012 グララケルタの解体、食べ物の話
光の日は、休みの最後の日となったので、前から溜め込んでいた作業を始めることにした。
というのも、冬休みは本来一ヶ月あるのだが、シウはその前から多めに休みをとって、友人の実家へ遊びに行っていたのだ。そこで、大量に魔獣を狩ったは良いが、その処理の半分が未処理だった。それだけ充実した休みで、暇がなかったということでもある。
友人は竜人族でガルエラドといい、その里は滅多に余所者が入ることのない秘境にあって、「原初の場所」という意味のオリーゴロクスと呼ばれている。
里に滞在している間にはいろいろあって、同じく秘密の村と呼ばれるゲハイムニスドルフという、ハイエルフの血を引く人間たちの住む村とも少々関係を持った。
ゲハイムニスドルフの使者を襲っていた強力な個体の魔獣を返り討ちにしたのだ。
その流れから彼等のためにも、また仲良くなった竜人族のために、危険な黒の森へ足を踏み入れ魔獣の巣を全滅させた。
黒の森では希少な魔獣も大量に狩っていたので、それらを処理したい、というわけだ。
部屋の中でやるのは気分的によろしくないので、シウはロトスを籐籠に入れて、他の面々は自力で歩きながら庭に出た。
庭で堂々と解体をやるわけにも行かず、それ以前に珍しい個体の魔獣を取り出して見られでもしたら騒ぎになるかもしれないので、裏庭に作った鍛冶小屋へと入る。
(ほー、面白いことやってんだなー)
「生産魔法持ちだし、自分であれこれするのが好きだからね」
(シウもチートなんだな。あ、で、それがアイテムボックスか!)
「そうそう。古い言葉だと魔法袋って言って、人によってはアイテムボックスとかいうね」
へー! と目を輝かせて見ている。
フェレスたちは庭で、久しぶりに会うリュカと家僕のソロルと一緒になって、雪の中を駆け回っていた。
(あ、これ、知ってる。森で見たやつだ!)
「グララケルタ? よく助かったなあ」
(え、なんで?)
きょとんとする彼に、グララケルタの説明をした。
「これの名前、暴食蜥蜴って意味があるんだ。なんでも食べるんだよ。本当になんでも」
(げっ)
シウの言いたいことが分かって、ロトスは嫌そうに鳴いた。
「肉は美味しくないから捨てるけど、皮と、この頬袋が大事なんだよ」
皮は、革鎧に加工できるし、何よりも頬袋が生産魔法によって魔法袋へと生まれ変わるのだ。
魔法袋はこうしてグララケルタなどの魔獣から作り出す方法と、空間魔法の持ち主が鞄に加工(魔術式を付与)することでできる。
どちらも高度なので、あまり出回っておらず、魔法袋自体がとても高価だ。
ただし現在はロワル王都にて、地味に出回っている。
シウがひっそりと、スタン爺さん経由で人の良さそうな相手にだけ適正価格で売っているからだ。こちらは鞄に空間魔法を付与する方法で渡している。
今回のグララケルタは、自分でも加工してみようとは思っているが、大量にあるのでどこかに卸す予定だった。
ただし、大量にありすぎて少しずつしか捌けないのが問題だ。
(……なあ、さっきからめっちゃ流れ作業で解体していってるけどさ。どんだけあるの?)
次から次へと作業を繰り返し、一つ終われば別の魔法袋へ放り込み、また新たに取り出しては解体するということをしていたら、ロトスが呆れたように聞いてきた。
「……結構、あるね」
(お前、マジ、チートだろ?)
「神様はチート好きだからね」
(あー、ね。分かるわー)
作業をしながらでも話はできるので、この世界のことや魔獣のことなど、教えることは多々あったから二人してああだこうだと言いながら時間を費やした。
竜人族の里にいる間に、コカトリスやトイフェルアッフェの解体をやっていて良かったなーと、地道な作業を行いながら思ったシウである。
最近、魔法で楽にやっていたので、このグララケルタの解体作業がちょっと面倒になってきたのだ。
もちろん、誰に言うわけでもないのだが。
ところでブラード家へ戻ってきたのだから、せっかくなので、角牛の新鮮な乳で作った果実オレをロトスに飲ませてあげた。果実はいろいろ用意したが、この時期だとリンゴだろうと、目の前で絞ってあげるときゃっきゃ喜んでいた。
(ホント、この牛乳めっちゃうめえ!)
