018 脳筋先生とエキセントリック先生
また寝ている間に移動した。朝にそのことを説明すると、ロトスはそんなものかと普通に受け入れている。
ちょっと素直すぎやしないかと不安になったほどだが、ロトスにとってみればシウが育て親のようなもの。だとしたら盲目に懐くのかもしれない。
爺様もこんな気持ちで自分を育ててくれたのだろうかと思うと、何やらもぞもぞしてしまう。
ロトスはまだ幼獣で、しかもこの世界に慣れていないのに置いていくのは可哀想だが、精神は大人の彼を信頼してシウは出かけることにした。
本人も、いってらっしゃーいと尻尾を振っている。
ただ、今日の勉強分としてドリルを渡したら、げっ覚えてたのか、と言われてしまったが。自分のためと分かっていても、勉強と名のつくものはどうにも苦手なようだった。
戦術戦士科の新年最初の授業はどこで行われるのだろうとロッカールームへ寄れば、いつものドーム体育館の小部屋へ行くようにとメモが入っていた。
ここ最近ずっと外で勉強していたので、久しぶりだ。
向かっていると、エドガールやシルトと行き会った。
彼等とも、寒いという理由でドーム体育館になったわけではないだろうね、と話しながら小部屋に入る。ほとんどの生徒がもう集まっていた。
当然のように教師のレイナルドも先に来ている。さすが、張り切っている教師だ。
「先生、では、一応戦略指揮科との話し合いは終わったのですね?」
「戦略指揮科っていうか、ニルソンとな。合同授業だなんだって煩いのを、学院長がいなしてくれた。あいつ、根回ししようとしてあちこちで反感買っていたからなー」
はっはー、と機嫌が良さそうだ。
しかし、仮にも同僚の教師に対して「あいつ」呼ばわりは良いのだろうか。
質問していたラニエロも呆れた顔でレイナルドを見ている。
傍ではクラリーサやウベルトなど、他の生徒たちが苦笑していた。
「大体、合同授業なんざ、シーカーに必要なものか。それをやりたいなら、学院全体での実習をやるべきだって言っといた」
「……先生、それ」
フラグだ。
やめてほしいと思いながら、この学院にロワル王立魔法学院の時のような演習がないことに気付いた。
「シーカーでは演習がないよね?」
誰にともなく言ってみれば、クラリーサが答えてくれた。
「シーカーは大きいですし、各科での行動が中心です。魔法使いは個人主義の者も多いでしょう? まとまっての演習はとてもではありませんが、無理ですわね」
「そうなんだ」
「騎士学校などでしたら、演習はありますけれど」
「へえ」
「稀に合同訓練も行われるそうですわ。それも毎回のことではありませんね。大抵、合同で行うのは戦略指揮科や、治癒科、召喚科でしょうか」
「この科は参加しないんだ。珍しいね」
いや、参加はしたくないのだが、不思議に思ってつい聞いてしまった。
すると。
「一度合同訓練に参加したらな、俺たちの方が強くて立つ瀬なかったんだよ、あいつら」
レイナルドが自慢げに会話に交ざってきた。そのドヤ顔たるや、生徒たちを半眼にさせるほどだ。
「魔法を後方支援的に使いたい騎士見習いたちとしては、だ。自分たちを超えるやつは要らねえってことよ」
へっ、と鼻で笑いながら、レイナルドは更に続けた。
「戦略指揮科は呼ばれているが、それはつまり、奴らにとっちゃ『下』だからだ。ざまーねーな!」
よほどニルソンとの間で揉めたことによる鬱憤が溜まっているのか、先生らしからぬ根の持ちようだった。
生徒たちは呆れたような顔ではあるが、苦笑でスルーしている。
シウも賢く、先輩方に倣ってスルーした。
授業は、年末年始の冬休みで鈍った体を、どこまで元に戻せるかで終始した。
シウは特に怒られることはなかったが、他の生徒、特に貴族出身者はレイナルドにガミガミと怒られていた。
「いくらパーティー三昧だと言っても、なんだその弛んだ動きは!」
イキイキとしたレイナルドによって、皆、鍛え直されていた。
ただ、クラリーサは剣の動きは鈍かったものの、ストレッチや筋力の鍛え方はむしろ良くなっており、レイナルドに唯一褒められていた。
シウと、もう一人ヴェネリオだけは褒められることも怒られることもなかった。
「いつも通りだから何も言うことないってひどいよな」
「だよね」
「お前らは特段すごくなったわけでも悪くなったわけでもねえじゃねえか! つまらん!」
「つまらんとか言われたぜ。教師の言うことか」
「だよねー」
二人して別行動で訓練をしていたのだが、時折レイナルドが地獄耳を発揮して茶々を入れていた。
ところで、フェレスは今日はやることもなく(普段は授業に参加しているのだ!)、チビたち二頭を連れて端っこで何やら子分道について語っていた。
