010 転移石の作成
転移で戻り、小屋の周りを確認してから中に入ると、皆仲良くお昼寝していた。
もう夕方なので夕寝だろうか。
お腹丸出しで寝ているブランカとロトスの上にはフェレスの尻尾が掛けられており、その中に埋もれるような格好でクロが寝ていた。
そのフェレスもお腹を丸出しだったけれど、猫らしく見えて可愛いものだ。
部屋の中は暖かくしているとはいえ、無防備な希少獣たちだった。
夕飯までには時間があったので、転移に関する魔道具を作ろうと試みた。
以前にも構築を試みたことがあるので作れることは分かっている。それを、どう処理するかが問題なのだ。
キリクのところにいるスヴェンは大がかりな魔法陣を使って、自身の魔力量を糧に魔術式を発動させていた。
シュタイバーンの宮廷魔術師ベルヘルトは、転移門を一から構築し管理もしていた。大人数の移動が可能になったのは彼の構築式が高度だからだと言われている。ベルヘルトは更に持ち運び可能な簡易の転移門も作れたようだ。
スヴェンも簡易な物なら、日に一度だけだが、使えるようにしていた。それも膨大で緻密な魔法陣を組んでからのことだ。
あれはいくらなんでも大袈裟過ぎるので、もっと小さく簡素化してみたかった。
なにより魔力量が桁違いに必要となる。起動だけでも相当数を要求されるので、簡素化は必須だ。
シウが公称で魔力量二十しかないことを考えると、とてもではないが言い訳に使えない。
あくまでも魔道具ありきで転移できるんですよーと言いたいので、発動にかかる魔力量は減らしておく必要があった。
となると、魔石だ。
魔核でも良いが、直接安定して魔術式を書き込めるのは魔石が向いている。効率が良いのだ。魔核は、術式が付与された物に魔力を与えるという役割に適している。
となると、地下迷宮にある転移石を模して、そこに魔術式ないし魔法陣を込めるのが良いだろう。
「……受け入れ転移先側は大がかりな装置でなければならない、っていう設定で良いのかな?」
そして、転移するには魔石を一回だけの使い切りにしてしまうのだ。迷宮の転移石と同じようなシステムである。
「それだと簡単だな。よし。少し作ってみるか」
受け入れ側をご大層な形にして、魔術式も複雑にしたうえで何重にもブラックボックス化してしまえば、バレることもないだろう。たぶん、だが。
転移の基点となる場所、地に打ち込む形で作るそれに《転移礎石》という名を付けた。杭の形にし、一メートルほどの大きさにする。外側をクロム鋼にして、生産魔法持ちじゃないと開けられないような構造にもしてみた。
打ち込み時が基点の登録時にもなり、認証したら固定される。つまり移動はできない。一度限りの基点設定となるわけだ。
ここへ戻ってくるための魔石には、あらかじめ魔術式を書き込んで保護している。それを杭の上部に翳すことによって、《転移礎石》への登録が完了となる。基本となる元の魔術式自体は保護しており、更に追加で、移動先を登録した時に、この登録場所名が書き込まれる、という仕組みにした。ようするに幾つもの移動先を登録することができるのだ。
この魔石は《転移指定石》と名付けてみた。《転移礎石》となる場所の登録を幾つも行えるので、使う際には、転移したい場所を指でなぞって魔力を通すという形にする。
これならば、喋らなくても可能だし、指でなくとも体の何処かで触れて、魔力を乗せたら発動はできる。いざというときのための魔道具なのだと、思ってもらえるだろう。
更に、この魔道具が古いものだと示すために、古代遺跡研究科で培った技術を存分に振るってみた。偽装工作だ。新しく作ったものを、できるだけ古く感じさせられるように処理を施していく。
そのためにクロム鋼自体も古い時代のものを使い回ししてみた。これを鑑定してもバレない程度に杭の形へ打ち直すのは結構気を遣った。
ちなみにこのクロム鋼は、盗賊の溜め込んでいたお宝の中にあった。どこかの遺跡から盗んできたものらしい。中途半端な時代のものだから、結局は金属としての価値しかなかったようで、だからこそ打ち捨てられていたのだろう。
結構、盗賊のお宝にシウは助けられている。
そうして熱中していたら、フェレスが起きてきた。
「あ、もう夜か。ごめん! すぐに晩ご飯の用意をするよ」
「にゃ」
使用実験は明日にして、まずは食事だと、急いで用意を始めた。
そのうち匂いに惹かれて残りの子たちも目を覚まし、起き出してきた。
(腹減ったー)
きゃんきゃん、ぎゃぅぎゃぅ、きゅぃーと各自がお腹が減ったことをアピールしてくるので、シウは笑いながら後半、超特急で料理を作った。
