永久時計と遡行時計 お題『悪徳商法』『お団子』『時計』



 すいません! そこのおさげの可愛らしいお嬢さん! そう、あなたです。


 わたくし、K社のカスタマーサービス部の鷺森と申します。実は今、二十代の女性を中心に、ブランド商品について簡単なアンケートを行っているのですが、少しだけお時間をいただけないでしょうか? ええ、お時間は取らせません。今なら、アンケートに答えていただいた方には、無料でお食事券も差し上げております。ええ、無料ですとも。アンケート自体は本当に簡単なものですので、お急ぎでなければ、ぜひお答えいただけないでしょうか?


 ――ありがとうございます! それでは、こちらの方で。あ、すぐそこのお店がK社のグループ店なのですが、あそこなら飲み物をごちそうすることもできますが、いかがでしょうか? ええ、もちろん何を頼んでいただいても大丈夫です。――パフェ、でございますか。ええ、お時間を頂いていますから、ぜひごちそうさせてください。


 いやあ、しかし毎日暑いですね。季節ですから仕方ないとは言え、夏はやっぱり冷房のきいた場所にいられるのが一番幸せです。今日は成瀬様に快くアンケートを引き受けていただいたおかげで、わたくしもようやく涼むことができました。では、注文したパフェが届くまでの間に、アンケートを終わらせてしまいましょう。


 アンケートご協力、ありがとうございました! え、どうしました? いえ、そんなことはありません。成瀬様くらいの年齢の方で、ブランド物を利用している方はそう多くありませんよ。若者のブランドものに対する意識調査をすることが我々の目的ですので、お役に立たないなんてことはありませんとも。ご協力いただいた結果は、しっかりと今後の商品開発に役立たせていただきます。


 ふむふむ、しかし、お客様は弊社のブランドを利用したことはないと申しますが、実は今つけていらっしゃる腕時計、それの部品に、弊社が関わっていることはご存知ではありませんか? そうなんです! 意外と皆さん知られていないんですが、K社は既製品以外にも、部品単位での開発も行っているのです。実はR社の○○や、I社の○○っていうブランドにも、一部かかわらせていただいているんですよ。弊社の一番の自慢はその技術力でして、丈夫で長く使えることをモットーにした商品開発を行っているのです。


 あ、パフェの方が来たようですね。どうぞどうぞ、召し上がってください。その間に、わたくしはアンケートの方を確認させていただきますね。ふむ、成瀬様がブランド品に求めるのは、やはり耐久性ですか。そうですよね、やはり高級であるのなら、その分長く使えるものでなければ意味がありませんものね。


 ところで、成瀬様にとって長く使えると言うのは、どの程度のことを言うのでしょうか? ああ、これはアンケートとはまた別で、単にわたくしの興味本位の質問ですので、気楽に答えていただいて構いませんよ。ええ、例えばあなたが今つけていらっしゃる、S社の腕時計。こちらは今、購入されてからどれくらいでしょうか。――五年! なかなか物持ちが良い。いえいえ、その時計の型で、三年は十分長いです。もちろん、もっと値の張る高級品でしたら、十年、二十年お使いになるのが当たり前になりますが、それはそれ。あなたの若さで五年間同じものを使い続けるとは、よっぽど思い入れがあるのですね。――なるほど、高校の入学祝いにご両親に買っていただいたと。良いご両親ですね。それは確かに、思い入れがあるのもうなずけるというものです。


 え? はい、はい。……なるほど。最近、時間が遅れるようになってしまったのですか。電池は入れ替えたはずなのに、それでも時刻が遅れてしまう。やはり時計も物ですから、経年による劣化は避けられないですものね。しかし、もしかすれば部品の一部を交換するだけで良いかもしれないので、修理の依頼をしてみれはいかがでしょうか? もしお店がわからないようでしたら、弊社のグループ店をご紹介することもできますよ。――そうですか! はい、もちろんですとも。では、この近くでしたら、○○店と、○○店が近いですね。このパンフレットをお渡ししますので、ぜひご活用ください。


 ふむ、しかし、成瀬様はやはり、持ち物は長く使えれば使えるほどよいと考える方のようですね。新しいものが溢れかえっている現代で、その物持ちの良さは尊敬に値します。持ち物を大切に扱う方に、悪い方は居ませんとも。


 ところで、これもまた、ただの世間話なのですが。


 成瀬様は、『永久に動き続ける時計』について、どう思われますか?