授業が終わると、昼ご飯をいつものように食堂で過ごし、午後は新魔術式開発研究科のクラスへ向かった。
生徒の入れ替わりがあって、見慣れた顔がないことに気付いた。卒業したのだろう。新たに加わった生徒もいて、その中には懐かしい顔ぶれがあった。
「シウ、久しぶりだね!」
複数属性術式開発科で一緒だったクラスメイトの数人が、端っこの方で集まっていた。
「オルセウス、それにエウルも。あ、アロンドラさん」
「こんにちは……」
居心地悪そうにアロンドラが返事をしてくれた。慣れない教室の雰囲気に、彼女のような大人しく内向的な人には馴染みづらいのだろう。いつもは良くしてくれる従者のユリも、教室の後方に下がっていた。
が、言っておかねばならないことがある。
「あのね、自動書記は使えなかったよね?」
「え、ええ、使えないけれど……」
「だったら、最初は従者に頼んで先生の発言を書き留めてもらった方が良いよ」
「え?」
「ここの先生、超早口なんだ」
「……本当かい?」
オルセウスがギョッとした顔で聞くので、シウも神妙に答えた。
「うん。エキセントリック、もとい相当変わってる先生だから、書き留める専用の人が横についてる。ついていない人は自動書記魔法を使うか、魔道具を持っている人だけだよ」
自動書記魔法を会得した生徒でも、魔道具を持っていたとしても、それでもまだ横に従者を張り付かせているほどだ。漏れがあると怖いからである。
そのことを説明したら、アロンドラは青い顔でユリを呼んでいた。
先生を待っていると、ファビアンたちが入ってきた。
「やあ、シウ。久しぶりだね」
「はい。あ、オリオさん、今日もフェレスたちをお願いできます?」
「もちろんです。さあ、後ろへ行こう」
ファビアンの従者の一人オリオはいつもフェレスたちを可愛がってくれるので、任せていた。オリオと名指しはしたが、他に護衛の騎士たちも一緒になって守ってくれている。
というのも、このクラスには未だに、シウの存在が気に要らない生徒もいるのだ。
希少獣に手を出すほど馬鹿でないと思うが、心配事は避けたい。
「わたしたちの護衛もいるからね?」
ファビアンに次いで、やってきたランベルトやジーウェンなども請け負ってくれて、それぞれ護衛に声を掛けていた。
彼等とも友人という関係から、その護衛とも顔馴染みだ。フェレスも警戒していない。
シウも、よろしくと頼んで席についた。
「すごい人たちと友達になったんだね」
オルセウスも流れでシウの横に座ったが、その位置は危険だ。
「うん。下宿先のカスパルがファビアンと友人で、その流れでね。この授業、ずっと居心地悪いままだったらどうしようかと思ったよ」
「わたしたちもこの科へ来るの、迷ったんだけどね。トリスタン先生が背中を押してくれたから」
「転籍になるの?」
「いや、両方受けることになるんだ。どちらも勉強になるからね」
え、じゃあシウもそうしたかったのにと思ったが、そこで教師が来てしまったので会話は終了した。
ヴァルネリは新しい生徒が増えていようがお構いなしに、いつも通り、そう新年の挨拶など何一つなくまるで冬休みなどなかったかのように、授業を始めた。
三十分ほど経った頃、ふと横を見やると、オルセウスが魂を抜かれたような顔でぼんやりしていた。
どうやら、早口にも限度があると、本気にしていなかったようだ。
メモを取ることさえできずに、呆然としていた。
四限目が終わると、休憩時間になったので彼やアロンドラたちを慰めた。
「大丈夫だよ。この後、先生の秘書のラステアさんが補講みたいに説明してくれるから。その代わり質問とかバンバン飛ぶから、気を抜かないようにね。特にアロンドラさん」
「うあっ、はい!!」
ぼんやりしがちなアロンドラに声を掛けたら、椅子の上で飛び跳ねていた。ユリはまだメモを取っている。よく覚えていられるものだと関心しながら、授業のことなどで注意点を告げておく。
すると、恐れていたことが起こった。
「シウ、僕の新しい研究の話を、あ? 君は誰だ。何故そこに座っているんだ?」
そう、まずは席の問題だ。
「……オルセウス、そこ【鬼門】なんだ。あー、避けて通らないと行けない場所? だから座るのは止めた方が良いよ」
もう遅いよ、と青い顔をしてオルセウスが小声で自己紹介しながら、席を代わる。
ヴァルネリは満足気に座ると、いつもの様にシウの真横に張り付いて機関銃のごとく、彼の冬休みの成果について語り始めた。
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