ロトスはシウの料理をとても喜んで食べてくれる。
離乳食は本人がもう要らないと言うので出していないが、まだまだ幼獣の彼に生肉だったり、脂っこいものは良くないと控えさせている。なのに、よほど飢えていたらしくて、毎回幸せそうだ。
(俺、転生して何が嫌って、食事だったんだよね。絶対に食べ物が合わないんだろうなって思ってて、そしたらまさかの育児放棄だろ? それ以前の問題じゃん。その後も草食べたり、干からびた木の実食べたりでさあ。絶対に美味いものは食べられないんだろーなーって諦めてたの)
満足そうに最後のシチューを舐め終わり、小さくゲプと零しながらロトスはしみじみ語った。
(それがまさかの日本食! だもんねー)
「シチューは日本食じゃないけどね」
(ちっがーう! いや、違わねーけど。ほら、パンも仄かに甘くてさ~。これって日本だからだろ? ラノベで見た)
「僕は【テレビ】で知ったかな。外国人は意外と【日本】のパンが苦手なんだってね」
パンが甘いというのが不思議な事らしい。
幸いにしてこの世界では、パンの種類が豊富な上に、新しい味への受け入れやすさがある。冒険者用の堅焼きパンに蜂蜜を混ぜることからも、パンが甘くても平気だ。
(米はあるしさあ。それに味噌汁とか! 前は好きでもなかったのにな~。生まれ変わってから美味しいって思うなんて、アホだよな)
もっと食べておけば良かったと、言葉尻に載せてきた。念話のようなものだ。
聖獣だからか、こちらが調教魔法のレベルを上げたせいかは分からないが、きゃんきゃんと鳴かなくとも通じる時がある。
ただ、制御してもらわないと、心の声が駄々漏れになる可能性もあるので、そろそろ教えておきたいところだ。
(なあなあ、唐揚げも作ったんだろ? 今度食べたい)
「よく知ってるね」
(フェレスが自慢してた。今日、待ってる間、あいつら食べ物のことか、遊びのことしか話さねえんだもん)
「へえ、そうなんだ」
子分にする話はしていないのかと、笑っていたら。
(そういや、ブランカがさ。俺にわけわかんないこと言ってた。お前は四番目だから、見習い? みたいなニュアンスだと思うんだけど、お前おもちゃ取ってこい、とかさ。あいつ、言葉悪いよな?)
「……あ、うん。ごめんね?」
フェレスはさすがにロトスの階位が分かるらしく、子分云々は言わなかったようだ。
もしかしたらブランカに言わせたのかもしれないが。
どちらにしても、あとで言い聞かせておかないといけない。
(どういう意味?)
「あー。そもそも、フェレスが、冒険者たちから唆されてね。お前は一の子分だから、主を守れ、なんて煽てられたみたいなんだよ。調子に乗って、子分を集めるとか言い出してたら、偶然クロとブランカの卵石を拾って、一緒に育てたんだ。で、生まれたら、今度は二頭に対して、お前たちは子分の子分だと言い聞かせててさ」
(……やべえ。じゃあ、俺、あいつらの子分なの?)
ぶるっと震えるので、シウは笑った。
「そんなわけないって。子供の言うこと信じてどうするんだよ。第一、ロトスは聖獣だから、階位が全然違う。あの子たちも育ってきたら、そのへんは本能できちんと理解するよ。まあ、後でちょっと怒っておくけど」
まったくしようがない、という気持ちで肩を竦めたのだが、ロトスはきょとんとした後に、いいやと頭を振った。ついでに尻尾も揺れているのが面白い。
(いや、そんなんだったらいいや。子供の言うことなんだろ? 俺も今は子供だし。フェレスが兄貴で、ブランカは年子の姉貴かな?)
「クロは?」
(クロは、大人だろー。今日も冷静にツッコミ入れてたぜ。あいつ、トシを誤魔化してないかな)
それはないが、ロトスの言い方が面白くて笑ってしまった。
子供たちはもう眠いのか、食後すぐにウトウトしてしまってシウたちの話を全く聞いていない。
フェレスも早食いなのでとうに食べ終わって、お気に入りのラグの上でゴロンと横になっている。完全に気を抜いた状態だ。
「……あの子たちはもう食べないだろうから、ロトスだけ、デザート食べる?」
(マジ? やった。食う食う!!)
くるくる回って喜びを表すので、シウは笑いを堪えながら出してやった。
(うひょー! アップルパイ!! あったかい!!)
わーいと喜んで、かぶりついていた。
それにしても彼は、獣の生活にもすっかり慣れてしまったようだ。
犬食いをさせて気にしているのは、シウだけのようである。
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