003 貴族の子息子女の噂と結婚事情
翌日はロワル王立魔法学院時代の友人アレストロの家にお邪魔して、貴族組のクラスメイトと再会した。
貴族然としていたアルゲオも来ていたが、随分と変わったものだなと思う。貴族の場合は階位があるので、どうしても上位の者は下位の存在とは相容れないのだ。
「昨日の王城で行われた新年会で聞いたのだが、オスカリウス辺境伯のご婚約に、お前が暗躍したとか」
「暗躍って。アルゲオ、そんな話、誰がしてたの?」
「皆だ。カスパル=ブラードも否定はしなかったぞ」
「あ、カスパルも参加してたんだ」
「当然だろう。仲人として間に入る家の者だ。当事者であり功労者なのだからな。それでなくとも伯爵家の子息であり、今を時めく噂の元として、出席しないわけにはいかない。これを無視するのはよほどの変人だ」
ふうんと、他人事のように聞いていたら、アレストロが横から口を挟んできた。
「そう言えば、その変人だけど」
「うん?」
「ヒルデガルド嬢は出ていなかったね」
「ああ……」
シウが曖昧に答えると、アルゲオが、
「彼女は出られないだろう? いくらなんでも」
と、顔を顰めた。
ヒルデガルドは、ラトリシア国にある世界最高峰のシーカー魔法学院に在籍していたのだが、問題行動を起こして退学処分になった。
すでにシュタイバーンへ戻ってきているが、社交界へは一切出ていないそうだ。
問題行動の半分以上にシウが関わっているので、少し気になるところではある。
彼女は最後には、ラトリシア貴族の子息子女たちに自身が利用されたことを悟っていたけれど、もうどうしようもないところまでいっていた。本人の自業自得もあったので退学は納得ずくだった。
けれど、貴族の令嬢として、この先どうなるのか不透明だ。
社交界に出られない貴族の令嬢など結婚相手を探すのも大変であるし、そもそも問題を起こしているので貴族としての進退にも関わるらしい。
「大丈夫かな……」
「君、そこでそんなこと言えるのか。僕なら許せないが。……まあそれがシウという人間なのかな」
「って、アルゲオ、詳細知ってるの?」
「貴族の情報網を舐めてもらっては困る」
胸を張られてもと思うが、考えたらシーカー魔法学院にはシュタイバーン出身の生徒も多く在籍している。冬休みの今、戻ってきて社交界に参加していてもおかしくはない。
聞かれれば話すだろうし、迷惑を被っていた人も多いようなので、鬱憤晴らしに話しているのかもしれない。
「お前の噂も聞いたぞ。いろいろ、やらかしているそうだな」
「え」
「まあ、おおむね良い噂だった。悪い噂は全て、ヒルデガルド嬢のせいだという風に、なっていたな」
「そうなんだ」
それはそれで、可哀想な気もする。悪い噂のうち、いくらかは真実だろうと思っているので。
「でも、それ以上にオスカリウス辺境伯のご婚約話が一番だったね」
「秋頃には確かな情報筋として貴族の間では周知の事実だったが、やはり年末に正式な表示と挨拶があったからな」
「挨拶回りってあるんだ?」
普通は貴族の結婚が決まれば貴族院に申し出て、そこにある掲示板へお知らせの張り紙を貼れば良いと聞いたことがある。もっとも、仲の良い相手へ知らせるのも当然のことだろうが。
「上位貴族の間では必須だな。秋頃のことは、国王陛下へのご報告があったからだろう。役人どもが噂をばらまいたのだ」
「口止めしないんだね」
「祝い事だからな。とはいえ、役人としてはよろしくない。入れ替えもあったと聞くぞ」
そこから暫くは王城や貴族社会の政情について語り始め、全く興味のないシウは黙って頷くだけだった。
この生徒だけの新年会にはアリスも参加していて、リグドールやヴィヴィと共に固まって話をしていた。レオンは気が休まらないと言って不参加だ。庶民なので、貴族街へ来るのも嫌らしい。
「シウ君はいつまでロワルに滞在されるのですか?」
アリスがにこやかに話しかけてきた。
「うーん、もう数日かなあ。移動に時間がかかるし、ちょっと野暮用が入りそうなんだよね」
「相変わらず忙しそうですね」
神様のせいで、とは言えず、曖昧に笑った。
彼女の下には召喚した鴉型希少獣コルニクスのコルがいて、こっそり美味しい食事を楽しんでいる。
シウが見下ろしたのを感じて、アリスが笑った。
「最近は我が家でほとんど過ごしてくれるの。たまーに、別宅へ戻るのよね?」
「カーカー」
そうじゃ、とお爺さん口調で答えて、貴族家で出される食事を堪能している。
別宅とは洒落ているが、以前シウが過ごしやすいように整備した洞窟のことだ。野良希少獣だったコルは偶然シウと出会って、その紹介でアリスの召喚に応じ、今では幸せに暮らしている。彼の友人(?)の幻獣芋虫エールーカのエルも、常に一緒だ。今も誰の目にも見えてはいないだろうが、コルの羽の中に埋もれている。
「今年から攻撃に使える召喚術について勉強が始まるの。なんだか今から緊張していて」
「専門科だと難しくなるだろうし、大変だね」
リグドールも専門科を取り始めているので、年末に会った時も愚痴をこぼしていた。
