019 魔術式探知の方法とデルフ国の動向




 真横にヴァルネリを張り付けたまま、シウは五限目の授業も続けた。

 ラステアの補講を聞きつつ、ヴァルネリの話も聞くという高等技を会得してしまったので仕方ない。

「それで、術式の自動解析ができないか考えたんだよ。固有としてできそうな気がしないかい?」

「解析魔法自体はあるし、自動化するのは僕は反対だなあ」

「どうして」

「自動化はストッパーがないと危険だから。第一、なんでもかんでも解析してしまったら、防御のためのものや悪いものを守っている結界魔法も、解除されてしまう」

「う、そうか」

 ただ、自動化はそうそう簡単に使えない魔法なので、難しいとは思うが。

 それでも一般に広く公表するのはよろしくないだろう。

「先生、話は変わるんだけど」

 へこんでいたヴァルネリが勢い良く顔を上げて、にこにこ笑ってシウを見た。改めて思うが、距離が近い。少し引き気味に、シウは続けた。

「魔術式を探知する魔法って、あります?」

「魔法じゃなくて、魔術式を?」

「はい。例えば、使った直後、でも良いんだけど」

「普通に探知魔法じゃなくて?」

「それだったら、近くにいるんだから、そもそも魔術式の探知魔法なんて要らないでしょう?」

 そう言うと、うーんと考えだした。

 やはりそうした固有魔法は存在しないのだ。

 そして彼の頭のなかでは今、猛烈な勢いでどんな風にすればそれが可能なのかを考えている。

「……無理だって言葉は嫌いなんだけど」

「思いつきませんよねー」

 やっぱりな、と思う。

 ハイエルフの種族固有魔法がおかしいのだ。有り得ないレベルのものがざっくざくと出てくる。

 今のところ、シウの前に現れて敵対しているわけではない。が、殺されてもおかしくない程度にシウの血筋は嫌われているはずだ。バレたらタダでは済まされない。

 それ以上に、友人でもあるガルエラドとその養い子のアウレアが危険に晒されている。

 なんとか対応策を考えたかった。

 それにしてもハイエルフは追跡関係が得意だ。

 血族を探す場合にも同じようなことをしていた。

「うん? となると――」

 地面を通して探していたのだから、今回も地面を通すのだろうか。

「どうした、何か思いついたのか?」

 わくわくした顔で聞いてくるので、シウは小声で話した。

 今も教壇にはラステアが立っており、先ほどの授業の補講をしているのだ。

「先生、魔術式って、魔道具の場合は魔核や魔石を通して発動したりしますよね。人が直接使う場合は、その人の魔力を使って」

「うん、そうだけど」

「……地面って魔素を通しやすいですか?」

「あ。通すね。っていうか、魔素が溜まるのは地面にだよ。漂ったりするし、中にもふんだんにあると、言われている」

 考えるに、ハイエルフは魔素の扱いに長けているのだろう。

 それも空中に漂う魔素よりも、地中のものをより上手く使えるのだ。

 考えたこともなかったが、魔素に直接働きかけるのかもしれない。いや、魔素を取り込めるのは滅多なことではない。それができるならもっと彼等はチートだっただろう。

 となると、案外、血族探しの時と同じく、相当大掛かりな魔法を行使しなくてはならないのかもしれない。それは相当危険な作業だ。

 ハイエルフは魔力量が膨大だというし、それで贖えるほどだと考えれば、普通の人間には無理だろう。当然固有魔法として存在していない理由も分かる。

「ちょ、ちょっと。シウ、分かったんなら一人で納得していないで」

「あ、いや、分かりません」

「嘘だ」

「本当ですって。ただ、人間には無理だろうなって思っただけです」

「人間?」

「魔族ならできるかもしれませんね」

「あー、そうかも。魔族の魔力保有量ってバカみたいに多いらしいからね」

 羨ましいよねーと話している最中に、違うことが思いついたようだ。ヴァルネリが黙りこんで、その横でマリエルがサッとノートを取り出している。アイデアをすぐに書き出せるよう、彼の周りの人は常にノートとペンは用意していた。従者の鏡だ。

