。
そして、頭のなかですぐさま、素材を検索していく。
「うーん。どうせなら、視界が開けている方が良いんだよね。魔道具として使う場合と、使わなくても良い状態に分けられたら尚良し、だし」
(なんで? そういや、傘とか笠とか、雨合羽とかさあ。そんなんしなくても、魔道具でちょちょいっと雨を弾けば良いことじゃん)
それもそうなのだが、シウとしては、高くなる魔道具を避けたいのだ。
庶民でも使えるものがあれば良いと、つい考えてしまう。
「基本的に魔核や魔石って、高いんだよ?」
(……でもシウ、ぱっぱか使ってるじゃん)
「僕は自分で狩ってこれるもの。生産魔法持ちだから加工もできるし。地産地消?」
(それ、地産地消って言わねえだろ。シウ、たまにおもしろいこと言うよな!)
若者のロトスに言われてしまった。
シウは首を傾げつつ、魔法袋から《日除け眼鏡》を出してみた。
「雪の反射の照り返しを考えて、こういうのも作ってみたんだ。組み合わせると良くないかな?」
(おー。夏のお姉さま方の完全日焼け防止ルックそのものじゃん。それの透明版だな!)
言われてみるとそうかもしれない。思い出してみて、シウは笑った。
「飛んでいると虫だとかが顔に当たるし、ちょうど良いかも。笠の布地の部分も、透明にしてみるよ」
そう言うと、いいんじゃね、と返ってきた。他にも面白いグッズはないかと、辺りを探索し始めるので一応注意しておく。
「火を使う時は危ないから端っこにいてね。あと、やたらに口へ入れないこと」
(わーってるって! いくら、俺が獣になったって言っても、そんな滅多に、落ちてるもんは――)
言いながら尻窄みになっていく。
思い当たるフシがあるようだ。シウは聞かなかったフリをして、作業に向かった。
外で遊んでいたフェレスたちが、まだかなーと窓から中を覗いてきたので、シウは興に乗ってあれこれ違うものまで作っていた手を止めた。
もうお昼近くになっており、ロトスは遊び疲れて眠っている。
そんな彼を籐籠に入れ外に出ると、クロがシウの肩へ乗ってきた。ブランカは足に体当たりだ。もう大型犬以上の大きさになっているので、その勢いでぶつかってこられると倒れてしまう。咄嗟に身体強化をしたものの、踏ん張るのに力がいった。
力の加減がまだ分かっていないブランカを、フェレスが後ろから追いかけてきて怒り始めた。
「にゃにゃにゃ、にゃにゃにゃにゃにゃにゃ!!」
いわく、主に対して扱いが雑だと、叱っているようだ。
それからこうやってやるのだぞ、と実演してみせる。
「にゃにゃにゃーん」
声は要らないのに、甘えた声で鳴いて、シウに体を擦りつけてきた。まあこれはこれで、踏ん張っていないと揺れてしまうが、力は完全に入っていない。シウの体格や、人間の体の弱さをしっかり把握しているからこその、手加減だ。
「よしよし。さすがはフェレスだねー」
褒めると、フェレスはむふむふと嬉しげに鼻をピクピクさせ、尻尾が高速で振られた。猫型騎獣だが、性格はまるで犬っぽいフェレスなのだった。
そして、褒められたフェレスと、にっこり笑っているシウを交互に見ていたブランカは、自分がやらかしたことに気付いてがっくり落ち込んでいた。
「ぎゃぅ、ぎゃぅぎゃぅぎゃぅぎゃぅ」
こぶん、おっきくなっちゃってさみしい。
そんな風に嘆いているようだ。
思う存分甘えていられた頃を懐かしんでいるのか、抱っこもしてほしい、背負ってもらいたい、頭ぐりぐり押し付けたい! という思いも同時に伝わってきた。
「……よしよし。でも、大きくなって、僕は嬉しいんだけどなあ」
「ぎゃぅ?」
「だって、立派に大人になったって証拠だもん。ブランカが頑張った証拠だからね。それに、僕もブランカに乗ってみたいなあ」
