014 先生へ魔獣のお土産、旬の食材




 魔獣魔物生態研究科の授業が終わると、プルウィアやルイスたちは生徒会の手伝いに行くといって出て行った。

 文化祭以降、仲良くなってなんとなく手伝っているうちに生徒会の仕事をやらされているそうだ。将来、就職する際にも生徒会にいたことはアピールになるとかで、意外と人気のある仕事らしい。

 プルウィアは「勉強する時間がないわ」とぼやいていたけれど、たくさんの人と仲良くなれたのなら良いことだ。


 シウは教室に残って、生徒がいなくなるのを待ってから隣室にあるバルトロメの執務室へ行った。

「あれ、どうしたの? 授業は問題なかったよね?」

 昨年末に二回ほど授業を抜けているのだが、補講を受けるほどでもないと言われたので、シウがわざわざ授業後に来たことが不思議なのだ。こうしたことは「質問がある」から来るものだと相場が決まっているらしい。

 ひそかにバルトロメがそうしたことを望んでいることも知っているが、この科の生徒たちは優秀すぎて授業以外にまで聞きに来るほどではないのだった。

「先生にお土産をと思って」

「えっ。僕に? わざわざ、お土産って、悪いなあ」

 言いかけてから、ハッとした。

 そう、シウがわざわざお土産を、先生にだけ渡すはずがないのだ。

「も、もしかして!!」

 目を輝かせて前のめりになっているバルトロメに、シウは苦笑しつつ頷いた。

「冬休みを通常よりも長くとらせていただいた理由の一つに、ものすごーく珍しい場所へ行く用事があったのですが」

「おお!」

 わくわくして、子供のような顔で笑うバルトロメに、彼の護衛たちは呆れ顔で窓辺からこちらを見ていた。

 大して危険でもない学校内のことなので、彼の護衛たちも気を抜いているのだ。

 これで、ソランダリ領伯の子息というのだから、不思議なものである。とても大物の伯爵家の子息とその護衛には見えない。

「魔獣を狩ってきたので、良ければどうぞ」

「もちろん!」

「どこに出します?」

「ここ、ここ!!」

「……いや、ここ、執務室だし。先生、本の中に魔獣の死骸を置いてもいいの?」

 呆れた顔で思わず問うたら、窓際の護衛たちも慌ててバルトロメを止めていた。どうやら掃除や片付けも彼等がやらされているらしい。大変だ。


 結局、場所を変えて、教室の外にある庭へシートを敷いて出すことにした。

 確認の後、彼の魔法袋へ仕舞うとの事だった。

 一応、バルトロメも高位貴族の子息であるため、魔法袋は持っている。ただし、こうした趣味使用であり、護衛たちが勿体なさそうに見る気持ちは分からないでもない。

 ただ、シウも魔法袋の使い方が相当おかしいらしいので、人のことは言えない。

「まずは、ナーデルハーゼ。珍しいでしょ?」

「うん! すごい、本物を見たことがないから、嬉しいよ!」

「次にヒュブリーデケングル」

「うわあ!! すごい!! こんなに見事な形で見られるなんて!!」

 小躍りしそうな勢いで、バルトロメは喜んでくれる。しかし、こんな彼だが、もうそろそろ三十歳になるかならないかという大人だ。もう少し落ち着いてほしいものだ。

「そうか、ここに袋があるんだね? 文献では、これで小さめの魔法袋を作れると聞いたのだけど」

 カンガルー型の魔獣であるヒュブリーデケングルは、お腹に袋を持っているので、綺麗に剥ぎとって処理すれば簡易魔法袋が作れる。大した量は入らないが、持っていないものからすれば垂涎のアイテムだ。魔法袋にする手順も、グララケルタよりは簡単で、生産魔法のレベルが低くても可能だから、あればあるだけ狩っておくと良い。

「素晴らしいなあ。こっちのナーデルハーゼも、綺麗な形だし」

 満足そうにじっくり見ている彼の手には、ナーデルハーゼから抜き取られた針があった。これは毛を飛ばそうとした時にできるもので、体毛の一部が針状になっている。この形になるのを待って魔核を奪ったので、研究にはちょうど良い按配だろう。

 しかし、ここで満足してもらっては困る。

 シウはとっておきのを取り出した。

「先生、まだあります。ほら!」

 そう言って取り出したのは、ヒュブリーデアッフェだ。猿型の魔獣でとても珍しい。滅多に見られない魔獣だから、その全容を描いた本は存在しないほどだ。ただし、古代の書物には描かれていた。

