004 山の見回りと神様からの依頼




 木の日になり、街でもチラホラと店を開けるところが目立ち始めた。

 シウの前世でも、若かった頃は三が日の間お店は閉まっており、時代と共にそうしたことはなくなっていた。そのうち、こちらの世界でも年始の休みというものが消えていくのかもしれない。

 この日は爺様の家やコルディス湖にある小屋などの見回り兼、周辺での狩りに採取と、いつものように過ごした。

 年末に各一日ずつかけてじっくり見て回っているので大して変わりはなかったが、他にやることもなかったのだ。

 雪が積もる中、フェレスは喜び、クロも足跡を残してはしゃぎ回り、ブランカは雪に埋もれてトンネルを作る遊びに夢中となっていた。

 シウはと言えば、コルディス湖から向かったロワイエ山の頂上付近にある、一冬草を今年もせっせと採取して喜んでいた。


 ロワイエ山脈は険しい山並みで、イオタ山脈とはまた違った拒絶感を持っている。

 シウが生まれ育ったイオタ山脈というのは魔獣も多く、深い森だった。起伏が激しく、木々の多種多様さでも有名だ。下草が生い茂っているので、北に位置する割には鬱蒼とした、という言葉がよく合う山でもあった。その為、人が入るには樵などの案内が必要となる。その樵でさえ、山脈の奥地には入らなかったものだ。

 対してロワイエ山脈は、鬱蒼とまではいかない。どちらかと言えば木々は細く高く、下草もそれなりにはあったが獣道もあって、山脈の麓であれば良い狩場と言えた。ただし、途中から急激に切り立った崖などが続き、山脈を越えて踏破するのは難しかった。あちこちに岩場や崖が行く手を阻むように突然現れ、遠回りを余儀なくされる。深い谷もあって、ここを超えていくほどの旨味を冒険者は見い出せなかった。よって、抜ける者はほとんどいない。

 そのため山脈の上方、特に一番高い山でもあるロワイエ山は、薬草の宝庫だった。

 魔獣も多いが、薬草類が取り放題なのだ。特に高山系のものがあって、イオタ山脈にはないものが大量に採れた。

 イオタ山脈は木々は高くないが、太くどっしりとして水気のある感じ、ロワイエ山脈はさらりと空気も乾燥している。そうしたことが、木々や薬草類の違いを生み出しているのだろう。

 雪苔という薬草も、ロワイエ山の中腹で見付けた。耐高熱用の薬となり、飲むのにも適しているが、これの凄いところは物理的に使えることだ。基材となるヘルバを水から煮て濾したものに、乾燥して粉にした雪苔を入れてどろどろになるまで煮詰めたものを、体に塗る。それだけで、火山帯を歩けるようになるという。火の中をも歩けると言われているが、それは大袈裟だろうとシウ個人は思っている。そもそも、そんなことをしたら服が溶けてしまうではないか。意味不明である。

 とにかく薬効も高いので、採り過ぎに注意して採取した。

 苔の上を歩くと足跡が付くのでクロとブランカが面白がって乗ろうとしたが、それはきつめに注意する。

 年が明けて、彼等もあと数か月で一歳だ。つまり、成獣である。クロは鳥型なのでもう成獣扱いをしても良いぐらいだが、とにかくも大人の仲間入りというわけだ。

 そろそろ分別を付けてほしい。

 特に、フェレスの幼い頃よりもずっとやんちゃなブランカには、落ち着いてほしいものだった。



 そんなこんなで楽しく過ごしていた日の夜、シウにとうとう神様からお告げ(?)があった。

「やっぱり、助けに行ってもらわないと無理みたい。生まれてそれほど経っていないから、死なれたら可哀想だし、お願いね」

 割と重大な発言なのだが、相変わらずシウの初恋の少女の姿をして、神様は軽い調子で話す。

「それはいいんですけど、場所はどこですか」

「小国群の中にあるウルティムスという国よ。今は森で彷徨っている最中ね」

 そう言ってから、憂いのある人間臭い表情になった。頬を抑えて「はあ」と溜息まで吐いている。

「黒の森方面へ近付いているのが厄介なのよね」

「すぐに行かないとダメじゃないですか。もっと詳しく場所を教えてください。場所が特定できなければ転移も容易じゃないです」

 シウが勢い込んで近付けば、神様はにっこりと微笑んだ。そしてシウの手を取り、おでこを合わせる。

 びっくりしたが、何かのためだろうとジッとしていたら、面白くなさそうにまた息を吐いた。

「つまんない。驚かないんだもの」

「えーと。とりあえず、何のための儀式ですか」

「儀式じゃないわよ。目を瞑って。映像を送るから」

 ああ、なるほどと思ったと同時に、場所が鮮明に伝わってきた。

 まるで自分の目で見ているかのようで、感覚転移とはまた違った景色の見え方に驚いた。感覚転移は喩えるならカメラレンズを通して見たようなもので、現実との違いがはっきりと分かる。そのようにしたかったからでもあるが――実際の目の視線もあるので同時に視ることによって酔うと思ったからだが――神様の映像は全く酔うこともなく、目の前の景色が脳内に映し出された。

