005 同郷の転生者
転移したのは、ロワイエ大陸の西側に位置する小国群のひとつ、ウルティムスという国だ。この小国群はよく領土の支配域が変わったり、吸収合併や独立などが繰り返されているので、学校では詳しく習わない。
シウは読書が趣味なので、各国の大図書館であれこれ読んで、ある程度の事は知っていた。それでも所詮、どこかの誰かが書いたという程度のレベルだ。
各国の外交官などならば詳しいだろうが、シウにとっては見知らぬ世界のことだった。
救助のはずではあるが、少しわくわくした気持ちをもって山中に到着した。
辺りを見回すと、神様に見せてもらった景色とほぼ変わりない場所だと確信したが「救援対象」を見付けることはできなかった。
転移するまでに時間がかかったので移動してしまったのだろう。
映像は走っているようだったので、もしかしたら何かに追われていたのかもしれない。あるいはどこからか逃げて来たのか。
シウは《全方位探索》を強化して探索範囲を広げた。
ただ、これを森の中でやるとちょっと大変だ。
あらゆる生き物がレーダーに引っかかってしまう。探す相手の大きさや種族が分かっていれば選別も容易いのだが。
「あれ?」
困ったなあと思っていたら、妙な動きを発見した。
スタンピードとまでは行かないまでも、魔獣の群れらしきものが一定方向に向かって進んでいるのだ。さほど凶暴な魔獣たちではないが、数の暴力というものがあるので心配だった。
かといって、彼等が向かっているのは北にある黒の森方面なので、少し妙ではあった。
普通、魔獣は人の多い場所へ向かうだろうにと、南の方面を俯瞰で見てみたが、取り立てて追い立てるものの存在は見付けられなかった。とすると。
「もしかして」
転生した子を追いかけているのかもしれない。
シウは慌てて魔獣たちの群れの先へ転移した。
ドドドと地面を揺るがすほどの勢いが、足先から伝わってくる。
同時に、追われて走ってくる小さい生き物の姿も見えた。
鑑定してみてようやく分かった。神様が種族を言わなかった理由もだ。
「聖獣かあ……」
そこには黒と白の斑模様になった狐の幼獣が、短い手足で必死に走っている姿があった。可哀想に、目の前のシウが全然見えていない。
きゃんきゃん鳴いて、とうとうシウの足に激突した。ぽてん、と音を立てて転がっていくのを、慌てて《柔空間》で囲んであげる。トランポリンよりも柔らかくて弾力のある、透明の膜で丁寧に包まれた子狐は「へ?」と間抜け顔になってきょろきょろし始めた。その視線よりも上にシウはいるのだが、パニック状態なのか見上げるということができない。
そうしている間にも魔獣が恐ろしい勢いで走ってくるので、子狐はハッとなって後方を振り返っていた。
顔色など分からない聖獣だけれど、その目が見開かれ体がぶるぶる震えだしているのを見て、シウは急いで魔獣の前に壁を作った。土属性魔法を使った、物理的な土壁だ。
そして、俯瞰にて魔獣を確認しながら、空間魔法で閉じ込めて一気に処理した。音も聞こえないので、何が起こったのか子狐には分からなかっただろう。
しかし、目の前に突然現れた土壁には驚いたようだ。
おそるおそる、辺りを見回して、フェレスの姿を見てビクッと体を震わせ、それからシウにようやく視線が止まった。
「きゃん!」
人間だ! と彼は言った。
幼獣とは思えないほどのはっきりとした意思だ。やはり、彼がそうだった。
「大変だったね。はじめまして、同郷の人」
幼獣の狐は、ぽかんとしてシウを見上げていた。
抱き上げても良いか聞くと、彼はぼんやりしたまま頷いた。あまり意味が分かっていなさそうだったが、小さな体を掬い上げた。
「きゃん……」
「視線が違うから、合わせた方がお互いに良いかと思って。抱っこ、苦手?」
「きゃん?」
「あ、そうか。言葉が分からないのかな?」
神様は彼がどこから転生したのか言わなかったが、シウに頼むあたりたぶん同郷だろうと思って、まずは日本語で挨拶した。
【日本語は分かるだろうか?】
「きゃん!!」
わかる、と返事が来て、彼の尻尾がわさわさ揺れた。その感触に、一本だと思っていた尻尾が多いことを知った。
【おや、もしかして複数の尾? 尾崎狐――】
「きゃんきゃん!」
九尾だよ、と返ってきた。
シウはごめんねと断ってから、ひょいと尻尾を持ちあげてみた。確かに九本あるようだ。小さいので全く見た目には分からないが。
「きゃんきゃんきゃん」
バカ変態チカン何してんだと、抗議の声が上がったけれど、怒っているようではなかった。恥ずかしかったのだろう。
【さて。同じ転生者ということで良いかな? ここへは、神様に指示されて来たのだが】
そう言うと、尻尾が高速で振られた。その後はきゃんきゃんと怒濤のような愚痴、もとい彼の今に至る理由が語られた。
それはシウに負けず劣らず、大変な転生物語であった。
彼の以前の名前は、
ちょうどシウと同じ年代に生まれ育っており、彼の話すことのほとんどは理解できた。
【ふむ。では、蓮殿は、スマホで遊びながら横断歩道を渡っている最中に、左折してきたトラックに巻き込まれて死んだということか】
(そう言い直されると、俺が悪いみたいだけど、ちゃんと信号は青だったんだぞ!)
