023 聖獣の王と面会、鉄板料理のあれこれ
王城に行くと、門兵に久しぶりだねと声を掛けられた。
挨拶をしているうちに、あらかじめ伝えていたためか、ヴィンセントの秘書官の従僕アルフレッドが来てくれた。本好き仲間なので、こうした案内中にこっそり話をしたりする。
「アルフレッドが来てくれたってことは、ヴィンセント殿下のところに行かなきゃダメなのかな」
「はい。お時間が空きましたので、お顔を見るだけでもと仰って」
でも連れて行かれたのはヴィンセントの執務室でも私室でもなかった。
シュヴィークザームの部屋だ。
顔馴染みの騎士たちに挨拶してから部屋へ入ると、むすっとした顔のシュヴィークザームと、足を組んで優雅にお茶を飲んでいるヴィンセントがいた。
シュヴィークザームはシウを見るなり、パッと笑顔に(無表情なのでそうした雰囲気と)なって立ち上がった。
「よく、来た! さあ、我の私室へ行こう!」
応接間の隣にある部屋へ行こうとして、ヴィンセントが立ち上がった。
「シュヴィ、まずは挨拶からではないのか」
ムッとするシュヴィークザームに、シウは苦笑した。
「ええと、ヴィンセント殿下、お久しぶりです」
「そうだな。君は相変わらずのようだ」
チラッとシウの後ろにいるフェレスや、大きくなったブランカを見て、それからシウの肩に乗っているクロへ視線を向ける。
「……本当に相変わらずだな」
頭が痛いといった仕草を見せたが、シウはへらっと笑って、頭を下げた。クロがバランスよく立っているのが、横目に分かる。
「オリヴェルと仲良くしてくれているようだ。あれも、最近では前向きになって、勉強を頑張っているようだ。乳母の件でも、シウにはいろいろ助けてもらったと言っていた。知らずにいたので礼も言えなかった。悪かったな」
「いえ。オリヴェル、殿下が落ち着いたなら良かったです。勝手にお邪魔しに来たこともあったのでご迷惑じゃなければ、それで」
「迷惑などではない。シーラとカナンとも遊んでくれたようだ。ありがとう」
シーラとカナンとは、ヴィンセントの子供だ。
氷の王子様的存在にお礼を言われると、裏があるのではと思って怖いものがある。なにしろ無表情なのだ。
偉い人は表情を変えてはいけないという法律でもあるのか、表情筋が動かない人が多い。
「妙なことを考えているな?」
「あ、いえ!」
「もういいのではないか。挨拶の域を超えていると、我は思うのだが」
シュヴィークザームがシウの手を引っ張るので、苦笑してヴィンセントに目礼した。
彼も呆れたような視線で返してきて、ではな、と手を振って退室していった。
ヴィンセントは、シュヴィークザームの主として、本当にちょっと顔を見せただけだったようだ。
隣室に行くと、シュヴィークザームがやれやれだ、と横柄な態度になっていた。
「シュヴィ、元気みたいだね」
「元気というより、いつも通りであるな。それより、シウ。来るのが遅いではないか」
「僕も忙しいんだよ」
シウが返すと、シュヴィークザームは「む」と唇を若干尖らせて黙りこんでしまった。女の子がやると可愛らしいのだろうが、いくら綺麗な顔でも、青年姿の彼がやってもおかしなだけだ。その姿に笑いがこみ上げるが、シウは黙って肩を竦めた。
「シュヴィに頼みたいことがあったんだけどなー」
「何?」
目を開いて、ふんぞり返っていたソファからおもむろに起き上がり、前のめりになる。
「言ってみるが良い。普段おぬしに世話になっているのだ。たまには我の力を貸してやろう」
「その前にさ、シュヴィって嘘がつけないよね?」
「む、そんなことはないぞ」
「でもヴィンセント殿下に問い詰められたら割とひょいひょい喋ってるよね?」
うむむ、と唸ってしまった。良かった、自覚はあるようだ。
「……ヴィン二世に、隠し事なのか」
「うん。あ、悪いことじゃないんだけど、教えちゃうと彼が大変になるって話」
「うむ?」
「迷惑をかけることになるんだ。あ、迷惑なんて掛けても良い、なんて問題以前のことだからね? 安易に言わないでね?」
言いかけたらしいシュヴィークザームが、むぐっと口を噤んだ。
「内緒でね、相談して、力を借りたかったんだよね。もちろん、ずっとじゃないんだけど。落ち着くまでの間だけ。でも、シュヴィ、黙ってられないだろうしな~。性格が素直だからポロッと零しちゃいそうで」
怖いんだよなーと、本人を目の前にして言っていると、シュヴィークザームがうむむむと唸り始めた。
手伝ってやりたい気持ち半分、でもシウが言う通りポロッと零す方に軍配が上がる、みたいな感じだろうか。
面白いので見ていたかったが、彼専属メイドのカレンがお茶の用意で入室してきた。
話は一旦そこで終了し、本日のメインイベント、新作デザートの披露と昼ご飯にした。
最初に昼ご飯からね、と言って取り出したのは、お好み焼きの種だった。
