マリスの罠


みんなおはよう。俺の名前は御堂一希。高校二年生だった男だ。

俺は異世界転生し、シスターバーという意味の分からん店に入った。そして、何故かそこの店長を怒らせてしまった。

それで、俺はその女に睡眠薬を飲まされ、目が覚めたら.....


「体が縮まんなくてよかった!俺の場合体は子供、頭脳も子供になりかねないからな」


自分自身でボケをかましながら、辺りを見回す。


「ここ...学校だよな?」


辺りを見回した結果、ここは学校要素が高いことが判明した。教室の端から端まである大きな黒板。大学のような長い机。


「よし、今の状況を整理しよう。俺は夜にシスバーに行った。だが外を見てみると日が登っている。つまり今はシスバーに行った次の日だと考えられる。そして、この周りの景色.....」


俺にはマリスさんのやりたい事が分からない。俺を睡眠薬で眠らせたかと思えば学校に置き去り。服装も何故か白いタキシードというか本当に中世の騎士の礼装みたいなものを着ている。

.....ちょっと待て。俺は確か初期装備はジャージだったはずなんだけど。

大変だ.....。俺はここに来て男の子の尊厳まで失ってしまったのか.....。

俺が尊厳を失くした絶望にくれていると、階段になってる教室の一番上。その扉が開いた音がする。


「.......兄さん」


「ホギャッ!?」


その甘い声をきくのは一日ぶりだ。俺の妹を自称する俺の妹だ。ダメだ...後ろを振り返ってはいけない気がする。


「なんで.....兄さんが.....いる.....の?」


「それは俺が一番聞きたいんだけど...」


妹は階段を降りてくる。俺はその音だけを聞いていた。そして、妹の足音は俺の真横で止まった。


「...何故だ」


「.....?」


「なんで隣に座るんだ!他にも沢山席があるだろ!?」


「.....ここが私の席だから」


俺はため息をついてその場に立ち上がる。そして、席を階段を挟んだ迎えの席に移動しようとすると襟を掴まれて引きずり戻された。その時に椅子に頭を強打する。


「何すんだよ!?頭打っちゃっただろ!」


「兄さんが離れようとするから.....一緒に座ろ?」


何故だろう。妹にこんなにもキュンキュンさせられる日が来るとは夢にも思わなかった。


「...今日だけだぞ」


「.....うん、ありがと」


.......なんなんだよこの甘酸っぱい雰囲気は!付き合いたてのカップルの雰囲気出ちゃってるよ!?え?なに?この世界俺を萌え殺しに来てるの?そうだよね?絶対にそうだよね!?

俺がポーカーフェイスを装いながら、心の中で悶絶していると...


「お目覚めですか。一希さん」


「そ、その声は!」


そこには階段を降りてくるマリスの姿があった。


「うーん、メイド服もいいけどだけどこの格好もなかな...あべしぃ!?」


「.....兄さんは見ちゃいけない」


妹から目潰しされる日が来るとも思わなかった...。こいつの行動の規則性がまるでわからない件について。

妹からの目潰しをやられて心は萎えたが肉体的に悶え始めた俺。


「はい!そろそろ本題に入らせてもらいますよ」


「入るも何も話すら始まってなかった気がするけど...」


「細かい事は気にしない!そんなに細かいと女の子に嫌われ.....ごめんなさい。それはないですね」


隣の妹をジロジロ見ながらマリスはニヤニヤと笑っている。一方の妹はというと。


「...........!」


無言の圧力が半端ない。睨みだけで人を殺せそうな勢いだ。何とか話題を変えなきゃ。


「と、ところで話ってなんですか?」


「そうですね。お話しますね」


そう言うとマリスは自分の服のポケットを探り始めた。そして、手帳となりやら怪しい器具を取り出した。


「貴方の学生手帳と【リミック】を差し上げますね」


「ッ!?」


「学生手帳にり...なんだっけ?」


「リミックです。後は彼女から説明を受けてください」


俺は学生手帳とリミックと呼ばれる、魔法の杖みたいだけどすごく短い棒状のものを見る。

学生手帳には俺の名前、年齢、後は.....


「こ...この所属ってのは?」


「貴方がこの学園で生活する上でのクラスです。ちなみにそのクラスには妹さんも入っています」


「...あの〜」


「ハイ。なんですか?」


俺はもう一度学生手帳のクラスの欄を見る。


「この言葉は言葉通りでしょうか.....」


俺がそう言うと彼女は満面の笑みで答えた。


「もちろんです!」


教えよう。俺の手帳に書かれていた俺のクラスは.....



