020 降り止まない雪




 土の日は、商人ギルドと冒険者ギルドをハシゴして、挨拶に行った。

 また暫く出入りできなくなると伝えておくためだ。緊急依頼があれば、当然参加はするが。

「また拾ったの?」

 シェイラには呆れられてしまった。

「今度は卵石? 動物? それとも、また人間?」

 どれも経験があるだけに、シウは曖昧に笑って誤魔化した。

「そうだわ、その拾った人間のリュカ君。なかなか素質があるそうよ」

「あ、そうなんですか!」

「ええ。引き受けてくれた親方が会合で自慢していたわ。薬師ギルドで面白いことをするというから会合に参加したのだけれど。そう言えばあなたが発案者なのよね?」

「寄付制度のこと? でも、皆で考えたことだからなあ」

「ふふ。まあいいわ。楽しかったから。試験的に稼働し始めているから、楽しみね」

「はい」

「そうだ。カイロも順調に発売されているわよ。今年は多く用意したそうだけど、生産が間に合わないんじゃないかってフル稼働中。商人がホクホク顔で教えてくれたわ」

「今年、寒そうだもんね」

 本当にねと呟き、シェイラが困惑したような様子で窓の外を見る。

 王都は処理をしているから通路などに積もりはしないが、それでも次から次へと降り続ける雪は鬱陶しい。空も冴えない色だ。

 それ以上に、王都の外へ一歩進むと大変なことになっている。

 たとえ冬といえども最低限の荷運びは必要なので、商人も深い雪の中を進んでくるが、今年の雪は量が多くて、護衛たちも普段以上に体力を試されているようだ。

 また国としても、ある程度の大きな街道は雪を掻いておく必要があり、軽微犯罪で奴隷となった男たちを働かせたりしていた。


 冒険者ギルドに入ると、そうした雪掻き要員の依頼も多い。

 魔法使いならば尚良しと、あちこちにデカデカと大きく書いているのは、それだけ切羽詰っているからだろう。

 ちょっと挨拶だけのつもりだったが、こんなに溜まっているのなら一つぐらい引き受けようかと、シウが掲示板を眺めていたら声を掛けられた。

「引き受けてくれるのか?」

 職員のルランドだ。

「うん。本当は暫く来れないって言いに来たんだけど。こんなに大変なことになっているとは知らなかったから」

「そうなんだよ。冒険者だけじゃ、なかなかなあ。火属性持ちの魔法使いがいてくれたら、楽なんだけど」

「……その場合、護衛してくれる人っているの?」

「あ? ああ、魔法使いにか。そりゃまあ、どのみちセットで行くことになるが」

「魔法学院の生徒に頼んでみたらどうかな。去年の夏、手伝いに来た子たちなら、引き受けてくれるかも。一応、僕も声を掛けてみるけど」

「……そうか! その手があるな!」

 ウキウキした足取りで去っていってしまった。

 仕方なく、受付に行って話を聞くと、火属性持ちでルシエラ王都に残っている冒険者は軒並み、街道の護衛兼、雪掻き要員として出払っているそうだ。

 ククールスもいなかった。

 そのため、級数の低い冒険者しか残っておらず、その彼等も火属性持ちはほとんどなく、いたとしても連続して使えるほどの魔力量はないようだった。

 仕方なく王都の周辺だけは奴隷や、低級冒険者が人力で雪掻きをしているそうだ。

 ふと、ゴーレムを使えば良いのにと思ったが、アマリアぐらいの魔法使いでないと無理だろうし、アマリアにそれは頼めないのだろうなと口を閉ざした。

 後日、ちらっと聞いて見るだけ聞いてみよう。

「近くの森や村までの道を作れば良いのかな?」

「ええ。でも相当大変よ」

「毎回のことだもんね。ちょっと考えてみる」

 今回、雪を掻いたところで、雪というのは毎日のように降っている。積もればどうしようもないのだ。

 で、あることを閃いた。

 温泉風呂を作った時にパイプを作ったのだが、あれと同じで、地下水を組み上げて消雪道路にしてしまえば良いのだ。

 確か、弊害が地下水の組み上げすぎで枯渇したことだが、ろ過装置を通してまた戻せば良いだけだ。

 そのシステムを作る最初が面倒だが、魔法があるので案外さくさくっとできそうな気がする。

 ルシエラ王都自体は温水を利用しているようだが、そんなもの使わずとも一定温度が保たれている地下水ならば雪は溶ける。

 ただし、穴を掘ってパイプを通す作業だから大掛かりになるだろう。自動組み上げポンプや、ろ過装置は作って設置してもらえば良いが、パイプの設置作業は別である。

「あの、ちょっと思いついたことがあるので、商人ギルドへ行ってきます」

「あ、はい」

 ユリアナに見送られて、シウは冒険者ギルドを後にした。


 シェイラはシウがまた来たので怪訝な顔をしていたが、消雪道路について話を始めたら目を輝かせて聞いてくれた。

「地下水は、あるのね? そして地下水ならば溶けるのね?」

