002 隔世遺伝と料理の話
ベリウス道具屋も年末年始は閉めている。
なので、いつもは気楽に店の扉から抜けていたが、裏へ回って本宅用の正門を通り、スタン爺さんの家へと入った。
「お邪魔しまーす」
「おお、寒かったじゃろう。ささ、はよう上がりなさい」
「はーい。お言葉に甘えて上がりまーす」
ヴィヴィはたまに店へ来るらしく、気軽に上がり込んでいた。レオンはちょっと遠慮しいしい居間へと入る。そこではフェレスが大好きな玩具を出して、ブランカと取り合いの最中だった。
「にゃにゃ」
「み゛ゃ」
だめ、ほしい、と両方が譲らない。それをクロが冷静な目付きでテーブルの上から見下ろしており、この三頭の精神的順位がよく分かる。
テーブルにはエミナやドミトルも座っており、にこやかに希少獣たちを眺めていた。
「おかえり、シウ。お友達もいらっしゃい」
「エミナ、起きてて大丈夫なの? 夜からずっと起きてるよね?」
「もうちょっとしたら寝るわよー。もう、シウまで煩いんだから」
「エミナさん、妊婦さんなのに夜更かししたらダメですよー」
「あぅ。ヴィヴィまで……」
「ほら、エミナ。シウも帰って来たんだ。邪魔になるし、寝室へ行こう」
別に邪魔ではないが、彼女の体調も心配なので黙っておく。ドミトルは優しい夫で、普段は無口だけれど、ここぞと言う時はきちんと話す。そんな時は有無を言わせない態度で、男らしいのだ。
「はぁい。分かりました。寝ますわよ。ね、シウ、後で神殿の様子教えてね」
「いいけど、別に話すようなことなかったよ?」
「巫女様のお姿や、ご令嬢方の服装や髪型を知りたいの!」
「……それこそ、見てないんだけど」
「えー!」
ぶーぶー文句を言うエミナを連れて、ドミトルはシウに小さく会釈して居間から連れて行ってくれた。
「……エミナさん、変わんないな」
リグドールがぽつりと呟くと、スタン爺さんが苦笑した。
「騒がしくてすまんのう。子を宿して、ようやく大人になるかと思えば、まだまだ子供のようじゃ。一体誰に似たのやら」
「スタン爺さんの息子さんやお嫁さんじゃないんですか?」
「二人とも真面目でおとなしい性格じゃったからのう」
リグドールとスタン爺さんの会話を聞きながら、シウは内心でこそっと、それ隔世遺伝では? と思っていた。なにしろスタン爺さんは若い頃、案外やんちゃだったことがその昔話から分かっている。
商売の関係だと言っていたけれど、冒険者関係の情報通であるし、各国を旅して歩いたという昔話は多種多様だった。
しかも、ベリウス家の中では珍しい突出した魔力量とスキルの持ち主である。
過去、いろいろ冒険してきている彼の生き様が、孫のエミナに受け継がれていないわけはない。
「ま、子を産めば、もう少しは落ち着くじゃろうよ」
「……落ち着くかな?」
シウが思わず口にしていたら、エミナとも付き合いのあるヴィヴィや、スタン爺さんと話していたリグドールまで顔を見合わせて笑いながら首を横に振っていた。
レオンだけは素知らぬ顔でいたが元々軽口を言うような性格ではないからだ。
とにかくも皆には座ってもらい、まだ玩具の取り合いをしている二頭を宥めてから、朝ご飯の用意を始めたシウだった。
スタン爺さんは朝ご飯を食べた後、ちょっと寝てくると席を外した。
彼も夜通し起きていたので眠くなったのだろう。
クロやブランカもうとうとし始めたので、居間にある彼等専用のクッションに乗せて寝かせた。
フェレスはまだ興奮しているのか、懐かしい面々に会えて嬉しいのか、テーブルの下に潜り込んでリグドールたちの足にちょっかいをかけていた。
ヴィヴィには黙って尻尾を触らせている。女性には紳士なのだ、フェレスは。
「さっきの、蕎麦粉で作ったという薄い生地の、あれは美味しかったなあ」
「いろいろ乗せて食べるのが良いわね」
「食べ過ぎた、俺は」
ガレットを出したのだが、好評であった。スタン爺さんも珍しく食べ過ぎていたし、夜中からずっと起きている延長とはいえ、朝から随分皆で頑張ったものだ。
「シウは食べ物に関しては遠慮がないよな」
「自重しないな」
「あら、食べ物だけじゃないじゃない。魔道具も、面白いと思ったものは躊躇なく作ってるわよね」
「一応、躊躇はしてるんだけど」
「それ、嘘でしょ?」
飛行板や歩球板を指して、言っているらしい。
飛行板はスノーボードのような形をした空飛ぶ板で、歩球板は球体のついた小さな足置きのような板でできている。それぞれ乗りこなすには多少のバランス感覚を必要とする。
飛行板は風属性持ちでないと使えないこともあり一台、歩球板は二台、彼等友人たちに貸し出している。ラトリシア国で特許申請して発売したものなので、そちらで基本ルールを作っているが、当然彼等にも使う場合の注意事項として伝えていた。
だから飛行板は森で、歩球板も屋内あるいは人の少ない場所でと言い含めてあった。
「塊射機も作った人が」