「すごい」

「でしょう? これでも神様なのです」

 手を放し、えっへんと胸を張る少女は、人間臭い。

 最近は演技なのかどうかが分かって来たけれど、そうしたことは口にしない。

 考えるのもやめようと、今一番大事なことを口にした。

「大体の場所も分かりました。じゃあ、目が覚めたら転移します。その前に、その相手は子供なんですよね?」

 生まれてすぐに死んだら可哀想という発言なのだから、当然そうだろうと質問した。

「そうよ。まだ大人ではないわね」

「じゃあ、種族は?」

 人間の赤ん坊を探せとは言われていない。

 それ以前に、先ほどの映像の中に目当ての生物らしき姿が映っていなかった。

「あ、さっきのはその子の視線だったの。わたしの目を通しては見せられなかったのよ」

「そうなんですか」

「種族は、そうねえ、それも言えないわ」

「……分かりました」

 そういうものなのかなと、素直に納得した。この神様に追及しても無駄だろうし、時間も勿体無い。

 神様もシウの発言に突っ込みはしなかった。じゃあね、とひらひら手を振って別れを告げただけだった。



 不思議なことだが、映像だけで大体の場所が判明した。

 なんとなく、このへんだろうなというのが知識として映像に付随しているかのように流れ込んできたのだ。

 ただ、ここまで話しているのだから、直接教えてくれるなりしてくれたら良いのに、とは思った。

 まあ、神様は世界に介入してはいけないという話なので、遠回りなことをしたのだろう。

 目が覚めてから、シウは即行動に移した。

 まだ寝ぼけ眼のチビたちを、スタン爺さんに預けるのだ。

 よくよく言い聞かせて、問題がなさそうなら転移で戻ってきて連れて行くからねと話すと、クロはうんと頷いていた。人間の仕草を真似ての行為が身について来ているようだ。

 で、納得していないというのか、理解できていないのがブランカだ。

 離れるということだけはちゃっかり通じたらしく、なんでどうしてと抗議の声で鳴く。

「み゛ゃ、ぎにゃっ、ぎゃっ」

 最近、体がぐんと大きくなってきて、鳴き声も成獣に近くなってきた。まだあどけなさも残っているだけに、アンバランスで面白い。

「危険なところだと困るからね。まだ子供でしょ、ブランカは」

「み゛っ!」

 ちがうもん、とダンッと前足で床を鳴らす。

「そうやって地団太踏んでいるところが、子供なんだよ?」

「み゛ぎゃ……」

「成獣になるってことは、ちゃんと聞き分けよく賢くなることだよ? ブランカはもう大人? まだ飛べないし、僕の教えたルールを守れてないよね?」

 人の多い場所では鳴かないだとか、突進したり甘噛みだろうとも人を噛もうとしないなど、あれこれと細かいルールがある。シウには甘えてばかりなので、しつけ教室に通わせようかなと思うほどだ。

「ひとりぼっちで寂しい思いをしている赤ちゃんがいるんだよ? 助けに行かないと死んじゃうかもしれないんだ。そんなところに、まだまだルールを守れないブランカを連れてはいけないよね?」

 暗にクロは連れて行けると言っているのだが、本獣は分かっていないらしく、しょんぼりしてしまった。

 耳をへにょりと下げて、長くて太い尻尾もどんより垂れている。

「クロも一緒なんだから、仲良く待ってて。大丈夫そうなら迎えに来るからね?」

「み゛」

 わかった、と落ち込んだ様子で承知してくれた。

「よし。偉いね、ブランカ。お留守番も大事な仕事だよ。僕が迎えに来るまで元気でいること。我が儘を言わないで、スタン爺さんに遊んでもらうんだよ」

「み゛ぎゃ!」

「よしよし。クロおいで。クロはもうちょっと羽目を外しても良いぐらいだけど、それは僕が帰ってきてからだね。いつも頼んでばかりで悪いけど、ブランカが張り切り過ぎたら、途中で止めてやって。クロだと冷静になれるみたいだからね」

「きゅぃ!」

 わかった! と元気の良い返事だ。賢い子なので、シウの言いたいことも、心配している気持ちも伝わっているようだった。

「じゃあ、スタン爺さんのところに行こうか」

 クロの頭を撫でてやると、気持ちよさそうにうっとりしている。そのままシウの手の中に入ろうとするので、掴んであげて持ち上げる。ブランカはシウの足に纏わりつきながら、ついてきていた。


 スタン爺さんに話をして預けると、二頭はちょぴり寂しそうな顔をしたものの、いってらっしゃいと鳴いていた。

 スタン爺さんも、気を付けてなと手を振って送り出してくれ、そのまま彼等の前でフェレスと共に転移した。

 そこからは気を引き締める時間の始まりだった。

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