 シウはそれを横目に、また思案の海へと潜っていた。



 授業が終わるとヴァルネリが引きずられながら教室を後にした。

 アロンドラたち、初めて授業に参加した生徒は呆然とそれを見送る。

「あれ、いつもの光景だから気にしないでね」

「そ、そうなんだ」

「ところで、五限目の時、シウ張り付かれていたね」

「うん。煩いんだ。だから僕の横に座るのは止めた方が良いよ」

「……あはは。そうだね」

 若干呆れた風なのは、ヴァルネリのせいだと思いたい。

 オルセウスと話していると、アロンドラたちが帰ることになった。

 オルセウスもエウルと共に教室を出ていこうとしてシウを誘ってくれたが、そのシウを止めたのはファビアンだった。

「彼を借りても良いかい?」

「あ、はい。ファビアン様。では、わたしたちはこれで失礼します」

 礼儀正しく挨拶して、オルセウスは教室を出て行った。アロンドラは口中でもごもご言いながらだったけど、会釈だけはきちんとしていた。引きこもり体質なのは変わらないようだ。

「ごめんね、引き止めて」

「いえ、別に用事があったわけじゃないし」

「前の科の子?」

 そんな話をしつつ、教室の後方に移動した。

 ランベルトやジーウェン、そしてオリヴェルがいつものように待っていた。

「久しぶりだね、シウ」

「やあ」

 互いに挨拶しあって、冬休みの出来事を教え合う。

 大抵の生徒は里帰りをしたり、貴族出身者が多いので避寒のために地方へ行った話になる。オリヴェルも王族ではあるが避寒として南部のヴァーデンフェ領や、ファビアンの父親が治めるオデル辺境伯領へ行ったそうだ。

「普段ならエストバル領へ行くのだけれど、今はきな臭いからね」

 噂でも聞いたが、エストバル領やその西に位置するメルネス領などは、南のデルフ国と接しているためちょっかいを出されたりしてよく揉め事になっている。

「ヴェルトハイム領がまた代々好戦的な一族だからね」

 ファビアンが肩を竦めた。

「我が家は辺境ではあるけれど、そういった意味ではマシな方かな」

「でも、君の領地、本当に田舎だったよね」

 ジーウェンが心置きなく素直な気持ちを吐露して、ランベルトに苦笑いされていた。

「わたしは逆に楽しかったけれどね」

 オリヴェルがさりげなくフォローしているが、王子に気遣いをさせてどうするのだと、ランベルトがまた苦笑する。

「わたしは自領のことだけれど、うんざりだったなあ。父上は毎度、剣の扱いがなっておらんとお怒りだし」

「ファビアンは頭脳派だもんね」

「頭脳派。シウは面白い言い方をするね。うん、でもなんだか良い感じだ」

 ついでなので、脳筋の話もしてあげると、ファビアンは喜び転こんでいた。

 話は尽きないが、シウには待っている子たちがいる。

「ごめん、僕、また拾ってきた子がいて」

「君、よく生き物を拾うよね」

「うん」

「まあ、君らしいよ。早く戻って、世話をしておあげ」

「引き止めて悪かったね」

「ううん。楽しかった。また地方の話、聞かせて。冒険者として気になるところだし」

「ああ、そうだったね。分かった。他の生徒にも詳しく聞いておくよ」

 それぞれ請け負ってくれて、教室で分かれた。



 デルフ国は今、南部の小領群で起こった魔獣スタンピードによる対応の失敗で国内が揉めている。元々、農作物の出来が良くない土地で、南部に食糧を頼っていた事情もあるから、今後更に揉めそうだ。

 王族は比較的しっかりしているというのか、調整役に徹した性質だったように思う。それは各領主が力を持ちすぎているせいもあるのだろう。特に国境付近の領主たちは度々、隣国にちょっかいを掛けている。

 以前もシュタイバーンと揉めていたらしく、その事後調整でキリクがデルフ国に出向いていたことがある。たまたまデルフ行きがあったから宰相に押し付けられたと言っていたが、キリクぐらいの英雄でないと話が詰められなかったと言われるほど、好戦的な領主が多いのだそうだ。

 そして今回は、ラトリシア国との境界で揉めている。

 古今東西、境界線というのは揉め事の種になるものだ。

 ラトリシアはデルフより北に位置するが、農業的には向いており、農地の少ないデルフ国からすれば喉から手が出るほど欲しいわけだ。

 デルフ国ももう少し森を切り拓いて、開墾するなりすれば良いのだが、人材が足りないのか、手付かずのようだった。

 反対に、デルフはラトリシアよりも森が深いので魔獣が多く、獣の肉には事欠かない。

 むしろそちらにシフトチェンジしても良さそうだが、人間の基本的な食材が炭水化物である以上、無理があるのかもしれない。

 どちらにしても、もう少し平身低頭とまでは行かなくとも、交渉はできるだろうにと呆れるばかりだった。

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