027 同郷人会
風の日になったので、同郷人会に招待されていたシウとカスパルは、馬車に乗ってエドヴァルドの屋敷へと赴いた。
フェレスとクロとブランカも一緒だ。もちろん、おめかししている。
それぞれ光るものが好きなので、フェレスの首輪にはピンク色の水晶――これは本人のたっての希望でピンクになったわけだが――嵌め込んだものを付けている。
クロには羽に翡翠と青玉それぞれの玉環を付けていた。軽くするために内側を削っているのだが、本人は全く気にならないらしく、普通に飛べている。
ブランカは琥珀を拾ってきてそれがいいと言い張って聞かなかったので、嵌めてあげた。シウの眼の色に似ているのだそうだ。お揃いが良かったらしい。
ちなみにクロも、フェレスとブランカの眼の色を選んだようだった。ブランカの言い分を聞いて、ものすごく衝撃を受けていた。どうやらシウの眼の色のことは頭になかったらしく、先を越されたと思ったのかものすごく慌てて? 焦っていた。なんというのか、幼獣のくせにというと申し訳ないが、そこまで気にしなくてもと思わず笑ってしまったものだ。
そして、フェレスは、全く自分の好みで石を選んでいた。安定のフェレス、マイペースっぷりである。
エドヴァルドの借り受けた屋敷は、ブラード家からは馬車で十分ほどで、貴族街の中でも王城側にあった。学校へは若干遠い。
別宅としては立派すぎる、しっかりとした屋敷だった。
門を過ぎると、屋敷内の停留所に馬車が幾つも停まっており、シウたちは遅い方だったようだ。
それでも慌てないのが貴族である。
カスパルはゆったりとリコの手を借りて降り立つと、迎えに来ている執事と鷹揚に挨拶していた。
ダンも付き従い、シウも同じ従者のフリをして後ろを歩こうとしたらダンに視線で怒られた。前を行けと何度も目線で命じるので、知らん振りもできずに仕方なくカスパルの横に並ぶ。
「君も大概、往生際が悪いねえ」
「だって」
「だって、は使ってはいけない言葉なんだよ?」
「……はあい」
そうこうするうちにすぐ正面扉となり、開け放たれたそこを抜けると大広間が見え、明るい音楽が流れ出てきた。
これが社交界かーと思ったが、横でカスパルが、
「庶民の出もいるからか、気を遣っているようだね。なかなかこぢんまりとしている」
などと言って、シウの思い込みを砕いてくれた。
広間の入り口ではエドヴァルドが自ら立って、客人を迎え入れていた。
「やあ、カスパル。それにシウ!」
「久し振りだね、エドヴァルド。元気そうじゃないか」
「こんにちは、エドヴァルド先輩。お招きありがとうございます」
「君、絶対そんなこと思ってないよね?」
カスパルが横から突っ込んでくるので、シウは笑って無視した。
「君たち、仲が良いねえ。同じ科で学んでいたけれど、一緒に住むとなるとやはり信頼関係も深くなるのかな?」
「ロワルでも仲は良かったはずだが? ねえ、シウ」
カスパルの物言いはいつものことなので、シウもエドヴァルドも気にせず話しているが、周囲の人は若干ハラハラしているようだ。知らない人が見れば、仲が悪いのかと思うところだろう。
実際、彼等はそれほど仲良しの関係ではないが。
「君は相変わらずだね。まあいい。さ、奥へどうぞ。みんなもう集まっているよ」
エドヴァルドは生徒会長の経験もあって大人なので、スルー力が高い。笑顔でカスパルを促していた。
同郷人会という集まりなので、シーカー魔法学院の生徒以外にも、この地へ派遣されている貴族出身者も幾人かは招待されていた。彼等は年齢も高めなので、生徒とは別にグループを作って話をしているようだった。そちらはグランバリ家の執事が応対しているようだ。
エドヴァルドは当初の目的通り、生徒たちをもてなすためにホスト役をしっかりとこなしていた。
「クレールとディーノが仲良くなっているのには驚いたよ」
「シーカーでは色々あったからね」
クレールが苦笑して、答えている。エドヴァルドも噂だけは知っているようで、何度か頷いていた。
「君にも教えておきたいことがあったから、こうして同郷人会を設けてくれたのはちょうど良かったよ」
「わたしにかい?」
クレールは、エドヴァルドにヒルデガルドの話を掻い摘んで説明した後、生徒の中に厄介な相手がいることを話していた。
というのも、エドヴァルドは優秀なのですぐに必須科目を飛び級するだろう。そうなると専門科目に進むはずだ。となれば、彼のことだ。戦略指揮科を選択する。誰もが、そう思っていた。
「ニルソンという教授は傲慢な考えをされる方だから、できればサハルネ教授の授業を受けた方が良いと思ってね」
「なるほど。そうしたことも、実際を知っている生徒に聞かねば分からぬことだから、確かにこの場を設けて良かったね。でも、わたしばかりが得をしてしまうようだ」
「その分、また返してくれたら良いさ」
親の階位が違うのに気さくに話しているのは、クレールが年上で生徒会長職でも先輩であったからだ。エドヴァルドも敬意を払っているのだろう。
