5分間ミステリー(カップうどん殺人事件)

冬野 周一

5分間ミステリー(カップうどん殺人事件)

 女性の死体の傍らには『カップうどん』が転がっていた。発見が数時間経ってからだったので、床に転がったカップから溢れ出た麺はふやけ、放射状に流れ出た冷めた汁(つゆ)の「昆布だし」の香りだけが今も部屋の中に漂っていた。

「うーーん、女性はこのカップうどんを食べて死んだ。つまりこのカップうどんに毒物が混入されていた。その毒物を混入した者が犯人と推察される・・・」と捜査一課の『まんぼうデカ長』と呼ばれる「北海康夫(きたみやすお)」課長が身体を揺らしながらノッソリと呟いた。

 捜査一課の切れ者と評されている『まんぼうデカ長』は、その巨体とのんびりとした動作でこの現場の緊張感をやんわりと解(ほぐ)していた。しかし現場を見る目付きは左右上下に素早く動き、鋭い視線を部屋中に向けていた。


「まんぼうデカ長、やはりホシは男でしょうかね?」と大川流平刑事が口を向けた。

「どうしてそう推察するのかね?」

「女性はパンツ一枚の半裸姿。ベッドは布団が乱れ、ティッシュペーパーが散乱していますし、被害者の首筋にはキスマークが残っています。多分終わった後の腹ごしらえにと男が用意したんじゃないでしょうか」

「うーーん、まあ妥当な線だが、決めてかかると誤った方向にいってしまうから慎重にいこう」といつもののんびり口調で身体を揺すっている。

 鑑識が採取した『カップうどん』のスープから『青酸カリウム』が検出された。これで毒物による殺人事件として捜査一課内に捜査本部が設けられ、「北海課長」が陣頭指揮にあたった。

 まず被害者の人間関係、特に男性との交遊関係を調べていった。すると一人の男性が捜査線上に上がった。聞き込みによるとこの男性と親密な関係にあったという情報を得た。

「まだ証拠は何も挙がっていないから、聞き込みでゆっくり洗っていくしかない」とまんぼうデカ長が言った。

 最初から職場を訪ねるのは失礼になってはと、夜の帰宅を待って自宅のマンションへとまんぼうデカ長と大川の二人が尋ねた。手帳を見せると予想していたのか、すんなり部屋に案内されて男性の方から喋り始めたのだった。


「私は彼女に殺意を抱き、あの夜カップうどんを2つ用意して行きました。『きつね』と『たぬき』の2種類のカップ麺を」

「彼女がトイレに入っている隙に『たぬきうどん』の中に青酸カリを入れました。彼女はカップうどんが大好きでよく夜食に食べていました。彼女は『あげ』が嫌いでいつも『たぬき』を食べていました」

「お湯を注ぎ、スマホのタイマーをセットして彼女の前に『たぬきうどん』を置きました。すると彼女は私に謝罪を述べ始めたのです」


 2人は3年間の深い付き合いが続いた、ところがこの半年の間に女性は他の男性と付き合っていることを突き止めた。女性はそんなことは知らぬ顔で男性の要求に応えた。男性はそんな女性に『殺意』を抱いた。これだけ愛し合ってきたのに何故他の男性と親しくなるのか、そして別れ話を切り出さないで何故今も身体を許してしまうのか。男性は彼女の裏切りに深い憎しみと悲しみが抑え切れず犯行を企てたのである。


 お湯が注がれ5分間のタイマーが作動し始めた。すると彼女は、

「ごめんなさい。貴方には黙っていたけれど、私は今男性の部屋に通っているの。その男性は4年前に別れた昔の恋人なの。彼から突然連絡があり、もう一度だけ逢いたいと言ってきたの。もうよりを戻すつもりはなかった。でも彼は『癌』に冒されていてあと半年の命だと聞かされた。半年だけ許してと言うのは勝手なお願いだけど、私は今でもあなたを愛している。彼の世話はしているけれど心も身体も預けてはいない。ただ昔の思い出話しをしながら彼の苦痛を少しでも取り除いてあげたいと思っているだけ。もしそれでも貴方が許してくれないなら私は死んでもいい」と真っ直ぐな目をして話し掛けてきた。


 タイマーのメロディが鳴り、彼女はそっとカップうどんを手に取った。

「今なら止められる、今ならもう一度やり直せる」と思ったが、声は出なかった。

「その5分間はとても長い時間に感じました。彼女の話しを聞きながら思い止まろうかと考えました。でも私には彼女の行為が許せなかった。いくら身の回りの世話だけであっても、昔の恋人と楽しそうに思い出話しをしている姿に嫉妬した。私は彼女を独占したかったのです。あと少しで私のもとに帰ってきたとしても私はもう彼女を愛せないと思ったのです。私はすでに愛の抜け殻になっていたのです」

と語り終えた瞬間、彼の身体は崩れ落ち、肩を震わせながら嗚咽を漏らしたのである。


 彼はもう一度囁いた。

「彼女は出し汁を飲み込みそして笑ってた。そんな彼女を信じてやれなかった自分が『たぬきうどん』を食べるべきだった。それが受けるべき罪と罰として私は楽になれたかもしれない」と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

5分間ミステリー(カップうどん殺人事件) 冬野 周一 @tono_shuichi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