※ ※ ※




「で、買ったのか」

「だって永久時計ですよ! すごいじゃないですか!」


 後輩の成瀬那留が、自慢げに腕につけた時計を見せつけた。その自慢げな表情からは、欠片ほどの疑念もない、純粋な喜びが伺えた。


 近江匡はショックのあまり、手に持っていた串団子をぽろりと皿の上に落とした。


 安曇編集プロダクションに勤める近江は、その可哀想な後輩の自慢話に頭を抱えた。この後輩、やること為すこと、事あるごとに問題を起こす生粋の問題児であるのだが、プライベートにおいてこれで、今までどうやって無事に生きて来たのか、不思議であった。


「……参考までに聞くけど、どういう時計なんだ、それ」

「ふっふーん! 聞いて驚かないでくださいよ! い、いや、驚いてください。驚かないといけないんです。ぜったい驚くんですから!」


 良いからとっとと教えろよと思いながらも、口を挟んだら余計に話がややこしくなるので、近江は黙って成瀬の解説を聞く。


 なんでもその永久時計、新進気鋭の最先端技術を利用したハイテクノロジーアナログ時計で、電気を内部で生成して半永久的に動き続けることができるのだそうだ。


 時計の針の回転により発生した運動エネルギーを利用して内部の気圧を変え、その気圧差を利用して電気を発生させて時計の針を回す、という永久機関になっているのだとか。さらに、時計にとって最も重要な時間の正確さであるが、こちらは内蔵されたセシウム原子が、先程の原理で発生した熱によって蒸気し、そこに9,192,631,770ヘルツのマイクロ波を当てることで正確な一秒を図ることができるのだとかなんだとかで……


「えっと、よくわからないんですけど、とにかくすごいんですよ! 本当に電池を抜いてもずっと動き続けているんです。ね、すごいでしょ、ね!」

「…………」


 どこから突っ込めば良いのやら。

 あんまりにもひどい理論を聞かされて、近江は言葉をなくして天井を仰ぎ見た。


 中途半端に正しいことを吹き込まれているらしいが、その理屈の大半は大嘘というか、専門知識のない人間がそれらしい言葉を並べただけの説明である。

 説明に使われているセシウム原子を利用した原子時計は確かに実在するが、それはもちろん永久機関などではなく、ただ原子力を利用して一秒を正確に測ることができると言うだけの技術である。その一つ前の説明にあった、時計の針の回転で運動エネルギーを抽出するなんていう話は、熱力学第二法則を知ってれば絶対に有り得ないというのは分かる話である。


 というわけで、我らが可愛い後輩は、完全無欠にパチもんを売りつけられていた。


「……で」


 成瀬から渡された永久時計(笑)を検分する。

 電池を抜いても動いているという話だが、確かに盤面に裏側には、ボタン電池を入れるであろう穴が開いている。今現在、見た目だけで言えば電池がない状態で動いているらしい。


 近江は聞きづらいけれども聞いておかなければいけないことを尋ねた。


「いくらしたの、これ?」

「なんと! 二十回払いで一回たったの一万円ですよ! 二十ヶ月経てば、あとは一生使える時計なんて言われたら、絶対お得じゃないですか!」


 勢い込んで言う成瀬を尻目に、近江はボタン電池の穴の更に裏に、チップ型の電池を入れる場所を発見していた。スライド式で簡単に開くので、元々隠すつもりはないのだろう。


 近江は再度、天井を仰いで深くため息をつく。


 このずさんさ、おそらく保証書なんてものを貰ってはいないだろう。クーリングオフが効けばいいが、そう簡単に話が進むとは到底思えない。支払いにしても、クレジット会社を通して別会社との取引にすり替えられている可能性が高い。

