011 ルシエラ王都へ転移
翌日、ロトスに勉強をさせている間、小屋へ結界を張ってからこっそり外で《転移指定石》を使って《転移礎石》まで飛ぶ実験を行い、大丈夫だと判明したので夜中のうちに作業をすることにした。
昼間はしょっちゅう部屋の中へ戻って、ロトスの勉強の進み具合を見ていたので、夜、皆が寝静まってからでしか時間がとれなかったのだ。
《転移礎石》は、ロワル王都にあるスタン爺さんの家の離れ家、コルディス湖畔にある小屋、ラトリシアの王都ルシエラにあるブラード家の下宿部屋、そして爺様の家のそれぞれ床下へ取り付けた。
これだけ工作しておけば後でばれても大丈夫だろうと思って、部屋に戻り安心して眠りについた。
風の日になり、シウはロトスが寝ている間に彼とフェレスたちを連れてブラード家へ転移した。
早朝だったので、ブラード家でもほとんど誰も起きておらず、静かなものだ。
あらかじめ作業部屋を改修していたので、そこを彼の部屋とすることにした。
窓がないため気分が滅入らないよう綺麗な山の景色の絵を掛け、さらにその上から窓に見立てた木枠を設けて、明るい色のカーテンを取り付けた。家具にも気を遣った。
獣に転生したせいか、玩具にも興味が有るようなのでこちらも彼専用に集めた。
寝床もふわふわのクッションをたくさん用意する。
気に入ってくれると良いのだが、と思いつつ様子を見ていると、もぞもぞと起き出してきた。
(……あれ?)
きょろきょろと見回して、部屋が変わっていることに気付いて驚いていた。
(あれ、俺、どうしたの? また転生したとか言わないよな!?)
「あ、違う違う。ほら、僕ここにいるから」
(あーっ、シウ! 良かったぁ……)
何も言わずに転移したのは悪かったが、どうしても転移している瞬間を見せたくなかった。なるべく、隠しておきたいことなのだ。
今後、彼が狙われる可能性もあるし、極力問題は省いていた方が良い。
とはいえ、トラウマを刺激したのは申し訳なくて、ごめんねと謝った。
「寝ている間に移動したんだ。ここが待っていてもらう部屋なんだけど、どうかな?」
(あー、うん。いいよ。明るい部屋だし)
「人化が上手く行けば、そのうち外にも出してあげられると思う。それまで我慢してね」
(分かってる。ありがとな!)
本当なら、爺様の家で待っていてもらっても良かった。あそこなら窓から本物の景色も見えるし、結界は張ってあるので魔獣に襲われる心配もない。
ただ、あそこには時折、狩人が現れる。彼等には休憩も兼ねて家の中へ入るよう勧めていることもあって、人避けの結界を張っていないのだ。
それにフェレスたちは常にシウと一緒にいるため、ロトスだけを置いてくることになる。それならブラード家で待機している方が彼も寂しさが半減するだろう。
ロトスは部屋を気に入ってくれ、隣にあるシウの部屋も興味深そうに見て回っていた。
「この先が廊下だから、出ちゃダメだよ。窓の外は普段なら見ても良いよ。向こうからは覗けないようにしているし」
(へえ、そうなんだ!)
ぴょこぴょこ尻尾を揺らして、嬉しそうだ。
ただし、窓の位置が高すぎて見えない。ぴょんぴょん飛び跳ねている彼を憐れに思ったのか、フェレスが首を咥えて持ち上げていた。
(おー、雪だ! カマクラみたいなのがある! あれ、外の塀が格好良い!! 貴族の家みたいだー)
窓の縁に乗せられ熱心に外を見ている彼に、シウは後ろから告げた。
「貴族の家だからね。あ、僕がいる間はここにいても良いけど、普段はさっきの小部屋にいてね」
(わかったー。……って、えっ!? 貴族の家?)