ちなみに、彼はずっときゃんきゃんと鳴いている。言葉はあくまでも念話のように伝わってくるだけだ。
【まあ、そのあたりはご遺族の方々が証明してくれるだろう。それより、ここへ転生してきた経緯はきちんと理解しているのだね?】
そうだよ、それだよ! と地面に下ろされた白黒の幼獣狐がたったか走り回る。興奮しているのか円を描くようにくるくると回るので、そのうち眩暈でも起こしそうだ。
(神様がさ、俺に『あんたみたいに動じない能天気な人間の方が異世界転生はやりやすいだろう』って勧めてくれたんだよ! ちょうどラノベ読んでたところだし! 死んじゃったものは仕方ないし! あのトラック運転手、超腹立つけどさあー)
ピタッと足を止めて、少々ふらふらしながらも今度はシウを見上げてきゃんきゃん続ける。
ある程度の希望を聞いてくれるというので、彼は「ラノベ」設定を思い出しながら神様に伝えたそうだ。本人的には格好良いと思っている、人にも獣にも変身できるという設定などについて。
で、勢いそのままに転生してきたところ、辺りは真っ暗闇。
当初は卵の中にいるということさえ理解できずに、怖い思いをしたのだとか。下手に知識がある分、どうやら自分は強すぎる獣のため、どこぞへ封印されたのだと思ったらしい。
よくそこまで飛躍できるなと思ったが、シウも転生直後は割と脳内パニックだったので人の事は言えない。
その後、どれぐらい時間が経ったのかは分からないそうだが、自分を囲んでいたものが弱くなる瞬間があって、中から突いてみたら割れた、ということらしい。
(それがさあ、目の前に超可愛い女の子がいて)
【うん? では順調に拾われていたのか】
(あ、そうらしいね。ただ、言葉がよく分かんなくてさあ。覚える間もなく、波乱万丈だったんだよね)
女の子は可愛かったそうだが、仲間内で揉めていたらしい。埃っぽい部屋の中で男たちと対等に文句を言い合っているので、もしかしてちょっとまずいところに転生した? と不安になったとか。
飼い主になるのかどうか分からないが、餌らしきものを与えてくれるのだからと一生懸命愛嬌を振りまいていたが、常に争う気配があって冷や冷やしていた。よく移動を繰り返し、食べるものもろくなものがなかったとも。
水しか飲めずによろよろしていたので、毛並みもボロボロだったそうだ。
そこへ、兵士か傭兵と思しき男たちが乱入してきた。
その騒ぎで女の子たちは蜘蛛の子を散らすかのように逃げてしまった。一部は捕まったようだが、殺されていた気がすると、蓮は当時を思い出してぶるりと震えた。
次に彼が連れて行かれたのは、偉そうな大男のいる「下品なまでの金ぴか」な部屋だった。見た目は黒に近い濃褐色の肌をした、黒髪の三十代の男性が、顰め面で彼を見下ろして何か一言告げたらしい。
すると、周囲にいた兵士たちが一斉に騒ぎ出して、これはいよいよやばいぞ、と思ったとか。
(ほら、原住民に捕まった現代人みたいな感じ? うひょーうひょーって叫びながら悪魔の祭壇に生贄として奉られるフリかなと)
【その喩えがよく分からんが、ふむ、怖かったろうな】
怖いってなもんじゃねーよ! と叫ぶように鳴いた。
一番偉そうな男は蔑むように子狐を見たあと、しっしと手を振ったそうだ。
それを見て、いかにも魔法使いといった様子の男性が、子狐の首根っこを掴んでどこかへ運ぼうとした。
毒づいていることは言葉が分からずとも理解でき、彼は逃げなければと本能的に察知したそうだ。
そして、ここにきてようやく、周囲の動物の声がなんとなく聞こえてきたらしい。
(きつねのおう、ころされる)
念話だからこそ言葉として伝わったのだろう。狐の王が、自分を指していることもなんとなく分かった。
せっかく、格好良い「九尾の狐」を転生後の姿に選んだのに、それが原因で殺されるのかと思うとショックらしかった。
が、まずは逃げるべきだと、動物たちヘ必死に鳴いて助けを請い、魔法使いの男の手から逃れた。
それからは、煉瓦造りの街中をこそこそすり抜け、時にはどぶの中を、姿はネズミだが自分よりも大きい生き物に追われて逃げ進み、ようやく森へ辿り着いたということだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます