新たな手探り
梅雨が開け、7月も終わりに近づいた土曜の夕方。
今日は花火大会だ。
花絵とヒロさんは二人で出かけるらしい。華やかな浴衣に着替え、いかにも夏らしい。周囲からはどう見ても女友達だが、れっきとしたデートである。
「焼き鳥とか焼きそばお土産に買ってくるから、夕ご飯作らなくていいからねー。まあごゆっくり」
そんな言葉を残し、連れ立って楽しげに出かけていった。
あんな美女二人で、ヘンなやつに絡まれたりしだろうか?……いや、全然大丈夫だ。ヒロさんがいる。
「今いい?」
優の部屋をノックした。
「ん、いいよ。あー、ちょうど飲みたかった」
優は読んでいた本を置き、二本持参したビールを開けた。
しばらく、ふたりビールを呷りながら夕暮れの風に吹かれる。
「優、腕ちょっと逞しくなったんじゃないか?」
「そうかな?そうかもね。ヒロさんにスパルタで訓練してもらったし、毎日部屋で腕立てやったりしてたから……空手、僕も習おうかなあ」
「怒らせたら恐いな、そうなると」
「え、もう現段階で結構コワいよ?護身術も自信ついたし。……なんならかかってきてみる?」
優は手のひらを差し出し、4本の指を直角にクイクイと立てて挑発した。
「いやいや、いーです。また今度」
「なんだ、残念」
そんな他愛のない話で笑い合う。
「……最近、会社はどう?」
「あ、そうそう。相楽、異動になったよ。大阪支社だって。来月から後任の係長が来る予定なんだ。……多分、例の件のせいだろうけどね」
「そうなのか?……よかった」
「僕の隣の女子社員さんはわあわあ泣いてたけどさ」
そう言いながら、優はべっと舌を出す。
打ち上げが始まったようだ。花火の音が耳に入ってきた。
窓から外を見ると、建物に切りとられた夜空に、小さくきらめく光の輪が見える。
一昨年、4人揃ってこの花火を見に出かけたことを思い出した。
「あの時、楽しかったよね」
優も同じことを考えていたらしい。
「泣いてる花絵の肩を優が支えながら来たときは、絶対ケンカしたと思ったもんな——俺は毎度ビビらされて」
揃って小さな思い出し笑いをした。
あの時の嵐が去って……いくつもの嵐が去って。
今こうして、君と一緒にいる。
「——拓海?」
俺は優を思い切り抱きしめていた。
今まで胸に溜まり続けてはち切れそうだった思いが、一度に溢れ出した。
「俺は——君を、失うかもしれないと思った」
涙が出そうになるのを必死に堪える。
「優、ごめん。俺、なにもできなかった——
君が悩んで、苦しんで、なんとかしようとしている時に、俺はただそれを見てるだけで……何もしてやれなかった」
「……だって、仮に拓海が何をしてくれたとしても、あいつはそんなことで退くようなヤツじゃないよ?だから僕はひとりで……」
「俺が、君を守りたかったんだ」
「………」
遠くの花火の音が、いくつも重なる。
鮮やかな無数の光の筋が瞼に浮かぶ。
抱きしめていた腕を解き、優の瞳を見つめた。
「優。
——俺たち、結婚しないか?」
男。女。
そんな線引きに、どれだけの意味があるのだろう。
たとえ誰が何と言おうと——
目の前に確かにあるこの想いは、誰にも否定などできないのだから。
無意味な線引きを越えて。
ひとを愛するって、なんだろう。ひとを幸せにするって、なんだろう。
この難しい問いに向き合うための新しい手探りを、俺たちは始めた。
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