第2話 未来人
サイレンの音が響き渡ったかと思うと、天井からの眩しい光に身を包まれた。
「逃げろ!」
父が、警察ロボットの連中に体を取り押さえられながら叫んだ。
逃げる私の目の前には、突然大きな壁が地面から出てきて、道をふさいだ。後ろからは、警察ロボットが追ってきている。私は、妻と、1歳になる息子を抱きしめ、右の階段から壁を越え、一目散に走った。
追ってくる光が途切れたと思ったそこは、見ず知らずの土地であった。
「ここ、どこかしら。暗くて見えない。」
「隣町じゃないか?あんまり遠くには来ていないと思うんだが。」
すると、小さな光が私にあてられた。
「ほれ。」
という声とともに、その光を出しているものを渡された。それを持って、声の主に光をあてると、老人がいた。
「また未来町から逃げてきおったか。」
しわしわの口を小さく動かし、細い目で私たちを見ると、その老人は手招きをした。
「あの・・・。」
「ついてきなさい。家を貸そう。」
行くあてのない私たちは、その言葉に甘えることにした。
その町並みは、私たちが逃げてきた町とはかけ離れていた。まず、暗い。至るところに光はあるが、真っ暗闇である。建物も違う。木製の入口に、ところどころにある窓。ロボットもカメラも見当たらない。
「ここじゃ。」
その木製の入口は、そうやら自分で開くらしい。驚いたことに、その建物の中は明るかった。
「あの、どうして外は暗いのですか?」
と私は老人に尋ねた。
「夜だからじゃ。」
「夜?夜とは、なんですか?」
「これだから未来町の連中は・・・。」
老人は、ため息交じりにそう呟いた。
「あの、体が震えるんですけど。」
妻は、びくびくと身体を動かしていた。また、息子が泣き始めた。
「寒いのか。今ストーブをつけてやる。」
「ストーブ?」
「そんなところに突っ立ってないで、こちらに座りなさい。」
私たちは、奥のソファに座った。その目の前には、老人の言う、ストーブというものが置いてある。そのストーブであるが、老人が丸い部分を押すと。赤くゆらゆらとうごめくものが出てきた。その赤いものがしだいに大きくなったと思うと、こことは違う空気が出てきた。妻の体の震えは泊まり、息子は泣き止んだ。
「もう夜は深い。わしは寝るから、ここで休みなさい。」
「寝る?」
「まさか、寝ることもしなくなったのか。
私たちには、寝るということが理解できなかった。老人は、ソファと似た、背もたれのない家具に横になり、目を閉じた。それから目を開けるまで何もしゃべることもなかったら、たぶんこれが寝るということなんだと思う。
雑音交じりの声を出したかと思うと、老人は両手を挙げ、目を開けた。その家具から降りたかと思うと、違う部屋に行った。老人はすぐ戻ってきた。
「未来人よ。飯は食うのか?」
「飯?」
「いらぬか。わしだけいただくぞ。」
老人は、テーブルに緑の物体と白い粒粒した物体、黄色のかたまりのものを置き、器用にその物体を二つの棒でつかむと、それを口に入れた。あまりの衝撃的な行動に、私は老人に尋ねた。
「あの、それはなんですか?」
「これは、朝食じゃ。」
「朝食?」
「ああ。朝食べる飯のことじゃ。」
私には、何を言っているのか全然わからなかった。
「外を見てこい。」
そう言われた私は、木製の壁を押した。
「なんだこれは。」
私は、自分の目を疑った。
「おい、見てみろ。」
妻を呼び、また外を見た。
その景気は、この建物に入ってきたときの状況とはまちで違っていた。目の前、いや遠くまで景色が見えるのである。それに、天井は遠く離れていて、水色をしている。その天井のひとつにあるものから、光が注がれている。
「これを、朝というのじゃ。」
「朝?」
「あの光を出しているのを、太陽という。太陽が、空の一番上に昇ったら昼、下に下がり暗くなれば夜となるのじゃ。」
「その後は?」
「また、太陽が顔を出す。それが朝じゃ。」
「朝、昼、夜?」
「そう。そうやって、地球は回っておるのじゃ。」
隣の建物が人が出てきた。その人は私たちをみて声をかけた。
「おはようございます。」
「おはよう。」
老人がそう返す。
私たちは、おもしろいと思い、建物の前に座り、その景色を眺めていた。すると、道行く人々がしだいに増えてくるのである。
「こんなに人いたか?」
どこから湧いてきたのか不思議で、建物の中に入り、老人に訊いてみた。
「皆、夜は家で寝ておるのじゃよ。そして朝になれば、会社や学校に行くのじゃ。」
「つまり、朝は、建物から出る決まりということか?」
「決まりではないが、そういう人が多いのう。」
「なかなか難しい世界だな。」
私たちはソファに座った。
老人は、近くで薄っぺらいものに色を付けていた。
「お主らは、なぜ逃げてきたのじゃ?」
「私たち、住処に入る番号を間違えて押してしまったのです。不審者とされ、警察ロボットに追われました。父は捕まってしまい、今は処刑の準備をしているところだと思います。」
「人間なら、間違えることは仕方ないのにのう。」
「あの、なんでこの町にはロボットやカメラがないんですか?」
「前はあったんだよ。しかし、取り払った。」
「どうしてですか?」
「未来町のようになるのはごめんだからよ。」
「わしが若いころ、ロボットやカメラといった技術が発展し、この町にもその技術を取り入れた。最初は、便利で人気だった。しかし、ハイテクな技術が発展するにつれ、扉やものが勝手に動くようになり、なんでもロボットに任せ、治安のために至ることろにカメラをつけたかと思うと、空をなくしてしまった。これでは人間が廃れる。そう思ったわしらは、昔の生活に戻ることとしたのじゃ。」
「でも、私の町は・・・。」
「お主らの町は、そのハイテク技術を取り入れ続けている。空や地、海や山という自然をも知らぬようになり、朝昼夜が回っていることも知らぬ。寝るということも知らぬようになったとは、これはもう人間とは言えぬな。」
「でも、私たちは人間です。」
「では、なぜ飯を食わぬ?人間なら、生きるために食べねばならぬ。きっと、薬かなんかで、飯を食わなくとも生きられる、寝なくても生きられるようになっておるのであろう。」
「それって、これのことですか?」
私は、ポケットに入れていた薬を出して見せた。
「そんなものに頼るとは、どれほど怠けてしまったのか。未来人は、便利さと引き換えに、人間らしさも失ってしまったのだな。」
未来町から出て行った者は、二度と未来町には戻れない。町に入った途端に、警察ロボットに捕まり処刑を受けるからだ。
私たちは、その老人にしばらくお世話になることにした。この町は、すばらしい。人が多く空の下に出て、すれ違う人に挨拶をしている。何をするにも手を使わなければならないのに、嫌な顔一つせず、笑って生活している。
私は、持っていた薬を、ごみ箱という、いらなくなったものを捨てる箱に入れた。
しばらく経つと、私のお腹がぐうという音を鳴らした。そして、夜になると、頭がボーっとするようになり、目を瞑りたくなるようになってきた。
「寝るか?」
老人は私に訊いた。私は答えた。
「寝る。」
私はソファで横になって、目を閉じた。そう、これが寝るということなのである。
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