「あれ、国の警邏隊が持つようになってから、ようやく俺も外で使えるようになったよ」
塊射機はゴム弾タイプのものを、術式を落とした上でブラックボックス化して国の警邏隊に卸すようになった。対人用に使うのに勝手が良いということで、知人の貴族家を代理人として話を取り決めた。銃のような形だが、もっと破壊力の高い武器や魔法も多いので最近は塊射機など大したことがないと思われるようになっている。
「リグ、それのせいで誘拐されるんじゃないかって心配していたものな」
「ばっ、馬鹿、言うなよな!」
慌てて立ち上がり、レオンに話しながら、シウには首を横に振って他意はないと示した。元より、それが文句から出ているものではないと分かっている。
「あ、そうなんだ。でも、リグのには防御機能のついた魔術式を付与しているし、対策は考えてるから大丈夫だよ」
「そ、そうなのか?」
知らなかったと、リグドールが椅子に座りなおした。
「シウは友人には甘いよなあ。俺にもそうだけど、リグにもあれこれ過保護だ」
「心配性よね、シウは。友人としては嬉しいけどね」
そうは言うが、安全対策はきちんとしておかねばと思うのだ。
特にこの世界は魔獣が闊歩しているし、金目当ての強盗誘拐は日常茶飯事である。ここが王都だからこそ安全に生活できるのであって、一歩外に出たら、子供が生きていくのには過酷な世界だ。
もちろん、前世だって危険はあったし、いつどこで死ぬかは分からなかっただろうけれど。
どちらにしても、子供が辛い目に遭うのは見たくない。
「いいんだ。いざって時に、それが役に立つんだから」
「で、逃げ足を鍛えているんだろ? シウの口癖だったもんな。おかげで俺も、毎朝走ってるぜ。あ、今日はサボっちゃったけど」
「俺も鍛えているぞ。案外、シウに感化されたクラスメイト多いよな」
「アルゲオもな。最初は嫌な貴族の息子だって思ってたけど」
「最近は普通よね。まあ、話し方は相変わらず貴族だけど」
そこから魔法学院での話になった。今、何を習っているのか、飛び級できた教科の話など、尽きることはない。
彼等は昼まで話し込み、お昼ご飯も一緒に摂ってから、帰って行った。
午後の遅い時間にエミナが起きてきて、蕎麦が食べたいというので彼女の好きな鴨南蛮にした。
「この、こってり味が好きなのよねー」
「味はしっかりしているのに、シュタイバーン料理と違ってさっぱりした感じがあるからね。僕も好きだ」
「わしは天ぷらそばが好きじゃな」
「お爺ちゃんは胃腸が元気だよね! テンプラは油で揚げているのに」
「これが良いのじゃ。その代わり、大根おろしが口をさっぱりさせてくれるからのう」
スタン爺さんが食べているのは、おろしぶっかけ蕎麦の天ぷら乗せだ。夏場はエミナが暑さの為に冷たいのを好んで食べていた。今は寒い冬場なので熱々の汁を掛けている。
「あたし、この醤油味に慣れてきちゃったなー。お米も好きになったし」
「計画成功だね」
「お米の美味しさを広める運動? まだやってるんだ」
エミナは笑いながら、蕎麦をすすった。食べるのはフォークだ。さすがに箸は広められなかった。この世界のどこにも箸はないし、いきなり作って使おうとしても、良さが理解できないだろう代物である。
箸はシウひとりの時に使うぐらいだった。
「この、ほうれん草の胡麻和えっていうのも好き。お豆腐も美味しいし、何よりこのシャイターン風料理のおかげで、産婆さんにも怒られなくなったのよ」
「あ、体重の増加止まったんだ?」
「うん。このまま順調になだらかな増加だったら良いんだって。産後の体重を落とすのにも、良い料理法じゃないかって、産婆さんが褒めてくれたのよ」
「作って見せたんだ?」
「ううん。シウが作ったのを出して見せたの」
「あ、そうなんだ」
エミナは基本的にはシュタイバーン国の、チーズや生クリームやら濃い目のベリーソース煮などしか作れないらしく、しかも料理は得意ではないので「仕方ない」らしい。
ロワル王都では料理ができずとも主婦の味方、惣菜売りもあるので、こうして店が閉まるような日でない限りは問題ないのだった。
「でも、子供の為にも覚えなきゃな~。はあ。シウ、料理教室よろしくね」
年末にも頼まれていたのだが、改めて言われてしまった。それぐらい本人も切羽詰っているのだろう。これではまずいと。
同じ妊婦仲間だった冒険者ギルドの職員クロエが昨年一足先に子供を産んだ。その彼女も料理を覚えたいと言って張り切っているらしく、それに釣られているそうだ。
ドミトルには有り難いことだろう。彼は何も言わないけれど、普段の食事と、シウが作ったものを出した時の食いつき具合が違うらしい。
エミナの決心が身になることを、シウ以上にドミトルが願っているようである。
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