009 聖獣の子、拾いました




 オスカリウス邸へ来るまでの間に、あれこれと考えていた設定を思い出しつつ、溜めてもしようがないのでスッパリと結論から話すことにした。

「聖獣の子を拾ったんだ」

「「「…………」」」

 その瞬間の三人の顔ときたらなかった。

 キリクは「は?」という形の口になってぽかんとしているし、いつも落ち着いている冷静なイェルドは、聞きなれない異国の言葉を聞いたかのように首を傾けている。また、普段は穏やかに微笑んでいるシリルも、珍しく真顔になって動きを止めた。

「卵石じゃなくて、すでに孵っている、幼獣ね」

「……はぁっ!?」

 現実に戻ってきたのはやはり荒事に慣れているからか、キリクが一番最初だった。

「お前、何言ってんの? 聖獣?」

「うん。いろいろと、障りがある話なんだよね」

「……うううう、くそっ。なんだ、どういうことだ。全部だ、とにかく全部話せ。最初からだぞ」

 その後ろではシリルが呆然としたまま、ソファに座り(これはとても珍しいことで)、イェルドは頭を抱えてしまっていた。

「とある事情があって、あ、ここは話せないんだけど。小国群のひとつ、ウルティムスに行ったんだよね」

「ぐぅっ」

 キリクが頭が痛いと、こめかみを揉み始めた。

「で、森の中で異常事態が発生していることに気付いて、騒ぎの元へ飛んで行ったらチビが追いかけられていたんだ。聖獣の子供だってことで、魔獣スタンピードが起きかけていた」

「マジかよ……」

 発言が若者臭い。シウはキリクを見ていると、案外ロトスと話が合うんじゃないかと思ってしまった。

「魔獣は始末できたんだけど、チビに話を聞いたら、どうも面倒なことになっていてね。人間不信だったけど、言葉が通じたせいか僕に懐いて離れたくないって言われたんだ」

「……持って帰って来たのか」

「うん。でも、まだ話には続きがあるんだよ」

「そうか……」

 どこか、遠くを見ているキリクに、シウは苦笑しつつ話を続けた。

 もはやシリルもイェルドも、会話に参戦する気はないようだった。

「聖獣の卵石を見付けたら国に、つまり王族に献上するのが習わしなのは僕も知っている。だから、説得は試みたんだ。けどね、どうやらその王に、蔑ろにされたみたいなんだよね」

「なんだと?」

「まず、チビは最初、少女が一人混ざった傭兵らしき連中のパーティーに拾われている。生まれた時に彼等を見ているから間違いない。ただし、まともな相手ではなかった。詳しく話を聞いたけど、どうも聖獣と分かっていて違法に持っていたようだね。しかもまともな養育ができていなかった。可哀想に、拾った時はガリガリだったよ」

「くそっ、なんてことだ」

「問題はその後だ。彼等はウルティムスの兵に急襲されて、チビを置いて逃げた。チビは王の所へ連れて行かれて、たぶん契約なりをさせようとしたんだろうけれど、これはチビが拒否したのだと思う。言葉の通じる者がいなかったみたいだから詳細は分からないけどね。チビが見たまんまを教えてくれたから、そんな感じだと思う。で、チビを要らないと思った王が、魔法使いに下げ渡したようなんだ。それがかなり乱暴な態度だったらしく、連れて行かれる時に鳥たちがチビへ危険を教えてくれたそうなんだ」

「危険?」

「狐の王が殺される、って」

「聖獣は、ウルペースレクスか!」

「うん。意思が通じたのが初めてだったチビは、それまで動物に接していなかったんだろうけど、その話を聞いて恐慌状態に陥った。で、逃げなきゃって思って、煉瓦造りの町並みを、時にはどぶの中に潜り込んで逃げた」

「むごい……」

 シリルが顔を両手で覆い、俯いた。

「ネズミに追われたって言っていたけど、たぶん助けてくれたんだろうと思う。齧ってきたやつもいたらしいけど。その時のことがトラウマ、ええと心に傷になったんだ。しかも、逃げ回る最中に出会った人間からも射かけられたり襲われそうになって、人間不信なんだよ」

「なんという、可哀想なことを」

 イェルドも泣きそうな顔で、身を乗り出して聞いている。

 だが、キリクだけは冷静になってきたようだ。

 腕を組んで、少し考えた後に口を開いた。

「何故、人が聖獣を襲うんだ? そりゃ、最初の奴等は奴隷商の傭兵か、あるいは盗賊たちかもしれん。だから、まともに育てなかった理由は分かる。だが、王が聖獣を下げ渡すなど、しかも殺させるためにというのは――」

