魔法使いと愉快な仲間たち-モフモフから始めるリア充への道-

小鳥屋エム

同郷人との邂逅

001 自己紹介と新年の挨拶と上位通信魔道具




 シウは前世の記憶を持って別の世界に生まれた、割と珍しい人間である。

 前世では大往生で亡くなったが孤独だった。

 なので、今世ではもう少し世界に目を向けて、楽しく幸せになれるような生き方を模索中である。

 事実、希少獣と呼ばれる獣たちとの暮らしを中心に、興味のある事にはとことん取り組んでいる。誰かに何かを制限されるような窮屈な暮らしなどもなく、おおむね、のんびりとした生活だ。

 友人と呼べる人々ともたくさん出会えた。

 前世でも友人はいたが、どこかで線引きがあって深くは付き合えなかった。

 自分自身の心の持ちようが悪かったのだと、今では分かる。

 転生した今、それらを乗り越えて、シウは人生を謳歌していた。


 これも全てシウに転生を勧め、ついでに能力を与えてくれた存在、神様のおかげである。

 少女の姿を模した神様は、度々シウの夢に現れては苦言を呈した。

 引きこもりは止めろ、もっと冒険しろ、恋をしろと、シウの青春模様を見せるよう急かしてきたのだ。

 転生時の神様の言い分もひどかった。

 顔の火傷痕によって孤独に生きたシウは、結婚したことがない。いや、恋人と呼べる存在もいなかった。そのことを同情され、今度は童貞を返上しろと言われてしまったのだ。

 ただ、前世でもそうだったが今世でも、そうした希求に乏しい性質なので、神様を楽しませる希望の数々のうちの「恋」についてはまだ達成されていない。

 しかしながら、精神的引きこもりからはかなり脱却されたと思っているし、冒険は冒険者である以上はクリアしているだろう。

 神様も無理には求めなかったので、シウはのんびり気楽に生きていた。



 ところがそこへ、神様から突然の「お願い」が届いた。

 相変わらずいきなり夢の中へ入り込み、前世の日本のサブカル風な口調や態度でお願いされたことは――。


 シウと同じ転生者が、ちょっと面倒なことに巻き込まれて命に危険がある、というものだった。

 世界に介入することはシステム上許されないので、このお願いはギリギリのことらしかった。シウはもちろん引き受けたが、それがいつどこへというのは決まっておらず、神様の次の連絡待ち状態である。


 そんな尻の据わりの悪い思いをしながら、シウは新しい年を迎えた。






 年新たの月の最初の日、シウはシュタイバーン国ロワル王都の神殿に、友人たちと参っていた。新年にお参りをするのは前世でも同じだったので、慣れ親しんだ行事のつもりでいるが、どこかお祭り気分で楽しかった前世とは全く雰囲気が違った。

 本来はこれが正しいのだろう。厳かな空気の中、白い息を吐きつつ神妙な顔で友人たちは神に祈っている。

 シウとしては、あの神様を知っているだけに、あまり神妙になれない。

 もちろん、全く別次元の高位な存在で畏怖さえ感じる相手なのだけど、ついつい日本のサブカル風発言を聞いていると厳かさが裸足で逃げていくのだ。

「うーん、でも、神様だもんね。ごめんなさい。感謝してます」

 人差し指で胸に縦一本をなぞるように動かす。これは神一柱に愛を捧げるという意味だ。ロワイエ大陸ではサヴォネシア信仰が基本で、シュタイバーン国では女神サヴォネを主神に据えている。その為、大抵の人は縦に一本指でなぞるのだ。複数を信仰している場合は十字を切るように、続けてなぞる。


 シウはサヴォネシア教の信者ではないが、前世と同じく右へ倣えの感覚で参っていた。

 食事の際にもこの挨拶をするので、人前では使ったりすることもある。日本人的発想というのか、殊更に問題を起こす必要はないと思っているのと、信仰心がないのでできることだ。

 孤児となったシウを拾って育ててくれた爺様と、狩人から習い覚えた感謝の礼法があるので、普段はそれを使っている。

 元々はハイエルフから伝わったものらしいので、精霊信仰が元になっているのだろう。


 精霊信仰は土着信仰に近く、日本人として生きたシウには理解しやすい。いろいろな物に命が宿っていると感じられる前世だったので、今世の精霊がいるという話も、そんなものかと納得している。

 ただし、本当にいるらしい精霊を、シウはまだ見たことがなかった。

 アストラル体という幽霊らしき存在もいるのに、シウは全く見えないから、もはやこれはそうした性質なのだろうと諦めている。




 さて、お参りの後は年頃の少年たちのことだ。

 夜中からずっと起きているので、お腹が空いたと騒ぎ始めた。

 しかし、この日だけはどの店も休んでいる。稼ぎ時であろうと思うが、お高いカフェやレストラン、屋台でさえ姿形もなく、通りはシンと静まり返っていた。

「腹減った」

「だね」

「なあ、シウのところ、スタン爺さん寝てる?」

「起きてるよ、さすがに今日は。フェレスたちの面倒を見てくれてる」

 シウは希少獣を三頭飼っている。家族のように大事に思っていて、それぞれ猫型騎獣フェーレースのフェレスと、九官鳥型グラークルスのクロ、雪豹型ニクスレオパルドスのブランカだ。