「ぎゃぅ!!」
「フェレスは一番の子分だけど、ブランカとクロは二番目の子分だよね? クロはちっちゃいから乗れないけど、ブランカは大きいから、僕とクロを乗せてほしいんだけどなー」
「ぎゃぅぎゃぅ!!」
乗せる乗せる、いっぱい乗せる、と頼もしい返事がきた。こちらもむふーと鼻をピクピクさせる。尻尾も高速で揺れていた。フェレスと違って毛がふさふさしているわけではないので、太い尻尾の形がよく分かる揺れ方だ。斑模様の太くて長い尻尾が、機嫌よくパシパシと地面を叩いた。
やる気になってきたらしかった。
「ぎゃぅ! ぎゃぅぎゃぅ~」
もっといっぱい大きくなる、と宣言して、ウキウキしながら屋敷へと急いで走っていった。お昼ご飯の時間なので、たぶん大きくなるためにはいっぱい食べることと、自分に都合が良いように解釈したようだ。彼女らしくて良い。
「……きゅぃぃぃ」
残されたクロは冷静に、妙に人間くさい溜息を吐いて、フェレスもにゃごにゃごと人間っぽく呟くように鳴いていた。
「にゃにゃにゃ、にゃにゃにゃ……」
ふぇれよりおっきくなるっていってた、とこちらは本能として分かっていたらしいことだが、改めてショックを受けた感じだ。
可哀想なのでしっかり慰めながら、小さいと機動力も高いからと、ブランカの時のように言い包めたのだった。
騒ぎに気付いて起きていたロトスが、後でシウのことを、
(詐欺師だなー、シウはスケコマシになれるぞ)
と、きゃっきゃ笑いながら、からかってきた。
転げまわってまで笑うので、シウもやり返すに至らず、同じように笑ってスルーしたのだった。
雨除けグッズは、その日のうちに具合を確認してから、商人ギルドへ持って行き特許申請した。
シェイラに説明すると、庶民の需要はあまりないだろうが、冒険者には売れるだろうと取らぬ狸の皮算用だ。
「全体の枠は、襟芯素材なのね。手に入りやすい、どこにでもある素材ばかりだわ」
試作品を手にしながら、シェイラが確認していく。
「布地はスライム配合だけど、前半分を配合強めにしているから半透明なんだ。視界が広がるでしょ。あと、前に申請した《日除け眼鏡》もセットで付けることができるようにしてるから。飛行板で飛ばしていたら虫や埃がすごいからね」
「考えたわね。こういうまとめ販売って良いのよね。ふふふ……」
何やら売り文句でも考えついたらしい。こういう時の彼女は触らぬ神に祟りなし状態なのだ。
シウは秘書の女性に、書類を渡して軽く説明した。
「魔核を嵌めて、魔力をごく軽く通したら魔道具として発動するから。それで笠の下は風属性魔法によるベールで覆われて雨雪を弾くんだ。要らない時は止めないと勿体無いから、そのへん気をつけてね。一応、超節約しているから、毎日使っても一年以上は使えると思うけど」
「分かりましたわ」
「相変わらず、使用魔力量まで計算しているのね。実験結果の書類も付けてくれているし、あなた、本当に商売人向きよ?」
研修者の大半は、実験まではこなしても、結果を書類に残すのがシウほど整っていないらしい。
商人はその尻拭いをするので、色々大変なのだそうだ。商人ギルドにも、その手の事務処理に長けた職員が多く在籍しているとか。
なかなか大変な職場であった。
思い出したように彼女から就職しないか誘われるのだが、シウは丁寧に辞退している。
「ギルドで働いても全然良いのだけれど?」
「いえ、お断りします」
今日も今日とて誘われたが、シウは笑顔で断ったのだった。
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