第6話
彼の白い肌にも負けないくらいの、白い包帯が姿を見せた。手のひら側の手首の方には、少しだけ赤色が滲んでいる。
「……どうして、それを」
「気づきませんでしたか?深月さん、あなたは昨日、やけに制服の袖を握り締めていて、その場所を気にしているようでしたよ」
ふわりと微笑んだ綺麗な顔に、言葉を失う。初対面の女の、そんな小さな動作からリストカットの傷があることに気付いたというのか。なんという鋭さだろう。
勝手に見てごめんなさい、と、彼は捲りあげた袖を戻し、置いていたパレットと筆を手に取り、作業を再開した。
「そうは言っても、正解だの間違いだのという考え方って、なかなか変えようがありませんよね。
だから、とりあえず逃げるのも、いいんじゃないでしょうか。
無理に変えようとして、壊れてしまったら、元も子もありませんから」
それに、と続けようとした言葉を、彼は躊躇うような表情を見せて呑み込んだ。続きを促すようにじっと見つめると、困ったように笑い、数秒の間を置いて言葉を発した。
「……これは極端に冷たい考え方ですけれど、無理をし続けた末に自殺されたなんて方が、学校側にとってもご家族にとっても困る話でしょう」
「……」
ごもっともだ。それについては返す言葉が何も見つからない。
「長々と話しましたが、とにかく僕は、深月さんが不登校である自分や周りの環境をどう思っていようと、それを笑ったり、否定したりする気はありませんよ」
キャンバスを覗き込めば、下に行くに連れて薄くなっていく美しい青のグラデーションが出来上がっていた。次に彼は白い絵の具で、空の青の中にあるシルエット——恐らくは少女だろう——の形を描き始めた。
楽しげに筆を踊らせる彼の横顔に向かって、ぽつりと声を洩らした。
「天使と悪魔って、何が違うんでしょう」
「天使と悪魔、ですか」
「どうして悪魔は疎まれるんでしょうか。天使は神の使いでしょう?人間が苦しんでいようが、神の意思に反していれば救いの手など差し伸べやしない。悪魔は確かに、人の弱みにつけ込んで堕落させるけど、最終的に堕ちるのはその人間の意思によるものではないですか。ある意味、彼らは優しいと思うんです」
「……」
「厳しくて冷たくても正しい道へ導く天使。
堕落させる邪悪なものだけれど、ひとときだけでも甘い夢を見せてくれるような悪魔。
きっと悪魔の方が優しいのに、好かれるのは天使のほう。
人が何を求めているのか、私にはさっぱり分かりません」
空色アイロニー 虚月はる @kouduki-haru
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