冬キャベツが美味しいので昨夜作ってみたのだ。部屋の中で鉄板を囲むようにして作ってみたら、ロトスがとても喜んでくれた。彼もお好み焼きは好きらしい。祖母が関西人だったらしく、焼くのにもコツがあるとかで煩かったそうだ。山芋たっぷりな、と言われてもちろんと答えると尻尾がばっさばさに振られていた。
ちなみに、すりおろし切れなかった山芋の端っこも一緒に混ぜて焼いてくれと言われた。誰に当たるか分からないが、子供の頃はこれに当たるととても嬉しかったそうだ。祖母と競争して、当たった負けたと騒いでいたらしい。
昨夜も話を聞いたフェレスたちが、わくわく顔で待っていたのが面白かった。
結局、誰にも当たらなかったので、たぶん勢い良く食べるフェレスあたりが飲み込んでしまったのだろうと思う。
そうしたことを楽しみながら食べるのも、新鮮だった。
なので、持ってきたお好み焼きの種を目の前で焼きながら、山芋の欠片について話していると、案の定というのかシュヴィークザームも目を輝かせている。尻尾があれば振られていただろう。
カレンも興味津々でソファの前に座った。彼女も今や一緒になって食べることが当たり前になっていて、それもまた嬉しい。
ジュージュー音を立てる鉄板に、シュヴィークザームが触りたがっていたが危ないので止め、まあ見てなさいと告げる。ロトスから聞いたお好み焼きルールを厳格に守り、やがてソースを掛けると、部屋いっぱいに良い匂いが充満した。
ゴクリと唾を飲み込む音がして、顔を上げるとシュヴィークザームが涎を垂らさんばかりに鉄板の上を見ていた。
「もうすぐだよ。はい、仕上げに青海苔と、鰹節」
「おお! 踊っておるぞ!」
「まあ。これはなんですか? 生きているのですか?」
「違いますよ。食べ物です。熱でこうなるだけで、はい、出来上がり」
マヨネーズも勝手に掛けて、切り分けると各自の皿に載せた。
「とりあえず、食べてみてください。岩猪と、イカ、エビが入ってます。あ、食べててね、次に焼きそばを作るから」
どうせならと鉄板を出しているので焼きそばも作り始めた。作りながら、自分の分のお好み焼きも食べるが、二人の様子を見て笑った。熱々なので、はふはふ言いながら食べているのだ。でも美味しそうに食べてくれている。これを見るのが幸せだった。
合間に、大根の浅漬や、人参のナムルなどを出し、口直しが終わったところで焼きそばが出来上がった。
「同じような材料だけど、またちょっと違うでしょ」
「全然違うぞ」
「でも、具材や、使っている小麦粉は似ているんだよー」
配合などは違うが、似たようなものだ。ソースも変えてはいるが、基本的には同系統と言えるだろう。
しかも厳密には本物の焼きそば麺ではないが、構うまい。
「同じ食材で、出来上がりがこうも違うのだな」
「こちらも美味しいですわ」
「でしょー」
焼きそばはオスカリウス辺境伯領の竜騎士たちにも人気だ。今では隊の定番メニューになっているほどだった。シュヴィークザームたちにも喜んでもらえて何よりだ。
食べ終わると、部屋の匂いを消臭し、鉄板も浄化した。
まだ片付けないのは、この鉄板でデザートを作るからだ。
お腹がこなれるまで待とうと思ったが、二人共甘いものは別腹だと言うので早速用意を始めた。
「それはなんだ?」
「そば粉で作った種だよ。今日はガレットなんだ。おやつにもなるし、挟むものによって食べ方は自在なんだよ」
「ふうむ」
ジッと眺める横で、鉄板の上に種を落とし、この為に午前中の生産科授業で作った専用の広げる器具を使って丸くなるように生地を伸ばす。すぐに焼けてきて、香ばしい匂いが広がった。
それを火の付いてない方の鉄板に移動させる。またもう一枚を焼きながら、シュヴィークザームに、用意していた小皿から好きなものをトッピングするように勧めた。
「とっぴんぐ、とな?」
「好きな具材を乗せるんだよ。そっちが角牛の乳で作った生クリーム、それからカスタードと、チョコレート、ナッツ類、あとは果物だね。ジャムもあるし、あ、リンゴ煮のシナモン味とか、新作かも」
「おお!」
新作と聞くとそれを選びたくなるらしい。彼は早速リンゴの甘煮をガレットに載せていた。くるっと巻いてやると、なるほどと、納得している。
「美味い!」
「まあ、もちもちした食感でございますね。美味しいですわ!」
カレンもすぐ横で同じものを作って食べていた。
「いろいろ試してみたら良いよ。僕のオススメはオレンジピールのチョコ掛け、それから、ナッツと生クリームにチョコを掛けるやつかな」
バナナがあれば良かったのだが、バナナはまだ見付けられていない。場所的にはフェデラル国などの南方だろうと思っている。
「これの良いところは、自分好みが作れるところだよ。組み合わせを想像して作ってみてね」
シウの言葉に、シュヴィークザームは俄然やる気を出し、ああだこうだと楽しげに組み合わせていた。その後、お腹がいっぱいで動けなくなるという弊害もあったけれど、楽しい一時だった。
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