尻尾がバババと高速で振り回されていた。何故か釣られてフェレスも尻尾を振り回している。ブランカは床を穿くようにしか動かしていなかったが、耳がピコピコ動いて美味しいと示していた。
こういう時でもクロは落ち着いており、静かに飲んでいる。ただし、尾羽根がぴょこんと動くのは獣なので仕方ないのかもしれない。
おやつの時間をすぎると、希少獣たちはお昼寝の時間として強制的に部屋へ放り込み、夕方はリュカと共に過ごした。
「先生のところにもう行ってるんだって? どんな感じ?」
リュカは父親を亡くしてからブラード家に引き取った獣人族と人族のハーフだ。このラトリシア国では、差別対象になるため学校へ通わせられなかったのだが、今回縁があって薬師の通い弟子となった。他にも子供が何人も通っており、共に勉強できる環境が整っていた。
「面白いの。あのね、人族の子も、虐めたりしないんだよ?」
「そうなんだ」
「お師匠様がね、そんなことしたやつはゲンコだって、はーってやって、こんな目してみんなに言ってたんだよ。怖かったぁ!」
怖かったと言いながら、その顔は笑んでいる。
余程、師匠との相性が良いらしい。最初は何人かいる師匠候補の中で、一番怖い顔をしていると言っていたのに。
「みんなね、優しいの。大きい子は小さい子に教えてあげないとダメなんだって。僕は中ぐらいなのに、入ったばかりだから小さい子と同じなんだって。あとね、あと、褒められたよ!」
えへへー、と嬉しそうに報告してくれる。
「薬草のね、洗い方とか、干したやつを取り込む時間とか、上手だって! 僕、シウが教えてくれたからだよ、って答えたの。そしたら、良い先生だったんだなーって」
先輩の弟子たちにも良くしてもらっているようで、頭を撫でてもらえたと喜んでいる。
後輩の子たちとも、うまくやれているようだ。
やはり何人もの先生候補と面接して良かった。
学校へは行けずとも、こうして学べることがたくさんある。将来、薬師の道に進まなかったとしても、これが良い糧となるだろう。
本人もとても楽しそうに語ってくれるので、リュカのことはこれで一段落といった気がした。
晩ご飯の前には、ソロルにも話を聞いたのだが、送り迎えは最初の三日だけで、後は先輩が送ってきてくれるそうだ。
行くときも同じ方面の子たちが遠回りして、迎えに来てくれるとか。
裏門から可愛らしい声で「リュカちゃーん、迎えに来たよー」と呼んでくれるのは、屋敷の者たちの最近の楽しみだと言っていた。
ソロルも顔をにやけさせて教えてくれた。
晩ご飯は久しぶりにシウが作ったものをと言われて、一品出してみた。
肉じゃがだ。角牛肉を使っているので超高級品の肉じゃがである。
ロトスも喜んで食べていた。
「唐揚げはもうちょっと大きくなってからね。あんまり脂っこいものは、幼獣のうちは良くないから」
(そっかー。残念だなー)
「お腹壊すんだよ。フェレスも小さい頃は食べなかったね。本能的に避けてたみたい」
(俺の場合、半分人間の意識があるからなあ。つい思い出して食べたくなっちゃうんだよな。でもそういや、俺、生まれてからずっとお腹弱かったわ。あれ、食べ物が合わなかったんだな)
「生肉とか出てたんだよね? そりゃ成獣じゃないのに無理があるよ。成獣になるとね、内臓も喜んで食べてる」
(大人になると食べられるのか……。俺、ユッケとか苦手なのに。ステーキもレアはダメだ)
「そうなんだ。でも鑑定して食べたら、中らないと思うけど」
と言うと、そういう問題じゃねー、と笑われてしまった。
(フェレスも魔獣の内臓美味いって言うしなー。そう聞いちゃうと、食べてみたいとか一瞬思ったりして。俺、かなり獣寄りになってるよな)
「……嫌?」
(うーん。嫌ってことはない。強い獣、格好良い! って望んだの俺だし。ただ、なんつうか、不思議な感覚。シウは人間だもんなー。分かんないだろ)
シウは肩を竦めた。
シウは人間ではあるが、厳密には人族ではない。「人間」と鑑定には出ているが、うすーくハイエルフの血を引いている。この世界で言うならば、ハーフと表現しても構わないぐらいだ。
ただ、ハイエルフの血を引いてるなんておおっぴらに言えない事情があり、隠していた。
というのも、シウの父親がハイエルフの血を引く秘密の村の出身者だったのだが、いわゆる「先祖返り」で力を持ってしまった。
それを、別のハイエルフ至上主義の一族に見付かって追われ、結果的に彼等に殺されたと言えなくもない死に方をしているのだ。で、必然的にシウも見付かったらタダでは済まされない。
見付かってもシウの場合は逃げられるし、どうかすると返り討ちにも遭わせられる自信があるほどなのだが、過信は良くないだろう。それに大事な人たちを巻き込みたくもなかった。よって、隠している。
「この世界に来たことが不思議だからなあ。僕にとってみたら、魔法なんて夢みたいな話だし」
(ははっ。だって、爺さんだったんだろ? カルチャーショックだったろーなー)
確かに彼よりはずっと、びっくりしただろう。
なにしろ、ラノベとやらは読んだことがない。せいぜいが有名な外国の映画ぐらいで、ファンタジーの世界を知っている程度だ。それさえ、時間つぶしにテレビで流れているのを見たぐらい。
「小さい頃は詠唱するのが恥ずかしくてねえ。まだ爺さんとしての自我が強かったから」
そう言うと、ロトスはゲラゲラ笑って転げ回ってしまった。何やら、想像したようだ。失敬であるが、シウも同じように想像して「うえっ」となった過去があるので、苦笑するだけに留めたのだった。
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