 ちなみに、この永久時計(アホ)は、近江が軽く鑑定した限り、良くて一万円程度の品である。


 さて、どうしたものかと、半ば現実逃避気味に取り落とした団子を口に運ぶ。


「……なあ、成瀬」

「なんですか? 近江先輩!」


 近江から永久時計を返してもらった成瀬は、喜々としてそれを左腕に巻いて、うっとりとした顔で眺めている。よっぽど気に入っているのだろう。この純粋さがあれば、人生楽しいだろうなと近江は思った。


 かくなる上は。


「俺の持ってる時計も、ちょっとすごくてよ」


 そう言いながら、近江は自分の左腕にまいていた腕時計を取ってみせる。

 8万円のネジ式腕時計。超高級というわけではないが、そこそこのブランド物で、とある仕事の報酬で貰ったものである。毎日ネジを回さないといけない面倒な品であるが、そのアナログチックな所が好みでたまに付けていている。


 それをテーブルに起きながら、近江はニヤニヤと笑いながら言う。


「実はこの時計、『遡行時計』って言って、物の時間を戻せるんだ」

「は? 何言ってるんですか。頭でもおかしくなったんですか、近江先輩」


 成瀬から心底バカにした顔をされた。

 よりによって彼女からそんな反応をされたことに、近江はかすかに額に青筋が浮かびかけたが、鋼の精神力で我慢する。相手は成瀬だ。ここで怒ったところでなんの意味もない。


 それよりも、と。

 近江は気を取り直して、食べかけの串団子を皿の上に置く。


「今食ってるこの団子。真樹ちゃんからお土産でもらったものだけど、こいつをこうして」


 団子は食べかけで、元は三つあったものが、一つしか残っていない。その串団子を置いた皿に、近江はハンカチをかけて見えなくする。


「よーく見てろよ、成瀬」


 そして、テーブルに置いた腕時計を手に取ると、時計の秒針を調整する。ちょうど三十分前、成瀬から話を聞く前くらいの時間にまで時刻表示を戻して、ネジを巻き直す。

 腕時計を再度テーブルに置き、軽い調子で指を鳴らす。


「いち、に、の、さんっと」


 言葉とともに、近江は皿の上にかけていたハンカチを取り払った。


「あら不思議、食べかけだったはずのお団子が、食べる前に戻っております」

「す、す、すっごい!!」


 思いの外好評だった。

 子供のように目を輝かせて、成瀬は食い入るように皿の上のお団子を見つめていた。食べかけで一つしか残っていなかった団子が、今では三つ揃った状態で皿に鎮座されている。まるで時間を戻したかのよう――なんて。


 実際はただのすり替えマジックなのだが、目の前の精神年齢が幼児に近い後輩には、効果抜群のようだった。


「すごいですよ近江先輩! なんですかその腕時計! どこで買ったんですか? は、まさか、それもK社のブランド品なんですか? うう、私の知らないうちに、世の中ではタイムマシンが完成していたんですね……。感激です!」

「…………」


 こいつ実はわざとやってんじゃないのかな、とちらりと思うくらいに、成瀬は大げさに感激して見せていた。ちなみに当人は大真面目である。余計にたちが悪い。

 そんなわけで。


「ものは相談なんだけどさ。この遡行時計をしばらく貸してやるから、代わりに、その永久時計しばらく貸してくんない?」

「え……それは良いですけど、どうして?」

「別に。ただちょっと、調査しようかなと思って」


 永久時計を受け取った近江は、手の中で弄ぶように軽く放り投げてみせた。

 チップ型の電池というのはそう種類が多くないし、中に使われている部品も、元を辿っていけばすぐに製造元にたどり着くだろう。最悪、自分自身が同じアンケートを受けても良い。協力してくれる女性は社内にもいるし、うまく行けばいい記事のネタにもなるだろう。


 ま、そんなことは後付の理由として。


「疑うことを知らない子が損するのって、個人的に気に食わないんだよね」


 というわけで、今日も今日とて、お馬鹿な後輩の尻拭いの開始だった。



 END



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