―――勇者ブレイブ



え?嘘でしょ?勇者といえば魔王とか魔族とか倒すものすごく危ない職業でしょ?そんなの死に急ぎたいやつがやればいいと思う。.....ていうか妹もその勇者ブレイブに入ってるて言ってたよな?

俺は妹に視線を向けると心無しか興奮しているように見えた。表情が乏しくて何考えてるかわからないけど.....


「そもそもなんで俺が勇者なんて出来るわけないじゃないですか!」


「いえいえ、それは問題ではありません」


「え?何故?」


「勇者の適正は家系で決まるんですよ。例えばブレイブから生まれた子供はブレイブになれる素質がある。っていう風に家系に一人でもブレイブがいれば素質に問題はないんですよ」


つまり妹がブレイブになってる時点で俺はブレイブの資格がある事になるのか。え?って言うことは俺の家族の中にブレイブがいたってこと!?考え出したら俺の先祖全員調べないとわからないじゃん!


「そ、それでも俺には拒否する権利はある筈です!」


「もちろんあります」


「それなら.....」


「でもそれだと王国から指名手配されて牢獄に入れられますけどいいですか?」


嘘だろおい!逃げ道なしなの!?強制イベントなのこれ?この学校に入れば勇者にされて悪魔の餌食にされ、断れば牢屋行きって.....


「そうだ!王国から逃げ出せばいいんだ!」


「それでもいいですけど。王国のきちんと練兵された衛兵から逃げられるならですけど」


俺は膝から崩れ落ちた。もうダメだ。もう俺に選択肢はない。


「そう。貴方にはもうこの学園に入る選択肢しかないんですよ!」


笑顔で俺の肩を叩くマリスに本気で腹が立ったことは誰もが分かってくれるだろう。そして、俺はちらっと妹の方を見る。


「.......!!!」


あ.....久しぶりに見る妹が本気で興奮している顔だ...。兄の不幸がそんなに嬉しいんだろうか。妹は悪魔だったのか。

俺が落胆していると放送が入った。


「マリス・リミアッド学園長、会議が始まりますので至急お戻りください」


俺はその放送を聞いて自分の耳を疑った。出来れば嘘であって欲しかった。


「え?あんたが学園長?」


「言ってませんでしたっけ?」


「嘘.....だろ.....。なんで学園長がシスバーでフリフリの服を着て、いらっしゃいませお兄様、とか言ってんだよ!」


「でも可愛かったでしょ?」


俺は返事ができない。紛れもなくそれが真実だから。可愛かったから。でも認めたくない。認めたくはないが可愛い。


「...兄さんのスケベ」


「なんで!?」


妹から一切心当たりがない罵倒を受けた。マリスはそれにクスッと笑った。


「それでは私はこれで.....。妹さん?お兄さんのお世話は任せましたよ」


「...それは任せてください。学園長」


マリスはゆっくりと階段を上がって扉がの前に立った。そして、顔だけを振り向けた。


「ようこそ...聖マドリック学園へ」


彼女はそう言い残して、この教室を後にした。


取り残された兄と妹。何の横に妹が座り、なにかお話をするでもなく互いに黒板を見詰めている。

...そういえば妹と二人きりになるのは何年ぶりだろ。生きてた頃はいきなり顔を合わせなくなってしまったから、なんか新鮮だ。こんな状況じゃなかったら良かったのに...。


「.....妹よ。この世界に来て何年だ?」


「...三年と五ヶ月」


「そ、そうなんだ」


.....話す話題がねぇ!自分はコミュ障ではないと思っていたけど遂にその才能が開花したのか!しかも、当たり前のこと聞いちゃってるよ。そりゃ妹が死んだ時から数えればすぐに.....ん?ちょっと待てよ。


「.....妹よ。お前が交通事故で死んだのはいつだ?」


「.....二年前」


「いや待って。お前が言ってる事が矛盾してるよ?」


「.....いや、全くしてない。私は小学生六年生の時にこの世界に来た」


「お兄ちゃん初耳なんだけど...」


「だって言ってない」


嘘だろ!今日で何回驚いてんだよ俺!え?俺の妹って六年生の時に既に異世界入りしてたの?知らなかった。そうか!だから中一になってからいきなり学校休みだしたり、家族の前に顔を出さなくなったのか。考えたらそれで話が繋がる。