 当然、バルトロメは専門家なのですぐに名前も分かったようだ。

「す、すごい、ヒュブリーデアッフェ……」

「変異種の白い奴は、置いてきました。同じく狩りに参加していた人が売りに出すと思いますよ」

「そ、そうなのか……」

 涎を垂らさんばかりで、羨ましげに言ったものの、目の前には十分価値のある魔獣の死骸がある。

「魔核は取らせてもらってますが、これも毛皮は十分価値があるそうです」

「うん。古代書通りだ。素晴らしい毛並みだね」

 ここで、トイフェルアッフェという更に上位種の魔獣を出しても良いのだが、こちらは少々やり過ぎな感があるので、控えることにした。

 これこそ、希少な魔獣なのだ。研究者が見れば、どこで狩ったのかを知りたがるだろう。それを教えるわけにはいかないので、黙っておくことにする。

「こんな素敵なものを……いやぁ、良い生徒を持ったなあ!!」

 もっとも、これだけでも十分、バルトロメには良いお土産となったようだ。


 想像以上に感激してくれたバルトロメに、ついでとばかりに面白いものも渡した。

「それは……?」

「ルベルムスカです。数匹ほど、捕獲したのでどうぞ」

「す、す、す、すごい!!」

 赤い蝿という名の魔獣、あるいは魔虫のような存在だ。吸血し、毒霧を吐くことで知られている。ただし、奥深い山でなければ見かけないので、レベルの高い冒険者しか出くわさない。

 研究者が生で見るのは珍しいものだ。

「ううう、どうしよう。こんな素敵なものまで……! 早速標本に! あ、その前に一匹解剖して」

 その場をぐるぐる回り始めたので、ロトスみたいなだなと思いつつ、シウは先生に帰ることを告げた。

 バルトロメは全く聞いておらず、仕方ないのでシウは護衛の一人に頭を下げ、庭から本校舎へ戻って帰っていった。




 屋敷ではロトスが待ちくたびれたのか、勉強用の手作りノートを前に居眠りしていた。

 起こすのは可哀想な気もしたが、待っていたのなら可哀想だから声を掛ける。

「ロトス、ただいま」

(うぉっ!! お? ああ、シウか)

 ぴょんと飛び上がったところなど、可愛くて面白かった。ただ、彼の精神は二十歳らしいので、笑うのは止める。

「遅くなってごめんね。大丈夫だった?」

(いんや。それほどでもなかった。なにしろ、やることがたくさんあったからな!)

 言いながら、涎を前足で拭っている。その視線の先には枕にしていたノートがあった。

(シウは鬼だな、やっぱり。前世の時よりも真剣に勉強したぞ)

 その割にはしっかり寝ていたようだが、と思ってふと首を傾げた。

「……前世ではあまり勉強してなかった?」

(うっ……)

 言葉に詰まって視線を逸らすロトスに、シウは今度こそ笑ったのだった。


 ロトスの勉強の進み具合を確認していると、ブランカが遊びたがっていたのでロトスに任せる。クロには監督を頼んだ。本人がやる気になっているので良いのだが、相変わらず子供らしくない子だった。

 フェレスは子供たちとでは遊びの量が足りないので庭に出す。ある意味、精神が子供な彼は雪の中を喜んで飛び回っている。

 その間に、厨房で晩ご飯の用意だ。

 料理人たちの作るものも食べるが、シウが作る一品も皆に食べてもらう。

 もう当たり前のような流れとなっていた。

 この日は里芋コロッケにしてみた。里芋は揚げて甘辛く煮るのも美味しいのだが、ロトスが里芋やカボチャなどはあまり好きではないと言っていたので、子供でも食べやすいものをと考えてみたのだ。

 この何日かで分かったことだが、彼の場合は食べず嫌いか、あるいは味付けが口に合っていなかったのだと思う。

 小さい頃からファストフードに慣れ親しんでいるので、野菜の味の強いものが苦手なのだろう。野菜本来の甘みを知れば、そのうち大人舌になっていくはずだ。

 他にも、ロトスのために栄養価の高いものを飲みやすくジュースにしてみたり、手間ひまをかけて作ってみた。


 はたして、里芋コロッケは大変喜ばれた。

(うまい! なあなあ、これ、本当に里芋なのか? 全然えぐくない!!)

 味もついてる、挽肉も美味しい! とくるくる回って喜んでくれた。

「甘みもあるでしょ? 玉ねぎが入っているからというのもあるけど、美味しい里芋はそれ自体に甘みがあるんだよ」

(へえぇぇぇ!! 知らなかった!! あとさあ、こっちの葉っぱも、美味しい)

「小松菜ね」

 ほぼ、前世で見たのと同じような、色や形をしている野菜たちだ。

 魔素の含まれた草花がある分、ひょっとしたら食材の種類は多いのではないだろうか。

「茹でてアク抜きしてるし、新鮮だから美味しいんだよ」

 胡麻和えにしているのだが、歯応えがありすぎるのは嫌いだろうと若干柔らかめに茹でた。甘めの味付けにするため、みりんを多めにしたのだがそれが良かったらしい。

「旬のものを、野菜それぞれに合わせて下処理すると、美味しいんだよ」

(そうなのかー。俺んちの母ちゃん、メシマズだったし、惣菜多かったからなー)

 しみじみと語って、遠い目をするロトスに、シウは笑った。

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