 希少獣は普通の獣よりもずっと賢く強い個体で、そうした獣は卵石という状態で生みつけられ、人の手で拾われ育てられる。彼等は獣より賢く能力も高いので、善き隣人として人と共存していた。

 ただ育てるのには餌代を含めて相当に大変で、一般人はそう飼えるものではない。

 シウの場合はそれなりに冒険者として働けて、財産も少々持っており可能なのだった。

「じゃあさ、シウのところ、行っていい?」

「うん。最初からそのつもりだったし」

「やった!」

 リグドールという少年と、呆れたような顔で苦笑するレオン、それにヴィヴィが一緒だ。皆、庶民である。

 貴族の友人たちは、王城内にある神殿で参った後は大新年会という名の社交パーティーに参加だ。アリスもアレストロも、皆そちらへ行っている。

「そう言えば今頃はアリスたち、王城だね」

「う、そうだな」

「十五歳で成人してるから、堂々と行けるんだったっけ」

「成人してなければ、行かなくても良いらしいんだけどな」

「詳しいな、リグ。アリスさんから聞いたのか?」

「煩いな、そうだよ」

 リグドールはアリスという伯爵家の令嬢となんとなく良い感じだ。まだ仲の良い友達から抜け出せていないが、割と一途に思っているらしい。

 ヴィヴィが、「からかうのやめなさいよ」とレオンを窘めていた。

「あたしは、父さんが心配するから帰ろうかな。でも、シウのご飯、久しぶりに食べたいし」

「一旦、お父さんのところに戻る? それでもいいし、なんだったら送っていくけど」

「うーん、やっぱいいや。戻ると絶対に出してくれない。このままシウの家に行く」

「別にいいけど、連絡だけ入れたら?」

「通信魔道具で? あれ使うと父さん、びびるのよね、毎回。慣れてほしいわ」

「最近よく出回っているよな。価格が下がったから、俺たちでも頑張れば手に入るほどだ」

 レオンの言葉に、彼等がそれを手に入れたことが判明した。今までは学校支給のものを使っていたので、個人用として持てたことが嬉しいようだ。

 その二人の会話を無視して、リグドールがシウにそそそと近付いてきた。

「お前、儲かってるのか?」

 心配そうな顔で覗き込むので、シウは笑った。

「別にあれで儲かる必要ないもの。特許料もないに等しいし。多く出回っているのは、学校向けとか軍隊向けの出荷が終わったからじゃないの? せっかく大量生産が可能になったんだから、この際一般市民向けにって思うのは分かるし。安いってことは安価な部品を上手に利用しているんだろうね。術式を勝手に変更したりしたら違反だから」

「そうなのか。てっきり下位用の術式になったのかと思ったよ」

「上位の術式ならこの前作って提出したよ。通信魔法の持ち主に配慮して、これまで作ってなかったんだけど」

「え、どういうやつ?」

 リグドールが身を寄せてきたので、レオンとヴィヴィも寄ってきた。

 別に小声で話すほどのことでもないので正直に話す。

「《盗聴防止用通信》として、毎回暗号組み込んで送るんだけど、時間を掛けたら解読できるんだよね」

「ダメじゃん」

「普通の連絡程度なら問題ないし、時間かかるから面倒じゃないかな。あらかじめ符牒を決めていたら、益々判り難いしね」

「そういうものか」

「一応、《超高性能通信》っていうのも作ったんだけど、こっちはガチガチだから解読もできないよ。その代わりものすごく高いけど」

「高いのかー」

「なんで、そんなの作ったんだ? 庶民用に魔道具作るのが好きだっただろ?」

 レオンが不思議そうに尋ねてきたので、シウは肩を竦めた。

「普通の通信魔道具だと長距離が不安定でさ。僕は複合技で送れるけど、相手側から通じない時があるって言われて」

 主にキリクからの愚痴というのか、文句だ。

 キリクはシウの後見人をしてくれている辺境伯の肩書を持つ男性だが、仕事をサボる口実によく使われていた。

「詳細が漏れないよう、暗号を考えるのも面倒だって我が儘を言う人がいて」

「それ、オスカリウス辺境伯様だろ」

「よく分かったね」

「分からいでか。あの人、相変わらずだよなあ」

 破天荒な性格の男は、この国では英雄扱いだ。過去、自領でもそうだったが国の中でも、魔獣のスタンピードを押しとどめる能力の高さは他の追随を許さない。

「で、通信魔法の持ち手のことを考慮していたんだけど、彼等もそれだけで生活しているわけでもないし、燃料要らずの分立場はあっちが上だろうって説得されて」

「ひどい言い方するな。で、辺境伯様に唆されて上位版を作ったのか」

 レオンが呆れた口調で苦笑する。唆されたと言われればその通りなので、シウは黙って頷いたのだった。

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