「はい。ルシエラ王都のような温水を使わずとも可能ですし、勝手に出しっぱなしにしておけば良いだけだから」

「ただし、穴を掘る作業と、機材の設置が必要なのね」

「メンテナンスもね。毎回僕がやるわけにいかないし、割と大きな事業になりそうだから」

「ええ、ええ。とても大きな事業だわ」

「一つ、考えていることがあって」

「なあに?」

「アマリア=ヴィクストレムさんがゴーレムを作れることは知ってますよね?」

「もちろんよ。彼女の作った小さなお人形たちは今、とても人気が出てきているもの」

「式紙を使って指示を出せるので、土ゴーレムじゃなくて、あらかじめ作業用のゴーレムを作ってもらえれば、大型機械の設置とか、簡単じゃないかな。毎回、雪掻きをさせるには、高価過ぎるけれど、機械設置ぐらいなら事業的には可能だよね?」

「……もちろんだわ!」

「パイプは凍らないような素材で作ってみたから、これを」

「すごいわ! 温水を通さなくても、凍らないのね?」

 パイプの素材のせいもあって、ルシエラ王都は温水を使っていたようだ。勿体無い話だ。まあ、どのみち、薪を使って出た熱を利用したものだからリサイクル的には問題ないのだが。

「これで、冬の間あちこちで起こる氷詰まりを解消できるわ!」

「そうなの?」

「地熱水が使えるところはあまりないのよ。ほとんど暖炉などの熱を利用しているから、まずは家中に行き渡らせるでしょう? その後、道路へ排水する形になるの。そうすると冷めてしまうのね。貴族街はふんだんに薪を使うから問題ないのだけれど、庶民街はそうでもないのよ」

「ああ、そうなんだ」

 王城や貴族街などは他にも魔法使いをたくさん囲っているので、寒さに震えることはないだろう。しかし、庶民は違う。

「このパイプの特許は――」

「取ってないから、お願いします。特許料は要らないよ」

「あら、それはダメよ」

「条件付きでね」

 いつもの、独占禁止のための登録だ。だから、普通に使う分には利用料など発生しない。

「なるほど。了解したわ。他に、掘削機だったかしら?」

「そう、掘削機とパイプ設置機、水のろ過装置もこちらで用意するよ。今日中にできると思うから、アマリアさんには――」

「わたしからお願いしに上がるわ!」

 早速、事業として起こすために動くわね! と張り切って出て行ってしまった。

 残されたシウは、彼女の秘書に謝られながら、ギルドを後にした。



 その日は一日、鍛冶小屋で機械を作って過ごした。暖かいのでロトスは喜んでいたし、ちょろっとだけ庭に出て雪遊びもしていた。すぐに戻ってきたけれど。

(あいつら、ガキだぜ。雪遊びが楽しいのはチビの間だけだ……)

 と冷えた足を火の前で翳していた。

 その雪の中で遊んでいたのはどこの狐っ子だと思ったが、シウは何も言わずに笑っただけだった。


 夜にアマリアから連絡が来たけれど、自分にできることがあって嬉しいという、引き受ける旨の喜ばしい内容だった。

 しかも、明日の夜までには作業ゴーレムを作れるという頼もしい返事だった。

 すでに稼働可能なゴーレムがあり、それを改造するのだそうだ。

 そして明後日には、一緒に王都の外へ行くとのことで、その行動力には驚いてしまう。キリクに毒されてしまったのかなとちょっぴり不安に思ったほどだ。

 シェイラも明日までには話を通すと秘書を通して連絡してきた。事業自体はまだ正式ではないが、試運転も兼ねてのことだ。



 翌朝に冒険者ギルドへ行って、ルランドに事情を話したが、どのみち細かい場所では雪掻きが必要なので魔法使い要員は欲しいらしく、シーカー魔法学院などへギルドとして話を通すのは確定らしかった。

 消雪道路も全部には付けられないから、それもそうかと納得した。


 この日はギルドの仕事も受けずに、コルディス湖へ転移して一日採取をしたり狩りをして遊んで過ごした。

 ロトスは寝ている間に運んでいるせいか、ちょっと離れた場所へ遊びに来ているという感覚らしかった。

(森の中なんて二度と嫌だって思ってたけど、アイテムの宝庫なんだな!)

 薬草などを教えると、貴重で高いと知ってから目を輝かせて喜んでいた。

(ゲーム世代だからな! こういうの大好き! あ、このキノコは!?)

「それ、毒だから口に入れるのもダメだよ」

(……げっ、)

 噛み取ろうとしていた彼は、慌ててたたらを踏んでいた。やっぱり人化しないと危険だぜ、と呟いている。

 遊び終わると、今回こそと思って温泉風呂に連れて入った。

 やはり元日本人、とても喜んでくれた。

 そして、ぷかぷか浮きながら泳ぐという、誰しも必ずやるようなことをやって、シウを笑わせてくれたのだった。

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