「だとしたらあの交通事故は?」


「あれは私が小細工をした。交通事故に見せかけた。そうしなければいけない事情があった」


「え?でもちゃんと死体があったぞ?」


「それは私の分身。ちゃんと高密に作られてるから、本物と大差ない」


――妹の死は嘘だった。


あれは妹の分身で本物の妹は死なずに異世界に転移したってことか。本物はこうして生きていて触れば温もりがあって声も出せる。

俺は知らぬ間に妹の手を握っていた。


「.....どうしたの?なんで泣いてるの?」


「え?」


俺は無意識に泣いてしまっていた。妹が生きていた嬉しさからだろうか。分からない自分でもなんで泣いているのか。

俺は手で涙を拭う。妹の前でいつまでも泣いている訳にはいかないから。

そんな俺の気持ちを察してか妹は手を強く握り返してくれる。


「.....ごめんなさい。兄さんがそんなに悲しむなんて思わなかった」


「いいんだ。お前が生きていたって知れて嬉しいだけだから」


俺は握ってくれていた妹の手をそっと離す。これ以上妹に兄が慰められるのはみっともない。


「それで兄さんはなんでここにいるの?」


「え?それはマリスさんに連れてこられただけだけど」


妹は首を振って否定する。


「.....私が言ってるのはそうじゃない。どうしてこの世界にいるの?」


「.....そ、それは」


まさか釣り中に魚に負けて溺死なんて言えっこない。かと言って他にマシな言い訳もないんだけど。

妹はいつもと変わらない無表情で淡々と聞いてくる。それが時々怖いことがある。彼女は元の世界でも無表情で本を読んで、必要最低限の作業しかしない。妹の目は俺に真実を話せと脅迫しているように感じた。


俺が本当の事を言おうか迷っていると妹は諦めたのか視線をずらした。


「...いいです。兄さんは言いたくないことがある時はいつも頭を触ります。兄さんの言いたくないことは無理には聞きませんので...」


俺でも知らない癖を妹は見抜いていたというのか!?流石何年も家族をしているだけの事はある。

そして、何故か妹は腰に差しているリミックを抜いた。


「.....無理には聞きません。だから言うまで.....」


「おい!?ちょっと待て!?」


「.....冗談です」


「冗談って.....お前無表情で冗談に聞こえないんだよ」


「.......」


あれ?今ムスッとした?怒ったのか?でも怒らすような事言ったかな?でもまたさっきの無表情に戻ってるし、俺の気のせいか。


「.....それで兄さんは聞きたいこと...ある?」


「あるにはあるけど教えてくれるのか?」


「.....一応学園長に任された。やらなきゃ怒られる」


「聞きたいことは山ほどあるけど.....まずこの世界について教えてくれるか?」


分かったと妹は学生手帳を取り出して机に置いた。すると彼女の学生手帳が光を放ち、空中に線が走り、あっという間に街の構図が浮かび上がった。


「おぉ、すごいな!」


「これは兄さんでもできる。この手帳には色々な使い道があるの」


「後でやってみよう。それでこれは?」


「街の構図と重要な建物の名前。あと他の国も表示できる」


へぇ〜、あの街ってこんなにも広かったんだな。俺が回ったのはその一部だったみたいだ。


「ん?妹よ。この学園を囲ってる枠はなんだ?」


「.....それは学園の権利が及ぶ範囲を示しています。この学園は王国に正式に認められた治外法権の独立した地域なのでここにいる限り、生徒扱いになって王国は関与出来ないんです」


そうか、だから俺が王国に出たら衛兵に捕まるってことか。金なしで明らかに場違いな服装(ジャージ)。何それただの怪しい人じゃん。


「ん?お前他の国があるとか言ってたよな?」


妹は静かに頷いて、映し出されている物をピンアウトをして範囲をこの国の構造から変わって大陸が映し出された。


「.....これはルグール大陸。そして、大陸の中央に魔王城を中心に広がるのが魔物領。魔王領を円形状に囲む六つの国。この国マドリック王国はその中の一つなのです」


俺はその話を聞いて疑問に思った。


「なんで六つも王国があって魔王は滅びてないんだ?国同士で力を合わせればすぐにでも魔王を倒せるはずだろ?」


彼女は黙り込む。無表情のままで、冷徹になにかを考えてるように感じた。


「.....それは山より高く、海より深い事情があるのです。その話はおいおいする事にします」


なんだか上手くはぐらかされたような気がするな。俺は妹に妙な不信感を抱きつつもこの話をスルーする事にした。彼女がおいおい話すと言っているのだから信じてまとう。


俺がそう気持ちをまとめると学校でよく聞く。ウェストミンスターの鐘が聞こえてきた。


「これは一体?」


「これは学園の始まりを示すチャイムです。それと、この音はウェストミンスターの鐘では無いので」


「学園が始まったって?」


「.....言葉通りの意味です。学園が開かれて生徒が登校してきます。兄さんには辛い一日になるかもしれません」


俺が妹の言葉の意味を理解出来ないでいると.....



ーーー俺の顔に矢が掠れた。

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