「そうだよ。言わなかったっけ? 僕の下宿先、ブラード家っていう伯爵家の別宅なんだよ」
(……マジかよ。貴族って、ほんとにあるんだな。ひぇぇ)
ぽてんと、後ろに転ぶような格好で、尻座りをして、ロトスは口を開けていた。
そのうち屋敷に人の気配がし始めた。
ロトスも気付いて、そわそわしてきたので、小部屋に連れて行ってあげる。
まだ人に会うのが怖いようだ。
もちろん、聖獣だとバレて王族に連れて行かれるのを恐れている、というのもあるだろう。が、それよりも、人から魔獣扱いされて追われたことや、殺しても良いと下げ渡された時のことが忘れられないのだ。
ロトスはシウから離されるまいと思うのか、運んでいる間しっかとしがみついていた。
その間、何度も背中を撫でて、大丈夫だからねと安心してもらえるよう優しい声で話しかけたのだった。
ブラード家では下宿人のシウにもメイドを付けており、担当はスサという若い女性だ。また家令のロランドも話の分かる男で、二人にはそれとなく伝えておく。
シウが勝手に新しい獣を連れてくるのは今に始まったことではないが、二人とも普通に「それがなにか?」といった顔で見返してきたのにはシウも苦笑してしまった。すべて、自分のせいなのだが。
とりあえず、彼等に会わせられない事情を先に説明した。
「え、人間に虐げられていたのですか?」
「ひどい話ですね。その獣の子は大丈夫なのでしょうか」
「うん。まだガリガリに痩せてはいるけど。ただ、人が怖くてまだ会わせてあげられないんだ。部屋の奥に置いているけど、廊下の気配にも敏感だから、部屋自体にも入らないようにしてもらえると助かるんだけど」
「もちろん、わたしは入りませんとも。ですが、お世話しなくても大丈夫でしょうか」
「シウ殿が仰るほどなのだ。やはりここはお任せしておきましょう。リュカにも言い聞かせておかなくてはなりません」
「あ、そうだわ。リュカ君も勝手に入らないだろうけど、咄嗟の事があるかもしれないものね。わかりました、ロランドさん」
スサは一つ頷いて、シウにも目で示してから部屋を出て行った。
「ロランドさん、いつも勝手してすみません」
「いえいえ。シウ殿のされることで何一つ謝られることなどないのですよ。それよりも、その子の傷が早く癒えるとよろしいですね」
「はい」
バイソンのような大きな角牛を連れ帰って飼っているが、その時も、そして新しくクロやブランカが増えた時にも喜んでくれた彼等なので、シウはホッとした。
後は、この屋敷の主でもある、カスパルに報告するのみだ。
彼にも、事情を知ったら後で面倒事に巻き込む可能性もあるので、聖獣ということだけは隠しておくことにした。
が、何故だかカスパルには「何か隠しているよね」と突っ込まれてしまった。
「えっ」
「君が、むやみやたらに自然の動植物を持って帰るとは思えないからね」
「え、でも、角牛とか」
「角牛には乳を出すという家畜としての価値があるよね? 植物だって、薬草だったり食べるものだったりしか持って帰らないじゃない。クロやブランカは卵石だったから、拾うのは当然だけれど? でも、自然界にある獣の子が虐められていたとしても、それを拾うのは違うんじゃないかと思うんだ」
分かってらっしゃる。
シウは内心で苦笑した。カスパルとも一年もの間一緒に暮らしているだけあって、シウのことをよく理解しているようだ。
自然界のことは自然界のこととして、そうそう手を出すものではないと爺様にも教えられて育ってきた。
シウ自身もその考えに納得しているので、人間でなければ助けることなどない。
せいぜい、死にかけていたら止めを刺してあげるなどの「思いやり」しかなかった。
「そうだなあ。どうせ、厄介事だろう? で、君なら、知らなければそれで押し通せるから、言わないでおこうって魂胆だ」
「魂胆って」
「腹積もり?」
「いえ。違いありません……」
「よろしい。では、詳細を。もちろん、誰にも言わないよ」
にっこり笑う彼の傍には、とうに従者のダンはいなかった。早い段階でカスパルが席を外させていたのだ。
このあたりの自然な流れは、カスパルも貴族の端くれなのだなあと思わせられる。
端くれ呼ばわりするシウも大概なのだけど、カスパル自身が普通の貴族の子息からは外れているし、本人がそう言うのだから仕方ない。
「えーと、ではまず時系列で?」
「うん」
にっこり笑うカスパルに、キリクへしたのと同様の話をしておく。
更には、キリク=オスカリウス辺境伯へも話をしていることを、付け加えて。
カスパルはキリクとは違って驚いたり、頭を抱えるということはなかった。
むしろ楽しんでいるのか笑んでおり、しかも最後には大笑いだ。
「ははは。いや、その子には悪いんだけど、可哀想なんだけどね? 君はなんていうのか、引きが強いよね!」
しかも、時系列のことで気になったのか、このあたり彼が研究者気質だからだろうけれど、ものすごく突っ込まれて、どうやって戻ってきたのかをものすごく問い詰められてしまった。
一応誤魔化したが、早晩バレそうな気はする。
本当に転移石を作って良かったなと思った。
もちろん、カスパルを信用していないとかそういう意味ではないのだ。
彼にシウの固有スキルについて教えないのは、偏に面倒事ヘ巻き込みたくないからだ。
たぶん、ロトスの問題以上にシウの持つ魔法は影響が大きい。
空間魔法ぐらいなら話してもいい気はするが、それだと芋づる式に魔力庫のことまで話さねばならなくなる。それだけ魔力を使うのに、持っている魔力量が少ないという事実はあり得ないからだ。
空間庫もさることながら、もっとも危険なのは魔力庫の存在で、これは神様も隠していた方がいいと勧めてきたほどだから黙っておくに越したことはない。
毎回申し訳ない気持ちになりながらも、誰にも言わないのはそのためだ。
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