 シウは肩を竦めて、溜息ついでに吐きだした。

「まだら模様なんだ。白と黒の」

「……黒い色が混じっているのか」

「うん。でも鑑定した結果では、全く問題なく聖獣だと出たよ」

「そうか」

「だけど、いまだに黒い色は魔獣のものだと信じている蛮族もいるようで」

「ウルティムスは、それこそ野蛮な国の代表格でもあるからな」

 隣接しているオスカリウス領は、思うところがあるのか、イェルドも顔を顰めて溜息を洩らした。

「戦うのが好きだという者ばかりが集まってできたような国だ。北に黒の森があって、それを脅威に思うどころか、戦えると言って張り切るバカばかりだからな」

「うわー」

「傭兵も多い。あそこで経験を積んで、こちらへ来る者もな」

「犯罪者の多くがウルティムスへ逃げ込みますね」

 イェルドが持ち直して、会話に交ざってきた。

「……お前、そんな国へどんな用事があったにしろ、ほいほい行くなよな」

「でも行かないと、チビを助けられなかったよ。あともうちょっとで死ぬところだったんだから」

「う、そうか」

「可哀想に、森へ入ってからはなんとか木の実を食べて過ごしたようだけどね。でも、生まれてから一度も乳を貰ってなかったらしいし、生肉を目の前に放り投げられてたんだって。もちろん食べられないから、仕方なく水だけ飲んで何日も過ごしていたようだよ」

「ひどい!」

 シリルは目に涙を湛えて叫んだ。

「王に献上するのが当然なのは分かってる。でも本人が嫌がっているから、危険を承知で引き取ったんだ。人化もできない、言葉も理解できない、その上人間が怖い、って思ってるし」

「……それは、それならば、致し方ないのかもしれませんが」

「しかし、大丈夫でしょうか」

「問題はな、ウルティムスの王がそのチビを一度見ていることだ。将来バレた時に、自分の国のものだと言い張ったら、どうなる?」

 くそっ、と叫んで、キリクは頭を抱えてしまった。

「せめて王にバレていなかったら、シュタイバーンで見付けたとかなんとでも方法はあるのに」

「ですが、その王に捨てられたのですよ?」

「そうです。キリク様、これは由々しき問題です。聖獣を殺させるために下げ渡すなど、有ってはならない」

「……だが、それを聖獣だとは思わなかったと言い張られたら、おしまいだ」

 三人が重い顔をして悩み始めた。

 ここまで深刻になるとは思わなかったので、少々ばつが悪いが、シウは、自分の考えを口にしてみた。

「あの。一つ手がないこともないかと」

「なんだ?」

「人化さえできれば、あとはなんとでもなるかと。幸い、見た目からは聖獣だとばれにくいし。その後、常識や魔法を覚えさせてから、聖獣の王ポエニクスに話を持って行こうかと思ってて」

「うん?」

「聖獣の王には慈愛の心があるというのは有名だけれど、同族への守護する気持ちは人よりも大きいと言われていてね。大昔に、聖獣を虐げていた王を罰した記録が実際にあるんだ。聖獣を大事にしない者に、主たる資格はないと、宣言? 誓約? したらしいよ。おかげで、その国が亡びるまで、聖獣どころか希少獣も一切生まれなかったらしい」

 聖獣に見放された国として、各国の王族なら一度は聞いたことがある昔話になっている。事実として、古い歴史書に描かれてあったのでほぼ間違いないだろうと思う。

 それ以来、聖獣に限らず希少獣全般に、無体な真似をすることは禁止されているのだが、まあ守らない者も多い。

 聖獣とて神様ではないので、ずる賢い人間相手には上手く立ち回れないこともある。よほどの無体でなければ、あるいはポエニクスに知られなければ、犯罪めいた行為はバレないものなのだ。

「では、ポエニクスに後ろ盾になってもらうということか。確かに守ってもらえるならば、それに越したことはないが。でもそれなら今すぐにでも会わせてやったらどうなんだ? 知り合いなんだろう?」

 そう、そこが問題なのだ。

「本当はすぐにでも会わせたいんだけど、なにしろ相手がちょっと常識知らずなところがあってね。こっちは話の通じない子供、相手は常識知らず。これ、会わせて大丈夫だと思う? あと、こんな重大事項、僕が普通に持っていったら、ラトリシアの国も困るよ。下手したら争い事の種だし」

「ああ、そうか」

 俺としたことが、とキリクが若干へこんだ顔をして項垂れた。

「ウルティムスならこれ幸いと突っかかりそうなことだな。しかも、聖獣ポエニクスを持っている国だ。まだ欲しいのかと言いがかりをつけて、なんやかやと巻き上げそうだ」

「だよねー」

「で、俺に話を持ってきたのか。保証人代わりってわけだな。くそー、お前は足元見やがって!」

 とか言いながらもちょっと嬉しそうだ。シウにヘッドロックをかけて、笑っている。

「キリク様、暴れないでください」

 シリルもイェルドもいつもの自分を取り戻したようで、苦笑しながらキリクを窘めていた。

「確かに、キリク様ならシュタイバーンの有力貴族ですし、隣接していることからも意見が出せます。シュタイバーン国に話を通しやすいのもキリク様だからこそ」

「しかも、ラトリシア国の有力貴族の娘と婚約中ですからね」

 繋がり的には問題ない。

「仕方ない。考えよう。その間に、お前はそのチビを、教育してやってくれ」

 頼むぞ、と頭を乱暴に撫でられた。

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