ディーノはクレールの横でふんふんと頷いているだけで、口は挟んでいなかった。食堂で見る彼とは違って、すっかり貴族の青年風だ。最近、従者のコルネリオが、ディーノの庶民さに磨きがかかってきたと嘆いていたが、こうした場ではちゃんとやれているようだった。
そうして観察していたのだが、突然シウに話が振られた。
「君の噂は、ロワルでも聞いたけれど、こちらに来たらそれはもうすごいので、驚いたよ」
「えっ」
「知らぬは本人ばかりなり、ってね」
カスパルが横で、歌うように話す。シウが睨むと、あははと声を上げて笑った。
「貴族社会では、知らない者はいないよ。エドヴァルドも夜会へはもう何度も出ているだろうから、当然同じ国出身として話題には出るだろうよ。シウだって、自分がある程度名を知られていることは自覚しているよね?」
「……望むと望まざるとに拘らず、いつの間にか巻き込まれているんだよね」
溜息を吐いたら、周囲にいた人たち全員に笑われてしまった。
「シウは良いことも悪いことも引き寄せちゃう、たちだからなあ」
ディーノが後ろでボソリと言うと、クレールも笑って頷いていた。
「悪いことは、ヒルデガルド嬢や、先ほど教えてくれたベニグド=ニーバリ殿のことだろう? 良いことっていうのはなんだい?」
エドヴァルドが振り返って問うと、ディーノがお澄まし顔のままで答えた。
「そりゃあ、卵石です。騎獣を二頭に、小型希少獣といえど賢いグラークルス。引き寄せた幸運としては高いと思わないですか?」
「ああ、そうだね。確かに」
そう言って、シウの肩の上に目を向けた。クロがちょこんと立っているのだ。小さいので、こうした場でも常に傍にいる。
フェレスやブランカは広間の端で、待機していた。コルネリオやエジディオなど、従者たちが集まっているので面倒を見てもらっているのだ。面倒と言うが、ようするに食べ物をねだっているわけだが。
「大人しいし、本当に賢そうだね」
褒められたことが分かったらしく、クロは珍しく照れたようで、そっとシウの髪の毛に隠れようと寄り添ってきた。
「おや?」
「照れてるみたい」
「可愛いねえ」
本当に、と皆が益々注目するものだから、クロは完全に頭をシウの髪の中に突っ込んでしまった。そして髪の毛をつまんでツンツン引っ張ってくる。
「分かったよ、もう言わないから。褒めただけだって。そんなに照れなくても良いのに」
「きゅぃぃ……」
普段大人なので、珍しい姿が見られた。
カスパルも目を細めて笑っていたが、声には出さなかった。他の面々は、盛り上がってしまったが。
その後は希少獣の話になり、ラトリシアでは希少獣の在り方が違うという話に、やがて飛行板の話へと変遷していった。
成人した者がほとんどだけれど、生徒が多いためにまだ若い青年だ。そこはやはり、飛行板に憧れる少年のように目を輝かせ、初年度生は先輩たちに話を聞いていた。
この初年度生だが、今回はエドヴァルドを入れて五人だけだった。大体五人から十人ぐらいが推薦されて毎年入学するようだ。
ほとんどが学校の卒業に合わせてシーカーへ来るのだが、中には優秀だからということで留学扱いになることもある。そのため、人数も違うらしい。
ヒルデガルドの時も、本来はロワル王立魔法学院を卒業したわけではなかったので、学校推薦という形では来ていなかった。あくまでも有力魔法使いの推薦で、留学という形になっていたのだ。
稀に、ロワル王都まで行けないでいる優秀な子も地方にはいるので、師匠などが推薦して一般で入ってくる生徒もいた。こちらは相当狭き門なので、一般入試を受けての入学だ。
ラトリシアには魔法学校がたくさんあるので、他国からすれば狭き門には変わりないのだが、おかげで他国から来る生徒の方が成績は良い。勉強にかける情熱も違うので、温度差はあるようだった。
同郷人会として集まってみて、そうした話を聞けたことはシウにも良かった。
成績表などないし、提出した論文の結果など個人個人にしか返ってこないので、そうした仕組みも知らなかったのだ。実際には、全体の中でどれぐらいの位置にいるかは、聞けばちゃんと教えてもらえるものだそうだ。
特にラトリシア国の生徒ならば、順位ぐらい調べるのは訳ないそうだ。それを使って派閥を作ったりもするので、大事な情報というわけだった。
この同郷人会にはバルバラやカンデラも来ており、せっせと男子生徒たちに話しかけていた。下級貴族の娘としては良い結婚相手を探すのも大事なことなのだ。シウにも話しかけてきた。
「シウ殿。ぜひぜひ、カスパル様やエドヴァルド様をご紹介していただけませんか?」
ヒルデガルドのせいでラトリシア国の貴族たちに虐められていたこともある彼女たちだが、そんなことなどなかったかのように元気いっぱいである。シウは苦笑して、はいはいと頷いた。
二人は、女性教授のオルテンシア=ベロニウス男爵家で侍女見習いとして面倒を見てもらっている。すっかり礼儀作法も身について楚々としていたが、シウに「紹介して」と言った時の目は、ギラギラと輝いていた。肉食系女子なのである。
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