課題も多いらしく、卒業論文の研究と同時進行で毎日が忙しいようだった。
それでも、アリスもそうだが皆も、充実した毎日のようでそれぞれが晴れやかな顔をしていた。
若干一名、アリスの友人でもあり従者でもあるマルティナだけが焦燥していたが。
「どうしたの、ティナは」
「ええ、まあ」
アリスが苦笑しながら、小声になった。
「新年のパーティーで、素敵な男性に巡り合えたそうなのですけど」
「うん」
「甘い言葉で優しく接してこられたらしくて、舞い上がっていたので注意したのです」
「そうそう、ティナさんったら、すぐ恋愛状態になるんですもの」
同じく従者のコーラが横から口を挟む。双子のクリストフは賢く口を閉ざしていた。彼の視線の先にはマルティナがいたのだ。
「あまりのめり込んではと思って注意していたら、カリーナ様がその方のお噂を聞いて来てくださって」
カリーナはアリスの先輩でもあり、同じ貴族家の娘、同じ召喚魔法持ちということから付き合いが続いているようだ。
さて、話はコーラが継ぐらしい。勢いよく話し始めた。
「それがその男、あちこちの若い女性に声を掛けていたんです。しかも、婚約を焦っているような女性にばかり。最初は名前も爵位も仰らないから、謎解き気分で皆騒いでいたんですけどね、実は貧乏男爵家だったんですよ。お金目当てに若い女性を誑かそうとしていたってわけです」
「ああ、それはまた……」
「しかも、女好きで有名で! 貧乏なのも、女遊びのせいだとか。若く見えるけれど三十半ばで、独身なんです」
ひどいでしょう! とコーラは半分本気で怒り、でも半分は噂好きの女性の顔だ。このあたり、貴族も庶民も変わりないのだなと思う。エミナと同じような話しぶりなので、シウは内心で笑った。
もっともマルティナには笑い事ではなく、昨日からずっと落ち込んでいるそうだ。
「でもまだ十六歳なんだよね。そんなに焦る必要ないんじゃないの?」
「若い今のうちに、良い相手を見付けておかないと、行き遅れたらとんでもない相手に嫁がされることもあるんですー」
「大変だね。あ、じゃあ、コーラも?」
「わたしは、もう婚約者が決まってますから」
「え、そうなんだ。おめでとう」
「あら、ありがとう? でももう随分前で、今更感があるんですけどね」
「ちなみに、姉さんの結婚相手、誰か知りたくない? シウ」
「あ、知りたい。てことは、僕の知ってる人?」
双子の姉弟は同時に頷いた。にっこり笑って、答えてくれたのは、
「ミハエル兄様です」
アリスだった。ミハエルはアリスの二番目の兄で、妹思いの青年だ。
「わあ、そうだったんだ。全然気付かなかった」
「幼馴染みですしね。なんとなく、決まりました」
コーラは淡々と、特に恥ずかしがるでもなく答え、肩を竦めた。
「騎士学校を今年卒業されるので、まだ結婚は先ですけれど」
「そうなの? あ、見習いだからか」
「それもあるし、長子のカール兄さんがまだご結婚されてないから、男子はね」
クリストフが横から教えてくれた。
どうやら、順番というものがあるらしい。
昔の日本でもそうしたことはあったが、貴族ならではの問題だろう。
「カールさんは婚約してるの?」
「してますよ。子爵家のお嬢さんと。ただ、あちらがまだ在学中なんです」
いろいろ兼ね合いがあるようだ。クリストフは男子なので焦っていないらしい。とはいえ、ミハエルが騎士位を授爵して盤石な地位を築けるのなら、そのまま当代のみとはいえ爵位持ちになれる。が、コーラが長子なので彼女が男爵家を継いでミハエルが婿入りする可能性もあるので、クリストフとしては立場が微妙だろうに。
しかし彼が言うには、従者として平民のまま働いても良いかなと思っているそうだ。
あまり貴族位に執着していないところが、大らかな彼らしい気がした。
反対にマルティナは、絶対に子爵家よりも同等かそれより上の家格の人と結婚したいらしい。惨めな生活は嫌なのだとはっきり言っている。
難しいものだ。
「あんまり焦っても良いご縁はないよ?」
お節介かと思うが、マルティナに忠告してみた。すると、
「……シウは男の子ですから、そんなこと言えるのですわ。わたくしみたいに、何の取り柄もない女など、焦らなければ良いご縁には巡り合えませんの」
やや早口で返された。
「オスカリウス辺境伯様のお相手を見付けていらしたその手腕に、縋りたいぐらいですわ」
「本気?」
冗談だと思って、笑いながら本気かどうか聞いたのだが。
マルティナは真面目な顔で、頷いた。
「本気ですわよ。こうなれば、条件は下げても良いと思っておりますの」
そんなことを言う彼女の出した条件は――。
人品骨柄卑しからず、紳士たる振る舞いの、子爵以上の貴族家で嗣子であること。あるいは家督を継いでいる者。
贅沢三昧とは言わずとも、月に三度はお茶会を開き、ドレスの新調に口出しなどない方。……が良いそうである。
性格については、紳士であるのだから当然良いのだと言い切った彼女の顔は、昨夜の痛手からはもう脱却できているようであった。
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